春の暖かな日差しを受け、桜の花が花開く。
新生活が幕を開け、多くの人が新しい環境に様々な思いを胸に、その第一歩を踏み出す。
ここトレセン学園でも今年もまた多くのウマ娘たちが入学し、それぞれの夢や目標のためにそのスターティングゲートに入った。
「ん〜、みんな忙しそうにしてる中、俺は優雅にティータイムとか……なんか申し訳ないな」
自身のトレーナー室のデスク。最高級のオフィスチェアの背もたれにもたれつつ、開け放った窓の外から見える、多くのチーム勧誘やそれを見る新入生たちの賑やかな光景を見て河部は静かにつぶやき、桜アイスティーを口に含んだ。
母お手製の桜シロップは甘さ控えめで後味がスッキリとし、口に含むと紅茶だけでなく桜の香りも広がる。
河部が率いるチーム『メジロ』は名前の通りメジロのウマ娘専用のチーム。メジロのウマ娘は必ずしもこのチームに入るということではないが、学園とメジロ家当主の約束としてメジロのウマ娘だけが加入出来るチームだ。
贔屓と言われてしまうだろうが、メジロ家のウマ娘たちはそれが許されるだけの結果を代々残している。
チームトレーナーもメジロ家が直々に用意するのだから、学園としても優秀なトレーナーが所属してくれるのはありがたい話なのだ。
ラモーヌが入学する前にそれまでチーム『メジロ』を率いていたトレーナーは寿退職しており、そこに河部が後任として入ってきた形。
新入生の勧誘や新チーム結成を目指すトレーナーやウマ娘たちはこの時期を忙しく過ごす。
一方で河部は今年トレセン学園にメジロのウマ娘が入学していないため、いつものように自分の仕事をすればいいだけなのだ。
その上、アスリートウマ娘のトレーナーは河部にとって天職とも言えるため、普段から仕事が楽しくて仕方ない。
既に夏合宿までのトレーニング予定も組み終わってしまっている。また不測の事態が起きても対応出来るように何通りものトレーニングメニューを要しているほどの徹底ぶり。
故に河部はこうして優雅なティータイムを過ごしているのだ。
「私にも一杯頂けるかしら?」
ノック後、入室と共にそう言って円卓の定位置に座ったのはラモーヌ。
彼女は河部から見て正面の位置が一番のお気に入り。
「只今、ラモちゃん」
ラモちゃん……河部だけがそう呼ぶことを許されている特別な愛称。それだけ二人は固い絆で結ばれている。因みにアルダンのことはアルちゃんと呼び、この呼び方も二人だけの絆の賜物だ。
河部は慣れた手付きで桜ティーの準備を始め、ラモーヌはそんな河部を愛おしそうに目を細めて眺め、微かに頬を緩めた。
「他のみんなもそろそろ来るかな?」
「どうかしら? 私は貴方に会いたくて周りなんて見ていなかったから、分からないわ」
「朝も一緒に登校したよね?」
「足りないわ」
それだけ返して、ジッと熱い眼差しをやるラモーヌに河部は肩をわざとらしく竦めて返す。
勝手に成された婚約式。その後に賜った邸宅に、ラモーヌたちは土日になると我が家のように宿泊に来る。
彼女たちからすれば既に我が家なので寧ろ寮を出て愛する河部がいる邸宅に移り住むのが当然と思っている。
しかしそれは河部が許していない。世間では当然のように受け入れられているが、河部は一社会人として未成年の女子学生を婚約者とはいえ成人男性である自分と常時寝泊まりさせたくないのだ。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
お礼を言い、そっと河部の手を取ってその甲を親指で軽く撫でるラモーヌ。
「相変わらず、貴方は素敵ね」
「勿体ないお言葉です」
「でもどうして貴方と同じアイスではないの?」
「ん〜、なんとなく?」
「ふふっ、イケナイ人」
長年共にいるからか、河部はラモーヌがアイスティーがいいのか、ホットティーがいいかなんとなくだが分かる。
今日は見つめてくるラモーヌの瞬きがいつもより多かった。故にリラックス出来るように温かい桜ティーにしたのである。
ラモーヌはそんな些細な変化を察し、自分のことを考えて出してくれる河部のお茶と心遣いがこの上なく愛おしい。
「美味しいわ」
「そりゃあ良かった」
ラモーヌにそう返し、河部もまた自分のお茶を口に含む。
それと同じくらいに、ノックの音が響いた。
「こんにちは、トレーナーさん」
「ウェーイ♪ こんにちはー♪」
「こんにちはー、トレーナーさん!」
「……ご機嫌よう」
「ご機嫌よう〜、ですわ〜」
「ご機嫌ようですわ、トレーナーさん」
アルダンを先頭に続々とメジロ家のご令嬢たちが入室してくる。
河部は皆一人ひとりに挨拶を返しつつ、桜ティーを用意した。
声を聞いて、なんとなく察したみんなそれぞれの体調をすぐさま把握し、ホットかアイスかを決める。
ただアルダンに至っては紅茶は常にホット。アイスティーも嗜むが、不用意に体を冷やして体調を崩さないよう紅茶に至っては温かいものにしているのだ。
「ありがとうございます、トレーナーさん」
アルダンがお礼を言えば、他のみんなも同じくお礼の言葉を告げる。
河部はそのお礼に返事をしつつ、お茶請けを出した。
今日のお茶請けは今が旬のイチゴを使ったイチゴ大福だが―――
「あの、トレーナーさん? どうして私だけイチゴ大福ではなく、桜餅なのでしょう?」
―――マックイーンにだけは桜餅。
因みにマックイーンの桜餅は関東風ではなく、関西風と呼ばれる道明寺で、こちらの方がカロリーが低いのだ。
しかもマックイーン専用に河部が試行錯誤を繰り返して完成させた低カロリー桜餅。砂糖の代わりにラカントを使い、あんこもつぶあん。こしあんよりもつぶあんの方が比較的カロリーが低く、食感もあるので食べごたえがあるから。
「イチゴ大福は砂糖の塊だよ? マックイーンが食べたらほっぺが大福になるじゃないか」
「…………ほう?」
「ただでさえ日頃からダイエットダイエットと言いながら、パック〇ンやカー〇ィの如くスイーツの誘惑に負けて湯水のように食べてしまうことも多々あるんだ。だから日頃からこうやって少しでも低カロリーにしておけば暴食の罪を犯しても少しでもダイエット期間が短くなるようトレーナーとして努めているというわけさ」
「……くっ、正論の暴力ですわ」
「そもそもダイエットネタはギャグとして飽きたんだよ」
「ギャグのネタではありませんわっ!」
「ならもうダイエットはしないね?」
「…………桜餅、美味しいですわ♪」
逃げた……とその場にいる誰もが思った。思っていないのは元々『我慢した方が体に毒ですわ〜』と考えていたブライトくらいだろう。
「因みにマックイーンのお茶は桜ティーじゃなくて、スリジエだから」
スリジエ。フランス語で「桜の木」という意味を持つ言葉だが、デカフェ紅茶にピーチやチェリーといったフルーツの香りを付けたもので、桜の葉を茶葉に使っていない。その分どんなお菓子にも合わせやすいお茶だ。因みにデカフェとはカフェインを取り除いたもの。
「カフェインは大量に摂取すると太ってしまいますものね〜。徹底していますわね〜、トレーナーさま〜」
ほわわんとしながらも確実にマックイーンのボディへヘビー級のリバーブローを放っているブライト。
その証拠にマックイーンは苦虫を噛み潰したような険しい表情をしていた。
「ん、美味しい……桜の香りも、温度も相変わらず絶妙」
ドーベルが思わずといった風に言葉を零す。
伊達に執事の家系に生まれた訳ではない。昔から何度も紅茶を淹れ、今ではチームみんなの好みもバッチリ把握済み。
「イチゴ大福に良く合いますね」
「甘いお口を桜ティーがスッキリさせてくれるねー♪ やっぱ春はこれがないと春が来たって感じがしないなー♪」
アルダンの言葉にパーマーが歌でも歌い出しそうなほど上機嫌に言えば、他のメンバーもパーマーの言葉に同意する。
「このイチゴ大福、駅前のお店のやつですね。マックイーンが好きな」
「……ライアン、それは言わない約束ですわ」
「あ、ごめん……」
「でも〜、わたくしはトレーナーさまがお作りになった桜餅の方が羨ましく思いますわ〜」
ブライトはそう言って河部へチラリと視線をやった。目は口ほどに物を言う。ブライトのその目は『わたくしも食べたいですわ〜』と訴えていた。
当然、それは他のメンバーも同じこと。老舗の和菓子もそれはそれで美味であるが、愛する河部のお手製のお菓子ほど愛が感じられる物はないのだから。
「そう言うと思って用意してあるよ」
なので河部もしっかりと用意してある。
前にマックイーンの分だけ作った際に、『マックイーンだけ贔屓してるのは良くない』とみんなに叱られた。あのラモーヌですら、『……酷い人』なんて言って耳をペタリと垂れさせていたのだから、河部としてはもう用意しておく以外の選択肢がない。
「前から伝えていると思うけれど、最初から貴方のお菓子を出せばそれでいいのよ?」
「いやぁ、やっぱり老舗の物の方が美味しいと思ってね。実際に俺はそう感じるし」
「私の手料理でも同じことを言えて?」
「……すみません」
「学習して欲しいものね」
言葉は厳しめでも、口元はしっかりと笑みを浮かべているラモーヌ。
そんな彼女に河部は『ラモちゃんには敵わないなぁ』と思いつつ、お手製和菓子をみんなのお皿に乗せていった。
そんな中、
「あ〜……♪」
「ブライト?」
「あ〜……♪」
「ブライトは相変わらず甘えん坊だね。はい、あ〜ん」
「あむっ……ふふふっ♪」
強かなブライトはしっかり河部に甘える。
他のメンバーも本当はして欲しいが、恥ずかしさの方が勝ってしまってお願い出来ない。
なので、
「トレーナーさま〜、皆様にも食べさせてあげてくださいな〜」
空気を読んでブライトが河部にそう促した。
そうすれば河部は元々世話好きな性格故に甲斐甲斐しくみんなに和菓子を食べさせてあげる。
ただし、
「マックイーンはこのあとのトレーニングで重りつけてやること。でなければあーんはなしだ」
「はぁっ!?」
マックイーンには愛のムチを打つ。
何故なら既にマックイーンはカロリー控えめとはいえど、4つも食べてしまっているから。
トレーニングでその分のカロリーを消費しないと、ディナーが野菜定食になる。
「罪深い頬肉がついたらどうするの?」
「うっ……背に腹は変えられませんわ」
「賢い子だね。はい、あ〜ん」
「くっ……あむ……最高でふわ♪」
こうしてチーム『メジロ』は優雅なティータイムを過ごし、今日もトレーニングに励むのだった。
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