聖蹄祭も無事に終わり、10月ももうあと僅か。
巷では近年日本でも珍しくなくなってきたハロウィンの日が近いということで、至るところでハロウィン仕様の飾りやハロウィンをイメージする商品が並ぶ。
メジロ家では毎年この時期になるとファミリー層に向けたハロウィンイベントを開催するのだ。
日頃応援として様々な支援をしてくれるファンに対し、家族の大切な思い出の一役になれればと開催するもの。
勿論、入場料は無料でオバケのコスプレ衣装も無料で貸し出している。ただハロウィン限定ぱかプチやマフラータオルといったファングッズは有料。
そしてハロウィンイベントであれば、
「…………コレハナンデスカ?」
出演する側もオバケのコスプレをする。
河部は去年同様、問答無用で迎えに来たラモーヌに連行され、あれよあれよという間にスタイリストたちの手によってイベント用のコスプレ衣装とメイクを施された。
今は放心状態で控室のソファーに座り込み、虚空に向かって問い掛けている。
「狼男ね」
「今年の装いも素敵ですよ、トレーナーさん♪」
そんな彼の誰に向けたのか分からない問いに親切にも答えてくれたのはラモーヌで、隣にアルダンは河部の狼男コスに心がぴょんぴょんしている様子。その証拠に彼女の尻尾は令嬢らしからぬほどに荒ぶっていて、姉のふくらはぎや腰にベシベシと当たっていてもそれに気付いていない。
「狼男ね……だから去年よりも付け歯が妙に野生的なのか。相変わらずの手の込みようだなー」
河部が言うようにコスプレにはかなり力が入っでいる。狼を模し、しかし怖過ぎないくらいのリアルなフルフェイスマスクに、筋骨隆々な精巧な作りの着ぐるみ。カラーリングが明るければデジモ〇のワーガル〇モンを彷彿とさせるデザインだ。
「まあ去年の吸血鬼よりは尊厳破壊されてないからいいかな。顔見えてないし」
河部はそう言って一人うんうんと頷いているが、それはラモーヌたちが河部に一目惚れする人を出さないための措置だ。
去年のヴァンパイアのコスプレは河部本来の容姿の良さも相まって、来場したマダムやガールが思わず見惚れてしまうほどで、急遽ラモーヌの指示で河部は裏方に回させたくらい。
よって同じ過ちを繰り返さぬよう、今年は徹底的に顔を隠す方向で狼男になったのである。
「ほわ〜、これがトレーナーさまなのですね〜?」
そこへやって来たのはブライト。
ブライトの今年のコスプレは赤ずきんちゃんらしく、彼女のほわほわした雰囲気も相まって実に可愛らしい。因みにラモーヌはフランケンシュタインで、アルダンはヴァンパイア。どちらもシンボリクリスエスやライスシャワーのハロウィン衣装を本人の許可を得て模している。
「ブライトは赤ずきんかー。なら俺が襲う側だなー」
「あら〜、確かにそうなりますわね〜。お召し上がりになりますか〜?」
「たーべーちゃーうーぞー!」
「きゃ〜、ですわ〜」
なんとも緊張感のない即興劇。しかしそれも見ている側がほっこりする―――
「がお〜……って、ちょ、ブライト? ブライトさん?」
「お召し上がりくださいませ〜♡」
「え、ちょ、ただの演技で……え、待って、力強っ!?」
―――はずもなく、ブライトはガツッと河部の手首を掴んで自身を襲わせようと身を寄せる。
ブライトはチャンスと見れば一気に差し込むのだ。
「ブライト!? 姉様、ブライトが暴走してしまいました!」
「…………」
「姉様?」
いつもならば言われなくても止めに入っているラモーヌが、今はただその光景を見つめている。
その理由は―――
「その手があったわね。私としたことが盲点だったわ」
「姉様!?」
―――ブライトのやり方が凄く勉強になったから。
「さぁ、トレーナーさま〜♡ 責任を持って美味しくご堪能くださいな〜♡」
「やめろー! (社会的に)死にたくない! 死にたくn――」
「そんな肉食系赤ずきんちゃんがいるわけないでしょっ!」
ソファーに押し倒される寸前のところ。ババンと控室に入ってきたドーベルの怒号が響く。
ドーベルはズカズカと河部とブライトの側までやってくると、ブライトを河部からベリッと剥がした。
「怖かった……もう本当にダメかと思った……!」
「遅くなってごめん、トレーナー。もう大丈夫だから」
年甲斐もなく女子高生に庇われ、身震いする河部。そんな彼の背中をドーベルは優しく叩いて落ち着かせる。
「ふむ……ああやって奪うのも有りね」
「姉様……」
相変わらずのラモーヌの思考にアルダンは思わずこめかみを押さえる。河部が絡むとラモーヌはいつものラモーヌではなくなってしまい、正常な判断を鈍らせるからだ。
「ウェーイ、悪魔ちゃんパーマーさんの登場だよ〜……って何、この空気?」
「え……一体何があったんです?」
「狼男さんが座敷童子さんに慰められているなんて……カオスが過ぎますわ……」
支度を終えてやってきたパーマー、ライアン、マックイーンは控室の混沌具合に困惑の色を隠せない。因みにパーマーは評判が良かったため、今年も同じく悪魔のコスプレで、ライアンはミイラ。マックイーンは魔女で彼女が先に言った通り、ドーベルは座敷童子のコスプレでメジロカラーの和服だ。
困惑するメンバーにアルダンが経緯を説明すれば、
「あ〜、その手があったか〜!」
「やりますわね、ブライト!」
「だ、ダメだよそんなの! 抜け駆けは禁止!」
あっち側と正常側に別れた。
「もう時間よ。気持ちを切り替えて」
ラモーヌの鶴の一声で河部以外は即座にご令嬢の仮面を付ける。ただし河部は未だ震えが止まっていない。
そんな彼に、
「トレーナーさま〜、冗談が過ぎましたわ〜。許してくださいませ〜」
ブライトが耳をしょんぼりと垂れさせながら謝ってきた。
彼女の行動は行き過ぎだったものの、河部への愛からきている。だからこそそんな愛する河部を怖がらせてしまったことにブライトは反省した。
「……もうしない?」
「致しませんわ」
「なら許す」
「では仲直りのハグを」
「ん、仲直り」
ムギュッとハグをする河部とブライト。ブライトの暴走は今に始まったことではない。まだまだ幼い頃から今に至るまでちょいちょい起きている。
そしてその度に二人は仲直りのハグをしてお互いに理解してきた。これが二人の絆なのだ。
「……狼男と赤ずきんちゃんが抱き合ってるとなんかシュールだね」
パーマーが思わずそう零すと、他のメンバーもついそのシュールさに注目してしまい、笑ってしまう。
「おい、そこ笑うところじゃないだろ!?」
「だったらトレーナーも見てみなよー♪」
怒る河部にパーマーが先程のシーンをウマホで撮影したモノを見せると、河部も思わず吹き出し、結局いつものようにチームは笑顔に包まれるのだった。
◇
ハロウィンイベントが無事に終わり、夕方には河部の邸宅へ帰ってこれた。
「当然のようにいるね?」
『?』
もちろんラモーヌたちも一緒である。
先程までのハロウィンはメジロ家のウマ娘としてのハロウィンだったが、これからは婚約者とのハロウィンの時間だから。
「ちゃんと外泊届け出して来てるんだよね?」
「当然でしょう?」
河部の言葉にラモーヌが代表して返せば、河部からはもう何も言うことはない。
既に世間からは婚約者ではなく新婚認定されてしまっているところもあるため、自分が強く否定しても結局はラモーヌたちと結婚することになるのだから無駄な抵抗はしないことにしたのだ。そして河部がこうなるのもラモーヌたちの計画通りだということを彼は知らない。洗の……すりこ……慣れとは怖いものである。
「トレーナーさん、トリックオア――」
「――マックイーン、貴様にやる菓子はない」
「どうしてですの!?」
ハロウィンの定番をやろうとしたマックイーンへの非情な河部の答えに、彼女は悲痛な叫びをあげた。
しかしそれも仕方ない。実は先程のイベントでマックイーンはファンの子どもたちとお菓子交換もし、既にお菓子を確保している状態だからだ。
「あれだけ菓子があって更にまた菓子を貰おうだなんて甘いんだ。食うのはいいけど、ちゃんと1日1個までだからな? 次またダイエットネタをしたら菓子禁止令を出すからな?」
「三女神に誓ってお約束しますわ!」
「毎回誓ってくれよ……」
思わず嘆いてしまう河部をアルダンやパーマーが優しく慰める。
マックイーンもやれば出来るのだが、スイーツとなるとついつい食欲のリミッターが解除されてしまうのだ。
「まあとにかくさ、イベントお疲れ様ってことでハロウィンパーティーしましょうよ」
「そうですよ! 使用人さんたちには準備をしておいてもらうように今朝伝えてありますから!」
「食堂で皆様が用意して待ってくださっていますわ〜」
ドーベル、ライアン、ブライトに促され、河部はみんなと食堂へ向かう。
食堂内はしっかりとハロウィン仕様に飾り付けられ、テーブル中央にはジャック・オ・ランタンが飾られていた。
「それじゃあ、みんな、今日はお疲れ様。ハッピーハロウィン!」
『ハッピーハロウィーン♪』
かぼちゃエキスが入ったシャンメリーで乾杯し、身内だけのハロウィンが始まる。
テーブルにはカボチャミートパイにカボチャグラタン、カボチャピザ、カボチャスープと様々な料理が並べられ、皆食べたい物を給餌係に取ってもらい、シェフが腕によりをかけた料理を堪能した。
「本日のデザートはなんですの?」
「本日のデザートはカボチャのモンブランケーキで御座います」
「最高ですわ!」
始まったばかりだというのにマックイーンはブレずにデザートをロックオン。
「マックイーン、分かってるよな?」
「……いくら低カロリーでも大食いはしませんわ」
「ん、ならよし」
しかしちゃんと河部が釘を刺せば、マックイーンも冷静さを取り戻す。
「ねぇ、貴方……」
「ん?」
「トリックオアトリート」
「え、何いきなり怖い」
「トリックオアトリート」
「……お菓子は持ってないぞ?」
「なら悪戯ね」
ラモーヌはそう言って妖しく笑うと、河部の横顔に顔を近付けた。
河部は『キスされるのか?』と身構えていると、
「ふぅ〜」
「しゅわっち!?」
ラモーヌはキスではなく、彼の耳に息を吹きかける。
不意打ちに思わず河部が素っ頓狂な声をあげれば、みんなも思わず彼に悪いとは思っても大笑いしてしまった。
「私が悪戯で貴方へキスをする、なんて甘い考えよ。貴方へのキスは全て愛故の行為なのだから」
そう言ってクスクスと笑うラモーヌに河部は何も返せず、恥ずかしさを誤魔化すようにシャンメリーを飲み干すのだった。
こうしてチーム『メジロ』のハロウィンの夜は笑顔で更けていく―――。
読んで頂き本当にありがとうございました!