露店はどれもこれもが急増品ばかりで、それでもカトリナが五着も私服を買ったので、前を行くクラードは鼻を鳴らす。
「あんた、案外図太いんだな」
「な……何がですか。だって私、いつまでもリクルートスーツなの、おかしいって言われちゃうんで……」
「それでも五着はどうかしている。飾り気のある人間ってのは、これだから始末に負えない」
「……むぅ。じゃあクラードさんも何か買えばいいんじゃないですか? あっ、ホラ、これなんて。ミラーヘッドの結晶でとても綺麗ですよ!」
露天商が広げている中でカトリナの見出したのはよりにもよってミラーヘッドの蒼を宿した結晶のネックレスで、クラードは眉根を寄せる。
「……あんた、知らないんだな。それ、どこかの誰かの遺品だよ。ライドマトリクサーって言うのは死ぬ寸前に、体内のミラーヘッドジェルが凝固して、赤い血を上塗りされて死ぬ事もあるんだ。そうやって蒼色のミラーヘッドの結晶になる。あんたが指差したのは、今際の際に誰かが足掻いた証だ」
さすがにそこまで言えば、カトリナも引き下がるかに思われたのだが、それでも彼女は戸惑いつつも応じる。
「でも……綺麗なのは事実じゃないですか」
「おっ、嬢ちゃん、なかなかお目が高いねぇ。これは高名なパイロットが、本当に死ぬ瞬間に遺したって言われるネックレスなんだ。何なら、まけておくよ。これでどうだい?」
露天商が指を三本立てたので、クラードは嘆息をつく。
「高過ぎる。どこの誰かの死に様なのかも分からない遺品にそれだけ持って行くのはぼったくりだ」
「で、でもですよ……! サンゴ礁とかだって、言っちゃえば遺品みたいなものじゃないですか。真珠だって、そういうものですし……」
「何だ、じゃああんたは、そのどこの誰かの遺品を俺に買えって? 誰かの悲鳴なんて、興味もない」
そう断じたものの、カトリナはまたしても頬をむくれさせてこちらの意見に異を唱えるモードに入っている。
「……何で不機嫌になると小動物のマネするの、あんたは」
「べ、別にー! ただ、クラードさんってロマンとかないんですね! と思って!」
「……遺品整理なんて趣味が悪い。俺に誰かの死を背負えって言うのか」
「しかし彼氏。この嬢ちゃんが言うように高値の黒真珠だって、あれは犠牲のない代物ではないだろう。ダイヤモンドだって言っちまえば化石みたいなもんだ。そのようなものに意義や価値を見出すのが人だろう?」
「……って、そういう事ですよ」
「誰かの言を借りて俺を説得しようとしないでよ。……ただまぁ、言い方次第だな」
「えっ、買ってくれるんですか?」
「買ってくれるってのは変な話だ。俺が金を出して、俺のために買う」
こちらの決断にカトリナは呆然としている。
「……何だ。買う買わないの押し問答を仕掛けてきたのはそっちだろうに」
「いえ、そのぉー……ちょっと悪い事しちゃったかもって……。はい、軽く後悔してます……」
「じゃあ言い出すな。しかし……どこの誰かも知らない人間の死に様を背負うのはつまらないな」
「あっ! じゃあその、これで……っ!」
カトリナは何を思ったのか、ネックレスを掴み取って自身の掌を軽く切り、その血を滲み込ませる。
「痛った……。でもホラ! これで見知らぬ誰かのそういうのじゃなくなりましたっ!」
「……あんた馬鹿なのか? 買ったばかりの品を自分の血で汚すなんて」
「あっ……怒っちゃい、ましたかね……」
しゅんとするカトリナから、クラードはネックレスを引っ手繰る。
「いや、これで少しは……品物として見れるようにはなってきた。少なくとも全く見知らぬ誰かの遺品じゃなくなったのは、考え方としちゃありがたい」
「うぅ……言い方ぁ……」
クラードは白衣の内側に常備してある絆創膏を取り出し、カトリナの傷口を掴み取って貼ってやる。
「……第一、血なんてどれも同じだろうに。あんたの汗水垂らした結果の血も、どこかの誰かのろくでもない血も、みんな同じように赤い血だ」
「あっ……クラードさん、絆創膏なんて持っていたんですね」
「戦場の常備品だ。もしもの時に失血死なんて一番につまらない。……それにしたって、向こう見ずと言うか考えなしと言うか、俺が何か持っていなかったら、あんた買い物も出来ないだろう。血塗れの手で品物に触れるつもりだったのか?」
「うぅー……言い返せませんけれどぉ……!」
「下手な真似をするな。自分は必要以上に大事にしたほうがいい。俺と違ってあんたは生身だ。血が流れれば死にもするし、何よりも集中が削がれる。それは困るはずだろう」
「それは……そのぉー、迷惑してます?」
「何が。質問の体を成していないよ」
「じゃなくって! ……私が余計な事をしなければ、買わずに済んだのにって」
「いや、何かしら買わないとこういう場では収まりがつかないのも知っている。買い物袋をくれ」
カトリナより差し出された買い物袋にネックレスを押し込んで露店を抜けていく。
「……扱い、雑過ぎません?」
「もう俺のだ。今さら扱いがどうとか文句を言ってくれるんじゃない」
「……でもちょっと意外。クラードさん、買い物とかするんですね」
「……本当、馬鹿にしてる? これでも充分に人並みのつもりだよ。そういう点じゃ、あんたのほうがどうかしている。急にネックレスで掌を切って、自分の血を滲ませるなんて、どう考えたってヤバい奴だろうに」
「……それも言い返せないなぁ……」
「ただまぁ、見知らぬ誰かの血じゃない分、これは重いな」
「ふへっ? ネックレス自体は軽いじゃないですか」
「……そういう意味じゃないよ。あんたって本当、愚図でのろまで、それで居て本当に……――」
「――本当に最後の最後まで、救いようのない、お人好しなんだ」
呟いた声は、言の葉にもならない吐息となって霧散する。
周囲を漂う《レヴォル》の緊急措置は自分をギリギリまで生かすだろう。
それが望まぬ形であったとしても。
「……でもどう生きろって言うんだよ。俺は《レヴォル》……お前となら運命を共にしたっていいと思えていたのに……」
だって言うのに何故なのか。
こういう時に思い出すのは――デザイアでの凱空龍の日々と、そしてベアトリーチェに赴任してから一日として見ない事はなかった委任担当官の顔だ。
まるで百面相だった。
怒ったり、笑ったりしたかと思えば、誰かのために涙する事も出来るなんて。
ああ、それは何て――。
「何て……人間臭いんだろうな、カトリナ・シンジョウ……」
見えないものを見て、知らないものを知っていた。
だがそれこそが、人間なのだとすれば。
自分は最後まで、人間を知らず。
かくしてエージェントとしての終焉も描けず。
半端な身を持て余し、そして暗礁の宇宙に抱かれて、クラードはあり得ざる歌を聴いていた。
それはどこの国とも知れぬ異郷の歌。
――否、あらゆる言語が入り混じった、望郷の歌。
「歌っているのか……ファム……。誰かのために……誰かのための……鎮魂歌を」
だがそれは、自分のためではないのだろう。
そう感じて、クラードはそっと瞼を閉じていた。