ウマ娘たちと担当トレーナーの日々   作:室賀小史郎

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オーチャドティーを添えて

 

 深々と降り続ける雪。中央では久しぶりの大雪だ。

 雪が降ることを見越していた河部は帰れなくなる前にラモーヌたちを寮へ帰した。

 帰したのだが、次の日が休みとあってラモーヌたちは河部の邸宅へやって来たのだ。当然みんな私服で、ラモーヌに至っては河部が前にプレゼントしたグレーのニットワンピースに黒のスキニーという河部コーデで気合が入っている。

 

 彼女たちの電撃訪問に最初は河部も狼狽えていたが、今ではもうすっかり彼女たちの行動パターンに慣れてしまい、本日も泊めることに。

 そもそもここは将来的にラモーヌたちも住む家であるし、使用人たちもいるので完全に自分たちだけの空間とはならないため、河部も世間体をそこまで気にしなくて済むのだ。

 

 暖炉風の電気ストーブがある部屋にみんなで集まり、河部の淹れてくれた本日の紅茶を嗜む。

 本日、河部が用意したのはオーチャドティー。英国紅茶協会が公開している紅茶であり、りんご果汁を使うもの。

 

「マックイーン、本当に今日はやってくれたな……。わざとじゃないのは十分に分かっているが……」

「面目次第もありませんわ……私としたことが、ライスさんたちのトレーナーさんに多大なるご迷惑をお掛けしてしまうとは……」

 

 今日、マックイーンは昼休みに仲の良いウマ娘たちと野球をしていた。

 その際、特大ホームランを打った。打ったのだが、それがライスシャワーたちのトレーナーである南田が使うトレーナー室の窓に直撃してしまったのである。

 幸い南田に怪我はなかったものの、他の災難にも遭ったせいで暖房器具が壊れ、極寒の中で毛布に包まるしか手立てがなかった。

 そんな同僚を見て、河部は本当に申し訳なくなったし、マックイーンにも正座で謝罪させた。

 なのに南田は『ウマ娘の脚に土下座は良くないよ。僕は大丈夫だから』と笑顔で許してくれたのだから、河部は今度何か菓子折りを持っていこうと決意した。

 

「にしても、本当にウマ娘って凄いパワーあんのな。プラスチック製なのにあの飛距離出せるんだから」

「次からはスポンジバットを使いますわ!」

「そうじゃなくて、河川敷とか安全な場所でやれ」

「はい……」

 

 大変反省しているマックイーンを見て、河部はもうこれ以上言及することはやめにする。そもそも彼女だって狙ってやったことでないのは確かなのだ。だったら反省している彼女をこれ以上責めてはいけない。

 

「まあでも、私その野球してたとこ見てたけどさ、あれだけ球が来るとこ分かってたらあれだけのホームラン飛ばすしかないってのは分かるよ」

 

 パーマーが苦笑いでそんなことを言えば、暇潰しに観戦していたブライトもドーベルも『確かに』と頷いている。

 

「え、そんなにあたしの球筋ってバレバレなの?」

 

 心底驚いた表情を見せて言ったのはライアン。

 本日、ライアンはピッチャーをしていたのだ。

 

「バレバレというか……」

「ライアンお姉さまは全て口に出していましたわ〜」

 

 ブライトの衝撃発言にライアンは「えぇ!?」と驚きの声をあげる。

 しかしブライトの言葉は事実だ。

 

「ライアン、本当に無意識でしていましたの?」

「私全部覚えてるよー♪ えっと『大丈夫……野球は一人でするスポーツじゃない。あたしには頼れる仲間がいる。だから今のあたしの全力のストレートをマックイーンにぶつけるんだ!』だったよね?」

「ライアンお姉さまはタ〇チやH〇がお好みですが〜、ダイヤの〇とかおおきく〇りかぶってのようなスポ根モノも大好きですものね〜」

 

 マックイーンはともかく、パーマー、ブライトの言葉にライアンは赤面して両手で顔を隠す。そんなことをしても、みんなライアンが微笑ましく見えてしまうのみ。

 

「漫画といえばドーベルだろ。自分で描いてるくらいだし」

「ちょ、みんなの前ではやめてって言ってるじゃない!」

 

 河部の言葉に語気を強めるドーベル。

 何故ならドーベルは幼い頃から絵を描くのが好きで、いつしか漫画も描くようになり、それは今でも続いている趣味だ。

 ただドーベル本人は恥ずかしさの方が勝ってしまっている。河部や他のみんなからすればプロの漫画家ほどではなくても、絵も綺麗で読みやすい。

 なので、

 

「私は好きですよ、ドーベルが考えた物語」

「私も好きだよー♪ この前読ませてもらった、転生物も面白かったし♪」

「わたくしは〜、お犬さまとお猫さまが飼い主さまを可愛らしいいたずらで困らせる物語が好きですわ〜」

 

 ドーベルが思っている以上に、描いた漫画を楽しんでくれているメンバーがいる。

 普段からよく接している者たちから嘘偽りのない感想をもらうと、ドーベルはそれはそれで嬉しいがやはり恥ずかしさを感じ、今度は彼女が顔を真っ赤にする番だった。

 

「それにしても、やはり皆色々と趣味を持っているのね。長いこと同じメジロのウマ娘として成長してきて、こうも別々の趣味を持つというのは不思議であり面白いわ」

 

 今までみんなの会話をただ静かに聞いていたラモーヌはそう言って小さく笑みを零し、紅茶を啜る。

 

「私は読書や薬草が趣味、ですね。あとは絶景スポットを巡る旅番組を観たりするのも好きです」

「私はやっぱり野良レースとゴルフかなー♪」

「あたしは――」

 

 アルダン、パーマーときてライアンが自分の趣味を話そうとしたが、すぐに『筋トレ』とみんなから先に言われてえへへと頭を掻いた。

 

「わたくしはドールのお洋服作りでしょうか〜。最近もマキちゃんの冬服を新しく作りましたわ〜」

「マキちゃん……冬……ううっ、頭が……っ!」

「ドーベル、その節はご迷惑をお掛けしましたわ。でも本当に助かりましたわ」

 

 数年前、ブライトやドーベルがまだメイクデビューする前に、今の寒い時期にとあるイベントで雪のせいでイベントに遅れてしまったマックイーンたちのために、二人でその場を繋いだ経験がある。

 二人共メジロのウマ娘として出来ることをしたのだが、上がり症のドーベルにとっては今でも記憶から抹消したい過去の様子。何故なら自分はブライトのマキちゃん役としてファンたちの前に出たのに、ブライトが何度も何度もマキちゃんではなく自分に話を振ってくるせいでコント仕立てとファンたちに思われたからだ。結果的にファンたちが楽しめたのでそこは良かったのだが、ドーベルにとっては恥ずかしい過去なのである。

 

「でも趣味の話ならトレーナーが一番じゃない? 続いてるの紅茶くらいだけど♪」

 

 パーマーがそう言って笑うと他のメンバーも『確かに』と頷いたので、河部は苦笑いした。

 彼は小さい頃から何にでも興味津々で、あらゆることに手を出して満足したらパタリとやめるを繰り返してきた。

 

「ピアノやヴァイオリンの先生方がトレーナーさんがもう演奏をしないと知って、とてもがっかりしていたのを私は今でも覚えています。ヴァイオリンの先生に至っては『なんてもったいない!』と泣き崩れていましたから」

「社交ダンスの先生方も大変残念がっていたわね」

 

 河部の過去をよく知るアルダン、ラモーヌがそんなことを話すと、他のメンバーは『あ〜』とその時の光景が思わず目に浮かぶ。

 基本的に何を教えてもすぐに人並み以上に出来てしまう天才肌であるが故に、飽きるのも早い。それが河部という男なのだ。

 

「いいんだよ、そんなの。俺はやりたいことして生きていくんだ」

 

 それにと河部は付け加え、

 

「みんなのレースを観たり、トレーニング考えてる方が何倍も楽しい」

 

 少年のような満面の笑みで言う。

 好きなことだからここまで続けてこれた。己の分析不足で勝たせてあげられなかった悔しさや、ガッチリと作戦がハマって快勝させることが出来た達成感。そして何よりラモーヌたちが伸び伸びと走っている姿を見ていられるのは、何をするよりも楽しいし、何時間だって見ていられる。

 冷めた紅茶を口に含んで一息吐く河部を、

 

「……ずるい人♡」

「反則です、トレーナーさん♡」

「落としに来てるねー♡ ま、もう落ちてるんだけど♡」

「少女漫画のヒーローみたい……♡」

「素敵ですわ〜♡」

「笑顔で言うのはずるいって……♡」

「流石は私たちと一心同体を体現してきたお方ですわ♡」

 

 みんなそれぞれ頬を赤く染めて見詰めていた。

 それと同時に『嗚呼、自分はなんて幸運なウマ娘なのだろう』と感じる。こんなにも相性のいい相手と巡り会えたのだから。

 

「さてさて、話し込んでたお陰で時間も頃合いになったな」

 

 そう言って河部が立ち上がり、一度部屋をあとにする。

 みんなはそれを疑問に思いつつ大人しく待っていると、

 

「飯にするぞー」

 

 河部が大きな鍋を複数乗せた台車を押して戻ってきた。

 彼が用意したのは、

 

「この香りは……おでんですわね!」

 

 マックイーンが言うようにおでんである。

 ラモーヌたちには不釣り合いに思われるかもしれないが、実はみんな河部が作る庶民的な料理は大好物。

 皆それぞれ実家にいるシェフに作らせても彼の味には及ばないらしい。よって庶民的な料理とはいえみんなガッツリと彼に胃袋を掴まれているのだ。

 

「冬といえばおでんだよな」

 

 それぞれの鍋には厚揚げ、がんもどき、練り物。こんにゃく、しらたき、牛すじ、ウインナー、ロールキャベツ。タマゴ、ダイコン、ニンジン、厚焼き玉子が入っている。変わり種としてタコ串、イカ串、エビ串、餅巾着、卵巾着が列ぶ。

 

「取ってやるから順番に言ってくれ」

 

 河部がそう言うと、みんなお行儀良く順番を待つ。因みにこういう場合、チームに加入したのが遅い順。

 

「ダイコン、しらたき、ごぼ天、卵巾着を!」

「はいよー」

 

「アタシはとりあえず、タマゴとこんにゃくとダイコンと卵巾着」

「はいはい」

 

「はんぺんさん、かまぼこさん、カニカマさん、卵巾着さんをくださいな〜」

「はいな〜」

 

「あたしは牛すじとイカ天……あとロールキャベツと卵巾着をください♪」

「ほーい」

 

「とりま私は卵巾着と餅巾着でしょー? あと……ダイコン、こんにゃく、ニンジンかなー♪」

「ほいさー」

 

「ダイコンとニンジンと卵巾着をくださいませ♪」

「かしこまりー」

 

「いつものを」

「卵巾着と厚焼き玉子とがんもっすねー」

 

 みんなあると必ず食べるのは卵巾着。餅巾着の卵バージョンであるが、河部のは溶き卵にチェダーチーズとモッツァレラチーズ、ラクレットチーズが入っているのだ。昆布出汁の染みた卵とチーズのハーモニーが彼女たちの胃袋を掴んで離さない様子。

 

「火傷しないようにな。それじゃ、いただきます」

『いただきます♪』

 

 こうしてチーム『メジロ』は寒い雪の日でも河部の愛で温かい時間を過ごすのだった。




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