今回から新チームのお話です♪
楽しんでもらえたら幸いです(^^)
逃げるにも勇気が必要
逃げ、と聞いて人は何を思い浮かべるだろう。
卑怯だとか、ずる賢いとか、人によっては何かしら後ろ向きなことを思い浮かべることが多い言葉ではないだろうか。
しかしウマ娘レースにおける『逃げ』は作戦の一つであり、レースでも観客が熱狂する要素の一つである。
スタートからゴールまで誰にも抜かれずにゴール板を駆け抜けるその走りに、多くの人々が魅了されるのだ。
そんな逃げウマ娘を育て上げるスペシャリストがトレセン学園に君臨している。
名前は山西 栄三(やまにし えいぞう)。32歳の独身男性。
身長はタイキシャトルよりやや低めで痩せ型。人前が苦手で、普段は目の下まで伸びている長い前髪で両目を隠している。しかしレース会見やトレーナー会議といった場面ではしっかりと身嗜みを整えており、サイドも襟足も短く借り揃え、耳も出してある。
彼の性格上、基本的に出走表明やレース後の会見は必要最低限の質疑応答のみだが、プライベートや雑誌の取材で彼自身が育て上げたウマ娘の話になると途端に饒舌になり、訊いた方が圧倒される場面もしばしばあったりで、そういった愛嬌も持ち合わせている。
滅多に見せない素顔は一重の塩顔。あっさりとした美丈夫で、髪型や体型も相まって清潔感溢れる中性的な印象が強い。
普段はラフなジャージかパーカー姿であるが、公の場ではちゃんとしたネイビースーツを身にまとう。ネクタイはその時によってだが、大体は担当しているウマ娘の勝負服カラー。
今となっては笑い話だが、実は彼は実家のニンジン農家を継ぐのが嫌で、田舎から上京し、アルバイトをしながら中央トレセン学園のトレーナー資格を得た。家業は妹夫婦が継いでいるが、そもそもこれには山西本人の誤解がある。
その当時、家業を継ぐのは長男が一般的という話を両親がしていただけで息子に継がせようと思ってはいなかったのだ。なので故に笑い話であり、実家では今でもそれをいじられている。
このように抜けているところがあるのが山西という男だ。好きなことには心底夢中になって少しずつでもそれを達成しようと努力を惜しまないが、興味がないことにはとことん興味が湧かない性格なので好き嫌いが分かりやすい。
そんな山西が率いるチーム『スターラピッド』のメンバーは、チームリーダーのカツラギエースを始め、アイネスフウジン・ダイタクヘリオス・サイレンススズカ・タップダンスシチー・キタサンブラックと逃げウマ娘として名を馳せるそうそうたる猛者揃い。チーム名は『誰よりも早く走ってほしい』という思いから山西が付けたもの。
数々のレースで大胆に華麗に逃げ、多くのファンを熱狂させるトレセン学園屈指の逃げウマ娘専門の名トレーナー……それが山西なのだ。
「…………」
そんな名トレーナーである山西だが、今の彼は自身のトレーナー室の端っこで、目の前で仁王立ちするメンバーたちに見おろされる形で正座させられている。
理由は、
「今日こそは逃げんなよ、トレーナーさん? あたしら本気なんだ」
「男の子でしょ? しゃんとするの!」
「そんなムズいことなん? こんくらいウチでも出来るよ?」
「こういう時に逃げるのは良くないと思います……」
「さっさと腹括れ……というか、首を縦に振るまでこのまんまだけどな」
「流石にこれはあたしでもお助け拒否キタちゃんになります」
『デスクの掃除をしろ(してください)!』
自身のデスク上が書類や資料でごった返しているから。
「……言い訳させてもらえません?」
物凄い剣幕の担当バたちから見おろされる中、山西はおずおずと手をあげて弁解の猶予を貰えないか訊ねる。
しかし、
「言い訳なんか聞かねぇ! どうせいつもみたいに『把握してるからこのままで問題ない』とか抜かすんだろ?」
エースに一言一句告げようとしたことを言われて山西は押し黙る他なかった。
「あたしらもさ、別に迷惑かけられてるとかじゃないからとやかく言いたくねぇさ。けどよ……」
「流石にエナジードリンクの空瓶とか携帯食の空箱とかは捨ててほしいの。それに言ってくれればお弁当だって用意するし……迷惑とか全然思わないから!」
「つかそもそもの話、こんな不健康な生活送られてんのを間近で見せられてキレない方がありえんて話な★」
「私たちのためにトレーナーさんが頑張ってくれているのは、私たちだって分かっていますし、感謝はしているんです……」
「でもここまで自分のことを放置してるのは見てられねぇよ……アンタだってアタシらがこうだったらイヤだろ?」
「ですからお掃除して、今日はお家に帰って寝ましょう!」
一歩も引かない、譲らない。まるでレースの時にハナを絶対に奪わせないくらいの気迫。
こうなれば自分が何を言っても聞き入れてはもらえないし、寧ろ抵抗するだけ逆効果だと山西は悟り、とりあえず空いているビニール袋にゴミを入れ始める。
そんな彼の行動を見て、エースたちはご満悦で満足そうに揃って頷いた。これまでの付き合いの中で、みんな等しく山西を異性として愛し、そんな彼が寝る間も惜しんで仕事する姿を見るのはいくら自分たちのためだと言われも身が引き裂かれる思いだったから。
「よーしよし、偉いぞトレーナーさん!」
「ゴミ出しはあたしたちに任せてほしいの!」
「資料はウチら触るとトレぴ困るっしょ?」
「ですからトレーナーさんは資料整理をしてください」
「終わればちゃんとアタシらがトレーナーをアパートまで送ってってやるからな!」
「お助けキタちゃんにお任せを!」
こうして山西はエースたちに愛のムチを打たれつつ、デスクの整理整頓をするのだった。
―――
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整理整頓は一度始めてしまえばあっという間に終わってしまう。
何故ならみんな世話焼き体質なのもあって、ゴミの分別や山西がいらないとして処分を頼んだ書類をぱぱっとまとめてしまったからだ。
「……もう終わってしまった」
「始めちまえばあっという間だったろ? 今回はちょっと事情があったにせよ、あれはマジでよくねぇからな。特に精神的に」
「うん、反省します」
「よし、いい心掛けだ! そんじゃ――」
「鞄を持って退室なのー!」
アイネスが山西のリュックを背負い、トレーナー室のドアを指差すと、
「うぇーい☆ 帰ってベッドでぐっすりぽぽぽぽーん☆ あ、その前に腹ごしらえすっか! 腹が減っては眠気もぴえんのありえんてぃーって言うし!」
「ありえんティー、ありえんティー♪」
ヘリオスが食事の提案をして、キタサンが山西の背中を押して歩くよう急かした。
「あのデスクの惨状とか顔色を見る限り、マジでろくなもん食ってなさそうだもんな……」
「仕方ねぇ、あたしらが作ってやるか。どうせ今日はミーティングの予定でトレーニングはねぇしな。ミーティングなら明日にトレーニングの前にやればいい」
タップが痛ましい状態の山西を気遣うと、エースが夕飯をご馳走することを提案。そうすればみんな『そうしよう!』と団結し、山西をアパートへ送る班と夕飯の買い出し班に別れ、行動を開始するのだった。
そもそも山西がどうして今のようなことになっているのか……それはキタサンがトゥインクルシリーズを終えたということで、今後のドリームシリーズに向けて色々とトレーニング内容やメニュー構成を考えていたから。
一方、既にドリームシリーズで強豪チームの猛者たちを相手にするエースたちを一つでも多く勝たせるため、去年以上に熟考する必要があった。
エースたちもその気持ちは嬉しいが、そのせいで山西が廃人となっていくのを黙っては見ていられない。
逃げという作戦は人によっては有り得ないと言われたり、レースプランを放棄していると言われたりとレース関係者や一部のウマ娘レースファンからは否定的な意見がある。
それでも多くの勝ち星をあげてきたチーム『スターラピッド』は山西の研鑽あっての偉業。多くの勝ち星を彼と勝ち取り、嬉しさも悔しさも共にしてきた彼だからこそ、真っ直ぐな彼だからこそ、エースたちは一途に山西を異性として愛している。
だから今のように私生活面で山西を支えているのだ。
―――
―――
―――
「ご馳走様でした」
「おう、お粗末さん! いい食いっぷりだったな! 作った甲斐があったぜ!」
エースお手製のニンジン増し増しタンメンに、タップの特製五目あんかけ炒飯。アイネスの真心たっぷりワンタンスープも絶品で、デザートにスズカ一押しのイチゴ大福でフィニッシュ。
山西はモヤシのようにヒョロいが食べる時はガッツリ食べる男なのだ。
「もう食べられない……」
「ふふ、たくさん食べましたからね」
「トレーナーさん! あたしのお膝で食休みしませんか!? ドンとこーい!」
「それは社会的にマズいから気持ちだけ受け取るね……というか洗い物くらいは僕がしないと」
「うぇいよ〜、お疲れぴえんのトレぴにさせられっかっての。てかお風呂沸いてっからそっち先入れし!」
「お布団も敷いておきますから」
「……至れり尽くせりだね」
「それだけあたしたちはトレーナーに感謝してるの! だから今日はとことん甘やかすの♪」
みんなからの温かい気遣いをこれでもかと受け、山西は申し訳なさを抱きつつもみんなの厚意に甘えることにする。
「……トレーナーさんは風呂入ったよな?」
山西の背中を押して風呂場へ連れて行ったアイネスが戻ってきたと同時にエースが訊ねると、アイネスは満面の笑みで頷いた。
すると、
「おーし、そんじゃ浮気調査開始!」
『おー!』
山西がいない間に浮気調査という名目の家宅捜索が始まる。
エースたちは普段の態度や性格から決してそうは見えないが、実は山西ガチ恋ウマ娘。
よってこのようにアパートに押し掛けるのも彼のお世話をするついでに、彼が他の女にうつつを抜かしてはいないかの痕跡を探すためだったりするのだ。
しかし、
「全部見たけど浮気の痕跡は全くないの!」
山西の部屋からは何も出てこなかった。当然、プライベートのPCやスマホの中までチェック済み。パスワードを何故知っているのかは愛故にとだけ言っておく。
この結果はエースたちにとって至極当然である。が、そもそもの話こんなことをする方がどうかしているのだ。
チームの中で唯一の良心とされるスズカですら、この浮気調査は必要なことだとしているくらい。
それだけエースたちは病的なまでに山西ラブのガチ恋ウマ娘。それだけ自分たちに最高の走りをさせてくれた恩人なのもある。
よって他の女の影が少しでもあれば団結してその女を遠ざける予定でいるのだ。
お互い引けぬ譲れぬといった膠着状態が続き、一時は表面上は仲良しでも裏ではバッチバチに火花を散らしていたエースたち。
そんな彼女たちが今のようになったのは、エースが『アタシらが争ってたらトレーナーさんを幸せに出来ねぇ』と言う言葉と、『重婚して1日ごとに相手してもらえばみんな幸せだろ』と妥協案を提示したから。つまるところ月火水木金土はそれぞれ独り占めして、日曜日は全員でということだ。あくまでも結婚したらだが。
しかし分かってほしい。この話に山西の意思が一切反映されていないということを。
「これであたしと出会ってから今までトレーナーさんに女の影はないな! 相変わらず一途で惚れ直すぜ!♡」
エースはこう言うが、ただ単に山西は仕事が充実していて出会いを求めていないだけ。同僚に女性トレーナーもいるにはいるが、話をするとしてもお互い担当の話かトレーニングの話ばかりで基本的にそういった空気にならない。それがトレセンに所属するトレーナー。
「バレンタインデーはちょっと多く貰ってる節があるのは不満だけど、社交だから大目に見てあげるのー♡」
アイネスが言うようにそういった日には贈り物を貰うこともある。しかし山西からはみんなの匂いが強くするため、他のウマ娘たちからは脈無しと思われているし、人間の女性からは印象は悪くないが仕事の話や、逃げウマ娘の育成論に対するアドバイス等以外で話し掛けることがない。どんなに親しくなったとしてもいい同僚やいい人止まりなので、贈り物も義理である。
「やっぱ一途って最&高! えちちな本も動画も持ってないとか男としてどうなん?って最初は思ったけど、ウチらのことが好きぴ過ぎてのことならテンションぶち上げぽぽぽぽーん!♡」
ヘリオスはこう言うが、ただ単に山西はそういった物に強く興味が引かれないだけで、睡眠欲と食欲で欲望は満足出来ているのだ。あとはトレーナー業という日々に満足しているのも大きい。
「私たちのことを一番に考えてくれているからこそ、私たちもトレーナーさんを一番に考えて……これが相思相愛なのね♡」
「だな……アタシらが卒業したらソッコーで入籍して幸せにしてやろうぜ♡」
「皆さん、ちゃんとあたしが卒業するまでは待ってくださいよ! ちゃんと式場も予約してあるんですから!♡」
山西の意思を置き去りに、彼女たちの愛は先頭の景色だけを映していく。
しかしそれも山西がみんなを心から献身的に支えてきた賜物と言える、はず。
「上がったよー。みんな今日は本当にありがとう」
『おかえり(なさい)、トレーナー(さん)!♡』
こうして山西は逃げウマ娘たちに逃げ場を消されていることにも気付かず、互いの愛の勘違い?は加速していく。
読んで頂き本当にありがとうございました!
今後はこのチームのお話をお送りしていきます!