ウマ娘たちと担当トレーナーの日々   作:室賀小史郎

67 / 162
不屈の3月

 

 桃の節句。つまりはひな祭り。

 トレセン学園はウマ娘が通う学び舎であることから、ひな祭りシーズンになると食堂でひな祭りフェアが行われる。

 

 そして今日はひな祭り当日。

 生徒たちは本日限定メニューであるお雛様御膳を堪能したり、チーム内でささやかなひな祭りをしたりと様々だ。

 

 チーム『不屈』もそれは同様で今日はトレーニングを早めに切り上げて、南田宅へ。

 

「みんな、上がって上がって」

『お邪魔しまーす!』

 

 もう我が家のように何度も訪れている南田宅。

 玄関ではドアを開ける前から、ドアの向こうでアンデルセンが喜びで吠えていた。

 大好きな飼い主である南田に加え、たくさん構ってくれるタマモたちも一緒だから。

 

「それじゃあ、お雛様たちは座って待っててね。あとは仕上げるだけだから」

 

 南田はそう言うとエプロンをしてキッチンへ。

 彼はタマモたちに喜んでほしくて、実は昼過ぎに一度料理をしに一時帰宅している。

 当然理事長秘書と理事長代理には事前に了承を得てだ。

 

 下拵えは前日に済ませ、昼過ぎにひと手間加え、今が最後の仕上げ。

 どうしてこんなにも手間をかけるのか……それはタマモたちを喜ばせたいという気持ちが当然あるのだが、それよりも大きな理由がちゃんとある。

 その理由はオグリとライスがいるということで察してほしい。

 故にこうした自宅でのパーティーとなると最低でも通常の3倍は用意しないといけなくなる。

 でもこの苦労も南田にとっては生き甲斐の一つ。自分の料理を美味しい、と言いながらたくさん食べてくれれば、それだけで彼は報われるのだ。

 

「お待たせ」

『おー!』

 

 南田が今日のために手間をかけてきた料理……それはちらし寿司である。

 それも普通のちらし寿司ではなく、今時風にケーキ型のもの。

 

 作り方は直径15センチのケーキ型(オグリとライスは直径30センチ)に薄く油を塗る。

 こうすることで酢飯がくっつくのを防ぐのだ。

 

 ケーキ型へ酢飯を半分ほど敷き、次に桜でんぶを敷いて、また酢飯を敷いて、最後にツナを敷いてから軽く押す。

 それを皿の上でケーキ型を外し、錦糸卵を全面に散りばめ、エビとサーモンを蹄鉄の形になるよう盛りつけ、蹄鉄の穴をグリンピースで再現し、周りにイクラを散りばめればちらし寿司ケーキの完成だ。

 

 メインはちらし寿司ケーキだが、その他にもはまぐりのお吸い物に菱餅、桜餅と定番のメニューも手作りし、更には雛あられをパフ代わりにしたクランチホワイトチョコレートバーもお土産に用意してある。

 

「アンデルセンはこっちね」

「わんっ♪」

 

 当然アンデルセンも女の子ということで、犬用に作ったちらし寿司を南田がバッチリ用意していた。

 

「もうカットしてあるから好きにお食べ」

『いただきます!』

「アンデルセンもよし」

「わんっ♪」

 

 パーティーが始まると、みんなはちらし寿司に一直線。

 あの食の細いタイシンですら、南田特製のちらし寿司にみんなに負けじと手を伸ばしている。

 

「かぁー、なんやこのちらし寿司! ホンマにウマいわっ!」

「この日のために仕事調整してマジで良かった!」

 

 タマモ、シチーとちらし寿司の味に大満足。

 

「これは箸が進むが、そうするとすぐに食べ切ってしまう……しかしもっと食べたくて手が止まらない!」

「美味しいから、もう半分になっちゃった……」

 

 オグリとライスは自分専用の特大サイズとなるちらし寿司ケーキを既にもう半分以上腹に収めてしまっていた。

 美味しいが、すぐに食べ切ってしまうのはもったいない。でも食べてしまう!というジレンマに苛まれつつも、やはり南田の味を前に手を止めることを脳が、心が、本能が拒否している様子。

 

「相変わらず料理上手だね……」

「見た目も味も最高。そして作ってくれたトレーナーさんも最高。最高尽くしだね」

「縁起物でハッピー! そして味わって更にハッピー!」

 

 タイシン、フジ、フクキタルもちらし寿司ケーキに思わず舌鼓を打ち鳴らし、タイシンに至っては珍しくおかわりしているくらいだ。

 

「みんながこんなに喜んでくれるなら、頑張って用意した甲斐があるよ」

 

 タマモたちの食いつきの良さを目の当たりにし、心から嬉しそうに微笑んで言う南田。

 その笑みには父性だけでなく、母性まで滲んでいるようで、タマモたちは胸が温かくなった。

 

 南田という男はどこまでも自分たちを優先してくれる。

 それが担当ウマ娘だからという理由なのは理解しているが、タマモたちも多感な時期の女の子。

 故にその特別扱いを自分たちに都合の良い方へ向いているのではないか、寧ろそうあってほしいと願ってしまう。

 

 ここにいる全員がトゥインクルシリーズのGⅠという大舞台で勝利出来たのは、南田という最高のトレーナーがいたからだ。

 それがトレーナーの仕事だと言われても、あの日流した涙やぶつかり合った日々までも仕事の範囲内とは思えないし、思いたくない。

 走る理由を見失いかけた時、どんなに走っても焦りばかりが募っていた時。

 もがいて、もがいて……声に出せずに暗闇の中で、ただただ泣くことしか出来ないでいた。

 

 そんな自分に手を差し伸べてくれた存在が南田という最高のトレーナー。

 共に過ごす時間が増えれば増えるほど南田という男に魅了され、気がついた時にはもう彼なしではいられなくなっている。

 

 それだけタマモたちにとって、南田は大きな存在で唯一無二なのだ。

 

「みんなの笑顔が見れて、本当に幸せだよ」

 

 だからこの無自覚ウマ娘たらしに、タマモたちは更に入れ込んでいく。

 

「トレーナーはホンマにええ男やなぁ♡」

「いい旦那になるよ、トレーナーは♡」

「毎日私に料理を作ってほしいな♡」

「お兄さまは素敵だからズルいよ♡」

「トレーナーが幸せなら、アタシらも幸せだからね♡」

「相思相愛でまさに理想の相性だね♡」

「運命の人だと更に強く確信しました!♡」

 

 そして南田は彼女たちの好感度が更に上がっていることに気がつかない。

 こうしてタマモたちはより南田を深く、とても深く……愛していくのだ。

 

 ―――――――――

 

 ホワイトデー。それは主にバレンタインデーで贈り物を受け取った男性が、相手の女性にお返しをする日である。

 最近では男女関係なくその日に受け取った『気持ちのお返し』をする日というのが殆どだ。

 

 こうしたことに律儀な南田なので、彼もまた例に漏れずしっかりとホワイトデーのお返しを用意している。

 しかし南田からお返しを受け取る一部の女性陣たちの顔色は皆等しく暗い。

 何故なら彼からのお返しは手作りのクッキーだからだ。

 お返しのクッキーには『仲の良い友達の一人』という意味があり、つまりは南田なりの『お断り』だと捉えられるから。

 なのでバレンタインデーに本命チョコを贈った女性陣たちが撃沈していくのだ。

 

 ただ1つ分かってほしいのは、南田はクッキーにそういった意味があるのは知ってはいるが、心からのお礼として美味しいクッキーを『お返し』しているだけ。

 決してお断りするつもりもなく、そもそも相手からそんな気持ちを寄せられていると思ってもいないのだ。

 

「おーう、戻ってきたな、トレーナー!」

 

 南田が女性陣にお返しのクッキーを渡し終えて自身のトレーナー室に戻ってくると、留守を任せていたタマモがソファーに座ったまま手を挙げて迎えてくれる。

 タマモの他にもチームメンバーが揃っており、みんなどこか期待した面持ちで南田を出迎えていた。

 

「ああ、みんなも来てたんだね。待たせちゃったね」

 

 南田がそう言えば、みんな揃って『大丈夫』という意味で笑みを返してくれる。

 寧ろ待っている時間も、今から起こるイベントのいいスパイスになるから。

 

「今年はみんなちゃんとリクエストしてくれたからしっかり用意出来たよ♪」

 

 そう、本日のホワイトデー。タマモたちは事前に南田へ『お返しはこれがいい』と各々伝えてあったのだ。

 何しろ南田に任せると皆等しくクッキーである。

 南田特製クッキーもそれはそれで美味しいのでみんな大好きだが、今年はみんなで相談して攻めることにした。

 当然だが、高価な物なんて願っていない。

 願っているのは南田が自分のことを思って選んでくれた『お返し』なのだ。

 それに願ったお返しにはちゃんとそれぞれ『意味』がある。

 

「タマは本当に『金平糖』で良かったの?」

「ええに決まっとるやんか♡ 嬉しいで♡」

 

 タマモが南田に願った物は金平糖。

 金平糖には『キャンディーよりも更に強い好意』といった意味があるため、経緯は多少違えど南田から『金平糖』を返してもらえた。というのがタマモの一番の幸せなのだ。

 

「こういうの僕はあんまりセンスないけど、頑張って選んだよ。はい、約束の『ブレスレット』。安物で悪いけど」

「へぇ、シンプルでいいじゃん。最高だよ、トレーナー♡」

 

 シチーの願いはブレスレット。

 お返しのブレスレットには『あなたを束縛したい』・『あなたの傍にいたい』という意味がある。

 実際の南田の思いとは違えど、自分が南田へ抱いているものと同じ意味のお返しの品というのが今のシチーにとっては重要なのだ。

 

「オグリとライスにはたくさん買ってきたけど、一気に食べないようにね」

「この『キャラメル』……おろそかには食べないぞ、トレーナー!♡」

「毎日1個……だと我慢出来ないから、2個ずつお兄さまのことを思って食べるね♡」

 

 オグリとライスは同じ物を願った。

 キャラメルは『一緒にいると安心』という意味があり、それは二人がいつも南田に対して思っていること。

 故に南田にもそう思っていてほしいと願って、リクエストしたのだ。

 

「これはタイシンのだよ。丈夫なのに軽いし、世界のトップアスリートウマ娘たちも愛用してるトレーニング用の『靴下』」

「ん。ありがと……アタシの踏み込みにどれだけ耐えられるか分からないけど、大切に履くよ♡」

 

 タイシンの願いは靴下。

 靴下には『あなたに心を許している』という意味で、他のみんなのと比べてしまうと少し印象が薄く感じる。

 しかしタイシンにとって、この意味はとても大切なのだ。

 それだけ自分も南田には心を許しているから。

 

「フジは『テディベア』だったね。ちゃんと僕が見て可愛いなって思った子を連れてきたよ」

「ふむ……うん、可愛い♡ 毎晩一緒にこの子と寝ることにするよ♡」

 

 フジが南田に願った物はテディベア。

 テディベアの意味は『(自分だと思って)大切にしてほしい』というもの。

 本当ならば『あなたを独占したい』という意味がある『ネックレス』をリクエストしようかと思ったが、テディベアなら愛する彼のことを思って抱きしめることが出来る……フジの乙女心からきたリクエストだ。

 

「フクにしては珍しいと思ったけど、ちゃんとバラの『香水』を用意してきたよ」

「ありがとうございます!♡ ふへへへ……大切に使いますね!♡」

 

 フクキタルの願いは香水で、バラを選んだのは花言葉から。

 香水には『あなたと親密になりたい』という意味があるので、これはフクキタルの本望だ。因みにフランスでは『あなたを独占したい』という意味もあるのだとか。

 どちらにせよ、フクキタルにとっては南田にはこれからも末永く一緒にいられるよう切に願っているので、香水を選んだのである。

 

「これからもよろしくね、みんな」

『よろしく、トレーナー(お兄さま)(さん)♡』

 

 こうして南田の思いとは別に、またタマモたちの愛が増した。




読んで頂き本当にありがとうございました!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。