春の大イベントであるファン感謝祭も終わり、トレセン学園はいつもの日常に戻っている。
新入生や新人トレーナーは色んな意味でドキドキワクワクであるが、南田は落ち着いていた。
チーム『不屈』は今年もチームメンバーの募集をしていない。
理由は南田としてはこれ以上増えてしまうと面倒を見切れないから。
本当ならば6人目であるフジとの担当契約をしたら、タマモやシチー、オグリがレースを引退するまでは誰とも契約はしないと決めていた。
しかし後にフクキタルのゴリ押しに負けて、今に至る。
それに去年はこの時期、フクキタルが春の天皇賞を控えていたのもあってトレーニングに励んでいたので、とても忙しい日々を過ごしていた。
フクキタルも今シーズンからはドリームシリーズなので、今年は前年に比べるとかなり穏やかに過ごせるのだ。
ただ、
「ライス、フジ……どうして最近はいつも僕にくっついてるの?」
「トレーナーさんを守るためさ」
「お兄さまを守ってるの」
ここのところ南田はライスとフジに両サイドを固められている。正確にはファン感謝祭が終わって少しした頃からなので、もう1週間はこの状態だ。
理由は簡単で、南田が新入生から逆スカウトされるのを阻止するため。
ウマ娘とは元来、心優しい人間を好む。
危険があれば本能的にすぐに回避行動を取るため、人間よりもかなり警戒心が強いのだ。
なのでむやみに大声を出したり、乱暴な言動や態度を取る人間は本能的に受け付けない。
一方で南田はそういったこともなければ、挨拶をすれば必ず返してくれるし、広いトレセン学園で道に迷っていれば親切に案内してくれる。
極めつけは先日のファン感謝祭で見せたライスを庇った行動力。
あれを見ていた殆どのウマ娘は南田というトレーナーをこの上なく優しい人間だと知った。
しかし優しいだけでなく、盾マスターという異名もあることでトレーナーとしての実力も十分とくれば、夢のGⅠ勝利を目指す新入生にとっては是非ともチームに加入させてほしいと心から願う。
ただそう願う新入生たちにとって不幸だったのは、南田のチーム『不屈』はメンバー募集をしていなかったこと。
メンバー募集をしていなければ殆どの子たちは潔く他のトレーナーを探したり、模擬レースに出てスカウトされるために奮闘する。
それでもウマ娘も人間と同じく十人十色で、ある一定数は諦められずに逆スカウトする子がいるのだ。
南田もファン感謝祭のあとで、何人かのウマ娘から『自分のトレーナーになってください!』と詰め寄られた。
その時に居合わせたのは副リーダーであるシチー。
シチーはモデル業もしていることから断る術を知っているので、シチーが代わりに上手く対応してくれたことで押し負けることはなかった。
しかしシチーからそんな話を聞いたメンバーが『へぇ、そんなことあったんだ』で済ませられるはずもなく、次の日から早速南田ガチ守護勢であるライスとフジのボディーガードがつくことになったのだ。
そもそも、
「トレーナーさんは前科持ちだからね。だからしっかりと守ってあげてないと、私たちも心配なんだよ♪」
「そうだよ、お兄さま♪」
南田は過去にフクキタルの押しに負けて担当契約を結んでしまっている。
愛する南田が人気なのは嬉しいが、これ以上嫁(確定)が増えるのはライスもフジも困るのだ。
本当ならば自分一人で十分だと思っていても、そうなると戦争になる。戦争になれば南田が悲しむので、だったらみんな仲良くお嫁さんになれば問題ない。で今に至る。
「そう言われると何も言い返せないなぁ」
二人のどす黒いニッコニコの笑顔に南田は思わず苦笑いし、誤魔化すように自身の顎を撫でた。
そして二人は満足そうに頷いて、更に南田に身を寄せる。
これも自分の弱さのせいだと自分なりに納得させたところで、
「おーう、トレーナー! タマモイーツやでー!」
タマモがトレーナー室へやってきた。当然、他のメンバーも。
タマモイーツとは言うが、バッグではなく手提げ袋だが。ただ単にタマモも南田を出歩かせたくないので、彼の代わりにカフェテリアで昼食をテイクアウトしてきたのだ。
それに生徒である自分がカフェテリアでテイクアウトを頼む分には、南田はお金を払う必要もないため、ズルだとしてもこの手を使う。
そもそも南田が食べる量からすれば、タイシンと半分子すればそれで済むのだから、良い言い方をすればタイシンが残してしまったから、それを南田が処分したと言えるのだ。
「ライスの分も貰ってきたぞ。足りなかったら今度は私とカフェテリアに行こう」
「ありがとう、オグリさん♪」
オグリとライスは大食い同士の飯友。
なので量が量なので足りなければおわかりに行く予定だ。
ただオグリに至っては校内なのに大量のテイクアウトをしているため、大きな台車に乗せてここまで押して来ている。
「相変わらず混んでたかい?」
「相変わらずやったわ。でも今日はイベントやっとったのもあってもっと人がおったわ」
今、カフェテリアでは『ウマ過ぎ春のパン祭り』が開催されていて、この催しでは有志の生徒たちが考えた創作パンを提供してくれて、毎年好評だ。
「お、お兄さま! ライスが考えたパン、あるよ!」
「ありがとう。凄く楽しみにしてたんだよ」
「っ! うんっ! いっぱい食べてね、お兄さま!♡」
満面の笑みで言うライスを見て、南田も思わず笑みを零しながら彼女の頭を優しく撫でる。
するとライスは嬉しそうに声を漏らし、背伸びをして『もっともっと』と甘えた。
傍から見れば仲の良い兄妹のように見えるが、
「それじゃあ、温かい内にいただかないとね♪」
フジが空気をぶち壊す。
当然だ。フジはチームで一番の南田ガチ勢であり、強火担当。本音のところは同担拒否でもあるが、こればかりは仕方ないので南田と二人きりになれた時だけにべったり甘えることにしている。
「それにしても、本当に凄いボリュームだね……」
目の前に置かれたライス考案の米粉パンを使った『欲張りランチサンドセット』の迫力に、南田は圧倒された。
何しろどれもパンが大きく、それにサンドされている具もはみ出しているのだ。
パンは米粉で作った食パンで1枚のサイズがB6判であり、それが2枚使われている。この時点で量が凄いことが分かるだろう。
そしてそれぞれタマゴ、ツナ、ニンジンサラダ、ヒレカツ、ニンジンジャムと5種類の味を堪能出来るので、まさに欲張りだ。
タマゴは炒り卵をマヨネーズで和えたもので、ツナはみじん切りにしたニンジンと混ぜ合わせたもの。ニンジンサラダは細くカットしたニンジンに加え、レタス、コーンをゴマドレッシングで和えたもの。ヒレカツに至ってはただでさえ大きな食パンからはみ出るサイズだが、キャベツの千切りとゴマソースが絶妙。最後のニンジンジャムはイチゴやリンゴと共にじっくりコトコト煮詰め、デザート感覚で食べられる一品だ。
ただどうしても南田は完食することは不可能な量なので、タマモに頼んで4分1にカットしてもらう。
「アタシはもうこのブライアンが考えたパンを見ただけで胸焼けしたよ」
「見事にお肉しか入っていませんものね……」
タイシンの言葉にフクキタルも思わずそんな言葉を漏らした。
オグリが自分用にテイクアウトしてきたのだが、見た目からして暴力的なパンだ。
「アタシとしてはこっちの方が問題あると思うけどね……」
「まるでコッペパンをおかずに焼きそばを食べるみたいな感じだね」
シチーとフジはあのゴールドシップが考案した焼きそばパン。
ただどう見ても焼きそばをコッペパンに挟んでいるのではなく、山盛りの焼きそばに申し訳ない程度でコッペパンが乗せられているだけだ。
「ほい、切れたで。こっちはタイシンのや」
「ありがとう、タマ」
「ありがと」
準備も出来たので、みんなで手を合わせてその味を楽しむことにした。
南田が最初に手を伸ばしたのはヒレカツサンド。
一口食べれば、分厚いはずのヒレカツは簡単に噛み切れ、口に入った瞬間に肉汁と共に肉が溶けていく。
40度という低温でじっくり、じっくり揚げ、中心はレアにしてある。
高温でしっかりと揚げても美味しいが、こうすることでとろける食感を生み出しているのだ。
「美味しい……!」
「ソースもサッパリしてて重くない」
「ウマッ! ようこんなん考えたな、ライス!」
ライスが考案したヒレカツサンドを食べ、思わず声を零した南田、タイシン、タマモ。
これにはライスも幸せいっぱいの笑みを浮かべ、「厨房の人たちが上手に作ってくれたから」と照れつつブライアンのパンをモヒる。
「タマゴサンドがアタシはとても好みかな。ゆで卵じゃなくて、炒り卵ってとこが好き」
「私はツナサンドだね。オニオンじゃなくてニンジンというのが新しい」
「私はニンジンサラダサンドが好きです!」
「私はどれも好きだ!」
シチー、フジ、フクキタル、オグリとそれぞれ嬉しい感想を言ってもらえ、ライスはその嬉しさに思わず涙が出た。
するとその涙を南田が優しくハンカチで拭いてくれたので、
「ありがとう、お兄さま♡」
と満面の笑みを浮かべる。
こうして南田やメンバーは春のパン祭りを存分に楽しんだ。
そして、
「おかわりを貰ってくる!」
「ライスも!」
二人は当然のようにおかわりをしにカフェテリアへ走っていった。
「相変わらず、よう食うわホンマ……」
「でもタマモ先輩も普段より食べてましたよね」
「せやなぁ……ウマ過ぎてつい食い過ぎてもうたわ」
タマモはそう言いながら、ぽっこりと出た自分のお腹を撫でる。
「最後のハニートーストが余計だったかもね」
「でもあれはデザートって感じやんかぁ。だから意外と食うてもうたんや」
フジに言われ、そんな言い訳をするタマモ。
タマモもそれなりに食べられる方ではあるが、今回に至っては食べ過ぎてしまったと自分でも感じている。
しかし、それだけみんなの考案したパンが美味しかったという証拠だ。
「でも確かにカレンさんのハニートーストは甘くて美味しかったですよ!」
「それに見た目も可愛くて映える盛りつけだったから、つい手が伸びちゃったよね」
フクキタル、シチーと頷きながら言えば、みんな揃ってそれに同意するように頷く。
「僕はアイスクリームを一口もらえただけで十分だったよ」
「アタシも……というか、あれ以上食べたら動けなくなってた」
対して小食組の南田とタイシンは苦笑い。
それでも二人にしては今日は多く食べた方。
「まあ美味しかったのは事実なんだし、それでいいと思うよ。はい、お茶」
フジが食後の紅茶をみんなの前に出しつつ言えば、みんなもフジの言葉に同意した。
その後、戻ってきたオグリとライスの食べっぷりを見つつ、穏やかな食後を過ごすのだった。
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