本日は3月3日。桃の節句でひな祭りが行われる日である。
トレセン学園でもひな祭りに因んでカフェテリアや売店ではひな祭り関連の特別飲食メニューがあったり、校舎ロビーにて男性トレーナーのお内裏様姿が見れたりとウマ娘たちを楽しませていた。
ただチーム『メジロ』に至っては、
「………………流石メジロクオリティー」
ひな祭りもスケールが段違い。
今は放課後。トレーニングも終わり、河部は邸宅に帰ってきた。
しかし邸宅に入ると、既に玄関ロビーにはお高い花瓶に桃の花が生けられており、いつものシャンデリアも吊り下げるタイプのぼんぼりに変わっている。
当然、外泊届を提出してラモーヌたちもいつものように河部と帰宅。
「まあ今に始まったことでもないけどね」
そんな独り言を零しつつ、河部は一人厨房へ向かった。
何故ならラモーヌたちからのリクエストで菱餅ならぬお雛様ティラミスを作るから。
お雛様ティラミスとはそのまま菱餅カラーのティラミス。
三段構造で一番上はストロベリームース、次がマスカルポーネチーズと生クリーム。最後にキウイフルーツシロップを染み込ませたスポンジだ。
ちゃんとマックイーンが存分に食べられるように糖質カットもしている上、マックイーン本人も今日は重りを両手足に装着していつも以上にカロリーを消費して食べる気満々である。
「みんな、お待たせ」
デザートを作り終えて河部がみんなが待つ食堂へやってくれば、みんなして笑顔で河部を出迎えた。
この日のために板の間である食堂も畳を敷き、和風に模様替えされ、正面には7段の雛人形がズラリと7セット並べられている。どれもお祖母様がラモーヌたちに買い与えた自慢のオーダーメイドの雛人形たちだ。
正面から見て左からラモーヌ、アルダン……と加入順で飾られている。
「いやぁ、毎年毎年壮観だね……今年は場所が違うからちょっと小狭に見えるけど」
「昨年まではメジロの本宅でパーティーをしていましたからね。ですが、今年からは私たちだけの特別なパーティーです……婚約者ですもの♪」
河部の言葉にアルダンは楽しそうに返し、愛する河部の右腕に両手を絡めた。
そんな彼女の頭を河部は優しく撫でつつ『ああ、メジロになってしまった』と幾度目かも分からぬ心のつぶやきを吐く。
「彼も来たことだし、パーティーを始めましょうか」
『はい♪』
ラモーヌの一言でみんなは用意された円卓につき、それと同時に使用人たちが料理を並べていった。
定番のちらし寿司や手まり寿司。はまぐりのお吸い物や鯛の塩釜焼きにタラバガニと並ぶ。どれも料理人がこの日のためにいつも以上に腕に寄りをかけて作った品々だ。
因みに定番の恵方巻きは端ないということで除外されている。そもそも福は既に彼女らの手の内にあるのだから。
毎年のように行っていたひな祭りパーティーも河部からすればかなり豪華絢爛だったが、それが極々僅かに縮小されただけであまり変わっている気がしない。
「料理は使用人たちに言って取ってもらえばいいみたいですね♪ どれにしようかな〜♪」
「何から頂こうか迷ってしまいますわ〜♪」
「アタシ、あれ食べたい……サーモンの手まり寿司♪」
ライアン、ブライトが迷う中、ドーベルは早々に食べたい物を決める。
「トレーナー、白酒飲む? 飲むなら私が注いであげるよ♡」
「お、ありがとう。パーマー」
「いえいえ♡」
全盛なじゃんけんの結果、河部の右隣をゲットしたパーマーは甲斐甲斐しくお世話を焼き、
「トレーナーさん、何が食べたいですか?♡」
「カニがいいかな」
「では今取ってもらいますね♡」
「どもども」
「うふふ、幸せです♡」
河部の左隣をゲットしたアルダンも眩い笑顔で世話を焼いていた。
「……」
「……ラモーヌさん、お二人を睨んではいけませんわ」
「二人を見ているのではないの」
「ああ、トレーナーさんでしたか……でしたらいいですわ」
「それよりマックイーン」
「はい?」
「菱餅はカロリーがちらし寿司等に比べて高いけれど、それは何個目かしら?」
「…………忘れましたわ」
「(彼に怒られてもいいなら)良くってよ」
「……カニ美味しいですわ♪」
一方でラモーヌは河部の代わりにしっかりとマックイーンの防波堤をしてくれる。
ラモーヌは口数が少ないだけで、心根はとても優しいウマ娘なのだ。
◇
「さてさて……それじゃあお待ちかねのデザートといきますか」
河部がそう言うと、使用人たちが空いた皿を下げ、例の特製ティラミスを各自の前に置いた。
ブランド品の四角柱型のグラス。美しく均等に重なる層。既にイチゴのムースの甘酸っぱい香りが広がり、マックイーンは眼がギラついてしまっている。
そして何より河部のお手製という至高のデザートを前に、あのラモーヌでさえも緩んだ口元を隠せていない。
「召し上がれ」
河部が優しく促せば、みんな一斉に手を伸ばす。
「……美味しいです、トレーナーさん♡」
「最&高ってこのことだよねー♡」
「とっても美味しいですよ!♡」
「トレーナーじゃなくてパティシエやればいいのに……♡」
「幸せですわ〜♡」
「お口の中が幸せで歓喜の拍手喝采ですわ!♡」
みんなの反応を見て作った甲斐があったと目を細める河部。
そして、
「いいお味♡」
ラモーヌが嬉しそうにその一言を告げれば、河部は「それは何より」と笑みを深めるのだった。
―――――――――
本日はホワイトデー。
ホワイトデーということはバレンタインデーのお返しをする日だ。
河部もラモーヌたちへお返しするため、しっかりとお菓子を用意した。
したのだが、
「…………婚約者だからってそれはラインを超えてません?」
「いずれは超えるのだからいいでしょう? それに使用人たちも下げさせたのだから、何も問題はなくてよ」
河部は社会人として崖っぷちに立たされている。
何故ならラモーヌたちがホワイトデーのお返しとして河部に求めたのは、
「トレーナーさんからのキス……心待ちにしておりました♡」
「どこにしてもらっおかな〜♡」
「トレーナーさんからのききき、キス……はわわわわ……♡」
「婚約者なら当然……よね。うん♡ 合法合法♡」
「唇以外となると〜、どこがよろしいのでしょう〜?♡」
「トレーナーさんからのキスだなんて……最高のホワイトデーですわ!♡」
河部からのキスだ。
当然、魚のキスだなんてギャグマンガのような回避行動は取れない。そんなクソボケムーブを取った瞬間に彼女たちが河部の唇を蹂躙してしまうから。
社会人として誠意と誠実を胸に婚約者であったとしても、そういった行動は一切してこなった。
河部ももう最終的にラモーヌたちと結婚することになるのは分かっているし、彼女たちが心から自分との結婚を求め、愛情を寄せているのも分かっている。
しかしそれはそれ。これはこれ。成人男性が未成年かつ女学生にキスをしてしまってはアウトオブアウト。ギルティなのだ。
ただ、
「唇は結婚式までのお楽しみにしてあげているのだから、早くなさい。私、これでも我慢しているの」
メジロからは逃げられない。
それもあのラモーヌのことだ。これ以上ゴネて時間を無駄にすれば、一方的にこちらの唇を蹂躙する。そしてその光景を世間にお披露目するだろう。それも大々的に。
ラモーヌを怒らせれば河部の人権なんて呆気なく彼女だけの物に出来てしまうのだから。
「……しますよ」
なので河部は崖から飛び降りることにした。
結局どう飛び降りようともメジロに囲われてしまっては退路はない。寧ろ崖下で待ち構えている部隊もいるのだ。ならば彼女たちが望むようにするのが婚約者としての定めだろう。
「ふふっ、いいお顔♡ ではマックイーンからよろしくね」
「……はい」
やっと諦めたと嬉しそうに声を弾ませて言うラモーヌと、顔をしっかりと引き締めてマックイーンの前に立つ河部。
「リクエストは決まったかな?」
「……頭にお願いします♡」
マックイーンのご要望通りに彼女の綺麗なつむじに口付けを落とす。
因みに頭または髪の毛へのキスは『その相手を愛おしく思っている』という意味。
軽く触れただけなのに、マックイーンはそれはもう大好きなスイーツを頬張った時よりも大きな幸福感に包まれ、その場にへたり込んでしまった。
「次はブライトだね」
「わたくしは〜、お鼻がいいですわ〜♡」
「分かった」
ブライトの小さな鼻に口付けをすれば、ブライトはお花畑を散歩しているかのように笑い、頬を両手で押さえて軽くぴょこぴょことその場で飛び跳ねる。
鼻へのキスは『その相手を大切にしたい』という意味。
「ドーベルは――」
「――鎖骨♡」
「へ?」
「さ・こ・つ! 早くしてよ、恥ずかしいんだから!♡」
「はい」
鎖骨を顕わにして言葉とは裏腹に嬉しそうに待機するドーベルに、河部は素直にキスをする。
くすぐったいのか「んっ♡」と熱い吐息を零したドーベルだが、その表情はとても恍惚としていて、満たされていた。
鎖骨へのキスは『相手への性的な欲求』を意味しているが、彼女がそれを知ってか知らずかは乙女のヒミツである。
「お待たせ、ライアン。どこがいい?」
「て、手の甲に……お願いしましゅ……♡」
「オッケー……お姫様」
「はうぅぅ〜♡」
まさに少女漫画でお姫様が王子様にしてもらうロマンチックなキスシーン。
それに強い憧れを抱くライアンがそう望むことは河部も分かっていたので、わざと片膝をついてキザにキスをした。
手の甲へのキスは『相手への尊敬』を意味しているのだが、ライアンにとっては夢のシチュエーションである。
「待ってたよ〜、トレーナー♡ 私は喉にお願いね♡」
「へぇ、パーマーらしいね」
「でしょ♡」
喉へのキスは『相手への強い欲求』を意味している。
普段何かとみんなを止める側にいるパーマーだが、本音のところではそれだけ河部を欲しているのだ。
今もキスをされて恍惚な表情で両頬を押さえているくらい。
「アルちゃんのリクエストはどこかな?」
「唇……と言いたいところですが、今日のところはほっぺにお願いします♡ 幼い頃から良くして頂いていた大切な思い出の場所に♡」
「あの頃からアルちゃんは何も変わらないね」
「あの頃から運命のお相手を決めていましたから♡」
アルダンの頬に口付けを落とす河部。
走れなくて泣いている幼き日の少女がこんなにも強かになるとは……愛とはヒトを強くさせる。
頬へのキスは『相手への親愛』を意味するが、アルダンにとってはそれ以上の愛を感じる場所だ。
「さて、ラモちゃんの番だね。てっきり最初かと思ってたのに、以外だね」
「貴方のファーストキスはもう頂いているからね……さぁ、キスをしてちょうだい♡」
「相変わらずだね」
そう言って河部はラモーヌの右目下のほくろへキスを3度落とす。
これは幼い頃からラモーヌがアルダンにキスをしたことを知って嫉妬して、何度も何度も要求してきたこと。
アルダンに1度したなら、私には3度すること。何故に3度なのかは倍以上じゃないと満足出来ないから。
ということでいつものキスを何も告げずともしてくれた河部にラモーヌは上機嫌。
「ふふっ……愛してる♡」
「それはどうも」
照れる河部を見てますます尻尾も耳もご機嫌に揺れるラモーヌだが、当然他のメンバーも愛の言葉を河部へ矢継ぎ早に告げてくる。
そんなみんなに河部はてんやわんやし、ラモーヌはその光景を愛おしく眺めるのだった。
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