このような企画を提案いただき、ありがとうございます。
多少自己満足な部分もありますがご了承ください。
乙女が一度は夢見る結婚式。大好きな人と心を通わせ、想い合い、それを一つの形ある思い出にできる日を作る。想い合う二人にとって忘れられない記念日になるその日。
今日、アタシはその結婚式に来ていた。アタシをここまで連れてきてくれたトレーナーさんももちろん参加している。けれどアタシの隣にはいなかった。アタシの前方、来賓者席にトレーナーさんは座っていて、何かを言うわけでもなくアタシを見ていた。
ふと先日トレーナーさんと話したことを思い出してしまう。こみあげてくる感情が声色になって出てきそうになる。アタシは台本通りの言葉を並べてその場を切り抜ける。アタシの気持ちを心の奥底に押しとどめて、我慢して、続ける。
今、トレーナーさんは何を考えているのだろう。読み終わりかけた時、そんな考えが頭をよぎった。
「ありがとうございました、ナイスネイチャさん」
言葉を言い終え、新郎新婦含め全員から拍手をいただいた。満足感と先ほど沸き上がった感情を胸に抱き、席へと戻った。
場所はもちろんトレーナーさんの隣である。
「お疲れ様」
「ふんっ!」
むかつく気持ちを肘で表してあげた。思わず声を上げるトレーナーさんに、アタシは自業自得でしょと心の中で悪態をついた。
「うぅ……まだ痛む」
「自業自得。手加減してあげたんだから感謝してください」
結婚式だったことに間違いはない。けど、結婚するのはアタシでもなくトレーナーさんでもなく、トレーナーさんの友人同士だったというオチ。
話を聞くと、お二人はまれに会話するぐらいの関係だったらしい。けど、二人ともの共通の趣味がアタシの追っかけということがきっかけで一気に仲良くなり、友情を飛び越えてめでたくゴールイン。そして結婚式に招きたい人物としてトレーナーさん、それから結ばれるきっかけになったアタシが呼ばれることになった。
それまではいい。別に何の問題もない。とりえのないアタシを応援してくれた二人が、アタシをきっかけに仲良くなり結婚するなんて、とってもおめでたいこと。けれど元々トレーナーさんが担当だったスピーチを代わりにアタシが担当することになり──
「──アタシがスピーチをすることになったのを、結婚式の前日まで内緒にしてるトレーナーさんが悪いです」
「悪かったって。だがらほら、スピーチの原稿は準備してあっただろ?」
「そういうのじゃないんですよーだ」
つんとそっぽを向く。我ながら子供らしく意地を張ってしまっている。
そう怒っているのはそこではない。いや本当に怒ってないかと言われれば怒ってはいるんだけど、それがすべてじゃない。久しぶりのレースとライブを終えて一息ついているときに「そうだ、結婚式のことなんだが」と切り出されたことに怒っていて、それに
正直、アタシはトレーナーさんのことをそういう目で見ているときがある。URAに向けた波乱の三年間の時から、トレーナーさんはいつもアタシのことを考えてくれている。成長の具合はどうか、明日のトレーニングの内容はどうするか、次のレースで当たるライバルはどうか、アタシの調子はどうか。細かいところまで気を配って、それが表に出ないようにまで気遣ってくれている。その分無茶もするし、ほっておけない。
「トレーナーさん、また無茶してるでしょ。目の下の
「ははは、やっぱりか。どうにかなると思ったんだけどな」
「そんなのネイチャさんにはバレバレですよ。大方徹夜であの原稿仕上げたんでしょ」
「……正解です。どうしても迷惑かけたくなかったから、せめて原稿ぐらいはってな」
「そんなことで無茶して、この前みたいに倒れられたら困るんですけど?」
「気を付けます。そんなことないように」
「よろしい」
そうやって口では責めるものの、実際はどうなのかを知っているのであまり強気には言えない。
新婦の方に教えてもらった話によると、数日前からアタシがスピーチすることは決まっていたらしい。けれどその時は久しぶりのレースに向けて調子を整えている最中。それを相談するか迷ったトレーナーさんは、トレーナー業と並行して原稿を書き上げ、ライブが終わってから相談することに決めたらしい。だから当日までアタシが読むかはわからないと頭を下げて伝えていた。
その話を聞いて、アタシは少し寂しかった。もうじき引退し、トレセン学園から卒業し社会人になるようなアタシなのに、まだ考える余裕もない子どものように扱われてしまっているのが許せなかった。もっと任せてほしい、もっと頼ってほしい。けれどそんな本心をアタシは話せずにいる。もう子供じゃないとまっすぐに言うのも恥ずかしい。まして、アタシを大人として、一人の女性として持てほしいなんて言い出せるわけがない。けど引退してから、アタシが普通の女の子になり、トレーナーさんがただのトレーナーさんになってから、アタシの気持ちを伝えようと、そう密かに決心していた。
「無茶しすぎるのはトレーナーさんの悪いとこですよ。直さないと困るのはトレーナーさんなんだからね」
「気を付けるよ。そんなんだから結婚できないんじゃないかって親からも言われちゃったしなあ」
「自覚があるみたいで結構。ちゃんと直してくださいよ? もう少しすればアタシも引退しますし、トレーナーさんも忙しさから解放されるんですから」
「……ああ、そうだな、引退だもんな」
「ええ。いつも通りの三着もここ最近は遠のいちゃってますからね。今年残すところは有馬記念だけだし、それが終わったら引退するのもいいかなって」
「ドリームリーグは?」
「進んでもいいけど、さすがに勝てなさそうかなーって。ブライアンさんめちゃくちゃ調子いいですし、テイオーやマックイーンも現役ですよ? あたしじゃ無理ですって」
「そうか。まあネイチャがそれでいいなら問題ないよ。そうだ、これ」
トレーナーさんが懐から出したのはくしゃくしゃの手作りトロフィー。もういくつ渡されたのかは数えていない。数えていないけど、アタシのクローゼットの中にもらったトロフィーはすべて保管してあるため、帰ったら数えることも可能だ。
どんなレースで勝った時よりも、どんなライバルと勝った時よりも、何度ももらっているこのトロフィーのほうが嬉しく思えるのは。それはきっと──
と、そんな気持ちはおくびにも出さずトロフィーを受け取って大切にしまう。そしてよせばいいのに世間話の体でアタシは踏み込んだ話題を聞いてしまう。
「そういえばトレーナーさん、先週にも親御さんから電話もらってたけど、それって」
「ああ。両親からの催促だよ。早く結婚しろー、孫の世話させろーってな。正直何言ってんだかって話だよ」
「ふふっ、トレーナーさん忙しくしてますもんね。恋愛にかまける暇も、自分の時間を作る余裕すらないですもんね」
「まあネイチャのためだしな。それに、好きなやつもいるし」
「へえー」
「ええ!?」
「うおっ!」
思わず大声を出してしまった。さっきも言った通りトレーナーさんはあまり時間を確保できない。その理由のほとんどがアタシなのは非常に申し訳ないけど、それはそれとして恋人を作るような時間も、マッチングアプリ等でパートナーを探す余裕もなかったはずだ。それがよくある状況になってるトレーナー業ってかなりブラックなのではなかろうか。
それはともかく、トレーナーさんに好きな人がいるという話はかけらも出てこなかった。そして、アタシの引退後のぼんやりとした計画はトレーナーさんに好きな人がいないことを想定していた物だった。
「へ、へー。そんな人がいたんデスネ」
「……まあ、聞かれることも話すタイミングもなかったし、ネイチャが知らない話だよな」
「ああ、全然気にしないで大丈夫ですよ! 全っ然平気ですから! いやー知らなかったなー!」
ついつい大声になってしまう。
まずい、非常にまずい。アタシも忙しいからトレーナーさんもそうでしょうと胡坐をかいてアプローチをしていなかったことがこんな状況を引き起こしてしまうとは。
「ちなみにどういう人なんです?」
「んー、キラキラしてる主人公。あと努力家。そういうところに惹かれた。あと知れば知るほどかわいいなって思うようになってきた」
かなりいいひとっぽい。かなり不利だ。ここにきて再びキラキラ主人公が行く手を阻むとは。
「へー、何か不満なとこは?」
「なんで聞くのかはわからないけど、そうだな……どんなことを内緒にしてもすぐばれるところかな。ちょっとは内緒にさせてほしい。あと不満ってわけじゃないけど、料理がうまいからコンビニ飯に戻れなくなったことかな」
胃袋も掴まれてる。
冷静に、落ち着くためにも相手が誰か考えてみよう。トレーナーさんと一緒になって食事ができるような人物なんて限られてくる。トレーナーさんはアタシのことで時間をかなり取られている。そのため夕食等を落ち着いて食べれる時間も少ない。つまりは相手の家に行って一緒に食べる時間は限られている。もしくは来てもらうかだけど、トレーナー寮は関係者以外立ち入り禁止なのでその可能性は消える。そのため少ない回数で確実に胃袋を掴んだということになる。なかなかのやり手だ。
「なるほど。なかなかいい人見つけましたね」
「自慢だよ。ま、俺が威張ることじゃないけどさ」
「ですねー。はーあ、アタシもトレーナーさんみたいにいい人見つけたいなあ」
「……ネイチャなら向こうからいい人が来てくれると思うよ」
「お世辞として受け取っておきますねー……好きな人ならいるんですけど」
「いるのか。そりゃよかった」
「いつもなら聞き逃すとこですよ?」
「はは、ごめん。聞こえちゃったからさ」
その恋も終わってしまいましたけどね、とは言わない、言えない。
アタシは本心からトレーナーさんを祝えない。でもその本心がトレーナーさんを応援するべきだと主張している。惚れた弱み、という奴だろうか。失恋の痛みをほじくり続けるような弱点はなくなってほしい。胸が痛い。
「……トレーナーさんは、その人と結婚するんですか?」
「いずれはそうなってほしい、かな。まだ告白してないけど」
「え、まだなんですか。手料理もらってるぐらいだからてっきり」
「告白してたって? まあするタイミングはあったかもしれないけど、お互いに忙しかったからさ」
「アハハ……半分ぐらいはアタシのせいですね」
「気にしなくていいよ。俺が好きでやってることだしさ」
好きという言葉、嬉しそうな笑顔。アタシはこの人に恋していたんだと胸を締め付ける苦しみが教えてくれる。
「それに、忙しくなくてもいろいろあるからね」
「いろいろ?」
「そう、いろいろ。だから向こうから言ってくれないかなって期待してる。俺から言ってもいいけど、ちょっと強引すぎるかなって思ってね」
「それって」
「草食系ってやつかな。まあ、複雑みたいでさ」
なんだか似てる、と思ってしまった。そして、アタシと同じことになるんじゃないかと思ってしまった。そう思ってる間にもトレーナーさんは前へと進む。
「まあその、ネイチャはうまくいくといいね」
振り向きながら、さっきとは違う悲しそうな笑みを浮かべるトレーナーさん。その顔はアタシとの別れを覚悟していたような、それを望んでいたような、知っていたような。淡く脆く儚く遠く、不幸なものに見えた。そして、今すぐにでも遠くに行ってしまいそうだった。
どうしても離したくなくて、離れたくなくて、ぼんやりとする頭の中でアタシは手を伸ばしていた。その中でとらえていたのは赤い光とトラックのクラクションだけ。
赤信号と突っ込んでくるトラック……?
「と、トレーナーさん前! というか横と前!」
「え? あ」
二人そろって何をぼんやりとしていたんだろう。全力で手を伸ばし、一歩踏み出して掴んだトレーナーさんの腕を離さないようにする。
腕を引っ張ることも考えたがそれではダメだとすぐに結論が出る。引っ張る力が強すぎてトレーナーさんを傷つける可能性が高いうえ、引っ張った反動でアタシの方がトラックとぶつかる可能性もある。一体どうすれば──
──『ボクの代わりに助けてあげて』
遠くで聞こえるブレーキの音。トラックが止まり、運転手の方が降りてきて近寄ってくる。
「おい、あんたら大丈夫か!」
「っ……大丈夫です。すみません、こちらの不注意で」
「いやこっちこそ。名刺おいてくから、何かあったら連絡してくれよ」
「わかりました」
「ところで、そっちのウマ娘の嬢ちゃんは大丈夫かい?」
「怪我はないと思いますけど……ネイチャ」
「…………」
無言で頷く。顔をあげられない。
「大丈夫、なのかな」
「顔見なきゃ安心できねえんだが……まあ何かありゃ連絡してくれ」
「わかりました。本当、すみません」
「怪我無けりゃいいのよ。こっからはよそ見せずに帰りなよ」
運転手さんはトラックへと戻り、仕事へと戻っていった。残されたのはアタシとトレーナーさん。
「……ネイチャ、本当に大丈夫か」
「ダイジョブです、ホントに」
アタシはトレーナーさんに抱きしめられる形で歩道に倒れていた。
あの時、アタシは誰かに背中を押されてさらに一歩足を進めた。そのままもう一歩道路を踏み、トレーナーさんを突き飛ばすような形でトラックを避けることに成功した。
成功したはいいが非常にまずい状況である。いや、アタシとしてはまずくもないし、むしろおいしいというか役得というか。アタシはトレーナーさんを押し倒し、胸元に顔を埋めるという状況に若干うれしさを感じている。
最初は力が入らなくて、すぐ立ち上がろうとしたけど立ち上がれなかっただけだった。けど、トレーナーさんの無事を理解し冷静になってくると、トレーナーさんの匂いとか胸板が固くて意外と鍛えてるんだとかそういう情報の方が入ってきてしまう。その結果、もうちょっと堪能してもいいんじゃないかという内なる欲求の方が勝ってしまい、立ち上がろうと思わなくなってしまったわけである。
「……ありがとう、ネイチャ。助かったよ」
「……!」
トレーナーさんが優しく頭を撫でてくれる。犬みたいで少し恥ずかしいことに、たったそれだけでうれしくなり、耳とか尻尾が感情を持って動いてしまうのがわかる。トレーナーさん大好きかよ、アタシ。
「でもそろそろ離れてくれた方がいいかな。ほら、他の人が来ちゃうかもしれないし」
「っ! ごめんなさい」
そんな恥ずかしい事態を避けるために急いで離れる。ほんのちょっとだけ名残惜しいという感情が湧き出たので、自分の頬を思いっきり叩く。
「どうした!?」
「なんでもないです!」
そういえば誰がアタシの背中を押したのだろう。立ち上がって振り返ってみたけど、そこには誰もいなかった。遠くに誰かがいるということもない。
「トレーナーさん。アタシの後ろに誰かいた?」
「……何が?」
「ううん、何でもない」
気のせい、ということにしておこう。
「それで……えっと、何の話してたっけ」
「本当に大丈夫か?」
「大丈夫、お互い無事でしょ?」
「まあ、そうみたいだね」
「じゃ、帰りましょう」
「そうだな。あ、ネイチャ、手をいいか?」
「手?」
どういうことかわからず手を差し出す。トレーナーさんはその手を掴んだ。
「は?」
「これで良し。じゃあ帰るか」
「え?」
そのまま歩き始めるトレーナーさん。手を掴まれているのでアタシもそれに合わせて進む。何が起こっているのか理解が追い付かない。
「こうしたら、またさっきみたいにならないだろう?」
「まあ、そうですケド」
手汗がどうとか、心臓の爆音がどうとか、温かさがどうとか硬さとか柔らかさとかで思考が暴れている。アタシ、こんなに耐性なかったのか。それともこれが夢だから過剰に反応しているとか?
「それで、まあ。話は戻るんだけど」
「ハイ、ナンデショウ」
「ネイチャを応援してもいいかな」
何のことだろう。
「応援? いつもしてません?」
「レースじゃなくてさ。恋の方」
「鯉?」
……ああ、恋の方か。
「んー、ダイジョブですよ。それよりトレーナーさんの方を応援します」
「俺はいいって」
「ホントに?」
「なんか、別に好きな人がいるみたいだし」
「だったらもっと頑張らないとダメですよ。その人が好きならぐいぐい行かないと。それでズルズルと後悔することにもなるんですよ?」
何か少し吹っ切れたようなことがする。さっきまでのアタシならそんなことは言わなかっただろう。頭でも強く打ったのだろうか。
「でも」
「それとも、アタシの提案を断って手伝ってくれそうな人でもいるんですか?」
「いるよ。桐生院さんとか」
「あの人で本当に大丈夫だと思います?」
「……ダメかも」
少し変わっていると有名な桐生院さん。うわさでしか聞いたことはないけど、そんな反応するということは噂もそこまで間違ってないらしい。なんかごめんなさい。
「しょうがないからネイチャさんが一肌脱いであげますよ。感謝してください」
「……ありがとう。でもいいのか?」
「大丈夫です。安心してください」
ここでこの話はひと段落。あとは前を進むトレーナーさんと、人知れず失恋したウマ娘が他愛もない話をしながら帰るだけだった。
さようなら、アタシの初恋。
「ただいまー」
「お帰りネイチャ! マーベラスだった?」
「半分ぐらい、かな。結婚する二人がとってもキラキラしてたし、トレーナーさんも恋をしてるってわかったし」
「……! とってもマーベラスだね!」
「別の好きな人がいるってわかった時点で、ネイチャさんはマーベラスじゃありませんよーっと」
「あれ……? あ、わかった!」
「わかったって何が、あ、待って何してるの!?」
「とってもマーベラスなこと!」
「マーベラスって、結婚記念日って書いただけじゃん。今日は私でもトレーナーさんでもなくて、トレーナーさんの友人さんの結婚記念日って言わなかったっけ」
「でもマーベラスだから間違ってないよ? 三年後にはわかるよ!」
「なんじゃそら、わけわかんないわ……まあ、マーベラスだしいつものことか。ん、疲れたから寝る準備するわ」
「おやすみ! ネイチャ!」
「おやすみーって、お風呂行くからまだ寝ないって」
そして三年後──
「お待たせ、ネイチャ」
「待たせすぎだよ、トレーナーさん」