ジリジリと照りつける太陽。それに熱せられた砂浜を寄せては引いてゆく海水が程よく冷ましてくれる。
プライベートビーチとはいえ、夏合宿の目的であるトレーニングもしっかりとこなし、ウィンタードリームトロフィーに向けて身体を作っていく。
ラモーヌ、ドーベルはマイル部門。
アルダン、ライアンは中距離部門。
パーマー、ブライト、マックイーンは長距離部門。
マックイーンに至ってはサマードリームトロフィーでは実現出来なかったライバルのライスシャワーとの再戦を目指しているため、トレーニングにも並々ならぬ闘志を燃やしている。
そういう意味で長距離部門は注目を浴びているが、マイルや中距離もまた熱いレースになることが必至だ。
マイルに女王として君臨するラモーヌを打倒すべく、マイルの支配者タイキシャトルにスーパーカーの異名を持つマルゼンスキーが出走することを表明し、他にも多くの猛者たちがいるのだから。
中距離はいつの時代もスーパースターの大レース。絶対的王者チーム『ナイトスカイ』のシンボリルドルフ、シリウスシンボリ、ナリタブライアンを皮切りに、トウカイテイオーやウイニングチケット、アグネスタキオン、タマモクロスと強者揃い。
サマードリームトロフィーで惜しくも優勝を逃したライアンとしては今度こそ優勝レイを愛する河部に捧げたい。そして当然それはアルダンも同じ気持ちだ。
よってみんなやる気は十分。
河部はそんな彼女たちを少しでもいい状態でレースに送り出す。それが自分の仕事であり、天職であり、使命なのだ。しかしどんなレースであれ怪我をしないことを第一にいつも考えている。
「ほい、みんなお疲れさん。マッサージ師の人にしっかりクールダウン受けつつ、汗を流してくれ」
本日のトレーニングも無事に終わり、河部はみんなにそう言い残すと、自分はコテージに戻って本日のみんなの仕上がり具合をデータ化する作業に入る。
細かく分析、データ化することで彼女たちの勝率を僅かでも上げることが出来るから。
◇
「ふぃ〜……」
「お疲れ様、貴方」
作業を終え、背伸びをする河部にすかさず声をかけたのはラモーヌ。
目配せすれば使用人が冷たいアイスティーを河部のデスクに用意してくれた。
お礼を言いつつアイスティーで喉を潤すと、
「トレーナーさん! お風呂にします!? ご飯にします!? それとも――」
「――お風呂入ってくる」
「せめて最後まで聞いてくださいまし!」
マックイーンが鼻息荒く新婚さんみたいなことを言おうとして河部にクールに返される。
よよよ、と下手な泣き真似をするマックイーンを華麗にスルーし、風呂場に向かう河部。
だったが、
「……なんでついてくるの?」
「中までは入らないから安心なさい」
ラモーヌが静静とついてくるので歩を止めた。
「いや、別に見届ける必要はないと思うんだ」
「猫だって犬だって愛する人がお風呂に入る際にはドアの前で待っていたりするでしょう? それと同じよ」
「ゆっくり浸かりたいんだが?」
「ゆっくり浸かっていいのよ?」
「待たせているのにゆっくり浸かれるとでも?」
「使用人は常に待機しているじゃないの」
「……好きにして」
「既にしているわ」
決してラモーヌには勝てない。いや、何を言ってもラモーヌには効かないのだ。
諦めた河部はラモーヌの気配を感じつつ、風呂を済ませ、ラモーヌと共にリビングへ戻る。
するとアルダンたちがテーブルに座って食事を待ってくれていた。因みに食事はラモーヌが風呂場の気配を読んで厨房に伝えているので、出来立てである。
「お待たせ。それじゃあ早速頂こうか」
『はい(ええ)』
食事が終われば、今度は自由時間。ラモーヌたちからすれば婚約者としての甘い時間だ。
「てことで、明日はトレーニングも午後からってことで! これから映画を観まーす! ウェーイ♪」
ノリノリで宣言するパーマーにみんな拍手を送る。
コテージの地下には小さな多目的ホールが設けられて、合宿期間中ならばフォーム確認や癖の指摘に使うことが多いが、こうした娯楽にも使えるのだ。
「セッティングは使用人たちがしてくれますから、私たちは席について待っていましょう」
アルダンの言葉にみんなは事前に決めた席順でそれぞれ座る。厳正なるじゃんけんで河部の右隣を勝ち取ったのはマックイーン。左隣はドーベルだ。
「こう言うのもアレだけど、この夏は遊んでる方が多い気がするなー。トータルは変わってないのに」
「婚約者になったことで一緒に過ごす時間が増えたからそう思うだけよ」
「それにこちらの方が周りの方々に迷惑もかけませんし、トレーニング施設の交渉を他のトレーナーさんたちとすることもありませんもの。私たちと過ごす時間が増えるのは当然のことですわ」
河部のつぶやきにドーベルとマックイーンが返せば、他のメンバーもそうそうと頷いて見せる。
「まあ、確かにそうだよね。うん。ここに来た当初はガチバカンスだったし」
このプライベートビーチに来た当初のことを思い出すと、河部は思わず乾いた笑いが出た。海のレジャーは勿論、夜は打ち上げ花火やら本格的なリンボーダンスやフラダンスが披露されたから。
「にしても毎年毎年みんな揃って水着を新調してくるけど、前のやつだって十分似合ってたのに勿体なくないか?」
つい金銭感覚のズレから河部がそんな言葉を零せば、
「貴方に見せるために買っているのだから喜ぶべきことではなくて?」
「姉様の言う通りです、トレーナーさん。私たちのプライベートでの水着姿はトレーナーさんにしかお見せしていません」
「友達とプール行くーとかならそれこそ前に買ったのでいいけど、トレーナーにはちょっとでもいいとこ見せたいっていう乙女心じゃん?」
「それに今年の水着だってそんなに高くないですよ?」
「メジロと提携してるスポーツブランドだから、オーダーメイドでも2万円するかしないかのお手頃価格だから、トレーナーが変に気にすることないわ」
「わたくしたちは〜、トレーナーさまに可愛いな〜って思ってもらえたらそれが一番の幸せなんです〜♪」
「だからトレーナーさんは毎年私たちの水着姿を堪能してくださるだけでいいんです♪」
みんなからそんな言葉を返されてしまう始末。
メジロ家は規格外。これがメジロクオリティー。河部はこの感覚は一生慣れはしないだろうと思うのだった。
そんな雑談をしていると、使用人の一人が放映する準備が整ったことを告げる。
他の使用人たちはそれぞれの席に付いているテーブルに飲み物を用意し、所定の位置に戻って待機。
それを放映係が見届けると室内の明かりを暗くして、映画を放映した。
―――――――――
――――――
―――
「…………室内なのに熱中症になりそう☆」
映画は無事にエンドロールを迎え、室内が明るくなる。
しかし河部は明るい声色とは裏腹に汗だくだ。
何故なら、
「怖くてまだ手が震えています……」
「怖かった……」
「流石に最後のアレは……」
「ストーリー的には王道なんだけど……」
「怖かったですわ〜……」
「フィクションとはいえ、心臓に悪いですわ……」
ラモーヌ以外の全員が恐怖のあまり河部に抱きついているから。
「あのさ、とりあえず離れてくれない? ウマ娘に熱せられて逝くとか死因恥ずかし過ぎるんだが?」
『今はそんなこと言わないで(ください)!』
「おうふ……」
どうしてアルダンたちがこうなってしまったのか……その理由は放映した映画が原因である。
放映した物はホラー映画ではない。映画を用意するのは使用人たちなので、メジロのお嬢様方にホラー映画なんてものを見せようという選択肢は最初からないから。
では何を放映したのか……それは余命宣告を受けた一人のトレーナーが、自身の病気を最期まで隠して担当ウマ娘をGⅠ勝利に導くという感動ストーリー物。
ラストの担当ウマ娘がGⅠ勝利をした瞬間を病室のラジオで聞き、涙を流して息を引き取る……見た者へこれでもかと涙を誘う話だが、アルダンたちからすればアスリートウマ娘ということもあって、その物語を自分に置き換えてしまった。置き換えてしまった結果がコレである。
「トレーナーさん、絶対に健康には気をつけてくださいね」
「そうだよ! 私たち、あんな最後イヤだからね!」
「長生きしてください、絶対に……!」
「隠し事なんて絶対許さないから!」
アルダン、パーマー、ライアン、ドーベルが詰め寄り、ブライトもマックイーンも無言で圧力を掛けてくる始末。
「そんなことよりマジで死にそうなんだ。離れてくれないか?」
河部が苦しそうに言えば、やっとみんなは我に返ってなんとか離れてくれた。
そして新鮮な空気と解放感に『誰だよ、この映画選んだ奴は』と河部はその選択をした使用人の誰かに心から恨み節を飛ばす。
「……あれは物語だ。俺は至って健康だし、あんな状況になれば寧ろいち早くみんなに自分の病状を伝えるさ。迷惑掛けたくないってのもあるが、告げなきゃ告げないで残される側へ余計に迷惑と悲しみを背負わせることになるのは目に見えてる」
河部が安心させるように落ち着いた、でもしっかりとした口調で告げれば、みんな安堵の表情を浮かべて頷いてくれた。
「仮に嗚呼なったとして、私たちが貴方をむざむざ放って置くことなんてないわ。メジロ家の力であらゆる手段を用いて治療させるに決まってるじゃない」
ラモーヌの言葉がみんなの耳と心にストンと入る。
そうだ。自分たちはメジロ家だ。大切な人のためなら何を差し置いてでも最善の手を探し、実行する。
そう強く思うと、
「トレーナーさん、結婚しましたら、私たちが外で働きますから、トレーナーさんは専業主夫になりませんか?」
「そうすれば安全だし、私たちも安心だから!」
「定期的にメジロ家の主治医の診察も受けられますしね!」
「家にいれば安全にトレーナーを管理出来るからね」
「何さらっと怖いこと言うの、君たち?」
何故か虚ろな目でヤンデレ思考みたいなことを言い出した。
河部は彼女たちならやりかねんと分かっているので、内心冷や汗を掻きつつラモーヌに助けを求める。
するとラモーヌは、
「貴女たち、自分たちの安寧のために彼の自由を奪うのは違うのではなくて?」
しっかりとみんなを注意してくれた。
彼女の言葉でアルダンたちも納得したのか、目のハイライトさんたちも生気を取り戻している。
「自由にする代わりにGPSを身に着ければいいのよ。そうすればお互いに納得するでしょう? それに自動で定期的に心拍数や血圧、酸素濃度数を計って、その数値を私たちの端末に自動送信するようにすればいいでしょう?」
「え」
「埋め込むタイプもあるものね」
「……まさかもうどっかに?」
「あら、賢い人」
「やめて?」
「冗談よ、ふふふ……まだしていないもの♪」
「まだって何!?」
彼女の言葉が冗談なのかどうなのかはラモーヌのみが知る。
その後はみんなで寝室で眠り、河部だけは色んな意味でドキドキして寝不足気味になった。
読んで頂き本当にありがとうございました!