サマードリームトロフィーが終わり、本格的にトレセン学園は夏季休暇に入る。
休暇期間中、多くの生徒はトゥインクルシリーズ中なのもあって夏合宿に突入しているが、チームの全員がドリームシリーズに入っているチーム『メジロ』はクール期間。
彼女たちのクール期間の過ごし方は前までならば各々好きに自由に過ごしていたのだが、河部という男に惚れ込んでからは彼の元で過ごすことが当たり前になっている。
中でもラモーヌ、アルダン、パーマーは幼い時から河部の側にいるのが心地よく、彼の元で過ごすのが一番のクール期間の過ごし方。
ただ今年からは全員がドリームシリーズに進出しているのもあって、7月頭からトレセン学園が指定している合宿先に行かないため、久しぶりにトレーニングに追われることなく7月に入ってもゆっくり過ごすことが出来ている。
なので、
「貴方、ショッピングに付き合って」
ラモーヌは今日も河部の邸宅にやって来て彼に有無を言わさず買い物へ誘い出した。
有無を言わさずとはいうが、河部は基本的にラモーヌの誘いを断らないため、無理矢理ではない。仮に断るとしても仕事があるか、先約があるかの場合だ。
「何か自分の目で見て買う物があるの?」
河部はそう問うのも当然で、普段からラモーヌは買う物が決まっていれば使用人に頼んで仕入れる。それでも敢えてラモーヌが足を運ぶというのは自分で見て、それに触れて、手にするかどうかを見極めるということだ。
「ええ、そうよ」
ラモーヌはそれだけ返すと、河部の左腕にそっと手を絡めて門の前に停めてあるリムジンまでエスコートをさせるのだった。
◇
ラモーヌに連れられて来たのは有名な老舗百貨店。
リムジンの中には当然アルダンたちもいて、今日はみんなでショッピングデートということらしい。
普通のショッピングデートと違うのは、
「これはどう?」
「似合ってるよ」
「そう。ならこれを頂くわ」
「かしこまりました」
お金を出すのはラモーヌたちであるということ。因みに今し方ラモーヌが買ったのはイタリア製の日傘で折りたたみ傘だというのに軽く5万円を超えているブランド品。
持ち手の部分にミモザの花を模した金の装飾があり、傘を開くと黒地の外側とは違って内側にミモザの花の刺繍が施されていて、職人がこだわって作ったのが分かる一品だ。
「姉様も新しい日傘を買ったのですか?」
「ええ。去年のも気に入ってはいるのだけれど、やはり今年の新作となると、ついね」
「分かります。ここのブランドの日傘は軽くて丈夫でいいですよね」
アルダンもラモーヌ同様、同じブランドの日傘を購入。彼女の方はソメイヨシノの刺繍と装飾が施されている物だ。
「トレーナー、こっちとこっちならどっちがいいカンジ?」
「パーマーの好きな方を買えば?」
「トレーナーの好みに染まりたいから訊いてるのに……」
「なら右手に持ってる方」
「ん、オッケー♡ すみませーん、これください! カード一括で!」
「お買い上げありがとうございます!」
パーマーが河部に言われて購入したのはポシェット。これもブランド品でこれ1つで7万円を有に超える。
手に提げるのも勿論、肩から掛けられるようにもなっていて機能性も申し分ない。ブライドルレザーの白革にワンポイントとしてブランドロゴが付いているシンプルなデザイン。
「トレーナーさーん! ちょっと助けてくださーい!」
少し離れたところから助けを呼ぶのはライアン。
彼女の声に河部が振り向くと、ライアンはドーベルとブライトから色々な服を勧められて困っている様子だった。
普段から可愛らしい服装に憧れはするものの、自分のようなボーイッシュな見た目には合わないと遠慮してしまうライアン。そんな彼女の為を思ってドーベルたちはこういう場ではあれもこれもとライアンに似合う可愛らしいスカートやワンピースを見繕うのだ。
「トレーナーもライアンに似合うと思うよね、この白のワンピース」
「こちらのフレアスカートもライアンお姉さまに似合いますわ〜」
「トレーナーさ〜ん……」
ライアンは必死に言葉にしなくても目で河部に助けを求めるが、
「おっ、どっちも可愛いな。ライアンはスタイルいいからきっと似合うよ」
河部はドーベルたちの援護に回る。
ライアンは自信がないだけで、可愛らしい服でもちゃんと似合う女の子。それを知っているからこそ、河部は嘘偽りのない言葉を返したのだ。
「ほら、トレーナーもこう言ってるから買ってくるね! 行こ、ブライト」
「くださいな〜、してしますわ〜♪」
「ちょ、二人共〜!」
「ライアン、諦めろ。君は可愛い」
「〜〜〜〜っ!」
顔を真っ赤にしたライアンは二人のあとを追い、猛スピードで二人に勧められた服をブラックカードで購入するのだった。
「今手にしている物を速やかに店員へ預け、両手を胸の前に組んでこちらを向いて膝をつけ」
「どうしてですの!?」
「今買おうとしていた物をちゃんと見たか?」
「夏限定の旬のフルーツタルトケーキですわ! 数量限定なんです! だからこの機会を逃したらいけないんです!」
「いけないのはその思考回路だ。どうして特注の10号ケーキを買おうとしている?」
「カットケーキだけで満足しろと仰いますの!?」
「仰るよ。当然だろう」
そして安定のマックイーンはドクターストップならぬトレーナーストップで血涙を流す。彼女はこの日のためにおやつを我慢し、多少の(マックイーンとして)どか食いは許されると思っていたから。
しかしそれは浅はかなこと。どんなに調整しても、それを上回ってしまえば調整の意味がないのだ。
「それを食べると言うのなら、俺は今後君に対して何も言わないし、しない。その瞬間から俺たちは他人になる。婚約を解消するまではしないが、事務的なことだと思い、君は最初から俺の記憶からいない者として扱う」
そう言う河部だが実際にそんな扱いを彼女にすることはかなり難しい。それでも彼女のことを考え、今暴走して巨大ケーキを欲望のままに食べることが回避出来る確実な手を使うのが河部だ。
「…………します」
「ん〜、聞こえんな〜?」
「我慢しますっ!」
「ん、偉いぞマックイーン。大切な君との記憶を封印しなくて済んで嬉しい」
河部は優しく笑い、マックイーンの頭を撫でる。そうすればマックイーンは幸せそうに尻尾を揺らし、緩んだ頬を両手で押さえた。
そんな光景を見ていたメンバーは、
『(洗脳みたい(ね)……)』
と思ってしまうのだった。
その後、マックイーンは河部が許してくれた分の限定ケーキを3つ平らげ、絶好調をキープしたとか。
―――――――――
本日は七夕。
クール期間中のチーム『メジロ』は河部の邸宅にてささやかな七夕パーティーをすることにした。
邸宅の庭に七夕飾りを施した竹を立て、サンルームに椅子とテーブルとシェフたちの料理が並ぶとても豪華なパーティーだが、メジロのウマ娘たちからすればとてもささやかなもの。
短冊にそれぞれ願い事は書いているが、皆同じく『泰弘(さん)(様)と幸せな結婚生活を送りたい』とあるので、その願いを叶えるのは織姫と彦星ではなく河部本人だ。
あいにく梅雨前線の分厚い雲のせいで天の川は拝見出来ないが、七夕の日に行うことに意味がある。
「貴方が望むのなら飛行機で雲の上まで行ってもらうのだけど?」
「いいよ、そんなお金の無駄遣いしなくて」
「貴方との思い出のために使うお金なら無駄遣いではないの。お分かり?」
「その気持ちだけ受け取るね」
「ふふふ」
ラモーヌは河部の膝上に座り、愛する彼の顎を人差し指で優しくなぞりながら笑った。
「姉様、トレーナーさんを困らせてはいけませんよ」
アルダンは姉にそう注意をしつつ、河部の背後から抱きついて二人の間に割って入る。そんな妹を見てラモーヌは再びクスリと笑うと、立ち上がって使用人に飲み物を貰うのだった。
「トレーナーさんは相変わらず姉様に弱いですね」
「ラモちゃんだけじゃなくて、みんなに弱いんだよ……アルちゃんに同じこと言われても同じ状況になったと思う」
「あら、それはいいことをお聞きしてしまいました♪」
小悪魔的な笑みを見せるアルダンは、逆光のせいかとても色っぽく映る。
「悪い子アルちゃんは何をする気かなー?」
「何もしませんよー♪ するとしてももっと先のお話です♪」
「怖いなー」
「怖がらなくても、トレーナーさんに酷いことはしませんから」
「そこは信じてる」
「うふふ♪」
「はーい、イチャイチャタイム終わりー!」
今度間に割って入ってきたのはパーマー。
その後ろにはドーベルやブライトもいて、アルダンは「はーい」と素直に従ってテーブルの方へ戻った。
「それじゃ私、背中ー♡」
「では〜、わたくしとドーベルがトレーナーさまのお膝の上ですわね〜」
「ちゃんと支えなさいよね……」
アルダンと入れ代わりでパーマーが河部の背中に抱きつき、ドーベルとブライトは右膝、左膝と腰を下ろす。ちゃんと二人が落ちないように肩を抱き寄せる河部と、そんな彼の優しさに心がぴょんぴょんするドーベルとブライト。
「ムード壊すようで悪いんだけど、マックイーンは食い過ぎてない?」
「大丈夫大丈夫。低カロリー料理だし、誰かしらはマックイーンのこと見張ってるから」
「そんなことより〜、おでこにキスをくださいな〜♡」
「ほ、ほっぺまでなら許してあげる……どうせしたいんでしょ?♡」
「あ、なら私もー♡」
ラモーヌもアルダンもキスまではせがまなかったが、この三人は違うようだ。
河部はそれに苦笑いしつつも、彼女たちのリクエストにちゃんと応える。そうすれば三人は満足そうに微笑んで、
「ほんじゃ、ライアン! 交代ね!」
「え……わぁっ!?」
パーマーがライアンを連行し、問答無用でドーベルとブライトが退いていた河部の膝上に乗せた。
するとライアンは顔を真っ赤にして縮こまるが、しっかりと両手は控えめながらも河部の胸元の服を掴んでいる。
「ライアーン」
「は、はひ……」
「昼間に降った雨のせいで重バ場だけど、せっかくライトアップされてるから、燃やす前に竹を近くで見ない?」
「え、あ、はい!♡」
河部の申し出にライアンは嬉しそうに返し、彼のエスコートで竹の側へ行く。
七夕飾りを施した竹はライトが飾りを反射して幻想的に見せ、ライアンは思わず感嘆の息を吐いて、河部の左腕に絡めた手にほんの少しだけ力が入った。
「綺麗だね」
「はい……燃やしてしまうのが勿体ないですね」
「でも燃やすまでが行事だから」
「ですね」
こんな素敵な時がずっと続けばいい。そうライアンは思った。
しかし、
「ライアン! 交代の時間でしてよ!」
こういう時間は短いからこそ尊いのだ。
ライアンはいつの間にかやって来たマックイーンと交代する。しかしする前に河部はライアンの左手の甲にキスを落としてもらい、猛スピードで退散した。
「さぁトレーナーさん! 私にもキスを!」
「クリームつけたほっぺに?」
「な!? どちらの頬についてますの!?」
「両方だよ、ホシノマックイーン」
「〇ービィではありませんわ!」
「どうでもいいけど戻らね? そろそろ火点けるっぽいし」
「どうでもよくはありませんが戻りますわ!」
「マックイーン、うるさい」
「どうして私だけ辛辣なんですのー!?」
マックイーンは絶叫するが、この扱いも河部からの愛だと実感しているので、言葉ほど怒ってはいない。
「とりあえずクリーム取ってやるから黙れ」
「はい!」
「……ほい、取れた」
(もしやそのままトレーナーさんのお口に?♡)
「? 何見てる……ってクリームか。いやしんぼめ。ほれねぶれ」
「違いますわそうじゃありませんわ!」
そうは言うマックイーンだがこれはこれで有りと言うことで、遠慮なくクリームを堪能した。
こうして穏やかな七夕を過ごしたチーム『メジロ』であった。
読んで頂き本当にありがとうございました!