機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第99話「クラード」

 

 突き刺さった一撃を感じ取る。

 

 それでも、相手はまるで許すつもりはないらしい。

 

 装甲が剥離し、その巨大なるモニュメントを打ち崩しても、高重力の砲撃を拡散する。

 

 多重拡充装甲を分離させ、クラードは《フルアーマーレヴォル》を中空へと逃がしていた。

 

「……ウェポンベースは完全に使い物にならないな。コンテナを分離、標的にぶつける」

 

 武装コンテナを敵に射出し、爆発の粉塵を棚引かせつつ、《シクススプロキオン》が衝撃波の向こう側へと消えていく。

 

 積層装甲を脱ぎ捨てた《レヴォル》は四肢を押し広げ、スタンディングモードへと移行していた。

 

「……《レヴォル》、エージェント、クラード。ゲインをぶち上げろ……! 標的、MF《シクススプロキオン》を撃滅する!」

 

 しかし決戦兵器であるフルアーマーウェポンを破壊された以上、敵の剥離装甲を狙うほかない。

 

 幸いにして「8」の字を描く敵の堅牢な鎧は打ち砕かれ、銀色の素体が見え隠れしている。

 

 今ならば、《レヴォル》の超接近戦での攻撃も届く――そう信じて《レヴォル》を駆け抜けさせていた。

 

 拡散重粒子砲撃が《レヴォル》の機体を狙い澄まそうとしたが、これまでのように大雑把な照準では《レヴォル》の躯体は小さいがゆえ、どれもこれもが当てずっぽうだ。

 

 砲撃を掻い潜り、クラードは《レヴォル》と再度繋がったライドマトリクサーの腕より伝導する稲妻を脳裏に描きつつ、そのまま白銀の部位へと取りつく。

 

 その瞬間に、無数の支持アームが怨念そのもののように伸長し、《レヴォル》へと次々に絡みついていく。

 

「……退け――!」

 

 脚部に格納した武装より幾何学軌道のビームを掃射し、怨嗟の塊の如き支持アームを引き裂いていく。

 

 そのまま掌底を撃ち込もうとして、白銀の素体が波打つ。

 

 何だ、と確認する前には、波打った部分より虹色の皮膜が発生し、《レヴォル》の機体を吹き飛ばしていた。

 

 それはまさに、絶対の冷たさを誇る宇宙に吹き荒ぶ突風。

 

「……こいつ、ナノマシンの風圧で《レヴォル》を離脱させた?」

 

 そんな事が可能なのか否かではない。

 

 事実、《レヴォル》は一度引き剥がされた。

 

 そしてそんな相手を狙わない理由はない。

 

 四方八方より《レヴォル》を狙い撃つ重力の砲撃がもたらされる。

 

 どれかを避けてもどれかが致命的に命中するであろう。

 

 クラードは覚悟を決めていたが、その瞬間に割って入った影があった。

 

『させんよ! クラード君をね!』

 

 黒い《レグルス》がミラーヘッドの残像を拡散させつつ、砲撃を受け止めていく。

 

 しかしそれは本体にダメージがいかないわけではない。

 

「……お前は……」

 

『なに、これは一つ貸しだとも。何よりも! MFなんて相手が居ては私も落ち着いて君と死合えんからね。決着はこの先の未来でつけよう! クラード君、君は任務を果たせ。私はその先に生き、そして君と……羅刹のように戦い合おう! その時を今は――』

 

《レグルス》が砲撃を受け止めた衝撃波で光輪に押し包まれていく。

 

 爆発の余波が収まらぬうちに、クラードは次の判断を下していた。

 

 粉塵を切り裂いて、《レヴォル》が再び《シクススプロキオン》へと急降下し、白銀の素体へと大きく腕を引いていた。

 

「……喰らえ……! とっておき、だ――ッ!」

 

 白銀の躯体に打ち込んだ部位より裏返り、蒼い血潮が舞う。

 

 これはミラーヘッドジェルだ、と判断したクラードはしかし、そのまま次手を打っていた。

 

 ここで下手に及び腰になれば永劫、その機会を失うであろう。

 

 ならば、自分は。

 

 MFを殲滅すると決めた己自身に恥じないように、生き続けろ。

 

 それこそが自分の――たった一つの存在理由なのだから。

 

 クラードは吼えながら、《シクススプロキオン》の中枢部に向けて掌底を矢継ぎ早に放つ。

 

 その直後、この次元宇宙を割る悲鳴が劈いたかのように思われた。

 

 それはまさに、時空を砕く絶叫。

 

 だがその瞬間、何かが自分をすり抜ける。

 

《シクススプロキオン》を今の今まで稼働させていた存在が、自分と言う自我と混ざり合い、そしてその者はライドマトリクサーの意識の網に触れる。

 

 その人物は金髪に赤い眼の――。

 

「……俺、だと……? 《シクススプロキオン》に乗っていたのは……。いや、違う」

 

 何かが――明瞭に違う。

 

 否、つい先ほどまではまるで感じなかった悪寒に、クラードはコックピットの中で震えていた。

 

 そのぞわりとした感覚の基は自分の内側から生じているようだ。

 

 曰く、親殺しのパラドックス。

 

 曰く、自分殺しの咎。

 

 曰く――自害する刹那のいやに醒め切った自意識。

 

「……お前は……ガンダム……《ガンダムレヴォル》だって言うのか……」

 

 何かが言葉で語りかけてきたわけではない。

 

 ただ言葉以上の何かで伝わったのは、今しがた形象崩壊を引き起こす《シクススプロキオン》が、“自分と同じ”であった事だけ。

 

 震え始める。

 

 ガタガタと、極寒の地に招かれたように。

 

 歯の根が合わない。

 

 何もかもが手遅れだとでも言うように。

 

 自分は――自分殺しを行った?

 

 だがその感覚を明瞭化する前に、蒼い血潮を撒き散らしながら崩れ去っていく《シクススプロキオン》の姿が大写しになる。

 

「……勝ったはずなのに、何でこんなに……気持ちが悪いんだ……」

 

 これまで感じてこなかった嫌悪感。これまで感じた事もない拒絶感。

 

 胃の腑より上がってくる酸っぱいものを堪えながら、クラードは月軌道艦隊の側へと振り返りかけて、その機体を震わせたのは照準警告であった。

 

 ハッと習い性の神経で飛び退るも、その時には肩口に突き刺さったビームの残光が視界に居残っている。

 

「……この速度は……」

 

 照準の向こうに居たのは――真っ赤な死に装束を身に纏った死出の旅路の案内人――。

 

「……機体照合……MS、《ラクリモサ》……」

 

 MFを葬った自分には似合いの葬送曲が具象化されて、Y字の機体バインダーを押し広げ、幾何学のビットが放たれていた。

 

 回避――否、反証不可。

 

 恐るべき速度で肉薄したビットの包囲網が《レヴォル》を押し包む。

 

 クラードは舌打ち混じりに直上へと跳ね上がり、身に帯びた悪寒をそのまま振り払うかのように、掌底を浴びせ込んでいた。

 

 その真正面にビットが出現し、掌底の一撃から《ラクリモサ》を守り通す。

 

「……万華鏡……」

 

『左様。ジオ・クランスコールである』

 

 背後へと回り込んだビットの光条を紙一重で回避し、《ラクリモサ》の死角へと至ろうとして、《レヴォル》の脚部へと突き刺さったのはビットの一撃であった。

 

 ヒートマチェットで斬り払い、それらを分散させていくが、眼前に立ち現れたビットが磁石のように一斉に引き動き、一閃を見舞ったこちらを眩惑する。

 

 赤い残火が居残るも、ビットは一つも砕けやしない。

 

 四方八方より迫る殺気の波は次第に強くなっていく。

 

《レヴォル》の機体ステータスは既に先の《シクススプロキオン》との戦闘で損耗の一途を辿っていた。

 

「……ミラーヘッドジェルも四割を切っている。だが……」

 

 ここで逃げるわけには――否、逃げるという選択肢は存在しない。

 

《ラクリモサ》は執念深い狩人のように自分を追い詰め、そして狩り尽くすだろう。

 

 ここでは最早、自分も《レヴォル》もただの獲物でしかない。

 

 狩られるだけの獲物、標的、そして――勝利者の資格を永劫失った感覚だけが明瞭な。

 

「……ふざけるな、まだ死ねない」

 

 そう、死ねない理由が出来た。

 

 ならば自分は、不条理を踏み越えてでも。

 

 唐竹割りを一打、ビットを打ち破り、次手の包囲網を破るべく機動しかけて、ハッと首裏を粟立たせるプレッシャーの波に、機体を飛び退らせる。

 

 直下と直上より挟み込むかの如く放たれた光芒は、既に噛み砕く咢のように。

 

《レヴォル》から蒼い残像が棚引く。

 

「……これが最後の……ミラーヘッド……」

 

 ビットの光線が頭部を射抜く。

 

 その瞬間には、既に段階加速に入っている。

 

 宇宙空間を蹴りつけ、蒼い残像を常闇に刻んで、爪を軋らせる。

 

 リミッターを解除するのに、いささかの躊躇いもない。

 

 ここで負けるのは決定的な敗北となるのは分かり切っている。

 

「……ゆえに、コード認証、“マヌエル”。俺は、与えられた全てを伴わせて……」

 

《レヴォル》は四肢のない異様な機体である《ラクリモサ》の直下に降りて、機体脚部に格納された武装を展開し様に浴びせ蹴りを与えていた。

 

 同期した武装の弾頭が幾何学の軌道を描いて放射され、《ラクリモサ》の足元より迫るが、それらは全てビットによって防がれている。

 

 それらのビットはミラーヘッドの性能を伴わせているのは窺えるのに――。

 

「……気に入らないな、それ。ミラーヘッドを使うまでもないって言うのか」

 

 ビットを捨て石にして、《ラクリモサ》はそれぞれ全方位より《レヴォル》を攻め立てる。

 

 肉薄してくる殺気の投網を払うように、ヒートマチェットを袖口のワイヤーに接続し、そのまま円弧を描くように振るう。

 

 ビットは爆発の光輪と粉塵を生じさせるが、それらでさえもまやかしだ。

 

 本懐は、懐へと潜り込んでくるビットの機動力。

 

 その素早さ、その迷いのない速度、そして、それら全てに宿った殺意。

 

 どれをとっても一級品だ。

 

《レヴォル》を追い詰めるのに、足らない要素は一つもない。

 

 クラードは奥歯を噛み締め、ヒートマチェットを一文字に払うも、その挙動を読み切ったように、上下左右から放たれたビームの光条が《レヴォル》の腕を噛み砕いていた。

 

 腕より噴出するミラーヘッドの蒼い血潮。それを押し留めるように片腕で制そうとして、直近まで迫って来ていたビットの気配に掌底を叩き込む。

 

 果たして、その予感は的中し掌底がビットを撃墜するが、それは罠だ。

 

「……目的は、《レヴォル》の両腕を塞ぐ事……」

 

 その証左のように背後に三基のビットが現出し、《レヴォル》の背筋を撃ち抜いていく。

 

 コックピットが胴体部にあれば、今頃は即死の消し炭。

 

「……だが、《レヴォル》のコックピットは頭にある……」

 

 持ち直した《レヴォル》はしかし、全身からミラーヘッドジェルの血潮を滴らせながら、《ラクリモサ》と対峙する。

 

 その瞬間には、ビットは《レヴォル》へと次々に特攻していき、装甲を打ち崩していく。

 

 ――分かっている。相手は痛くもかゆくもないはずだ。

 

 ミラーヘッドをまるで使わず、自分へと自律兵装を叩き込んでいるだけ。

 

 これでは一方的。

 

 しかし、とクラードは死中に活路を見出していた。

 

 ビットを操っている敵は、それなりにとはいえ、思考拡張、ひいてはライドマトリクサーのはず。

 

 ならば、自分でも届く――届く理由がある。

 

 ビットの一つを直撃の前に掴み取り、クラードはそれを引っ張り込ませていた。

 

 ビット自体は無線、もちろんこれで《ラクリモサ》がよろめく事なんてあり得ない。

 

 だが、自分の肉体の一部を掴まれれば、誰しも穏やかな気持ちではないはず。

 

 ビットは直後に爆散するか、あるいはビームを引き絞り《レヴォル》を迎撃にかかるはず。

 

 ――ここまでは想定通り。

 

 ビットの銃口が《レヴォル》を標的に据えたが、その銃撃を逸らし、頭部を射抜くギリギリのところで押し留め、ビットを掴んだまま《ラクリモサ》へと加速する。

 

 敵の銃撃網はミラーヘッドの残像でいなし、段階加速をかけて真正面から掌底へと粒子束を収束させる。

 

 下手に回り道をすれば、相手に好機を与えるだけだ。

 

 ならば愚直でも正面から、最短距離を用いればよい。

 

「……そこだ! ジオ・クランスコール!」

 

《ラクリモサ》の装甲へと、《レヴォル》の爪が届くかに思われた――その瞬間。

 

《ラクリモサ》はバインダーを二つに割っていた。

 

 直後、その内部に格納されていたのは刃を有するノコギリのようなビットだ。

 

 格闘兵装――と判じた時には既に遅い。

 

《レヴォル》の掌を引き裂き、その攻撃が届く前には、留め切れない衝撃波が腕を突き抜け、《レヴォル》の眼窩を突き破る。

 

 コックピットの自分は無事では済まない。

 

 返しの付いた刃が肉体を引き裂き、赤い血飛沫が舞い上がる。

 

 悲鳴を上げるような愚は犯さない。

 

 その代わりに咆哮を。

 

 相手へと牙を突き立てる野生を。

 

 己の肉体が引き千切れようとも敵へと一撃を、と判じた神経がそのまま掌底のゼロ距離射撃となって突き抜けていた。

 

 破砕の勢いを伴わせた一打は《ラクリモサ》の右肩のバインダーを射抜き、その内部に収まっていたビットを巻き添えにして、紅蓮の火炎を生じさせる。

 

 その途端、声が漏れ聞こえていた。

 

『――やるな。エージェント、クラード』

 

 直後、全方位からの光芒が煌めき、《レヴォル》の躯体を貫く。

 

 最早、機体の駆動系は余さず破壊され、その凶暴性でさえも奪われた《レヴォル》は、磔刑に処された罪人に等しい。

 

 暗礁の宇宙でただ浮かび上がるしか出来ない《レヴォル》を、繋がった神経のまま持て余したクラードは、血の赤に染まったコックピットの中で面を上げる。

 

 その刹那――格闘兵装のビットが《レヴォル》の頭部を撃ち抜いていた。

 

『《ラクリモサ》のミラーヘッドビットを、超えてくるとは思わなかった』

 

 死神の足音が近づいてくる。

 

 万華鏡の通り名の男はその名に相応しい、冷徹な声で死の音叉を奏でる。

 

『そうだな。《ラクリモサ》の修復、加えて新たな戦術、そして――新しい武器が、要るな』

 

《ラクリモサ》が右肩のバインダーより、支持アームを現出させ、接続した格闘兵装のビットでそのまま――《レヴォル》の心臓部たるアステロイドジェネレーターを貫く。

 

 あ、と心臓の音が止まる。

 

 こうも終わりは呆気ない。

 

 そうなのだと分かった時には全て手遅れで、そして全ての事象は時を止まらせる。

 

 クラードは血潮に染まった肉体を横たえさせ、《レヴォル》との接続系統が直後には断絶されていくのを感じ取っていた。

 

「……《レヴォル》、何を……何をやっている?」

 

『“クラード。君は共に死ぬ事はない”』

 

 強制的なコミュニケートモード。それは彼の者の終わりでさえも描いているようで。

 

「何を言っているんだ。死ぬ時は一緒だろう」

 

『“……クラード、君は生きるべきだ。そうなのだと、教わった”』

 

「教わった? 誰にだ? 俺以外にお前に命じられる存在なんて……メイアの意志か……」

 

『“勘付いているのならば話は早い。――生きろ。生きて未来を変えてみせろ。結果はその後についてくる。事象は人の意志の寄せ集めに過ぎない。パッチワークの世界を彩るのは、いつだって人間の意志だ”』

 

「それは……誰の言葉なんだ……」

 

『“引用不明”』

 

 直後、コックピットが強制排除される。

 

 必要最低限の機材だけを整わせて、クラードの躯体は宙を舞っていた。

 

 繋がっている感覚は失せた。

 

 いつだって傍にいるはずの信頼感も消え失せた。

 

 残ったのは、ただの虚無の己のみ。

 

 空虚なる宇宙で、その手は何もない場所を掻く。

 

 機械の腕が、RMの因果の集約たる指先が、最後の最後に紡いだのは、何者でもない。

 

 ただの暗礁の闇であった。

 

「《レヴォル》……お前は……」

 

 視界の中で《レヴォル》は《ラクリモサ》に収容されていく。

 

 全ての沈黙、全ての静寂。

 

 そして静謐だけが、明瞭な冷たさを伴わせて己を抱く。

 

 クラードは、その首からこぼれ落ちたドッグタグと、そしてたった一つの――紫色の欠片のネックレスを意識していた。

 

 

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