ウマ娘たちと担当トレーナーの日々   作:室賀小史郎

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今回はちょっと真面目回です。


お正月のナイトスカイ

 

 季節はめでたいお正月。

 ナイトスカイの面々は今年も良い年になるよう、吉部と共に初詣を済ませた。

 しかしその場所はお馴染みの中央ではない。

 

 ナイトスカイの面々は吉部の実家である、名古屋へ訪れている。

 

 お正月は仕事人間の吉部でも必ず祖父母の元へ帰る。

 今回に至っては祖父母の方から『担当の子たちも連れて来なさい』と言われたので、吉部がそのことをメンバーに訊ねた瞬間、みんなして『行く!』と食い気味に同意されて今に至る訳だ。

 

 ただ、

 

「貴女たちが克ちゃんが面倒を見ている子たちね? こうして直に会って見ると、画面で見るよりもみんないい面構えをしているわ」

 

 彼の祖母を前にすると、シービーもルドルフも、あのシリウスやブライアンでさえ、思わず尻尾が縮む。

 当然だ。目の前にあの伝説的なウマ娘がいるのだから。

 中央のアスリートウマ娘としてはとっくに引退し、旦那の実家であるここ名古屋で穏やかな余生を満喫している。

 しかしながら今もなお衰えていない覇気と風格は、シービーたちの肌をこれでもかと刺激するのだ。

 品の良い灰色の着物に赤地の帯に黒色のスラッシュをあしらった珍しい柄。しかしそれは彼女が現役時代に着ていた勝負服がモチーフとなっており、知る人が見ればすぐに彼女が誰なのか分かる。

 街を歩いていれば未だに昔からのレースファンに声をかけられるのだ。

 

「そう緊張しなくてもいいのよ? 私は何も貴女たちを品定めするためにこの席を設けた訳ではないの」

 

 祖母は朗らかに話しかけるが、シービーたちにとっては肩の力なんてとても抜けない。

 もしも彼女が『否』と思えば、吉部との将来が消え失せてしまうのだから。

 しかし、

 

「私は克ちゃんが幸せなら、それでいいの」

 

 そう言う祖母の表情にシービーたちは思わず息を呑む。

 何しろ祖母の表情には慈愛と同時に哀しみがありありと浮かんでいるからだ。

 

「みんなも知っての通り、克ちゃんの両親は既に他界しているの。それであの子がどれだけ惨めな思いをし、それらから逃げるようにあの人からトレーナー論を学んでいたか……」

 

 孫のこれまでの歩みに対し決して『大変だった』なんて言葉では済ませられない苦労を、祖母は知っている。その目でずっと見てきたのだから。

 孫を引き取った際、まだ赤子であったのもあって、最初は自分たちを父母だと刷り込むことも考えた。しかし後々のことを考えれば、自分たちは祖父母であり、両親は他界しているという真実を告げ続けることの方が、孫に酷なことでも孫本人にとっては良いだろうと悩みに悩んだ末、今に至る。

 

 小学生時代。

 両親が居るのが当たり前の中で、両親が居なかった吉部は仲間外れにこそされなかったが、どうして自分には両親がいないのだろうと純粋に悩んだ。

 運動会の親子競技は祖父母の体を心配して最後の最後まで言い出せず、担任の先生と参加した。

 

 中学生時代。

 思春期真っ盛りで多感な時期。級友たちが部活動に励む中で彼は一人、祖父のようなアスリートウマ娘のトレーナーになるという夢に向かって周りとは違った青春時代を過ごした。

 

 高校生時代。

 周りが少しずつ大人びて、背伸びしたい時期に、彼はもうすっかりと大人になっていた。

 アルバイトをしてアスリートウマ娘のトレーナーライセンス取得に向けたお金を貯め、ひたむきに努力を重ねていった。

 

 彼にとって学生時代は夢を叶えるための日々で、祖父母はもっと子どもらしく自由にしていてもらいたかったのである。

 周りには常に『普通の家庭』があり、自分がそれではないと知りながらも『幸せな家庭』であることは理解していた。

 しかしやはり『普通の家庭』が『どうして自分にはないのか』と思ってしまう。

 そうすると愛情を注いでくれる祖父母が悲しんでしまうため、そんなことを考える暇がないように祖父からトレーナー論を学んだのだ。

 

 祖父母は孫がそうしているのを知っていたが、知っていても孫を止めようとはしなかったし、出来なかった。

 孫を愛しているからこそ、孫が追い求めていることを奪うことなんて出来なかったのだ。

 

 だからこそ、今生き生きとしている孫を見て、祖父母は誇りに思うし、ホッとしている。

 

「でもね、必ず私もあの人も先に克ちゃんの元を去ってしまうの。その時にあの子を支えてくれる誰かが必要なの。私は貴女たちがそういう存在であることを確信しているわ。だからこの席を設けたのであって、それはもう十分に確信出来たわ」

 

 つまり、祖母はシービーたちに孫を託したいのだ。

 どう足掻いても孫を一人にしてしまうからこその切実な思い。

 大先輩からの切なる言葉に、シービーたちはしっかりと頷きを返す。

 

「お祖母ちゃん、シービーたちになんて話してるの」

 

 そこへ肩をすくめながら吉部が入ってきた。

 

「あら、もうちょっとお話したかったのだけど? お祖父ちゃんはどうしたの? せっかくあの人の好物を餌に克ちゃんの足止めを頼んだと言うのに……」

「お祖父ちゃんは居間でどら焼き食べて、満足して昼寝してるよ」

「…………あんの役立たず。だからあれだけ昨日は早く寝なさいと言ったのに、克ちゃんとその担当ちゃんたちが来るからって興奮して夜更しなんてするから……」

 

 ブツブツと夫への鬱憤をぼやく妻。

 その表情は般若の方が逃げていくほどの形相で、シービーたちは余計に尻尾が縮み上がる。

 なのに吉部が「お祖母ちゃん」と声をかければ、すぐに優しい笑みを浮かべて「どうしたの、克ちゃん?」と向き直った。

 

「あのね、シービーたちはまだ学生なの。だからまだまだ先の話なんてしなくていいから」

「あら、私にひ孫を抱かせてはくれないというの?」

「そうじゃなくて……」

「確かにお祖父ちゃんは分からないけど、私はひ孫の顔を見るまで死ぬ気はないわよ? 例え死んだとしてもひ孫の顔を拝むまでは成仏なんてしてやるもんですか」

「分かったから……とりあえず、シービーたちに俺のことを頼むとかそういうのはしないでほしい。彼女たちには自由があるんだから、お祖母ちゃんの気持ちは嬉しいけど、俺のことで彼女たちを縛るようなことはしないで」

 

 孫からの言葉に祖母は大きなため息を吐いた。

 夫も女性の機微に疎かったし、息子も女性の好意に鈍感だった。

 そのサラブレッドともなれば、致し方ないのだろう。

 何せ学生時代、もらったラブレターをラブレターとすら思わずに担当の教師に『忘れ物です』と届けたくらいだ。

 しかし、

 

「シービーたちが卒業しても俺の側にいたいって思ってくれれば、その時にちゃんと報告に来るよ」

 

 その言葉を聞いて祖母は『良かった。私と義娘の血もちゃんと入ってた』と胸を撫で下ろすことが出来た。

 祖母はそれを聞いて安心し、シービーたちに「よろしくね」と告げてから、のっしのっしと居間にいる役立たずを叩き起こしに行った。

 

「…………とりあえず、墓参りに行こうか」

 

 吉部は熱い視線で自分を見つめてくるシービーたちから逃げるように言い、車のエンジンをかけに行く。

 でも仕方ない。何せ『卒業しても』という彼なりの考えが分かり、自分たちは卒業する順番は違えど絶対に彼の元を離れるつもりはないのだから。

 

 日本は一夫一婦制。しかし相手がウマ娘の場合に限り、一夫多妻が認められる。

 何故ウマ娘に限るのかというと、ウマ娘という存在は日本で約240000人。年々増加傾向にあるものの、決して多くはない。

 レースだけでなく、人とは掛け離れたパワーを持つことから農業や林業、工業と活躍の場が多く、中には人力車ならぬウマ娘車(ぐるま)のような観光業でも採用されることが増えてきた。

 それでいて古くから人と共存し、優しい種族であれば増えてほしいと考えるもの。

 なのでウマ娘を増やすため、人数の減少を防ぐため、一夫多妻が認められるのだ。

 またウマ娘という種族は一度好意を抱いた相手を一途に想う傾向が強い。当然個々で違いはあれど、ウマ娘が幼い頃に恋心を抱けばその恋心は余程のことがない限り失われることがないのである。

 あとは結ばれる者たちが同意してさえいれば、何も問題はない。

 実際、国の調査でウマ娘と人間男性のカップルの離婚率は極めて低いという結果が出ていることもウマ娘特有の一途さが分かるだろう。

 ただ、吉部の祖父母のように一夫一婦の夫婦もいるので、一夫多妻になるのは極一部であるということだ。

 吉部の祖父の場合は祖母が圧倒的過ぎて、他のウマ娘が祖父とお近付きになろうとしなかったのも大きいが……。

 

 ◇

 

 それから吉部の両親への墓参りを終えて、再び実家へ戻ってくると、

 

「…………」

 

『…………』

 

 吉部の祖父がまるで使い古されたボロ座布団のように縁側の物干し竿に干されていた。

 祖父はあれから祖母に叩き起こされ、その衝撃で意識が散歩に出てしまい、呆れた祖母が罰の意味も込めて物干し竿に干したのである。

 当然、そんな光景が飛び込んできたシービーたちは唖然とするが、見慣れた光景である吉部は、

 

「毛布に包んであるから、まだ優しいな」

 

 とつぶやいて祖父をそっと縁側に運んで寝かせた。

 

「おかえりなさい。お雑煮作っておいたから、ちゃんと手洗いとうがいをするのよ?」

「分かった。ありがとう、お祖母ちゃん」

 

 そして吉部はみんなを連れて外にある井戸で手洗いうがいを済ませ、居間へと向かう。

 居間に入ると、今度は祖父がちゃんと目を覚まし、毛布に包まれたまま器用に食卓の席に鎮座していた。

 

「ばあさんの雑煮は日本一だ。みんな遠慮なく食べてくれ。餅なら余るほどあるからな」

 

 威厳たっぷりに祖父は胸を張って言うが、両頬に生々しい紅葉が刻まれているのはシュールである。

 

「みんな、これが私の……克ちゃんが慣れ親しんだ味よ。あとで作り方を教えるわね♪』

 

 祖母がにこやかに言えば、シービーたちは笑顔でお礼を言った。

 特にルドルフとブルボン、ウオッカに至っては吉部の好きな味をマスターするため、GⅠさながらの気合の入りようであった。

 

 ◇

 

「…………で、なんだこの状況は?」

 

 元々三が日までシービーたちを泊めるということで連れてきた吉部。

 みんなを泊められるだけの布団も大部屋もあるし、何より祖父母が連れて来なさいと言い、シービーたちも乗り気で招待された。

 当然、みんなが吉部と共に寝ることはない。

 しかし、

 

「何って、トレーナーの小さかった頃のアルバムだよー♪ お祖母様が『可愛いから見なさい』って貸してくれたんだ♪」

 

 まさかシービーたちに幼い頃のアルバムを見られることになるとは予想していなかった。

 しかもアルバムだけでなく、幼かった頃に自分が祖父母に描いた似顔絵や綺麗でつるつるしてるからというシンプルな理由だけでプレゼントした石といった様々な贈り物まで預けている。

 

「トレーナー君もこんなに可愛かった頃があったんだね……新年早々最高の気分だ」

「トレーナー、せっかくだからここにある写真の思い出話しも聞かせてくれよ。いいだろ? 減るもんじゃないし」

「普段のお前しか私たちは知らないからな。私の心に土足で踏み込んで来たんだ。お前の心も包み隠さず見せてもらうぞ」

「マスターの全てを、マスターの愛バである私のメモリーにインプットさせてください」

「俺も知りてぇ!」

 

 みんなはもう吉部の過去に興味津々。何せこんなにも思い出があるのだから、彼女たちが彼の口から聞きたいというのは当然のことだ。

 

「分かった。分かったから、順番に頼む」

 

 なので吉部は恥ずかしさと祖母の変な気遣いにに内心頭を抱えつつ、彼女たちの質問に答えて行き、穏やかな時を過ごすのだった。




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