ウマ娘たちと担当トレーナーの日々   作:室賀小史郎

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逃がさぬ夏

 

 夏と言えば海。海と言えば海水浴。

 世間一般のアウトドア派な学生たちなら浜辺で遊び、海で泳ぎ、夏の海を満喫するだろう。

 

 しかしトレセン学園の生徒に至っては勝負の夏。

 秋から始まるGⅠ戦線に向けてトレーニングを行い、少しでもライバルたちに差をつけ、夢のGⅠ勝利を掴み取る。それが叶うか叶わないかの夏だ。

 ドリームシリーズに移ってもそれは同じ。サマードリームトロフィーが終われば、すぐにまたウィンタードリームトロフィーに向けてトレーニングを開始する。

 

 よってチーム『スターラピッド』も夏合宿の真っ最中。仕事の都合もあり、今年は例年よりも遅い合宿入りであるが、気合は十分である。

 何しろ逃げという戦法には、誰にも追い付けぬスピードはもちろんだが、それを持続させるスタミナとスタートからハナを譲らぬパワーが必要不可欠なのだ。

 

「…………時間だね。みんなー、一旦上がって休憩ー」

 

 メガホンを片手に水泳トレーニングをしているエースたちに指示を飛ばす山西。

 エースたちはその言葉に従い、クールダウンをしながら海から上がる。

 上がってきたエースたちに山西は労いの言葉をかけつつ、一人ひとりにタオルとスポーツドリンクを渡した。

 

「あー、トレーニングだってのは分かっちゃいるが、この時期の水泳は気持ちがいいなー!」

「トレーニングだから疲れるけど、涼しいってのがいいの♪」

 

 スポーツドリンクを飲み干して爽やかに言うエースに、アイネスも同意するように言う。浜辺にスポーツドリンクを片手に輝く笑顔の美少女たち。その光景はまるでスポーツドリンクの宣材写真のようだ。

 

「トレぴ〜! 次何やるん? 気分めーちゃテンアゲでヤバたんだから、なんでもやったるしー!」

「私としてはそろそろ走りたいです」

「アタシも走りたいな……んで、走って熱くなった体をまた海に入って冷やす! サイッコーにCoolな案だろ!」

「とっても気持ち良さそうですねー! トレーナーさん、砂浜ダッシュしませんか!?」

 

 ヘリオスたちに詰め寄られる山西は思わず後ずさるが、もう次のトレーニングメニューは決まっていた。

 

「リクエストにお応え出来なくて残念だけど、次はパワー強化のために階段ダッシュをする」

 

 山西の無慈悲な返答にスズカもタップもキタサンもしゅんと耳が垂れる。

 それでも、

 

「階段がある場所までは軽く走っていいから、とりあえずはシャワーで海水を流しておいで。このまま乾いちゃうと髪と尻尾が傷むから」

 

 その言葉に三人はすぐさま機嫌が直り、尻尾をグルングルンと回し、皆を急かすようにシャワー室へ向かい、移動するのだった。

 

 ◇

 

「それじゃあ上がって下っての1往復を10本。10セット。下って来る際はクールダウンついでにゆっくりとね。また階段の踏み外しに注意して、必ず手すりに掴まり、脚の感覚を確認しながらにすること。妙な熱を感じたり、痛みを感じたら僕に言うこと」

『はい!(うぇーい☆)(OK♪)』

 

 山西の指示に返事をし、それに山西は頷くとエースから順番に手を叩いて目の前にそびえる石段を上がらせていく。

 この石段の先にもトレセン学園と提携している合宿所があり、そのお陰もあって石段の使用許可を貰えているのだ。

 海から離れているため格安で利用出来るのが最大のメリットだが、山中なので虫除けは必須な上に合宿で疲れ切ったところに石段を上がるという苦行があるので、いくらウマ娘とはいえ不便に感じてしまう。よって利用するウマ娘が極めて少ない。

 

「よっ、と……流石にキツいな」

「10本目になると流石にキツいの……」

「ばりやばのなえぽよピーナッツ……」

「でも、確実にパワーアップになってるのは確かね……」

「追い込んでこそ成果を得られるからな……はは」

「頑張ります!」

 

「膝とかアキレス腱とか太腿に違和感ない?」

 

 山西の質問にエースたちが揃って『ない』と返せば、山西は時計を見て3分が経過したと同時にまた手を叩く。

 これを5セットまで3分休憩にし、次からの4セットを2分休憩。最後の1セットに至っては1分休憩で追い込ませる。そうすることでレースの最終局面でも逃げ切れる脚と心臓になるのだ。

 

 ―――

 ―――

 ―――

 

「はい、お疲れ様。スポーツドリンクを飲みつつ、冷感タオルで脚を冷やすように」

 

 トレーニングを終え、木陰で休憩を取る。

 一同、暑さのせいもあって滝のような汗を流しているが、表情は晴れやかだ。いや、晴れやかさの中に妙なじっとりとした湿り気が見え隠れしている。

 何故なら、

 

「にしても暑いね……僕はただみんなの様子を見ていたりしてるだけなのに。流石は夏だ……」

 

 山西がポロシャツを脱いでタンクトップ1枚になっている上に、珍しくカチューシャで前髪を上げて素顔を晒しているから。

 露出する鎖骨に首筋の血管、細いがちゃんと男性らしい二の腕。そして暑さのせいでより艶かしく映る胸板に、悩ましげな吐息。

 山西のことを愛して止まぬエースたちにとってはフェロモンむんむんで、まるで歩くご馳走に見えてしまう。

 

「(あれ誘ってるぽ? 誘ってね? これはもう襲うしか!?)」

「(据え膳食わぬはウマ娘の恥ってね!)」

 

 掛かったヘリオスにアイネスが涎を拭いながら返して立ち上がるが、

 

「(んなワケねーだろ!)」

「(いつもの天然ムーブよ!)」

 

 チームでは比較的常識人枠にいるエースとスズカが止めに入ったことで、山西の貞操は守られた。

 

「(キタサンはさっきから何してんだ?)」

「(動画撮ってます)」

「(あとで共有な)」

「(りょーかいです♪)」

 

 ただキタサンの所業とタップの所業により永久保存されしまったのは致し方ないだろう。不用意に素肌を晒してしまった山西が落ち度なのだから。

 

「トレーナーさん、次は何をするんだ?」

「今日はもうお終い。これ以上のトレーニングはコズミを発症させてしまうかもしれないからね」

「なら海で軽く泳ぐのは?」

「クールダウンを兼ねてならいいよ」

 

 それを聞いたエースたちは『やったー!』とはしゃぐ。

 

「こらこら、今日はもう走るの禁止。歩いて海まで戻ること」

『はーい』

 

 今にも走り出しそうなエースたちに山西はしっかりと釘を刺し、彼の言葉に素直に従ったエースたちはゆっくりと海までの道のりを山西と一緒に歩いていった。

 

 ◇

 

 その日の夜。夕飯と風呂を済ませた。

 あとは自由時間で、山西はいつものように自分が借りた一人部屋で今日のトレーニング内容とみんなの仕上がり具合をノートパソコンにまとめようと、みんなに声をかけて別れようとした。

 しかしそうする前にエースから声をかけられる。

 

「トレーナーさん、ちょっといいか?」

 

 彼女の方を向けば、その顔には満面の笑みが浮かんでいた。

 それを見て山西はすぐに『何かする気だな?』と悟る。彼女がいつも何か閃いたり、思い浮かんだ際にする顔だったから。

 

「明日のトレーニングは簡単なヤツだろ?」

「そうだよ。今日はキツめだったからね。だから午前中はオフで……」

「ならあたしらと肝試ししねぇか?」

「肝試し? やだ。怖い。やだ。泣く」

「あっはっはっ! 怖がる必要ねぇって!」

 

 エースは腹を抱えて笑いながら言うが、オカルトの類いが大の苦手な山西は拒否反応を強く示す。

 大の大人がみっともないと思われようが、苦手なものは苦手なのだ。山西はノーと言える日本男児なのである。

 エースに至ってはみっともないどころか庇護欲をそそられてより愛おしさが増すだけ。

 

「エース先輩! トレーナーをイジメちゃダメなの!」

「そうですよ! 肝試しじゃなくて、近くの神社でやってる縁日に行こうって話じゃないですか!」

 

 しかしすぐにアイネスとキタサンが山西を守るように立ちはだかり、エースの種明かしをした。

 

「……縁日?」

「そうなの。ホテルのロビーにポスターあったから」

「それに去年もその前の年も行きましたよ!」

「ああ、あの縁日……そうか、今日だったのか」

 

 やっと思い出した山西にアイネスもキタサンも『そうだよ!』と言うように頷けば、みんなの様子を見ていたヘリオスもスズカもタップも『行きましょう(行こうぜ)(うぇーい♪)』と手を差し伸べてくる。

 

「悪かったなトレーナーさん。つぅことだからさ、行かねぇか?」

 

 エースが謝りつつ、改めて誘えば、山西は「それならいいよ」と頷いてみんなと縁日へ向かうことにした。

 

 ◇

 

 縁日にやってきたチーム『スターラピッド』一行。

 来て最初に神社へお参りをし、縁日の屋台を見て回る。

 ホテルで夕飯は済ませたものの、エースたちは育ち盛りなのと縁日特有の雰囲気に当てられて、たこ焼きやらかき氷、にんじん飴などを買い求めた。

 山西もこういう時くらいはとやかく言わず、楽しんでいる彼女たちを見守るが、

 

「トレーナーさん、半分にして食おうぜ!」

「仲良く半分子するのー♪」

「トレぴもウチとおそろっちな♪」

「よろしければ、半分子しませんか?」

「これ美味いぜ! 半分食ってみな!」

「トレーナーさんトレーナーさん! これ、トレーナーさんの分ですよ!」

 

 とにかくみんな揃って半分子したがる。

 理由としては山西にも自分と同じ物を共有してほしいから。

 山西も特に問題なく、皆に言われるがまま食し、その都度山西に食べさせてあげるという行為が出来てエースたちは瞳の奥にハートマークを浮かべている。

 まるでレースで大差を付けて勝利をした時のように胸が踊り、この上ない高揚感に包まれた。

 

「……ちょっと休憩させてほしい」

 

 しかし山西にも限界がある。

 ガッツリ食べられる方とは言え、休まず食べさせられ続ければ当然だ。

 なのでエースたちは山西を休ませるために、食べ物系をやめて遊ぶ系にチェンジする。

 

「射的に輪投げにダーツにヨーヨー釣り……意外と揃ってるな」

「ヨーヨー釣り得意なの♪」

 

 アイネスはそう言うと、早速一回分の料金を払って慣れた手付きでひょいひょいひょいとみんなの分のヨーヨーを釣り上げた。

 

「射的ならアタシに任せな♪」

「ダーツはウチに任せろしー♪」

 

 そう言うタップとヘリオス。

 タップはトレーナーに海賊王を目指す主人公が被っているような麦わら帽子を器用に難なくゲットし、ヘリオスはヘリオスで大袋の駄菓子をゲットする。

 

「みんな上手いもんだねぇ」

「そうですね……あれ、キタちゃんはどこに……?」

 

 スズカが姿の見えないキタサンを探すと、エースが「あそこだ」と腕を組みながら顎で指した。

 山西もつられてその方向を見ると、

 

『〜♪』

 

 飛び入り参加でのど自慢大会に参加中。

 演歌歌手である父親譲りの小節の利いた歌声と誰もが知る国民的曲に、お年寄りだけでなく若い人たちも揃って手拍子している。

 

「お祭りキタちゃんの本領発揮ってところか」

「ふふっ、キタちゃんらしいですね」

「優勝したらご当地のブランド米を10キロ貰えるらしいぜ?」

「へぇ……」

「キタちゃん、トレーナーさんに食べさせたいんでしょうね」

「愛されてるな、トレーナーさん♪」

「……トレーナー冥利に尽きるね」

 

 のど自慢大会の結果はキタサンの優勝。

 そしてタップもヘリオスもアイネスも山西に景品をプレゼントし、張り合うのだった。

 エースとスズカはみんなからのプレゼントに狼狽える山西を愛おしく眺め、その可愛さに眼福だったそう。




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