ウマ娘たちと担当トレーナーの日々   作:室賀小史郎

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不屈の6月

 

 梅雨となり、雨が多くなる季節。

 降ったり止んだりの微妙な天気で憂鬱になってしまうが、

 

「んじゃ、事務所までヨロシクー♡」

「濡れないようにもっとこっちに寄っていいよ、シチー」

「あはっ……分かってんじゃん♡」

 

 こういう微妙な天気は南田と相合い傘をする絶好のチャンスが巡ってくる。

 純粋な彼の優しさにつけ込むことになってはしまうものの、恋する乙女である以上は好きな人との相合い傘は憧れてしまうものだ。

 今日の朝は晴れていたこともあって、シチーは運悪く傘を持たずに登校してしまったのだが、こんな幸運が舞い込んで来たのだから傘を忘れて落ち込んでいたことなんて些細なことに早変わり。

 

 因みに今日、シチーは仕事で撮影がある。一方でタマモたちは普通にトレーニングだが、シチーを送り届けて戻ってくるまではトレーナー室で各々のレース分析してもらっているのだ。

 

「今日はどんな服で撮影するんだい?」

「夏に着る系かな。涼し気に着こなすコーデとか暑さを感じさせないスマートコーデとか。ほら、梅雨とは言っても雑誌は季節の先取りで撮影しないと出版する時期と旬が合わないと意味ないし」

「そっか。モデル業も大変だね」

「そんなのもう慣れてるっての。トレーナーもマネジほどじゃないけどアタシとコンビ組んで長いんだし、そろそろ慣れてよ」

「うーん。きっと慣れないかなー。モデルのシチーより、アスリートのシチーの方が見慣れてるから」

「まあ、アンタならそうだよね」

 

 他愛もないいつもの軽い雑談。それでもシチーにとっては最高の時間で、自然と南田の右腕に絡めている両手に力が入る。

 その瞬間がずっと続けばいい。そんな都合の良いことを考えながら、シチーは南田との相合い傘を堪能するのだった。

 

 ◇

 

 撮影を行うスタジオが入っているビルのロビーまで二人は来たが、いつもならシチーを待っているはずのマネージャーがいない。

 シチーは不思議に思いながら、もしかして遅刻してしまったのかとスマホで時刻とスケジュールを確認する。

 しかし画面には集合時間よりも早い時刻が映し出され、シチーは「んー?」と首を傾げた。

 

「シチー、こっちよー!」

 

 すると奥の方からマネージャーが手を振って姿を現す。

 でもその隣には撮影責任者であろう監督らしき壮年の男性の姿もあった。

 

「ごめんねー、シチーちゃん。急で悪いんだけど、ヘルプ頼まれてくれないかな?」

「え、なんのヘルプですか?」

 

 男性の言葉にシチーがそう返すと、マネージャーが簡単に経緯を説明してくれる。

 

「明後日発行予定の雑誌でブライダル特集あるのは知ってるわよね?」

「うん」

「でもウェディングドレスブランドの手違いでブライダル特集の撮影に使ったウェディングドレスがもう他の出版社から出ちゃってたの」

「あー」

「それで急遽別のドレスを撮影することになったのよ」

「でもどうしてアタシ? モデルはそのままでもいいはずっしょ?」

「その子は今日別件で来れないの! それで事務所と相談したらシチーにお鉢が回って来たってこと!」

 

 マネージャーの説明にシチーは内心溜め息を吐いたが、仕事は仕事なので「分かった」と頷いた。

 話も落ち着いたようなので南田もシチーたちに挨拶をして戻ろうとした時―――

 

「あんた、シチーちゃんのトレーナーさんだよね? ちょっと時間ある? 1時間……いや、30分でいいんだけど!」

 

 ―――監督に呼び止められてしまう。

 南田も暇ではないが、困っている人は放っておけないタイプ。

 なので南田はタマモに連絡を入れ、戻る時間が少し遅くなることを告げた。

 

「大丈夫です。僕に何か?」

「シチーちゃんの相手役になってほしいんだよ! 大丈夫! 顔は写らないから!」

「ちょ!?」

 

 南田よりも明らかに動揺の色を見せたのはシチー。

 当然だ。撮影とはいえ、南田もとなれば彼もそれ相応の衣装を着て撮影協力することになる。

 仕事とはいえ、南田と結婚式の予行練習が出来るとなれば、シチーにとってはこの上ない幸運だ。

 それに仕事であれば抜け駆けでもないし、顔も写らないのであればメンバーにバレる心配もない。

 

「男性モデルも用意することは出来るけど、トレーナーさんとの方がシチーちゃんも安心して出来ると思うんだ。それにシチーちゃんとトレーナーさんは身長差も丁度いいからね。勿論ギャラも出すから! とにかくこっちは急いで撮影して編集へ渡さないといけないんでね! どうか、この通り!」

 

 突然の展開に困惑する南田。

 でも―――

 

「ぱぱっと終わるからさ、アタシからも頼みたいんだけど」

 

 ―――シチーに頼まれたら南田は断れない。

 なので彼は頷く他なかった。

 

 ◇

 

「それじゃあ本番! 先ずは腕を組んで!」

 

 あれよあれよという間にスタイリストたちに新郎として仕上げられた南田。

 スタイリッシュな白のタキシードに、白の蝶ネクタイ。

 南田の体型にもマッチしていて、シチーはもうこの上ない幸運感を感じていた。

 

「トレーナー、似合ってるじゃん♡」

「ありがとう。シチーも可愛いよ」

「あはっ、トーゼンだよね♡」

 

 腕を組み、満面の笑みを浮かべるシチー。

 本当に結婚した幸せな新婦のようで、シャッターを切るカメラマンの手はとてつもなく早い。

 

「いいよ、いいよ! 次はシチーちゃんが新郎をお姫様抱っこしようか!」

 

 普通逆じゃないかと思われるだろうが、ウマ娘と成人男性が結婚する場合はウマ娘側が新郎を抱きかかえることの方が多いのだ。

 それにシチーが着用しているウェディングドレスはエンパイアラインのロングスカートであるため、南田がお姫様抱っこするとなると難しい。

 

「ちゃんと掴まっててね♡」

「うん、よろしく、シチー」

 

 これもまたシチーからすれば最高の瞬間。

 なのでまたまた最高の1枚が撮れた。

 

 その後も様々な構図で撮影されたが、主役であるシチーが最高のパフォーマンスをしたことで予定よりかなり早くに撮影は終わった。

 シチーは当然マネージャーに頼んで南田の顔も写っているツーショット写真のデータを全て送ってもらうことにし、その雑誌も記念として予約したそう。

 

 ―――――――――

 

 その撮影から数日後。

 南田はいつものようにトレーナー業務をこなしながら、平穏に過ごしていた。

 嵐の前の静けさのように。

 

 お昼休みを告げるチャイムが鳴り、一時作業をやめて背伸びをする南田。

 すると扉の向こう側から複数の足音がする。それも物凄いスピードで走っているのが分かり、南田は『カフェテリアにでも行くのかな?』と他人事のように思っていた。

 

 ガラリと勢い良く自身のトレーナー室の扉が開くその時まで。

 

「いた! トレーナーさん!」

「お兄さま!」

 

 やってきたのは南田強火力担当勢であるフジとライス。

 血相を変えてやってきた二人に南田は「どうしたの、落ち着いて話してごらん」と促すが、二人は南田の言葉を一切聞かずに彼を担ぎ上げ、猛スピードで連れ去った。

 南田は当然、どうして二人がこんなことをするのか理解出来ず、困惑。

 しかしウマ娘が出すスピードに声を出すことも出来ず、彼はただただ口を閉じたまま二人に何処かへ連行される他なかった。

 

 ◇

 

 ライスとフジが南田を連れてやってきたのはチーム専用の部室。

 そこにはメンバー全員が揃っているが、何故かシチーだけはタマモたちの前に正座させられている。

 相変わらず状況が飲み込めない南田。

 それどころかウマ娘の猛スピードを肌で感じたせいで視界が回っている。

 

「おぅ、これで役者は揃ったなぁ。トレーナー、シチーの隣……いや、ウチらのとこに来ぃや」

 

 手招きするタマモに南田は素直に従い、タマモたちの前にフラフラとおぼつかない足取りで辿り着くと、

 

「ほな、チーム裁判を始めるで」

 

 タマモが冷たい声色でチーム裁判の開廷を宣言した。

 チーム裁判とは、南田関係で罪を犯したメンバーを裁くもの。基本的に誰でも裁判を起こすことは可能だが、チームの半数以上の同意が必要。

 しかし今回のことに限っては満場一致というスピード開廷だ。

 何故なら、

 

「シチー、この雑誌の内容はどういうことや? 言い方には十分に注意せぇよ?」

 

 先日シチーと一緒に撮ったモノが掲載されている雑誌のことだから。

 普段温厚なタマモが耳も絞り、声も低く、こんなにも怒気をまとっているのは珍しい。

 これにはシチーも思わず尻尾が縮む思いだ。

 

 更には目に青い炎を宿すライスとタイシンに、今にも手にする藁人形の心臓部へ釘を刺そうとしている目が笑っていない笑顔のフクキタル。

 極めつけは眼光鋭く無表情のまま睨むオグリは、その眼力だけでシチーを潰せる勢いだ。

 

「まあまあ、ポニーちゃんたち。そんなに殺意を垂れ流していたら、シチーも言い訳出来ないだろう? まだ一応罪だとは決まっていないんだから、まずは言い訳しやすいように殺意を抑えた方が確実な言質を取りやすいと思うんだ」

 

 フォローしているようでフォローしていないフジの言葉に、みんなはほんの少しだけ殺意を鎮める。

 

「……えっと、仕事、だったんです。ジューンブライド特集の……急に決まったことで、男性モデルを用意するよりトレーナーの方がアタシが安心して取り組めるってなって、それで……」

 

 消え入りそうな声で訳を話すシチー。

 そこでやっと南田は状況を把握した。

 が、いざこの状況を把握したものの何故みんなこの写真のタキシード役が自分だと分かったのかが分からない。

 監督が言ったようにどの写真にも顔は写っていない。写っていたとしても顎くらいだ。それもちらり程度。あとは後ろ姿だったりなのだ。

 なのにどうしてみんなはこれが誰なのか分かったのか。

 

「あのさ、どうしても分からないんだけど、みんなどうしてこの写真に写ってる男役が僕だと分かったの?」

 

 南田はどうしても気になって、空気の読めない質問だと分かりながらも手をあげて質問する。

 質問に対する答えは―――

 

「は? んなもん、見れば分かるやろ。ほれ、この手……もろトレーナーやんか」とタマモ

 

「腕を曲げている時の角度で分かるぞ、トレーナー」とオグリ

 

「首のとこにあるほくろ……お兄さまと同じだもん」とライス

 

「髪型は違うけど、この後ろ姿はもろアンタでしょ」とタイシン

 

「写真からでも香ってくるニオイ……トレーナーさん以外有り得ないし、そもそも私がトレーナーさんのニオイを間違うはずがないんだよ」とフジ

 

「シチーさんがこんなにも乙女の顔を晒すのはトレーナーさん以外は有り得ませんので!」とフクキタル

 

 ―――それぞれ写真の中に南田だと分かる特徴があったと言うことだ。フジに至っては色んな意味で怖いが、トレセントレーナークソボ拳伝承者である南田は「なるほど〜」となんとも思っていない様子。

 

「で、仕事なんは分かったわ。んなこと言われたら、トレーナーは断れへんよなぁ」

 

 タマモがそう言いながら呆れ気味で肩をすくませると、他のメンバーも大きな溜め息を吐く。

 シチーからすれば100キロはある重りを外してもらったくらいに重圧から解放された気分。

 

「でも仕事やからってこのおいしいシチュは不公平や。せやから罰は下すで。ええな、シチー?」

「分かりました」

「ん。潔くてええ。その潔さに免じて1週間のトレーナーからのモーニングコール禁止令で手を打ったる」

 

 モーニングコール権とはシチーだけの特権である。

 それは朝が苦手なシチーのために南田が毎朝電話で起こしてあげているのだ。

 本当ならばみんなもそうしてほしい。しかしそうなると南田の負担になるし、シチーの朝の弱さは周知の事実。

 なのでみんなシチーのためにそこは譲ってあげているのだ。

 故に、

 

「…………死ぬ」

 

 シチーは絶望感で血の気が引く。

 

「その分、ウチらよりええ思いしたやろ? 寧ろモーニングコール権剥奪でも文句は言えへんねんで? 特別にシチーだけモーニングコールしてもろてんの忘れとらんよな?」

「…………甘んじて受け入れます」

 

 こうして名奉行大岡タマモの名裁きにより、この騒動は幕を下ろした。

 因みにその後はみんな、特集に載っていたシチーと同じように南田とツーショット写真を撮るのだった。

 勿論、撮影者はシチーで。

 

 またその罰の1週間は南田の代わりにメンバーが叩き起こしてあげたそう。




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