ウマ娘たちと担当トレーナーの日々   作:室賀小史郎

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不屈の10月

 

 秋深まる10月。

 聖蹄祭が明日に迫った今日は南田もトレーニングを休みにして、チームのみんなと明日の出し物のために最終調整を手伝う。

 

「お菓子をたくさん用意したのはいいけど、案の定私たちはまた屋上開催な訳だ」

 

 フジが爽やかに笑いながら言うと、

 

「ごめんね、ライスのせいで……」

 

 ライスが自分の不幸のせいだと謝った。

 当然、みんながライスのせいではないのは分かっているので、そんな彼女を元気づけるように背中を叩く。

 しかし、

 

「ライスは呼吸しているだけで偉いよ」

 

 何よりも南田の言葉がライスを元気にしてくれた。

 南田もどちらかと言えばネガティブ思考である。期待して、その期待が外れた時よりも最初から期待せずにいれば大きな落胆をせずに済むから。

 しかしタマモやシチーたちと関わったことで、ネガティブ思考が当初よりはポジティブなものへと変化した。

 何故なら彼女たちウマ娘の走りを間近で見ていれば、例え結果が悪くても彼女たちのように前を向いて走り続けていれば報われるということに気づけたからだ。

 

「ライス、今日も心臓を動かせて偉いね。瞬きしてて偉いね。あ、ちゃんと僕の目を見れて偉いよ。ライスはとってもいい子。もう存在自体がいい子。偉い偉い」

「あうぅ……」

 

 南田のなんの根拠もない褒め言葉をこれでもかと浴び、ライスは茹でダコのように顔を真っ赤にさせる。

 これは南田のスキル『褒め殺し1000本ノック』である。(命名、タマモ)

 このスキルが発動すれば、チームのメンバーなら誰もが嬉しくて南田の愛という名の底なし沼に沈んでしまうのだ。

 

「ライスはもう大丈夫やな。ほな、テント設営しよか」

 

 タマモが手を叩いて促すと、他のメンバーは頷いてテントの設営を始める。因みにテントと言ってもウマ娘が二人もいればすぐに組み立てることが出来る簡単なもので、建てるまでは行わず骨組みを組んで置いておくだけ。

 

「タイシンとフクキタルはアタシと一緒に出し物に使う物運びに行くよ」

「時間はあるし無理しない範囲でね。特にフクキタルは」

「はい! 心得てます!」

 

 タイシンに釘を刺されたフクキタルはキレイな敬礼を返す。

 ファン感謝祭の準備の際に張り切り過ぎてキャパオーバーした挙げ句に、階段で転ぶという危ないことになったからだ。

 幸い怪我人はいなかったものの、南田に絶対零度のスマイルでこってりと絞られた。

 

「ビニールプールはどうする? 空気入れておくかい?」

「そうした方がいいだろうね。空気を入れたら今夜は塔屋内に入れておけばいいんだし」

 

 南田の質問にフジがそう返すと、オグリが「塔屋とはなんだ?」と質問する。

 

「塔屋ってのは屋上の出入口がある小屋のことだよ」

 

 南田が質問に答えると、オグリは「ちゃんと名前があるんだな」と感心しながらうんうんと頷いた。

 

「ほれ、オグリ。喋っとらんで手ぇ動かせや」

「ああ、すまない」

 

「ところで、トレーナーさん」

「ん? どうしたの、フジ?」

「ライスがのぼせてしまっているから、私が預かってもいいかな?」

「え、ああ、うん。お願い。僕もシチーたちの手伝いに行くよ」

「うん、お願いするよ♪」

 

 ずっと南田の腕の中にいたライスをフジが自然な流れで回収し、南田はシチーたちのあとを追った。

 

「フジさん……」

「十分時間は与えたはずだよ?」

「むぅ……分かったよ」

 

 独り占めはルール違反。それを分かっているのでライスはむくれながらも頷いて、今度こそフジとテントの設営を始めるのだった。

 

 ◇

 

 出し物の準備を終えたチーム『不屈』。

 そんなに難しい作業もなかったので早い時間に終えることが出来た。

 なので、

 

「宵祭りってことで、食事にでも行こうか」

 

 南田がみんなを食事に誘う。

 みんなはもちろん賛成するが、

 

「ほんなら、トレーナーの家で食おうや。久々にトレーナースペシャル食いたいわ!」

 

 タマモからのリクエストでみんなの目が光った。

 トレーナースペシャル……それは南田が作るニンジンハンバーグセットである。

 

「え? うーん……僕はいいけど、門限に間に合わないと思うよ?」

「そのことなら心配いらないよ、トレーナーさん」

 

 南田の懸念にフジが胸を張って返した。

 

「今日は聖蹄祭の前日ということもあって、泊りがけで準備をする子たちが多いんだ。加えて私も寮の管理人さんと理事長さんに外泊する旨を申請してあって、既にしっかりと許可を得ている。当然、寮長としての書類処理はしっかり終えているから、安心していいよ」

 

 もちろん、チームのメンバー全員の外泊許可も取っているからね。なんて付け加えれば南田は「なら、家へおいで」と二つ返事だ。

 タマモたちもこういう時だけはフジの有能さに感謝する。

 

 ということで、

 

「じゃあ、みんなは一度寮へ戻って泊まる準備をしておいで。僕はトレーナー室の戸締まりをして、校門前で待ってるから」

『はーい!』

 

 急遽、前夜祭という名のお泊まりパーティーが決まるのだった。

 

 ◇

 

 メンバーを連れて帰宅した南田は、まず物置部屋から10升炊きの炊飯ジャーを2台持って風呂場でザッと洗う。

 次にタマモたちに頼んで米を運んでもらい、風呂場で研ぎ洗いし、炊飯ジャーにセット。

 それをまた今度はタマモたちに居間まで運んでもらい、必要な量の水を入れ、電源を入れて炊飯ボタンをポチッとする。

 

「それじゃあ炊き上がるまで時間あるから、食材を買いに行こうか。荷物持ちは頼んだよ?」

 

 南田のお願いにみんなは元気に返事をし、それに南田は頷いて、アンデルセンをリードに繋いでみんなで家を出た。

 

 ◇

 

 向かった先は商店街。

 何かとお世話になっているところなので商店街の人たちともすっかり打ち解け、買い物といえばここなのだ。

 

「こんにちはー」

「らっしゃい……て、南田トレーナーさんじゃないですかい! 毎度!」

 

 肉屋の店主は南田を見て満面の笑み。

 何故なら彼の後ろにはオグリとライスの姿があるため、二人がいれば大量購入してくれるからだ。

 

「豚挽き肉をあるだけください」

「相変わらず豪快だね! 最低で何キロありゃいいんだい?」

「うーん……30キロは欲しいところですね」

「ならちょいと時間をもらうよ! 用意しておくから他の買い物してきてくれ!」

「分かりました。ではお願いします」

「あいよ!」

 

 こうして挽き肉の確保は出来た。

 次に南田がみんなと向かったのは八百屋。

 

「こんにちはー」

「いらっしゃいませ! チーム『不屈』御一行さん!」

「このタマネギを一箱とこの金時ニンジンを7本……あとは男爵イモを6キロ分ください」

「毎度どうもー! 今ご用意しますよ!」

 

 八百屋でニンジンハンバーグの主役である金時ニンジンと種に入れるタマネギ、そして付け合せに必要なジャガイモを購入。

 

 それから魚屋でホッケの開きを7枚とシータイガーを7尾購入し、最後に肉屋で挽き肉を受け取って帰宅した。

 

 ◇

 

 タマモたちが、あの食の細いタイシンでさえも欲するトレーナースペシャル。

 大きなお皿に茹でたスパゲティを敷き、そこにドドンとハンバーグを乗せ、大根おろしと小ねぎに甘口醤油をかけ、仕上げとして中央に金時ニンジンをぶっ刺す。

 ハンバーグの周りには大量のフライドポテトや茹でただけのニンジン、スイートコーン。

 そしてシータイガーを使った約30センチのエビフライとホッケを使ったアジフライならぬホッケフライもあり、かなりのボリュームだ。ホッケに至っては魚屋さんがちゃんと骨を丁寧に取り除いてくれている。

 タイシンにはタイシン用でハンバーグたちは小さめにしてニンジンは添える。

 あとは冷蔵庫にあった残り物を入れた味噌汁とマカロニサラダ。

 因みに金時ニンジンは生か焼いたものか茹でたものか蒸したものかを選べる。

 タマモ、シチーは焼き、オグリ、ライスは生で、フジが茹で。最後にタイシン、フクキタルが蒸しである。

 

「召し上がれ」

 

『いただきまーす!』

 

 南田の言葉でみんなは行儀良く手を合わせてから、オグリとライスはご飯メガ盛りの丼を軽々と片手に持って、ハンバーグらをおかずにトレーナースペシャルを堪能。

 他のメンバーも各々トレーナースペシャルに舌鼓を打つが、タイシンに至っては南田と仲良く半分子だ。

 アンデルセンに至っては犬用の南田お手製ハンバーグが今日の晩御飯なので、既に一心不乱に食べている。

 

「トレーナーは尻尾のある方でいいんだよね?」

「うん。僕はエビの尻尾好きだからね」

「ん」

「ニンジンは全部タイシンが食べてね」

「ありがと」

 

 タイシンが器用にナイフでエビフライを2等分にし、南田の皿に乗せた。

 

「エビの尻尾、ウチのもやるで?」

「アタシも」

「私のも当然あげるよ」

「私の分もどうぞ!」

 

 タマモ、シチー、フジ、フクキタルもナイフで切ったエビの尻尾を南田の皿に乗せると、南田は「ありがとう」とお礼を言いつつ、尻尾を殻ごとバリバリと頬張る。

 

「食べさせといてなんだけど、シータイガーって大っきいから殻も硬いんじゃないの?」

 

 シチーの素朴な疑問に南田は首を横に振って『硬くないよ』と返した。

 実際のところは十分に硬いのだが、南田は日頃から硬い煎餅やあたりめを間食に好んで食しているため、これくらいは余裕なのだ。

 

「もぐもぐ……硬いえびせんみたいで私は好きだぞ」

「ライスもパリパリして好き……はむはむ♪」

 

 オグリとライスもエビの尻尾を殻ごとバリバリと食べているが、タマモたちからすれば南田たちの方が異常に見えるので思わず苦笑い。

 

 その後もトレーナースペシャルを堪能し、温かい食卓を囲むのだった。

 

 ◇

 

「ご馳走さん!」

「ごちそうさま。洗い物はアタシらがやるから、トレーナーはアンとゆっくりしててね」

「炊飯ジャーは外の水道で洗わせてもらうぞ」

「みんなありがとう。お願いするね」

 

「フジさん、お兄さまのお箸を盗んじゃダメだよ?」

「このお箸は責任を持って私が洗うから――」

「んなの信じられるかっての。変態寮長」

「不衛生なのはよろしくありませんよ?」

「……分かったよ」

 

 トレーナースペシャルを堪能したあとは、お礼に分担して洗い物を行うタマモたち。

 その間に南田はお風呂の準備やら布団の準備やらをしてくるのだ。

 そして当然、

 

「じゃあ、フジはアンに任せるとして、アタシたちは寝る場所決めちゃおっか」

 

 寝る際に南田と同じ寝室に誰が入るかを決める。

 南田の寝室も和室で詰めれば布団を3組敷けるため、こうなると熾烈な両サイド争いが始まるのだ。

 またフジは過去に3回南田の寝室になったが、その3回とも南田の布団の中に侵入するという大罪を犯したため、問答無用で寝室出禁。

 アンデルセンの監視の下、居間で寝ることが義務付けられ、破った場合は1か月間の南田接近禁止命令であるため、フジも大人しく従っている。

 

「公平にジャンケンでええな?」

『異議なし』

「ほんなら行くで……最初はグー、ジャンケン……」

『ポンッ!』

 

 こうして平和なジャンケンの結果、南田の左はシチー、右はライスに決まり、二人は幸せな夢を見た。

 一方で惜しくも逃したタマモたちは南田の匂いに包まれて最高の夢を見た。

 最後にフジはアンデルセンに監視され、匂いも薄くて枕を涙で濡らしたそう。




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