機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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序幕 「邂逅落日〈ビフォアダウン・デスティニー〉」
プロローグ「戦域の輪舞」


 視界が歪む。

 

 世界が霞む。

 

 一秒後には死滅しているであろう、身体中の細胞が訴えかけている。

 

 ――この死地から逃げろ、と。

 

 しかし、と顔を上げていた。

 

 仰ぎ見た空は紅蓮の色に染まり、赤熱の彼方に佇む大虚ろの穴が蜃気楼に漂っている。

 

 戦場の黄昏に昇る、絶望の暗黒太陽。

 

 この世の理を覆し、全宇宙の法則を携えて降り注ぐのは刃の如き熱視線――死神の眼差しが四方八方から身を押し包む。

 

 胃の腑を押し上げる酸っぱい胃液を堪えて、操縦桿を握り締めていた。

 

 腕の両側に浮かんだ楕円の紋様から血が滴る。

 

 この世界に生きている限り、縛られ続ける聖痕が今も激しく疼く。

 

 だが、その感情を掃いて捨てるほど、今の自分には後がなかった。

 

 虚ろな蜃気楼の向こう側からやってくるのは、彎曲した景色の向こう側に降り立つ鋼鉄の兵士達。

 

 絶望に沈んだ心臓の脈動が、再び沸き立ち始める。

 

 どくん、と血管の脈打つ音を感じて、フットペダルを踏み込んでいた。

 

 雄叫び一つで恐れを掻き消し、黒き死神の機体が鋼鉄の兵士達へと対峙する。

 

 敵機の群れから弾丸の波が押し寄せて来ていた。

 

 どこへ避けても、どこへ逃れようとも決して無事では済まない軌道の銃撃の嵐に、「彼」は応じる。

 

「――上、等……ッ」

 

 機体を翻し、攻撃を受ける面積を減らして極力ダメージを軽減しながら、まずは前衛の機体へと噛み付いていた。

 

 抜刀したヒートサーベルが炎熱を帯びて銃身を焼き切る。

 

 そのまま足掛かりにした速度で組みつき、刃を返してコックピットへと切っ先を突き立てる。

 

 しかし、これ以上は呼吸が持たない。

 

 心臓も、爆発しそうなほどに早鐘を打っている。

 

 両腕から溢れた血は泥のようにコックピットの足元へと溜まって来ていた。

 

 意識はとうの昔に消え去り、この身を動かしているのは獣の如き本能。

 

 せめて、死ぬ間際には喰いかかってやろうと言うけだものの本能が、こうして機械人形を手繰っている。

 

 一呼吸を整える前に、牙を突き立てろ。

 

 脈拍に慈愛をくれてやるくらいなら、自ら噛み千切れ。

 

 そうして得られるのがたとえ偽りでも、それでも構わないと「彼」はそう思っていたのだ。

 

 炎の向こう側に、絶対者の如くこちらを見下ろす黒い太陽。

 

 ――否、違う。

 

 あれは、太陽なんかではない。

 

「――ダレト」

 

 反逆の赤い瞳を宿して、「彼」はブリキの兵士達が今も踏みしだく大地に怨嗟を発する。

 

 この場所もまた、間違いであった。

 

 この時間もまた、間違いだったに違いない。

 

「それでも俺は……出会えないと言うのか。また……」

 

『――通達する。黒い《エクエス》に搭乗するライドマトリクサー。ここで投降するのならば、命までは奪わない』

 

「……よく言う。他の全ては奪って来たくせに」

 

 だからもう、命なんて要らない。

 

 一つの出会いと別れに集約されなかっただけの、虚しい自分に命の価値なんて問いただすまでもない。

 

 操縦桿を強く握る。

 

 愛機――黒い《エクエス》は応じるように緑色の眼窩を輝かせ、背面に装備されたブースターユニットの稼働臨界点を超えていた。

 

 一斉に殺到した銃弾の雨嵐を掻い潜り、道化のように跳躍して機体をひねる。

 

 コックピットでパイロットがミンチになろうとも知った事か、とでも言うような過負荷がかかるが、それも大して自分には意味などない。

 

 むしろ罰のように、こうして己を縫い止めるのだ。

 

 敵陣のど真ん中に降り立つなり、ヒートサーベルを逆手に握り締めた《エクエス》が敵へと刃を軋らせる。

 

 敵機はどれもこれも同じ機体ばかり。

 

 能面のような読めない頭部構成を持った、顔のない機体達。

 

 それらが直後には散開し、こちらの刃をかわしていく。

 

「……分かっているさ。今回の俺はここで打ち止めだって言いたいんだろ? お前に出会えなかったのだけは……心残りだけれど。でも仕方ない。ダレトの向こう側が呼んでいる。共鳴の時だ」

 

 瞬間、高周波の音叉が戦場を掻き乱していた。

 

 敵機が一斉に広域通信を飛ばす。

 

『いかん! ダレトからの干渉波だ! 総員、対ショック姿勢! オリジナルレヴォルからの指示を待ってダレトの干渉波を相殺させる』

 

 ――オリジナルレヴォル。

 

 そう、そいつだ。

 

「彼」は血溜まりの中で顔を上げる。

 

 テーブルモニターに映った自分の顔は酷くやつれていて、今にも気を失いそうなほど。

 

 死相が浮き出ている面持ちで、「彼」は滑稽な事実に嗤っていた。

 

「……この世界では、俺に叛逆の意志は囁かなかった……。だが、運命はこれで終わらせない。ダレトの向こう側で待っていろ。扉を叩くのは、俺じゃなかっただけの……」

 

 ホルスターから拳銃を取り出し、顎に突きつける。

 

 頭蓋を射抜いて一撃、それで終わりが訪れるはずであった。

 

 しかし、その瞬間、暗黒太陽より発生した干渉波が全ての電子部品を嬲る。

 

 それには「彼」の機械仕掛けの両腕も同じであった。

 

 醜い呻き声を上げてコックピットの中で激痛に苛まれる。

 

 楕円を無数に重ねた形の紋様が内側から緑色に輝き、血潮が干渉波に沸き立ってぶくぶくと沸騰する。

 

「……俺に、安息な死にざまさえも与えてくれないのか……」

 

 自嘲した次の瞬間、顔のない機体達へと拡散した光条が突き刺さっていた。

 

 一つ、二つと大穴がコックピットを貫き、顔のない機体はうつ伏せになっていく。

 

「彼」は戦きながら、空を穿った暗礁の扉を仰ぐ。

 

 ――扉の向こうから、じりじりと引き出されていくのは白亜の装甲を持つ人型兵器であった。

 

 全身これ武器とでも言うように鋭角的なフォルムを誇るその機械人形はゆっくりと戦場へと降り、紅蓮に燃え盛る戦域を掻っ切っていた。

 

 剣風だ。

 

 それも並大抵ではない。

 

 喉をやられる灼熱を吹き荒ぶ刃で掻き消してみせた。

 

 ここに降り立つのは、何も酔狂でも、ましてや偶然でもないとでも言うように。

 

 必然に塗り固められた邂逅の中で、白亜の機動兵器が問いかけるように鋭角的な眼差しを投げる。

 

 ――それは世界との契約。

 

 ほとんど死に体の《エクエス》から降りて、「彼」は導かれるようにその機体と相対していた。

 

 戦うためだけに生み出された、世界を切り裂く刃の兵装。

 

 この崖っぷちの戦場を断罪し、断裁し、そして造り返るための兵器。

 

「……俺に、まだ戦えと?」

 

 頷く暇さえも与えず、人型兵器はその胎を開いていた。

 

 ぷしゅう、と空気圧の抜けるこの邂逅に似つかわしくないような間抜けな音。

 

 しかしそれは、この場所で、運命に選ばれた証左。

 

「彼」は今一度、空を見上げる。

 

 終焉の黄昏を支配する闇の扉に、静かに手を伸ばしていた。

 

 

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