節分。雑節の一つで、各季節の始まりの日の前日のことを指す。また季節を分けるという意味もあり、炒った豆を撒いて鬼(悪)を払う平安時代から今も続いている文化。
また恵方巻きとは大阪が発祥であり、節分に恵方を向き、願い事をしながら太巻きを黙々と最後まで食べるというもの。
太巻きの具は、七福神にあやかり、また福を巻き込むという意味も込め、七つの具を入れるのが良いとされており、太巻きは鬼が忘れていった金棒という説もあるので、それを食べることで鬼退治という意味合いもあるようだ。
各チームの部室やトレーナー室、またウマ娘たちが過ごす各寮でも豆撒きか行われ、トレセン学園に通う生徒らの思い出に刻まれる。
ナイトスカイの面々はトレーナー室で行った。
生徒会として見回りをしていたルドルフとブライアンがその仕事を終えてからなので、始めたのはかなり遅めの時間になってしまった。
しかし事前に遅くなると分かっていたので、メンバーは外出届けを出している。
そうすることで寮の門限時間が延長されるのだ。
豆撒きは炒った豆を撒くのが主流だが、ナイトスカイでは撒いたあとの掃除のことも考えて殻付きの落花生を撒く。
そうすれば拾うのも簡単だし、衛生面も特に問題ない上、福豆を撒くのと違って取りにくい隙間へ入って行くこともない。
あとはみんなお待ちかね、吉部特製の恵方巻きを食すのみだ。
「今回の恵方巻きはかんぴょう、玉子、甘海老、とびっこ、桜でんぶ、しいたけ、ほうれん草のおひたしだ」
『おお……!!』
かんぴょうとしいたけは甘じょっぱく煮付け、甘海老は尻尾を取り除いた上で数尾使用。
マグロのたたきも定番だが、それは去年入れたので今年はとびっこにした。
因みに、
「ブライアンはこっちな」
「愛しているぞ、トレーナー……!」
ブライアンにだけは牛カルビ、豚とろ、照り焼きチキン、ジンギスカン(スネ)、ラム(ムネ)、牡丹(イノシシのバラ)、紅葉(シカのネック)、月夜(ウサギのモモ)という肉だけを巻いた恵方巻き。
昨年のウィンタードリームトロフィーでブライアンは初勝利を飾ったので、吉部が特別に日頃から贔屓にしている商店街の肉屋に交渉して仕入れたのだ。
ただし、
「それを食べる前に、ブライアンにはこのニンジンサラダを食べてもらう」
「……相変わらず酷い男だ」
食す肉(脂)の量から換算して、必要となるであろう野菜はきっちりと摂ってもらう。
何せ用意した恵方巻きは長さ約50センチ、直径約6センチとかなりボリューミー。そのため、その分必要とされる野菜の量も増えるのだ。
しかしブライアンだけでなく、ちゃんと吉部もシービーたちもニンジンサラダを食べる予定。
野菜が大嫌いなブライアンだが、食べれば吉部の頭ワシャワシャが待っている。
故にブライアンは文句は言いつつも、ご褒美と夢の肉だけ恵方巻きのために黙々とニンジンサラダを食した。
「よ〜しよ〜し、偉いぞブライア〜ン!」
「フッ、当然だ……♡」
ワッシャワッシャと撫でられてご満悦のブライアン。
それを当然、ルドルフは鋭い眼光で睨んでいる。
「ところでマスター、ブライアンさんの恵方巻きに使われている『げつよ』とは何のお肉なのでしょうか?」
ブルボンが抱いた疑問を投げると、
「『げつよ』っていうのは月の夜と書いてウサギ肉のことを指すんだ。昔の日本の武士や庶民の間では普通に食べられていたが、当時日本に伝わってきた仏教で獣を殺して食べることは許されないことだと言われ、どうしても食べたいお坊さんたちがウサギの耳を羽ということにして、強引だが獣ではなく鳥だと解釈してウサギを食べたという話がある。そうしたことからウサギの数え方を一羽、二羽と数えるようになって、またウサギは月に住んでいるということから、ウサギのことを月夜鳥(げつよどり)と呼ぶようになり、ウサギの肉は月夜肉と言うようになった」
吉部が丁寧に説明すると、ブルボンを含め、他の面々も『なるほど』と頷いた。
「因みに私たちに馴染み深い鶏の肉は柏(かしわ)と言う。他にも鴨肉はイチョウ。スッポンの肉はマル。フグはテッポウと言うね」
ルドルフが知識を披露し、吉部に『褒めて!』『頭を撫でて!』とルナモード全開の眼で訴えると、吉部は苦笑いしつつもしっかりと彼女の頭を撫でてやった。
「それじゃあ、サラダも食べ終えたことだし恵方巻きを食べよう。今年の方角は向こうだぞ」
吉部は方角を指差してみんなに言うが、
「アタシたちの方角は決まってるから♪」
シービーがそう言うと、みんな一斉に吉部の方へ向く。
恵方巻きの恵方とは歳徳神という神様がいる場所を指しており、その方角を向いて色々なことを行うと良いことがあると言われ、昔は節分だけでなく神社のお参りやなんかもその年の恵方へ向いて手を合わせていた。
そしてシービーたちにとって、自分たちの恵方は吉部がいるところとなる。
自分たちの夢、自分たちの願い、その全てを叶えてくれるのは吉部しかいないから。
「……今年もそうなのか、仕方ない」
吉部はぼやくように言うと、自分が今年の恵方へ移動してみんながそちらに向くようにする。
彼女たちの気持ちは嬉しいが、やはり伝統文化はちゃんと伝統に則ってやってほしいのだ。
「いただきます」
『いただきます!』
あとはみんな恵方巻きにかぶりついて、願い事をするのみ。
(今年もみんなが怪我なく、伸び伸びと自由に走れますように……そして、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんがいつまでも元気で過ごせますように)
吉部は今年もドリームシリーズを戦う愛バたちのことと家族のことを願う。
因みに吉部の恵方巻きは15センチほどの人間用サイズ。
そして、
(トレーナーとアタシがこれからも楽しく過ごせますように♡)
(トレーナー君と私が今以上に相思相愛になれますように♡)
(トレーナーが仕事を抱え込み過ぎないように。でないと私との時間が減るからな♡)
(トレーナーがもっと私に野菜を食うように仕掛けてくることが減ることを願う。それよりも私をもっと甘やかしてほしい♡)
(マスターがこれからも健康で、私と共に歩んで行けますように♡)
(あ、相棒と、てててて、手を繋げますように!♡)
愛バたちは愛バたちで、熱の籠もった眼差しで愛しの男の背中を見ながら黙々と恵方巻きを食すのだった。
――――――――――――
バレンタインデー。一部の人間からはお菓子会社の陰謀や血で血を洗うバーリトゥド(ポルトガル語で何でもありという意味で、ブラジルで行われる総合格闘技のこと)をしてもいい日なんて茶化されているが、一般的に日本では日頃の感謝や意中の人へ愛を伝える日である。
トレセン学園でもバレンタインデーは特別だ。
何しろ通う生徒はみんなウマ娘。甘い物が大好きな子が殆どなので、友チョコや感謝チョコがそこら中で送り送られているのだ。
当然、本命チョコを渡す生徒もいる。
「…………良かった」
吉部は自身のトレーナー室のデスクでぽつりと独りごちた。
何故なら今日はバレンタインデー。
ウマ娘だけが通うトレセン学園で異性となる男性トレーナーはバレンタインデーともなると、多かれ少なれ彼女たちからチョコレートを貰うことがある。
吉部はその中でもかなり多く貰う側の人間。
単に彼が魅力的な男性だからと言ってしまえばそうであるが、それだけではない。
ナイトスカイを率いる超有名トレーナーで、またシリウスが面倒を見ている一見ガラの悪い生徒たちにも分け隔てなく接し、時にはアドバイスもしている。
そうしたちょっとした親切の積み重ねが、優しい人間を好むウマ娘にとってどストライクなのだ。
故に毎年まるで一年分のチョコレートを貰ってそれに感謝はするも、毎度毎度めまいがしていた。
その上、ウマ娘だけでなく学園外の雑誌記者やレース場で働く人々、純粋に彼のファンである人々から貰ってしまうのだから、余計にその数は多くなっていく。
取材時のちょっとした気遣い、機材トラブルで焦っているスタッフへのちょっとした気遣い、ファンだと言ってくれる人々へ笑顔で感謝を述べたりなどなど。
こうした姿勢が人々を引き付けてしまうのだ。
そして吉部という男は人からの厚意を無碍に出来ない。
祖父母からそう教わってきたのだから尚更である。
しかし今年は違った。
何故ならご贔屓にしている乙名史記者にバレンタインデー前に、
『去年は沢山のお気持ちを頂きました。しかしそのお気持ちは自分にはとても消化し切れない量でした。なのでどうか今年は遠慮してほしいです。本当にお気持ちだけで、私は嬉しいのです』
バレンタインデーを見据えた少し前の特集記事に去年のことを素直に告白し、記事にしてもらったから。
なので今年はチョコレートではなく、手紙や応援の色紙が殆どで、学園の生徒たちからも温かい言葉を貰った。
生徒たちに関してはシリウスが仲間たちに説明し、仲間たちが吉部にチョコレートを渡そうと考えている生徒たちに『去年いっぱい貰ったから、今年は遠慮してほしいってよ』と拡散してもらったのだ。
それでも日頃の感謝を伝えたい生徒たちはルドルフに相談し、みんなで一個渡すということにしたとか。
しかし―――
「良かったね、トレーナー♪」
―――ナイトスカイの面々は特別である。
吉部がモテるのはみんな知っている。
なので昨年は彼のことを考えてチョコレートは贈らずに、感謝を綴った色紙を贈った。
今でもそれは吉部が普段暮らしているアパートの自室玄関に額縁へ入れて飾ってある。
しかし今年はチョコレートも少ない。
であれば、自分たちが贈っても何も問題はないし、去年渡せなかったのもあってシービーたちは気合が入っている。
それはもうドリームシリーズに挑む時のように。
「でもアタシたちからのチョコレートは受け取るよねー?」
「受け取らないという選択肢はそもそも無いと思うがね、トレーナー君♡」
シービー、ルドルフが詰め寄って言えば、吉部は「ああ、ありがたく受け取るよ」と素直に笑みを見せる。
すると待ち構えていたブルボンが、
「シンプルに私のマスターへの気持ちを込めてハート型のチョコレートにしました。一口サイズですので、割らずに食べてください」
ズズズイッと可愛らしくピンクの包装紙でラッピングされた手作りチョコレートを手渡した。
「私も一応は手作りだ。姉貴が自分のトレーナーに渡す渡さないで焦れったかったから、私に教えるという体で作らせた。その時に作ったやつだ。確か……ふんだんしょこら?だったか?」
「フォンダンショコラじゃないか?」
「ああ、そうだ。そんな名前だ。まあ名前なんて気にするな。お前への愛はしっかりと込めてある」
「ありがとう。ブライアン」
ブライアンが渡すと、今度はウオッカがはにかんで小包をデスクに置く。
「俺はチョコクッキーにした。星とか、ハートのとか! うわー! いいから受け取ってくれ!」
「ありがとうな、ウオッカ」
ウオッカは吉部のお礼を聞くなり、バビュンッとソファーの背もたれの後ろに隠れてしまった。
しかし背もたれから見えている耳はピコピコと幸せそうに荒ぶっている。
「私は自慢じゃないが手作りは得意じゃなくてな。評判のいいやつを取り寄せた。何なら、口移ししてやろうか?♡」
「俺のトレーナー生命が無くなる上に人生も詰むから遠慮させてくれ。気持ちだけ受け取るよ。ありがとう」
「ははっ、そんな顔するなよ……もっといじめたくなる♡」
吉部の顎を指で愛おしそうになぞるシリウス。
しかしそれをルドルフが眼光鋭く止めたことで、今度は愉快そうに笑って距離を置いた。
「トレーナー君、私の君への想いを込めたチョコレートのパウンドケーキだ♡ 私のことを思い浮かべながら食べてほしい♡」
「ありがとう、ルドルフ。しっかりと味わって頂くよ」
ルドルフの気持ちに吉部はしっかりと頷いて、彼女の首筋をトントントンと叩くように撫でる。
するとルドルフは破顔して、夢見心地。なのでシリウスとブライアンがルドルフを吉部から引っぺがし、邪魔にならないようにトレーナー室の隅に転がした。
「最後はアタシだね♪ はい、どうぞ♡」
「…………どうしてわざわざ制服の胸元を開けてそこに挟んで渡す?」
「男のロマンかなって♪ 違うの?♡」
「そういうのは良くない」
「あはは、目が泳いでて可愛いんだ♡ じゃあ、卒業したら挟んだまま食べてね♡」
「…………勘弁してくれ」
「にしし、楽しいから無理♡」
結局、シービーからは谷間に挟んであったハートのチョコを彼女の手から吉部に食べさせることに。
吉部は若干頬を赤く染めながら「美味い。ありがとう」とお礼を言えば、シービーは愉快そうに「はーい♡」とご満悦。
今年は今年で愛バたちに翻弄されるバレンタインデーになった吉部であった。
読んで頂き本当にありがとうございました!