トレセン学園の春と言えば、多くの生徒が『ファン感謝祭』と答えるだろう。
それだけ学園をあげて取り組む一大行事であり、年に一度ファンへ恩返しをする日なのだ。
応援してくれたファンへレース後に歌とダンスを披露することは当然であるが、やはりそれ以外でファンへお返し出来るのは貴重な時間なのである。
だからこそ生徒たちは満足してもらえるように何をするか一生懸命考えるし、ファンもそんな彼女たちをこれからも応援しようと思うのだ。
そんなファン感謝祭で山西率いるチーム『スターラピッド』が行う出し物は、
「もっと腰振れー♪ もっと鳴らせー♪ Woo hoo♪」
「みんないい波ノってんねー☆ まだまだアゲてくから乗り遅れんなー☆ ジャスティスうぇーい☆!☆」
ダンスクラブである。
トレセン学園に多くある多目的室の一室を借り、ヘリオスにDJを任せ、タップはお立ち台でお得意のその名に恥じぬタップダンス披露だ。多目的室ということもあって、防音性も抜群で音響機器を設置しても大勢が踊れるほど広く、ファンも楽しんでいる。
エースたちも交代でタップに休憩を与える目的でお立ち台に上がるが、それ以外では来てくれたファンにドリンクサービスや汗拭きタオルを渡してファンとの交流も欠かさない。
それにお立ち台に立つ者によって踊りが変わるのは見ていて飽きないというのもファンを楽しませている。
エースはキレキレのダンス。アイネスはまるで教育番組の歌のお姉さん。スズカは日本舞踊のようにゆったりと。キタサンに至っては演歌の熱唱だ。
訪れたファンたちも思い思いに体を動かしてダンスを楽しんでいるが、この時間を提供している側のヘリオスやタップが一番楽しんでいるのもあってホールの雰囲気はまさにテンアゲ状態。
「…………僕は何も見てない」
当然このような陽の気が充満している空間に見回りついででやってきた山西は、場違い感を覚えてそのまま踵を返す。
しかし、
「どうして逃げるんですか、トレーナーさん!」
「せっかく来てくれたのに、酷いです」
キタサンとスズカに両手を掴まれて逃げることは許されなかった。そもそもここにやって来た時点でメンバー全員が彼の匂いで分かっているのだから。
「見回りご苦労さん。騒がしいだろうが、茶でも飲んで休んでいけよ。雰囲気だけでもってファンもいるからさ」
スズカたちに連れられ、テーブル席に座らせられたと同時にエースがニカッと笑いつつ冷えたペットボトルのお茶を差し出す。
しかしこれはエースが自然な流れで山西をここに少しでも留めさせるための狙い。ファンへ感謝を伝えるのも大切だが、エースたちにとってはこういうイベントの日こそ愛する男との思い出を作りたいのだ。
「ありがとう……あ、ルイボスティーだ」
「トレーナーさんの好みくらい把握してるさ。何年一緒にやってきたと思ってんだ?」
「流石はエースだね」
「まあな♪(愛するお前の全てをあたしはちゃーんと分かってるからな♡)」
エースはそんなことを思いながら、瞳の奥にハートマークを浮かべる。彼女にとって山西の好みを把握するのは将来の嫁(確定)として当たり前のことだ。彼の趣味趣向、ルーティン、味の好み……その他諸々網羅している。
「そういえば、エース」
「ん?」
「うちのチーム、トレーナーリレーに出走しなくていいの? 僕はバトンにされるの嫌だったからいいけど、エースたちは走りたいんじゃないの?」
「ああ、そんなことか……んー、みんなと決めたことだ。トレーナーさんが気にすることじゃねぇよ」
山西の質問にエースは太陽のような笑みを見せて返した。
その笑顔に山西は「そっか」と頷きを返すが、エースの瞳の奥が濁っていたことに気付いていない。
エースたちは基本的に山西が嫌がることは絶対にしないし、したくないのだ。彼のためを思い、心を鬼にして実行に移すことはあっても、彼のために大抵のことは許容している。そうすることで彼が自然と自分たちに救いを求めたり、甘えたりすることで容易に自分たちへ頼るようになるから。
それにトレーナーリレーに出てもウマ娘の速度にわーきゃー騒ぐ可愛い山西を他のメスに見せて誰得なのか、という考えがあるのも大きい。
「そもそも四人しか走れねぇってのに、その四人決めるだけで戦争起きるぞ? やるにしたって全員がトレーナーさんのこと抱っこしたいんだ」
「抱っこするんだ?」
「おんぶの方がいいか? あたしはどっちでもいいが……」
「いや、その……男というか、大人の尊厳破壊が過ぎるというか……」
「んじゃあ小脇に抱えて走れってか?」
「うわっ……僕の心、砕ける」
「だから参加しねぇって。あたしらが走らなくても、走りたいチームが走るだろ」
「ホント良かった……」
心底ホッとする山西を見て、エースはその彼の可愛さに胸の奥がずきゅんどきゅんと叫ぶ。
「トレーナーさーん! あたしがこれから歌いますよー!」
そこへタップに代わってステージに上がったキタサンからマイク越しに声をかけられ、山西は軽く手をあげた。
「うぇーい☆ そんじゃキタブラの十八番いっちょカマしてこー!」
ヘリオスがそう叫ぶと、スピーカーから渋い演歌が流れる。
キタサンの十八番は演歌で、それは演歌歌手である彼女の父親の代表曲。年末の歌合戦などでは常連であり、世代を超えて知られる名曲だ。
本格的なキタサンの小節の効いた歌声にファンたちは喜び、山西も手拍子をしてその場の空気に溶け込んで楽しい休憩時間を過ごした。
◇
ファン感謝祭が無事に終わり、山西もエースたちの出し物の片付けを手伝う。
とは言ってもゴミ出しと掃き掃除くらいで、DJセットの機材は放送部員の子らが既に回収して行ってくれた。
「皆さん、とっても楽しんでくれましたね!」
「アタシらが楽しかったんだから、ファンも楽しかったに決まってんだろ♪」
ペットボトルのゴミをまとめるキタサンが満足そうに言うと、タップは軽くステップを踏みつつ返す。彼女からすればまだまだ遊び足りないのだ。
「ねねトレぴ〜」
「どした、ヘリオス?」
「DJのウチ、トレぴ的にどだった?」
「どうと言われても……相変わらず輝いてたとしか……」
「マ? ガチよりのガチ?」
「うん。ファンの人たちも楽しそうにしてたし、子ども連れの人も楽しく踊ってたし。それってヘリオスがみんな乗れるようにしてたからだろう? 太陽みたいに輝いてるなって思った」
「〜〜〜〜♡」
山西に褒められ、声にならない声をあげて両手で頬を押さえながら恍惚な表情を浮かべるヘリオス。
「トレーナーさん! あたしは!? あたしも頑張って歌いましたよ!」
そこへ鼻息荒くキタサンが詰め寄ってくる。
「ああ、キタちゃんの演歌も良かったよ。ご年配のファンの人たちもそのお陰で楽しんでいたし、演歌に興味がない人たちもキタちゃんが歌ったことで聞き入ってたし」
「えへ、えへへへへ……♡」
自分から訊ねたのに、いざ山西の口から褒め言葉を貰えば、途端にキタサンは破顔して幸せいっぱいに耳もピコピコ、尻尾もブンブン。
「当然、アイネスやスズカもファンの人たちにしっかりとタオルを渡したり、ドリンクを配ったり……気配りが出来てて流石だなって思ったよ」
「面倒を見るのは得意なの♡」
「私は私に出来ることをしただけです……♡」
アイネスもスズカも、山西に褒めてもらえて上機嫌に尻尾を揺らした。
すると当然、
「おいおい、トレーナー。アタシへの褒め言葉はないのか?」
タップが肩を組んで催促する。
「もちろん、タップもダンスでファンを楽しませてて流石だなって思ったよ。タップが楽しそうに踊ってると、例え踊らなくても見ているだけでワクワクするし、笑顔になれるし、見様見真似でも踊ってみようって気になる」
「…………Thanks♡」
爽やか笑顔から放たれた褒め言葉がタップの胸をこれでもかと抉り、タップはらしくもなく顔が熱くなって返す言葉も弱々しくなってしまった。
タップの様子に山西は小首を傾げたが、彼女の耳も尻尾も物凄い速度で動いているを見て『怒ってはいない』と分かったのでそっとしておくことにした。
「それよりトレーナーさんよ」
「ん?」
「今日は色んな人に声をかけられてたな」
エースの言葉に場の空気がひりつく。
今日はファン感謝祭ということもあり、エースたちを目当てに訪れたファンはもちろんだが、山西を目当てに訪れたファンも多かったのだ。
基本的にトレーナーたちはトレセン学園の職員として見回りを行うのでこういう場でもファンとの交流はないに等しいのだが、山西はエースたちに引き止められて30分くらいはその場にいた。
そしてそれをファンが見逃すはずもなく、山西は多くのファンに握手や記念撮影を求められた。
最初こそ慌てふためいていた山西であったが、エースたちの走りや逃げ戦法へ対する称賛を受けて、最終的には積極的に会話をし、握手も写真も喜んで応じていたのだ。
エースたちはそれを見て浮気とまではいかないが、自分たち以外のメスに弾んだ声を聞かせるなと思っていたのである。話している内容が自分たちを絶賛するものなのは嬉しいが、勘違いするメスが出てくるのは非常に困るのだ。
「みんな逃げ切るエースたちがカッコいいって言ってくれたんだ。僕はそれがとても嬉しくて、エースたちが誇らしくて……つい柄にもなくお喋りになっちゃったんだ」
あの時のことを思い浮かべ、恥ずかしそうに顎を擦る山西。
そんな彼の愛らしい仕草を見て、エースたちは思わず胸がずきゅんどきゅんと高鳴った。それと同時に『コイツ、誘ってやがる(いる)』と勘ぐってしまう。決して山西にそんな意図はないのだが、山西ガチ勢である愛情フィルター越しで見ているエースたちからすればそう見えてしまうのだ。
「……もうダメだ」
「え、何が?」
「トレーナーさん、今日トレーナーさんのアパートで打ち上げさせろ」
「ほわい?」
「いいから。ダメなのか?」
「別にいいけど……」
「よし。んじゃさっさと終わらせて外出届出してくるぞ、みんな!」
『おー(うぇーい)!』
エースたちの気迫に山西は困惑したが、彼女たちもまだまだファン感謝祭の余韻を楽しみたいのだろうと思った。因みに山西が住むアパートは防音性も高いので集まっても問題はない。ただちょっと狭いから申し訳ないと山西は思う。しかしエースたちからすれば愛する山西と近い距離でいられる最大のメリットがある。
「飯は美味いもんご馳走してやるからな、トレーナー♡」
「期待しててほしいの♡」
「ウチも激ばえデコ盛り料理作るしか!♡」
「楽しみですね、トレーナーさん♡」
「楽しい打ち上げにしようぜ♡」
「祭りだ祭りだー!♡」
「毎回言ってるけど程々にね。防音性が高くても騒ぎ過ぎると他の人の迷惑になっちゃうから」
山西がちゃんと釘を刺すと、エースたちは揃って頷いた。
その後、エースの宣言通りみんなで山西のアパートに集まり、エースたちは山西からでしか摂取出来ない養分を補給するのだった。
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