ウマ娘たちと担当トレーナーの日々   作:室賀小史郎

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メジロの4月

 

 4月というのはトレセン学園ではとても忙しい月だ。

 入学式、新入生勧誘、新入生レクレーション、ファン感謝祭とやることが多い。

 新入生や在学生、チーム勧誘をする者たちにとってはそれはもう目が回る程の忙しさだろう。

 

 しかしチーム『メジロ』はいつ何時でも優雅に過ごすのだ。

 

「…………ナァニコレ?」

 

 それが例え、

 

「何って執事喫茶というもの、ですわ」

 

 ファン感謝祭の出し物だとしても。

 

 この日はトレセン学園で一番のビッグイベントと言っても過言ではないファン感謝祭。

 日頃から応援してくれるファンに感謝を込めてウマ娘たちが考えたサービスを提供する催しだ。極一部有料のサービスはあるが、それ以外は無料で楽しめるため遠方からも多くのファンが参加する。

 

 そんなファン感謝祭でチーム『メジロ』が提供するサービスは執事喫茶。

 勿論だが河部が執事になるのではない。執事の業務は父や兄のを見てきているため把握はしているし、お茶を淹れるのは朝飯前だが、ラモーヌたちがそれを許さない。

 自分たち以外の女性に愛想を振り撒くのは言語道断。

 なので執事は全員本邸からこの日のために派遣してきた執事たちである。

 

 カフェテリアのテラス席を貸し切り、紅茶とケーキを。そして熟練の執事からの接待を体験してもらうのだ。

 ではラモーヌたちは何をするのか?

 そもそも河部は何故どこかの決闘者の相棒みたいな素っ頓狂な声を出しているのか?

 それは、

 

「そうではなくてですね、ラモちゃんや。どうして、俺まで、執事服を、着ないといけないのかな?」

 

 河部はファン感謝祭が始まってからずっとロングテールコートの執事服で、ラモーヌたちが座るテーブルの側に立つよう指示されているから。

 

「何故って、おかしなことを尋ねるのね」

「いやいや待って待って」

「何かしら?」

「おかしくないよ? 俺トレーナーよ? トレーナーは見回りとかしないといけないんだよ?」

「私が入学してから、貴方がそんなことをした記憶はないわね」

「だって毎年この格好させられて毎年この定位置にいさせられてるからね?」

「私が執事服姿の貴方を見ていたいからよ」

「だからなんで? 見回りという仕事があるんだけど? 毎年のことで見回り表俺だけ貰えなかったんだよ?」

「元からそんな仕事をする必要がないもの。貰う必要すらないわ。今日の貴方のお仕事は私たちの側にいることだもの」

「そんなことのために権力振りかざすのやめな?」

「嫌よ」

「なんでよ」

「貴方を愛しているからよ」

 

 このやり取りのここまでが毎年のお決まりである。

 結局ラモーヌに真っ直ぐな眼差しで愛の言葉を告げられれば、河部は彼女の願いを叶える他なくなるのだ。それにファンたちにとってはこの熱々の純愛劇はある意味風物詩となっている上、これが見たくてメジロのファンクラブ会員が大集合している。

 

「姉様ばっかり……私だってトレーナーさんを愛しているんですからね?」

 

 熱々の二人の様子を見て、思わず嫉妬でムスッと右の頬を膨らませて河部の袖をクイッと引っ張るアルダン。当然他のメンバーも『自分も!』と言うように鋭い視線を向けてきたので、これには河部も思わずたじろぐ。

 ファンからすれば色んな意味でドキがムネムネする展開だ。たまたま通り掛かったどこかの勇者が尊死したが、無事に回収された模様。

 

「ま、まあ、そんなことより、ファンとの交流はいいのか?」

 

 話題を逸らす河部だったが、

 

「してるじゃん」

「皆さま、わたくしたちとトレーナーさまの愛溢れる光景を堪能してくださっていますわ〜」

 

 このやり取り自体がここに集まっているファンへのサービスだと言われてしまえば、河部はもう何も言うことが出来ない。

 

「そういえば、今は私たちのトレーナーではなく執事ですし、お名前で呼ぶべきですわ! 泰弘さん♡」

 

 マックイーンが熱のある声色で河部の名を呼べば、ファンたちは『うおー!』と声をあげる。

 

「泰弘さん……わぁ、なんか照れちゃいますね……婚約者って感じで……!」

「ライアン、婚約者じゃなくて今は執事でしょ、執事」

「だ、だって……」

 

 照れるライアンにドーベルがツッコミを入れるが、ライアンはモジモジと身をよじって余計に意識してしまう。

 そんな乙女ライアンを目の当たりにしたファンたちは皆もう無言で、その尊き様子をレンズに収めていた。

 

「泰弘さま〜、愛のお言葉をくださいな〜♡」

 

 欲望にためらいがないブライトが豪速球を投げれば、ファンたちは皆一斉に河部へカメラのレンズを向ける。

 逃げはない。そもそも逃げられないし、逃げたところでどうにもならない。

 河部は小さくため息を吐くと、ブライトのすぐ側までやってきて片膝を突き、ブライトの左手を優しく取った。

 

「ブライトお嬢様……お戯れはおやめください。私とお嬢様は決して結ばれてはいけない定めなのです」

「ほわ〜、それはわたくしが決めることですわ〜」

「……お嬢様は相変わらずわがままであらせられますね」

「そんな言葉が聞きたいのではありませんわ〜」

「…………お慕いしております、ブライトお嬢様。私を一生お嬢様のお側に置いてください」

 

 そう言ってブライトの左手の薬指にキスを落とす河部。突然始まったラブロマンス寸劇にファンたちは大興奮。こういったシチュエーションが大好物のライアンは、うっとりとそのシーンの虜になっていた。

 

「私も! 私にもお願いします! 泰弘さん!」

 

 マックイーンがぴょんぴょんと飛び跳ねて催促するが、

 

「シュークリームでも食ってやがれください」

「丁寧なのか辛辣なのかどっちかにしてくださいませんか!?」

 

 河部のツッコミでその場はたちまちお笑い空間になってしまう。

 ただラモーヌだけは『逃げたわね』と河部の心理を読み取って、優雅に紅茶を嗜むのだった。

 その後もチーム『メジロ』は甘い空間をファンたちに提供したそう。

 因みにチーム『メジロ』はこのように大盛況だったのでファン感謝祭特別レース『トレーナーリレー』は出走している時間がなかったのだとか。

 

 ―――――――――

 

「お花見に行きましょう、トレーナーさん!」

「……唐突ぅ」

 

 それは4月の暖かい日差しの下、休暇ということで邸宅の庭にブライトがいつの間にか設置していたハンモックでうたた寝をしていた時だった。

 突如頭上から降ってきた声に河部はあくびを噛み殺しながら返しつつ、その声の主を視界に捉える。

 声の主はマックイーン。綺麗な目をいつも以上に爛々と輝かせ、早く早くと急かすように尻尾で空を叩いていた。

 

「お花見ってどこで? 今のシーズンだとどこも人でごった返してるでしょ?」

「あら? トレーナーさんったらお忘れですか?」

「何を?」

「メジロ家が所有する山に桜の木がありますのよ? そしてその桜が今まさに満開なんです! ですからこうしてお迎えに来て差し上げたんです! 皆さん既に向かっていますから、早く行きましょう!」

「……行動力ぅ」

 

 こうして河部はマックイーンに担がれ、リムジンにて目的地へと連行されるのだった。

 

 ◇

 

 メジロ家が数多く所有する土地の1つであるとある山。

 キャンプや野外イベント用に整地され、少し下ったところには渓流もあって風景も風情も設備も充実している。風呂、トイレは勿論のこと、街灯に電波アンテナも完備され快適空間だ。

 そんな山の一角に山桜が群生しており、それが満開になると決まってラモーヌたちが河部とお花見デートを断行する。故に河部は『もう桜の見頃か』なんて明後日の方向に思いを馳せていた。

 

「あ、マックイーンたちやっと来た」

「遅かったねー」

 

 河部とマックイーンがお花見スポットへやってくると、ドーベルやパーマーがトコトコとやってくる。

 

「何も聞かされてないのに遅れてごめんと言うべきなのかな?」

「女を待たせたら男なら謝るべき」

「男女差別いくない」

「だって……楽しみにしてたんだもん……」

「全面的にごめんね?」

 

 ドーベルが悲しそうに耳を垂れさせて素直な気持ちを吐露すれば、河部は無条件で謝る他ない。そんな顔をしてもらいたくないからだ。そんな顔を浮かべさせてしまうなら、どんな理不尽でも受け入れる所存。

 こういう何よりも自分を優先してくれる河部の優しさが、みんな愛しくて堪らないのだ。

 

「ほらほらぁ、二人がちゃんと合流したんだし、お花見しようよ、お花見!」

 

 パーマーがそう言って仕切り直すと、ドーベルはコクコクと頷いて珍しく河部の手を取って花見席へ。

 

 花見席。お花見のためだけにわざわざ建設した洋風な六角形型の東屋のことだが、普通の東屋とは設備が段違いだ。

 まず普通の東屋はベンチやら木製の椅子やらが殆どだが、メジロ家クオリティの東屋は高級革ソファーを使用。テーブルは丸テーブルだが大理石で、窓にも開閉可能のガラスが全面に張られている上、吹き抜けの天井部分は美しいステンドグラスが施されているし、空調設備も完備されている。東屋というより山中に佇むお洒落な小屋だ。

 

「見頃でいい感じだな」

「やはりこの時期はお花見デートがぴったりですよね」

 

 桜を見ながらつぶやく河部にアルダンが彼の肩に頭を寄せながらそんなことを返せば、河部は「だねぇ」と最早反論する気も起きずにスルーする。

 

「ラモちゃんは相変わらず絵を描いてるのか」

「姉様はここの景色を描くのが好きですから」

「ではでは〜、わたくしもだぁい好きなトレーナーさまのお膝をお借りして〜、お昼寝させていただきますわ〜」

 

 ころんとアルダンとは反対側から河部の膝に頭を乗せ、幸せそうに寝そべるブライト。

 

「お花見なのに、ブライトったら……」

「まあまあドーベル。いいんじゃない? ブライトらしくて」

 

 思わずぼやくドーベルにライアンがいつものようににこやかな声色で擁護すると、ドーベルも「まあそうかもね」と返して自分は改めて満開の桜に目をやった。

 

「花見はいいんだ。いいんだけどさ……マックイーンさん」

「はい、どうされましたかトレーナーさん?」

「気のせいかな? それとも俺にだけ幻覚が見えてるのかな? マックイーンさんの目の前に大量の団子があるように見えるんだ」

「きっと幻覚ですわ♪」

「幻覚な訳ないだろ、このパクパクパックイーン!」

「ああ、今日だけ! 今日だけはお許しくださいまし! これはこの日のためにじいやに頼んみ、老舗の団子屋からお取り寄せした豪華串団子セットなんです!」

 

 マックイーンの懇願も虚しく、河部の目配せでパーマーとドーベルが即座にマックイーンの目の前から団子を取り上げる。

 

「じいやさん、お嬢様が可愛いのは分かりますがね……いつも言ってますよね? 可愛いからと甘やかしていては彼女の毒だと」

「……私めはお嬢様に弱いのです。何せ赤ん坊の頃からお仕えしておりますゆえ……」

「そんなの俺だって理解してますよ。ラモちゃんやアルちゃんを赤ん坊の頃から見てましたからね。でも時には厳しくするのも愛情です」

 

 マックイーンのじいやにお説教している河部だが、彼は今もアルダンに肩を貸して甘やかしているので説得力に欠けていた。

 

「マックイーンがブタクイーンになってもいいんですか?」

「……太ましいお嬢様もそれはそれで愛らしく――」

「――アスリートとして駄目でしょ、そんなの。というかトレーナーとしてそんなの許してたら俺即解雇でしょ?」

「……メジロブタクイーンでは宜しくありませんね。しかし考えても見てください。肥えていても走れるブタであれば、それはそれで素晴らしいのでは――」

「――走れてもブタはブタです」

 

「あの! 二人してブタブタと何度も言い過ぎですわ!」

 

『俺(私)はマックイーン(お嬢様)の為を思って言ってる(いるのです)!』

 

「ブタが私の為を思っての発言だなんて嫌ですわ!」

 

 マックイーンが絶叫すれば、パーマーは思わず腹を抱えて転げ回り、ライアンとドーベルも彼女には悪いと思いながらもやはり芸術点が無駄に高い茶番に吹き出してしまう。アルダンに至っては相変わらずコロコロとたおやかに笑うのみで、ブライトは『うるさいですわ〜』と思いつつ無反応。

 そして、

 

「食べた分だけ走りなさい。愚かな子」

 

 ラモーヌの一言でマックイーンは団子を食し、山を何往復もし、結局マックイーンだけはお花見どころではなかった。




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