雨の日が多くなり、蒸し暑さが際立つ6月。
サマードリームトロフィーもチーム全員が決勝進出を決め、チームの雰囲気は良好だ。
そんなチーム『メジロ』だが、今日はとあるイベント会場にやってきている。
メジロのウマ娘として今日はウマ娘レースのファンイベントにゲスト出演しているのだ。
事前告知でラモーヌたちが出演するということもあって、今日の来場者は軽く数千人を超えており、それだけラモーヌたちの人気が凄いということもあるが、今日のイベントはふれあいイベントなのでご家族が多いのも理由の一つ。
「メジロラモーヌだ!」
「綺麗な毛色ー!」
「トリプルティアラのウマ娘だー!」
ご家族が多いということは子どもたちも多くいる。
ラモーヌたちは事前に打ち合わせした通りに各区画に立ち、来てくれたファンたちと交流。
中でもやはりラモーヌの人気は凄まじい。
URA史上初のトリプルティアラを達成し、それだけでなくトライアルレースを含めた全てのレースを制したことで『完全三冠』と評され、加えて重賞6連勝は当時URA記録とされた凄いウマ娘だからだ。
「あら、会えて嬉しいのは分かるけれど、そんなにはしゃいでは怪我をしてしまうわ。大丈夫。時間はまだあるのだから、順番よ」
ラモーヌが静かながらも透き通る声で子どもたちに呼びかけると、子どもたちは笑顔で返事をして自ずと列を作る。
握手をしたり、髪を撫でさせてもらったり、抱っこやおんぶをしてもらったり……色々なリクエストに快く応えてくれた。そんなラモーヌの周りでは子どもたちの笑顔が溢れ、イベントスタッフが撮影する記念写真は子どもたちにとって最高の思い出となるだろう。
◇
「メジロアルダンだー!」
「髪の毛かっこいいー!」
「キレイー!」
アルダンがいるブースには特に小さなウマ娘たちが集まっている様子。
やはり普通のウマ娘からして派手な髪色をしているアルダンは子どもたちの目には一際目立っているのだろう。
「ふふふ、可愛らしいファンの方々に囲まれて幸せですね。一緒に今という素晴らしい瞬間を刻みましょう」
アルダンはそう言うと子どもを一人ひとり抱き上げて、記念撮影。
子どもたちもとても喜び、最高の思い出をアルダンと刻んでいる。
◇
「メジロパーマーだ!」
「いっぱい逃げるウマ娘だ!」
「ウェーイのウマ娘だ!」
パーマーの周りには特に男の子たちが集まっているようで、
「こらこら、尻尾は掴まない! こら、急に背中に飛びつかない!」
てんやわんやしている。
それでも笑顔で対応しているところが、彼女の心優しく面倒見の良いところ。
そんなワチャワチャしているところはスタッフが余すことなくカメラに収めていた。
◇
「すげー!」
「ぶらさがれるぞー!」
「何人までできるのー!?」
「あはは、まだまだ余裕余裕!」
こちらのライアンのブースも男の子たちが多く集まり、ライアンは自慢の筋力を見せつけている。
両腕にみっちみちに子どもたちがぶら下がっているが、ライアンにとっては余裕の重さ。
「でも危ないから順番にぶら下がってね」
『はーい!』
でもちゃんと危なくないように誘導するライアン。
この優しさこそ彼女が好かれる理由なのだろう。
◇
「名前はかっこいいけど、めっちゃ綺麗なウマ娘だ!」
「メジロドーベルをこんなに側で見るの初めてだ!」
「写真でヒーローみたいなポーズしてる子だ!」
「あ、あのポーズはカメラマンに乗せられてやっちゃって、たまたまそれが使われただけなの!」
ドーベルのブースにも男の子たちが多く集まっている。
理由は彼女の宣材写真のポーズのせい。あのポーズにはビコーペガサスも憧れるくらいで、子どもたちの心を掴むのに十分なのだろう。
一方でドーベルは恥ずかしそうにしているが、弟妹がいるお陰なのか声色は優しい。
◇
「この子ね、アリスちゃん!」
「まあ、ではマキちゃんとお友達になってくださいな〜」
「あたしのはシェリーちゃん!」
「あらあらまあまあ、皆さまたいへん可愛らしいですわ〜」
他のブースが賑やかな中、ブライトのブースはお人形会でもしているかのよう。
みんなそれぞれ自分のお気に入りのドールやぬいぐるみをブライトに紹介し、ブライトもそんな子たちにマキちゃんを交えながら交流している。
まるでここだけメルヘン空間のようで、ブライト本人のようなほんわかした雰囲気だ。
◇
「あの……」
一方でマックイーンは、
「はーい、マックイーン号に乗りたいお友達たちー。順番に並んで、ケンカしないで、仲良く待つんだよー」
『はーい!』
「あの、トレーナーさん!」
「はい、次は君ねー。ほい、行け、マックイーン号」
「どうしてですのー!?」
一人だけウマ娘のスピード体感コーナーで子どもたちを乗せる役をさせられている。ただし速度は子どもの安全を配慮して速歩程度。
会場内に設けられた400メートル程の円形コースを既に50周はしており、そろそろ他のメンバーに代わってほしいマックイーン。
しかしいくら彼女が河部に声を掛けようが、彼はそれを無視し続ける。
しかししかし、それにはちゃんとした理由があるのだ。
その理由は、
「俺からの信頼を裏切った報いだ」
「言い返す言葉もありませんわー!」
いつものようにマックイーンがパックイーンになってしまったから。
バ体重の増減はそのウマ娘の走りに大なり小なり影響を及ぼす。故に食べたら食べた分だけ身についてしまうマックイーンの体質を河部が考慮し、徹底した食事管理をしていた。
彼女だって中等部。食べ盛りであるお年頃だし、友達らと下校途中で買食いして学生時代の思い出を作る。メジロ家という名家に生を受け、決して甘やかされ続けて来たわけではない。
だからこそ普通の学生のように過ごすこの数年間は掛け替えのない思い出となる。
そんな思い出作りの邪魔にならないよう、河部は彼女のことを思い、徹底してきた。
何も闇雲に甘い物を食べるなとは言わない。河部が計算し尽くした制限内で普通の食事をしていれば、毎食デザートを食べていいし、おやつだって食べていい上に買食いだってしてもいい。もしも食べ過ぎてしまったらその分トレーニングを行えばいいのだから。
でも今回は河部の許容範囲を軽く超えて肥えてしまった。傍から見ればいつものマックイーンだが、それは勝負服のお陰で見えていないだけ。
実のところ勝負服のお腹周りは幾分か余裕がないのが確たる証拠である。
「俺は何度君に裏切られるんだろう」
イベントは大好評の内に幕を閉じ、今は送迎車の中。
黒塗りリムジンの最後部座席に座り、項垂れ、深いため息と共に河部がつぶやけば、マックイーンは罪悪感に襲われて複雑な表情を浮かべる。
愛する河部をこんなにも落ち込ませてしまった。何がメジロの至宝か。大切な人を悲しませるのならば、それはただの外道と同じではないか。
そんな気持ちがマックイーンの胸の中を駆け巡る。
「ねぇ……KYかもだけど、私今のこの状況がどうして出来上がったのか知らないんだけど?」
重苦しい空気の中(河部とマックイーンだけ)、パーマーが周りに状況説明を求めた。
「ほら、先月、マックイーンがゴールドシップたちのチームにメジロ家で持ってる山のキャンプ場貸したでしょ?」
ドーベルの言葉にパーマーは「ああ、そう言えばそんなこともあったねー」と手を叩く。
「それで、その入山料ってことでゴールドシップが提示したのが彼女のとこのトレーナーお手製のホットケーキだったの」
「ホットケーキ?」
「うん、ホットケーキ。アタシは食べたことないけど、カワカミから聞いた話だとお店開けるレベルでかなり美味しいみたい。タイキもファンらしいし」
「へぇ、マックイーンとしてはいいじゃん」
「そう、なんだけど……」
「なんだけど?」
「…………」
眉尻を下げ、押し黙ってしまったドーベル。
パーマーはますます状況が分からず、首を傾げた。
「マックイーンさまはその美味しさにパクパクするのが止まらなくなってしまったのですわ〜」
ブライトが言い難そうにしているドーベルに代わって事の顛末を言えば、パーマーは「止まらなかったか〜」と苦笑いする。
「無礼講のトレーナー……河名さんってさ、変人呼ばわりされてて言葉遣いは荒いけど、基本優しいし礼儀正しい人なんだよ」
ぽつりと独り言のように河部が口を開いた。
「マックイーンの体質もゴールドシップから聞いてたのか、わざわざ俺のところに来て経緯の説明と作って食べさせてもいいかを訊ねてくれたんだ。だから俺も普通の1人前の量ならって伝えたんだ」
なのに……と河部は続ける。
「このメジロの至宝(笑)ときたら、あまりの美味しさに我を忘れて10人前食べたんだ。河名さんが止めても『トレーニングで落としますから!』なんて言って……。名家のご令嬢にそう言われたら、河名さんからすれば作るしかないと思わないか?」
誰に向けた問いなのかは明白だが、その問いを向けられたメジロの至宝(笑)はバツが悪そうに俯いていた。
「だから今日、このフトマシパックイーンには乗バ体験のウマ娘役をやらせたんだ……一人であれだけの人数を乗せて速歩とは言え、長時間はトレーニングよりもハードだったはずだ」
そう言ってメジロの至宝(笑)を見る河部。
「ハードだったのに一人でやらせて、疲れ切ったパックイーンの顔を見たらさ……悪い、やっぱ許せねぇわ」
今にも悔しくて泣きそうに声を震わせて言う河部。彼はまだマックイーンがパックイーンになる前、自分もあの場に同席するべきだったと激しく後悔しているのだ。
「それは許せないでしょう」
「ちゃんと言えたわね」
「聞けてよかったです」
河部の悲しみを理解している……アルダン、ラモーヌ、ライアンと河部を少しでも励まそうと優しく声をかける。
そして―――
「さあ、パックイーン……審判の時だ」
―――河部の邸宅にて本日の成果を確認する時が来た。
果たしてメジロの至宝(笑)は汚名をそそぐことは出来るのか。
キシリ……と体重計が僅かに軋む音。チチチと数値が電子盤に刻まれていき、皆がそれを見つめた。
その中で一際緊張しているのはメジロの至宝(笑)である。
少しずつ少しずつ、数値が止まり始めてきた。
緊張でレース後かのように肩で息をしそうになるのを必死に堪えるも、いつの間にかまぶたは閉じていた。
怖いのだ。彼女は。あれだけ重労働をしたというのにもしも体重が減っていなかったら。もし減っていなくてメンバーから哀れみの目を向けられたら。愛する人にクソデカため息を吐かれたら……そんなことばかりが彼女の脳内を支配する。
そして―――
「……おし。及第点だな。3日間のおやつ抜きでトントンだろう」
―――三女神はパックイーンを祝福した。
その瞬間、
「やりましたわぁぁぁぁぁっ!」
パックイーンことマックイーンは勝利の雄叫びをあげる。
報われたとはこのことだろう。自分が常日頃から応援している野球選手がサヨナラホームランを打った時のように、腹から、心からの雄叫びだ。
「うるさい。もうこんな茶番やりたくないから、マジで自制心つけてくれよ」
河部はそう言ってマックイーンの額を軽く小突く。
マックイーンはとても強く頷くが、その1週間後にまたパクパクパックイーンになることを夢にも思っていない。
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