――駆け抜けるイメージがあった。
だからそのまま走るのが正答だと思ったし、誰も教えてくれなかったので、走るしかなかった。
走り方なんて独学。
自分流を突き詰めていけば、きっと、上手く走れるだろうと思っていた。
――だがその結末がこれでは笑うに笑えない。
アルベルトは回収した白いMSを愛機に担がせて、コロニー、デザイアの中でもまだマシな場所へと膝を折っていた。
そこには行き着いた流れ者達と、デザイアに棲む辛うじてまだマトモな住民達が身を寄せ合っている。
アウトロー達は派閥を持っているので、凱空龍に従うかどうかは不明のままだ。
「ヘッド……! 生きていたのか……」
「トキサダか。ああ、オレは何とかな」
「……クソッ! トライアウトの連中、やり方がえげつないったらねぇ! ……すまない、ヘッド。おれの部隊はほぼ壊滅だ。濃紺の《エクエス》にやられた」
無理もない。
軍警察の統率された動きと令状持ちのミラーヘッドを前にすれば、所詮は族上がりの自分達なんて赤子の手をひねるよりも容易いはず。
「今は……生き残りだけでも集められねぇか? 凱空龍だろうが他の族だろうが関係なしに……」
「何言ってるんだ? 今、デザイアで生き残っていて、そんでまだ規模としてあるのはもう凱空龍だけだ。……言い方は悪いが、チャンスじゃないのか? これを機に凱空龍に統率する。そうすれば、デザイアでの支配権はおれ達に回ってくる」
「……トキサダ、今はそんな事考えている暇じゃ……」
「何言ってんだ。今だからこそだろ。組織デカくするのに、時間と場所をいちいちこだわってるんじゃ話にならない。ヘッド、あんたが決定権を持ってるんだ。おれはあんたになら従うぜ。もちろん、他の連中もな」
――自分になら従う。
それはトライアウトの介入を分かっていて、この状況を生み出してしまった自分への何よりも罰に思えていた。
彼らの生き死にを決定出来たはずなのに、それを日和見にしたせいで死ななくっていい命まで死なせてしまった。
その責任まで、全部負わなければいけないのだろうか。
「……ああ、じゃあこの場所まで来られなかった連中も居るだろう。そういう奴らにガイドを付けてやってくれないか? 恩義を売っておけば凱空龍のやり方に異議を唱える奴も居ないはずだ」
「ああ、そのつもりだぜ。生き残った面子とMSを使って誘導、だろ? 分かってる。……しかしさっきから聞かないつもりだったんだが、そのMSは何だ? ヘッド」
「ああ、ちょっとした拾い物だ。大丈夫、害にはならねぇ」
「本当だろうな? ……まぁいずれにしたって、MSはないよりかはあったほうがいい。《マギア》編隊を率いてここまでのガイドを行う。……ただ、間違えて欲しくないのは、死にそうな奴には手ぇ貸さないからな。死に体はもう放っておく。どっちにしたって、コロニーがこんな状態なんだ。死ぬ奴は下手に希望持たせるより、死なせてやったほうがいい」
「……ああ、それはそう……かもな」
酸性雨が降り出す。
レインコートを着込んで、アルベルトは白いMSのマニピュレーターに握られているファムを見出していた。
「……ミュイ……、だれ……?」
「アルベルトだ。……そっか、まともにツラ、合わせてなかったな。こいつは……」
「クラード、のってるよ……」
まさか、とアルベルトは目を戦慄かせる。
「……マジにクラードが乗ってんのか。さっきの通信、聞き間違えじゃなかったって事かよ。じゃあ……!」
コックピット付近にある緊急排出のノックを引くと、テーブルモニターに突っ伏している姿勢のクラードを発見する。
「クラード! おい、こりゃあ……何があった?」
揺すってもクラードはまるで起きる気配がない。
脈を診ると、心拍が微弱なレベルにまで落ちているのが分かった。
「どうなってんだ、こりゃあ……。MSに乗ってこんな風になるのなんて、今まで一回もなかったろうに……」
おい、と軽く揺すってから、それでも反応が皆無なのでアルベルトは語気を強めていた。
「何眠りこけてんだ! クラード! お前が死んじまったら……オレは一体、どうしていけばいいんだって……!」
そこで不意にコックピットの中で長距離通信が繋がれる。
まさか、トライアウトの通信か、とアルベルトはコンソールに触れ、固唾を呑んでその通話を見守っていると、場違いな声が弾けていた。
『あっ……繋がった……。えーっと、搭乗者の方に告げます。コホン、コホン……』
「……女の、声……」
茫然とするアルベルトに通話先の声がこの絶望的状況下ではまるで不釣り合いな声量で響く。
『すいません! これ、うちの商品なんです!』
「……えと、これで何とか伝わった、かな……?」
カトリナはおっかなびっくりに通信を繋ぐ。
《レヴォル》の反応はエンデュランス・フラクタルから遠く離れた辺境地コロニーより発信されていた。
そこまではいわゆる長距離通信と言う奴で、声は届くが姿は見えない。
なので、相手がどのような人間で、どのような経緯で《レヴォル》を手に入れたのかはまるで不明だ。
しかし、軍警察の手に渡っていれば、それは最悪の事態だろう。
通信室で背中にサルトルとレミアのプレッシャーを受けながら、カトリナはつい一時間前に覚えたばかりの通信手段を用いる。
「えっと、聞こえています……かね? それ、そのぉー……」
『……聞こえているが、何だって言うんだ、あんた』
重くドスの利いた声に、それだけでカトリナは泣き出しそうになってしまう。
「えっと……も、申し遅れまひた……! じゃなくって、うひゃぁ……噛んじゃった。も、申し遅れました。私、エンデュランス・フラクタル社の兵器開発部門所属のその……何だっけ……」
「委任担当官でしょ」
レミアの声に押されてカトリナは慌てて補足する。
「そう! そうなんです! 委任担当官でして……」
『……あんた、このMSの開発者か』
「め、滅相もない……! 開発したのはそのぉ……違うんですけれど」
『じゃあ何だ』
どうしてなのだか相手は追い込まれているかのような詰問ばかりで、カトリナは参ってしまう。
「れ、《レヴォル》に乗られているのは、あなたですか? ……数分前のログだと、ライドマトリクサーの方みたいなんですけれど……」
『いいや、オレじゃねぇ。……そうだ、あんた! このMS……《レヴォル》ってのに詳しいのか?』
「えっ……それは……どうかなぁ、なんて……」
頬を掻いて愛想笑いで誤魔化すと、通信先の相手は声を張る。
『頼みがある! こいつに乗っていた奴が死にそうなんだ! 何とかする手段はねぇのか!』
「し、死にそう……? まさかそんな……ライドマトリクサーなら、そこまでのものだったわけ……」
『現に死にそうなんだよ! バイタルも意識も薄らいでいる。このままじゃ、おっ死んじまう!』
「そ、そんな……えと……その……」
あたふたする自分に代わり、サルトルが通信を繋いでいた。
「おい、そっちに居るのはクラードのはずだな? 何で死にそうになってるんだ?」
「クラード……? って誰なんです?」
自分の問いを無視して、サルトルは続ける。
「クラードが死にそうなのか?」
『……あんた、何でクラードの事を……』
絶句する通話先にサルトルは矢継ぎ早に言葉を継ぐ。
「意識レベルが落ちているのはライドマトリクサー施術のせいだろう。《レヴォル》を動かすのには他のMSを動かしていた頃よりも数倍の負荷がかかるはずだ。腕んところにモールドがあるだろ? そいつのRM施術痕が赤く明滅しているのなら、リンクは切れていないはず。今は目に見える心肺機能の低下よりもそっちを見るといい。思考拡張で意識をちょっと《レヴォル》に持っていかれているだけのはずだ」
サルトルの言っている事は一ミリも分からなかったが、通話先の相手はそれを確認した間を置いた後に、驚愕したような声を返す。
『……あんたらは……』
「エンデュランス・フラクタル。今しがた、こっちの期待の新人の言った通り、おれ達は企業だ。現状、ラグランジュポイントの支社だが権限は備えている」
『企業……。小耳に挟んだ事くらいはある。統合機構軍の中でもトップクラスの、エンデュランス・フラクタルって言えば……オレらもその武装を使ってはいるからな。でも企業って言ったって、あんたら何で、コロニーの戦闘に……』
「巻き込んだ、か。あるいは巻き込まれたか。いずれにしたって、それは必然のはずなんだ。そっちにクラードが居るって言うんならな」
『……分からない事を言う……何でクラードが居ると、オレ達のコロニーがこんなになっちまうんだ!』
「そいつが我が社のエージェントだからさ。秘密の潜入任務を帯びて半年。まぁ、聞いていなかったとは思うがな」
寝耳に水とはこの事で、カトリナが息を呑んでいると、通話先の相手も二の句を告げないようであった。
『何言って……』
「全て事実だ。クラードのバイタルが見たい。テーブルモニターにクラードの手を翳してくれ。簡易モニタリングならそれで出来る」
しばらくしてから、データが送られてくる。
列挙された文字列の意味を解する前に、サルトルは納得したようであった。
「……なるほどね。敵は軍警察のトライアウト。しかもミラーヘッドの令状付き。そういうのとやり合えば一発で昏倒コースまで行くか。だが運がいい。簡易モニタリングした限りではクラードは休眠、まぁ有り体に言うと眠ってるだけだ。命に別状はない」
『本当なのか? ……だが呼吸も浅いし心拍だって……』
「ライドマトリクサーの思考拡張だ。起き掛けの《レヴォル》とリンクしたから、それに近い状態へとライドマトリクサー側も変移する。まぁ、こう言っちまうと何だが、慣れてくるとそうでもなくなる。一時間後くらいには起きるだろう」
『そ、そうなのか……?』
戸惑いがちの相手に、カトリナは返答する。
「その……私達から言えるのは正直言っちゃうとただの気休めですけれど……今見た限りじゃ、多分大丈夫です。その、そっちに居るって言うクラードさんの命に別状はないかと」
『……だからって、この状況がワケ分からねぇんだから聞かせてもらうぜ。このMSは何だ? 《レヴォル》って何なんだ? ……あんたら、エンデュランス・フラクタルって言えば、確かに聞いた事はあるぜ。デカい企業なんだろ? そんなのがどうして、こんな場末のコロニーにMSを飛ばしてきたんだ?』
「し、質問が多くって……そのぉ……」
「後で答える。彼女は委任担当官のカトリナ・シンジョウだ。君らの助けとなるはずだ」
勝手に決められてしまってカトリナは呆然とする。
「さ、サルトルさん? 何言って……」
「君らからこっちへの窓口は彼女を通してもらう。機密事項に抵触する可能性もあるからな。ただ一つ言える事は、《レヴォル》を壊そうだとかそういう妙な事はしないほうがいい。我が社の法務部が君らを黙っておかないし、何よりも……軍警察の介入があったんだろう? 余計な事をするとトライアウトが黙っちゃいない」
「ちょっ……サルトルさん! そんな言い方……!」
「いいんだよ、今は。あっちがどういう集団かも分からないんだ。強硬策を取ったほうが後々問題もなくなってくる」
そうこちらに返答したサルトルは通信の声を振り向けていた。
「詳しくはクラードが起きてからでも聞くといい。彼はこっちの秘密をよく知っているはずだ」
通信を一方的に打ち切ったサルトルに、カトリナは突っかかる気さえも失って嘆息をつく。
「はぁ……どういう事なんですか、これ……」
「カトリナ女史。説明する事は山ほどありそうだが、今は一つ。あっちに居るクラードの指示に従って、《レヴォル》を無事に確保する事だ。あれは我が社の社運を懸けた機体、ワケ分からん連中に弄られたら敵わんからな。……とは言っても今の様子じゃ、クラードは昏倒、そんでもって、《レヴォル》は機能停止、かな。ダメージを負っている風ではないのは簡易検査で確証済み。まぁ、そこだけでもまずは安心か」
安堵の息をつくサルトルの横顔を眺めつつ、カトリナは不服そうにむくれる。
「私には何の情報もなしですか……」
「あっちからの疑問に対しても分からないで通してくれ。そのほうが都合もいい。ただ、委任担当官としての最初の仕事なんだ。それなりに相手を刺激せず、上手く通してくれよ」
肩を叩かれ、カトリナは薄暗い通信室で振り返る。
「わ、分かりません……分かりませんよ! ……一体何が、どうなってるって言うんですか!」
「今は分からなくっていい。艦長、ベアトリーチェの出港を早めなければいけなさそうだ。位置情報的にトライアウトに目を付けられるとお終いだろう。《レヴォル》が重要な切り札だと認識される前に、ベアトリーチェでランデブーする」
「ええ、そうね、サルトル技術顧問。……また頭痛の種が増えたわね。《レヴォル》を拾うために私達が戦闘宙域にわざわざ赴かないといけないなんて。頭痛薬、足りるかしら」
その言外に責任に所在を問いかける言葉にもサルトルは動じない。
「なに、クラードが拾ったんならまだ希望はある。あいつが起きて定時通信を送ってくるのをまずは待つ事だ。こういう時のことわざは果報は寝て待て、だろ? 艦長」
「……それよりも、火中の栗を拾う事になる意義を問い質すべきね。要らない荷物まで背負う羽目になるのだから」
立ち去ろうとする二人の背中に、カトリナは思わず駆け寄って声を張り上げていた。
「その……どうすればいいんですか! 私に出来る事って……!」
「クラードからの返答を待つんだ。そうすればカトリナ女史、そっちの仕事も分かってくるはずさ。ああ、言っておくと、今より四十八時間以内にベアトリーチェ出港の可能性がある。自分のサイズに合うノーマルスーツは取り揃えておけよ」
廊下を行き過ぎる二人を見送りながら、カトリナは呟く。
「ノーマルスーツって……宇宙(そら)に、出るって言うの……?」
薄暗がりの通信室のモニターには茫漠とした暗礁宙域が広がっていた。