ウマ娘たちと担当トレーナーの日々   作:室賀小史郎

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不屈の5月

 

 本日は5月5日。

 ゴールデンウィーク中であり、こどもの日。

 端午の節句とも呼ばれ、古代中国の「陰陽五行説」が由来とされている。

  季節の変わり目である5月に邪気を払い、身を守るため菖蒲(しょうぶ)を飾り、ちまきを食べる習慣があり、この習慣が奈良時代頃に日本へ伝わり、貴族の間に浸透していったとか。

 桃の節句が女の子の日で、端午の節句は男の子の日とされているが、今では男女関係なく子どもの成長を願う日と認識されている。

 

 さて、そんなこどもの日。

 一般的には祝日であるが、チーム『不屈』は今日に合わせて開催される東京レース場の家族イベントにスペシャルゲストとして参加していた。

 

 ウマ娘と子どもたちのふれあいイベントであり、来場してくれた12歳以下の子どもたちには無料でチーム『不屈』のメンバーの中で希望するウマ娘のぱかプチがプレゼントされる。

 しかもそのぱかプチはそのウマ娘本人から手渡しされる上、記念撮影までしてもらえるというサービス付き。

 なので始まってから大盛況で、特にアイドルウマ娘であるオグリのところは約1時間待ちとなる長蛇の列が出来ている。

 並ぶのに飽きてしまう子どもたちのために、プレゼント会場にしている屋内スタンドの巨大スクリーンでチーム『不屈』のウマ娘たちが繰り広げてきた数々の名勝負を映し出しており、そのお陰もあって大きな混乱も起きていない。

 

 唯一問題があるとすれば、

 

「トレーナー……」

「はい、これ食べて頑張るんだ」

 

 オグリの足腰ではなく、胃が悲鳴をあげること。

 ファンの子どもたちとの挨拶に握手に記念撮影……ウマ娘であるオグリの体力からすれば余裕であるが、それとは別に腹は減る。寧ろただ寝そべっているだけでも腹が減る娘なのだから、これはもう仕方ない。

 なので合間合間に南田がいつもより小さなおにぎりを、彼女の横で口へ運んでやっているのだ。

 いつもより小さなサイズというが、それはオグリクオリティ。いつもはバレーボールサイズなのを今日はソフトボールサイズにしているため、わんこそばならぬわんこおにぎりの如く食べているのだ。

 オグリが大食いだというのは周知の事実であるため、子どもたちもそれを楽しそうに見ている。

 

「相変わらずオグリは食いながらでも人気やなぁ」

 

 そんな中、もうひと仕事終えたタマモはリラックスしつつ、隣のオグリを見ながら零した。

 

「まあウマ娘レースの火付け役ですし、毎年有馬記念の時期になると、オグリ先輩のトゥインクルシリーズラストランの有馬記念はリプレイ映像バンバン流れますからね。その分ファンもいますって」

 

 シチーがそう言えば、タマモも他のメンバーも『確かに』と頷く。

 

「そもそも私のところに並んでくれるお子さんがいたことに私はとてもハッピーでしたよ!」

 

 一方でフクキタルは目をいつもよりも輝かせ、先程自分のところに並んでくれた子どもたちのことを思い浮かべていた。

 フクキタルも春天に菊花賞と2つのタイトルを取ってはいるが、やはり他メンバーに比べると戦績は劣ってしまう。

 彼女自身もそこは自覚しているし、そもそも彼女自身が元々ネガティブ思考なので、自分に子どものファンはいないとすら思っていた。

 なのに10人以上も自分のところに来てくれたし、みんな喜んでくれた。その事実がフクキタルはとても嬉しくて、幸せなのだ。

 

「まあ確かに、子どものファンって珍しいから嬉しいよね」

 

 フクキタルにそう返すのはフジ。

 そんなフジにフクキタルは「ですよね、ですよね!」と鼻息荒く返す。

 

「ウマ娘レースのファンは成人の男女が殆どだしね。そもそも近くにレース場とかないとウマ娘自体を見る子も少ないだろうし、親が家でレースを観てないなら尚の事だよね。子どもからすればゲームや友達と遊んでる方が楽しいだろうし」

 

 タイシンが冷静に思うことを口にすると、

 

「だからお兄さまが言ってたことをライスたちは胸に刻まないといけないんだね」

 

 ライスが胸に手を当てながら強い気持ちを込めて返した。

 

 南田がこのイベントに参加する際、みんなに伝えたこと。

 それは―――

 

『ここまで足を運んでくれる子たちは心からみんなのことが大好きなんだ。だからその気持ちに応えてあげてほしい。今日という日が最高の思い出になるように』

 

 ―――という強い願いだった。

 

 南田もどちらかと言えば根はネガティブ傾向が強い。

 しかしそんな南田もタマモたちを担当し、苦楽を共にしてきたことで前よりも後ろ向きな気持ちを捨て去ることが出来ている。

 前は何か失敗をする度に落ち込み、自分はダメなトレーナーだと自虐的になっていたのだから。

 

「せやな。ま、これが終わったらトークショーやから、ドッカンドッカン笑い取ったるわ♪」

「お笑いライブじゃないですよ、タマモ先輩」

「知っとるわ!」

「でもオグリさんがいる時点でお笑いライブになるのは目に見えてるよね。タマモさんが絶対オグリさんの天然発言にツッコミ入れるし」

「ツッコミ入れたなるやろ!」

 

 シチー、タイシンの言葉にもそれぞれツッコミを入れるタマモ。

 何に対してもツッコミを入れるのだから、みんな笑うしかない。

 みんなの態度にタマモは少しイラッとしつつも、やっとオグリの列が終わり、急いで次の準備に取り掛かるため、ツッコミは入れずに終わった。

 

 ◇

 

「みんな今日は本当にお疲れ様。時間は気にせず、好きにやってほしい! カンパーイ!」

 

『カンパーイ!』

「わんっ」

 

 イベントも無事に終わり、チーム『不屈』は南田宅へ引き上げてきた。

 明日はまた休日であるため、みんな今日は外泊届を出し、南田宅にお泊りする。

 因みに寮長であるフジが外泊する場合は寮の管理人(成人ウマ娘)が緊急時の対応をするし、見回りもするのだ。

 

「もぐもぐ、うまい! もぐもぐ、うまい!」

「いちいちうっさいわ! 黙って食えや!」

 

 大量の料理を湯水の如く平らげていくオグリはいつもよりテンション高め。

 なので隣にいるタマモもすかさずツッコミを入れざるを得ない。

 

「にしてもホントに今日は疲れた……打ち合わせである程度は予想してたけど、予想以上だったわ」

 

 シチーがそんな愚痴を零すと、隣に座るタイシンも「確かに」と頷きつつニンジンジュースを口に含む。

 

「トークショーはみんなからの質問に答えるだけだったし、最初の触れ合う時間なんかは気楽だったけど、そのあとの『かけっこ』と『ショーレース』はどうしても、ね」

 

 フジが思わず苦笑いして言うと、他のみんなも思わず頷いてしまった。

 ウマ娘の性というか、『走る』となるとやはり本能がそうさせる。

 

「主催者側もようあんな企画やろ思おたよなぁ」

「何せ50メートル走なんて私たちにとっては超超超短距離ですものね。しかもダートでしたし」

 

 タマモ、フクキタルが言うように『かけっこ』は来場者の人間の子どもたちとウマ娘の子どもたちで分かれて、チーム『不屈』メンバーが競争する企画だった。

 人間の子どもたちが走る距離は50mでダート。ウマ娘の子どもたちは400mで芝。

 

「距離が短過ぎて逆に難しかったよ。末脚見せるどころの距離じゃなかった」

「ライスもスピードを出せる距離じゃなかったから、負けちゃうかと思ったよ」

 

 タイシンとライスがそんなことを言うと、他のメンバーも『分かる』とばかりに深く頷いた。

 アスリートウマ娘の速度は時速60〜70キロ。短距離を専門とする子ならそれ以上の速度を出せるが、そのトップスピードに到達するにはそれなりに距離がいる。

 なので今日走ったような距離だとタイシンとライスが言うように、スピードが出せず難しいのだ。

 その上、それぞれハンデがあるとくればいくら現役のアスリートウマ娘でも難しいレースになる。

 そしてアスリートウマ娘である以上、勝負事では大人気ないと思われても負けたくないというのが本音。

 

「短距離って瞬発力が大事だからね。でもみんな圧倒したじゃないか。子どもたちも楽しそうに笑ってたし、本気の速度じゃなくても間近でみんなの速度を体験出来て喜んでた」

 

 南田がそう言うと、みんなは『良かった』と笑みを零す。

 

「なかなか出来ない距離のレースだったが、レースなら負けられないからな」

「オグリ先輩が迫ってきて子どもたちが泣き出さないかめっちゃ不安でした」

「そんなに私は怖いのか?」

 

 オグリがシチーにそう返せば、シチーだけでなくメンバー全員が頷いたので、オグリは思わず「知らなかった」とつぶやいて少々ショックを受けた。

 

「ショーレースは芝525.9mの直線のみで短かったのもあって難しかったですね」

「でも本番さながらのレースになると間近で見せられないからね。私はあれで良かったと思うよ」

 

 フクキタルの言葉にフジがそう言えば、フクキタルは「それもそうですね」と返す。

 今日のイベントで彼女たちが走った距離はどれも短い距離だったが、何より小さなファンを楽しませることが出来たのはとても嬉しいことだった。

 

「ほな、今日の重大案件といこか」

 

 パンッと手を叩き、タマモが言う。

 南田はなんのことなのか思い尽かずに首を傾げているものの、シチーとオグリに両脇から持ち上げられ、そのままタマモの前に移動させられた。

 移動させられた理由も分からずに困惑している南田をよそに、メンバー全員が彼を囲うように並んで座る。

 そんな南田の背後には場の空気を読んでかアンデルセンが逃げ場を塞ぐように鎮座していた。

 

「これはなんだい?」

 

 南田の質問に対し、タマモたちは大きな溜め息を零す。

 

「自覚なしやな」

「ギルティですね」

 

 タマモ、シチーの言葉に他のメンバーもウンウンと頷いた。

 

「トレーナー、今日は大変やったな?」

「? 何が?」

「アンタ、子どものウマ娘たちに群がられてたっしょ?」

「群がられてただなんて……みんな純粋にどうやったらみんなみたいに早く走れるようになるのかを僕に訊いてただけだよ。僕はみんなのトレーナーだから」

「だが、かなり多くの子たちから自分がトレセンに通うことになったらトレーナーになってほしいとねだられていたな?」

「ああ、そうだね。本当に嬉しいよね。あんなに多くの子どもたちからそう言ってもらえると」

「でもね、お兄さま……簡単に約束なんてしちゃダメだってライスは思うな」

「え? 約束?」

「アンタしてたじゃん。なんだっけ? 『その時になってもトレーナーに僕を望んでくれるなら、喜んで』だったよね?」

「約束ってほどでもないと思うんだけど……寧ろ僕としては嬉しい申し出だし……」

「そうやって誰にでも甘い顔をするのは良くないよ。今はまだ子どもでも、あの中の何人がトレセンに入学出来るのか分からないのに」

「確かにそうだけど……そんな現実を突きつけるのはまだ早いと思うんだよね」

「ですが、そういうところはしっかりしと大人として、社会人としてやんわりとでも教えてあげないと可哀想ですよ!」

「そう、なの?」

 

 南田の言葉に全員が力強く頷く。

 今日のイベントでタマモたちをGⅠ勝利ウマ娘に育て上げた南田は、未来のアスリートウマ娘たちにモテモテで、みんな控えめに言って嫉妬の炎が燃え上がった。

 なのに南田はいつものように優しい笑顔で対応するのみ。

 これでは本当に将来、あの中から何人か担当になってしまう。

 そうなったら絶対に南田に惚れてしまう子がいるのは明白だ。何故なら自分たちがそうだから。

 

 だからタマモたちは怒っているのだ。

 この天然優王子ムーブをかます南田に。

 もう既にあの場で何人かは恋する乙女の顔をしているのを見てしまったのだから尚更である。

 

「ウチらのチームで全メンバーが卒業するまでは、絶対に新メンバーの加入は許さへんからな?」

「それはもちろんだよ。フクキタルの時に約束したじゃないか」

「なら来年あの中からトレセン入って来た子は断ってよね?」

「うん。そうした子には申し訳ないけど、みんなとの約束の方が先だもの。それにキャパを超えてまで無理に担当を持っても、中途半端になってしまう。そうなったらその子のレースで活躍したいっていう夢を台無しにしてしまうから、そんなことは絶対にしない」

 

 南田が真剣な眼差しで言うと、タマモたちの胸は不覚にもキュンと甘い悲鳴をあげた。

 みんな南田のどこまでもウマ娘を大切にしてくれる、その優しい心に心底惚れているからだ。

 普段は頼りなく見えても、決める時には決める。そういう男なのだ。

 

「ならこの案件は終わりや。頼むで、トレーナー」

「ああ。安心してほしい」

 

 こうして南田は己の知らぬ間に貞操の危機を免れた。

 その後はいつものように楽しく過ごし、少しだけ夜ふかしして南田との甘い思い出を作るのだった。

 ただフジだけは南田の布団に侵入しようとした罪で、タマモたちの手で布団でグルグル巻きにされて朝までアンデルセンの座布団の刑に処されたという。




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