季節は秋。
トゥインクルシリーズは絶賛GⅠ戦線の真っ只中であるが、ドリームシリーズに身を置くチーム『スターラピッド』はウィンタードリームトロフィーの予選を終え、今はクールダウン期間だ。
エース、タップが激戦区とされる中距離部門で大逃げ勝利を飾り、マイル部門ではアイネス、ヘリオスが。
ただ今期初参戦のキタサンが長距離部門で惜しくも準決勝行きの切符を逃し、短距離部門に初挑戦したスズカも快速自慢のスプリンターたちの一瞬の速さに圧倒されてしまった。
しかし山西はスズカに敢えてスプリンターたちの本番での速さを経験、実感させ次のドリームシリーズで更なる異次元の逃亡者になってほしいための布石であったりする。
「…………ごめん、なんて?」
「だから、今年もあたしらは聖蹄祭で見回り係をするから、一緒に回るぞって言ったんだ」
「…………なんで?」
「なんでって……別々で見回る必要ないだろ。一緒に回った方が効率がいいのはトレーナーさんだって分かるだろ?」
エースの反論を許さぬ物言いに山西は思わずこめかみを押さえた。
彼女を担当してからというもの、彼女は聖蹄祭で出し物をする側にならず、職員たちがするような裏方に周りたがる。エースの建前としては見回りする人数は多い方が何かあった時のためにいいだろうというものだが、本音は聖蹄祭というイベントで片時も山西の側を離れたくないという乙女心だ。
「みんなもそれでいいの? 他のチームみたいに出し物やったりした方が思い出になるんじゃない?」
出来ればそういった楽しい思い出を学園生活で作ってほしいと思う山西の言葉に、エース以外のメンバーもエースに賛同するように頷いている。
「出し物をするのは確かに楽しいけど、あたしはアルバイトもあるし、準備はみんなに任せっきりになっちゃうから……だったら見回りの方が気楽なの」
「出し物はファン感でやってるし、そもそも聖蹄祭は自由なんだから出し物見て回るのも醍醐味じゃん? トレぴと回るならめーっちゃ最&高っしょっ!」
アイネス、ヘリオスとそんな言葉を山西に返せば、エースたちも『そうだそうだ』と同調した。
「それにトレーナーさんは私たちの言うことを聞く約束です」
スズカがそう言うと、山西は思わず狼狽える。
何故なら、
「スズカの言う通りだ。なんたって運動会で今年もしっかり取引しただろ? Understand?」
「ちゃんとここに誓約書もありますよ!」
タップとキタサンが言うように運動会で山西はエースたちと裏取引をしたからだ。
トレセン学園では9月の前半、秋のGⅠ戦線開幕前に秋の大運動会が開催される。
そこでの余興レースである『特別オープン・ダート1500m・トレーナーズラン』に出走する義務があるのだが、先に上げた通り山西はエースたちと裏取引を交わした。
その内容はトレーナーズランでわざと転んで棄権するというもの。理由は簡単で尊厳破壊とされるステージ上でのライブパフォーマンスをしたくないからだ。
樫本理事長代理以外のトレーナーたちは特別な理由を除いて参加義務があり、レースに出る以上はライブパフォーマンスもするのが当たり前。それがレースを走るアスリートウマ娘たちの日常であり、トレーナーたちにも肌で感じてもらうため。
よって参加するトレーナーたちの大多数がライブパフォーマンスをするのはウマ娘のトレーナーである以上は受け入れるべき現実だと3200歩譲っているが、センターという大役は是が非でも避けたいというのが本音のところ。
なのでレースで如何に自然な流れでセンターの座を回避するかを、トレーナーたちはトレーニング考案並みに頭をフルスロットルで回転させて模索している。
そして山西の場合はエースたちに素直に相談し、毎年棄権出来るように手伝ってもらっているのだ。
一方でエースたちは山西ガチ勢であるため、出来るだけ他のウマ娘たちに山西の良さを知られたくない。
よって山西の願いはエースたちにとってもハナからそのつもりなのでわざわざ頼むことの程でもないのだ。
山西はセンターで歌って踊りたくない。
エースたちも山西をみんなに見せたくない。
条件は揃っている。
なのに何故、山西がエースたちと取引して棄権させてもらうということになっているのか……。
それはエースたちが転がり込んできた特大ニンジンを美味しく調理するためだ。
山西はセンターで歌って踊りたくない。だからエースたちには悪いが自然な流れで棄権出来るように手伝ってほしいと打ち明ける。
エースたちにとってその申し出は『ここに美味しいニンジンがあるから食べて』と言われているようなもので、頼まれなくてもそうしてあげるのに頼んでくるのだから欲を出すしかない。
今年もかよ、なんて言えば山西は『この通り!』と可愛くおねだりしてくれるのだから。
こうなればもう主導権はエースたちのもの。
自然な流れで棄権させて山西を他のウマ娘たちの前に出さず、それでいてこちら側の『お願い』を山西に聞いてもらえるという一石二鳥が成立するのだから。
そしてそのお願いは自分たちを聖蹄祭で見回り組にして且つ一緒に聖蹄祭を見て回ること。
ファン感謝祭の場合はファンに対して日頃の感謝を出し物で返すという大切な行事ということで、これに対しては真剣に出し物を検討して実行するが、聖蹄祭なら話は別ということだ。
エースたちにとって出し物をするよりも愛する山西と見て回る方が何倍も有意義なのである。
とはいえ、実際に今回の運動会では走る以前に参加種目で怪我をしてしまったので棄権したのだが……。
「……分かったよ」
「始めから素直にそう言えばいいんだよ」
項垂れながら了承する山西にエースは快活な笑顔を浮かべて返しつつ、彼の背中をぽんぽんと叩いた。しかしその瞳の奥にはハートマークが浮かんでいる。
「ということで話もまとまったし、ルート表見せてほしいの!」
「見回り中に出し物を見てはいけないってことはありませんからね!」
アイネス、キタサンが山西に聖蹄祭当日の山西に割り当てられたルート表を見せるよう手を出すと、山西は渋々ながらもルート表を渡す。すると当然みんなルート表に注目した。
「えーと……あたしらは体育館方面の見回りだな」
エースのつぶやきにスズカが「ですね」と返せば、ヘリオスとタップは既に配られている出し物一覧と見比べる。
「体育館の一部はビリヤードやダーツか……これは行きたいな」
「ウチ、このテニスコートでやるゴルシんとこの投げ槍ショー見たぽ! あそこのトレーナー人間辞めてるって有名だから、どんだけぶっ飛んだ出し物なのか見なきゃ損っしょ!」
「あたし、ダイヤちゃんたちが体育館横でやるゲームセンター行きたいです! ダイヤちゃんのお家から何台もクレーンゲームを持ってくるって聞きましたから! 500円で10回出来るって言ってました!」
あれよあれよと計画が立てられていき、山西に至っては口を挟む隙がない。というか挟ませる気がないと言った方が正しいだろう。
そもそもエースたちは山西が自分たちの願いを聞き入れないなんてことをヨクトメートル程も思っていないし、そうでないと他の勘違いウマ娘が寄ってくる可能性があるのだから。
「あのさ、見回りって知ってる?」
「大丈夫、ちゃんと知ってるの♪」
「問題がないか見て回るんですよね!」
「でもトラブることってまずなくね?」
「その万が一のために見回るんだよ……だから遊びたいならわざわざ見回りに参加しなくていいって」
「だーかーらー! 遊びたいんじゃねぇ! アタシらはアンタと一緒にいたいんだ!」
しびれを切らしたタップがそんなことを叫びつつ、山西の顎を強引に掴んで自分の真剣な眼差しを見せつける。
「見回りはちゃんとする。でもトレーナーが一緒じゃなきゃダメなんだ。同じ風景を見て、同じ物を体験して、同じ時間を過ごす……毎年そうしてるだろ? なんで今年はそんなに拒むんだよ?」
「拒んでるんじゃなくて、僕はみんなに学生らしい思い出を作ってほしいと思って言っているのであって……」
「トレーナーが一緒だと思い出作りにならねぇってのか? アタシらはそれを望んでるのに、どうして無理矢理トレーナーの理想を押し付ける? いつもレースじゃアタシらの好きにさせてくれるのに」
落ち着いた声色でタップがゼロ距離で山西を問い詰めると、山西は今度こそ諦めた様子で大きく肩をすくませた。彼女たちがそれを望んでいるなら、やりたいようにやらせてあげよう。何も犯罪行為に手を染めるというような大袈裟なものではなく、ただ彼女たちは自分と一緒にいたいと言ってくれているのだから。
「……まあ、見回り中に出し物を楽しんではいけないってルールもないし」
諦めた山西の言葉を聞き、タップは満足そうに笑みを浮かべる。最初からそうしていればいいのだ、と言うように。
「おしゃー、トレぴが素直になったとこでー、改めて予定決めてこ☆ てーことで、トレぴ!」
「な、何かな?」
「トレぴはウチらとどこ行きたいん?」
「どk――」
「――どこでもいいは禁止な☆」
「…………笑わない?」
「うん」
「ま?」
「もちもち、ろんろん」
「……このテニスコートの横でやってるチュロス屋さん行きたい」
山西はチュロスやドーナツといった揚げ菓子が大好物。揚げ餅やポテトチップスも大好物で、基本的に揚げ物なら甘いのもしょっぱいのも何でも好む。健康に配慮して毎日食べないように控えてはいるが、弁当なんかを買う際は大抵唐揚げ弁当やミックスフライ弁当を選びがち。
「は? マジガチヤバたんぐうかわもうぶちおかすしかないんだが?」
「ごめん、日本語喋って?」
「あー、今のは気にしなくていいと思うの、トレーナー。それよりチュロス屋さんね! あたしも行きたいの!」
「あたしもです! エイシンフラッシュさんがいるチームの出し物ですし、絶対美味しいやつです!」
「私は今日教室でタイキに来るように言われました。おまけするからって言ってましたよ。提供するのはアメリカンドッグとかのホットスナックです」
ヘリオスがついつい山西に対する愛が零れ落ちてしまったが、アイネス、キタサン、スズカがフォローしたのと山西が言葉の意味を理解出来なかったお陰で難なくスルー。その間にタップがヘリオスの脇を軽く小突いて正気を取り戻させた。
「うわぁ、約束された美味しさってことだ。早く食べたいなぁ」
山西が思わず少年のように声を弾ませると、その愛らしさにみんなは胸が高鳴る。
「チュロス以外にも色々とあるみたいだ。ほら、あたしらが貰った表に品書きあるぜ?」
キュンキュンする胸を押さえつつエースが自身の聖蹄祭の表を見せてあげると、
「コロッケに揚げ餅もあるし、ドーナツまで! 朝ご飯抜いて来ないと!」
山西は目を爛々に輝かせた。
「バーカ、朝飯はちゃんと食え」
「でも……」
「食べたあとで運動するなり、夕飯を軽めにするなりやりようあんだろ」
「そっか! そうだね! 流石エース!」
「おう……(くっそかわいいな)」
こうしてエースたちはその後も大好物に胸を躍らせる山西に狂わされたそう。
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