機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第105話「幻影の死者」

 

「随分とまぁ、偉そうじゃねぇの。正規軍人でもないくせに」

 

 そう揶揄されるのは最早慣れたもので、流れていく罵倒や嘲笑も、ほとんど気にならなくなっていた。

 

「我々は特務を得ている。よって正規軍に指図される筋合いはない」

 

 それでも我慢出来ない人間は――いいや、人間ですらないか――居るもので、わざわざ言葉を投げた自分へと諫める声が投げられる。

 

『ファイブ。彼らの言い分は正しい』

 

『ですが、トゥエルヴ、それはみすみすというもので』

 

『我々は軍属であり、なおかつ最早“死んで”いる。ならば、彼らの流儀に従うまでなのは理解するといい』

 

 こちらを遠巻きに眺める兵士達は自分達がまだ「マシ」なのだと思いたいだけだ。

 

 そう規定しなければ、喪服のパイロットスーツと常時ヘルメットの異様な集団に飲まれるだけ。要は線引きの延長線なのだとファイブは思い直す事にした。

 

『……失礼を。私の落ち度でした』

 

 応じた声は合成音声であり、人間性の欠片でさえも感じさせないように設定されている。

 

 自分達、騎屍兵は生身の声を震わせる事もない、システムによって最適化された声は生者にしてみれば気分が悪いだろう。

 

 簡単に自身の感情の「齟齬」を認識する事でさえ、正規軍人からしてみれば気に食わないはず。

 

「……何簡単に認めてやがるんだ。騎屍兵身分がよォ……!」

 

 ――騎屍兵。

 

 それは自分達にとっては誉れの名であり、同時に呪いでもある。

 

『そのくらいにしておいてもらいたい。我々は総体であり、一人とて欠けてはならないのだ。ある意味では正規軍よりも弱い立場である』

 

 そう制するトゥエルヴの論調はまさに死人のように淡々としていて、ファイブはトライアウトの正規軍人が毒づいたのを目にしていた。

 

「いいご身分なこって! 《ネクロレヴォル》だとか言う最新型が、そんなに強いってのは話に聞く程度なんだろうな!」

 

 捨て台詞を吐いてトライアウトの士官が遠ざかっていく。

 

 その背中を眺めてから、ファイブは言葉を発していた。

 

『……我々は騎屍兵です。よって、生者と同じ待遇は得られない』

 

『そうだ。諸君らも理解してもらいたい。今の論争は何もファイブだけに留まった話ではない』

 

『御意に』

 

 応じたのは喪服のパイロットスーツを着込んだ中でも小柄な女性兵士だ。

 

 隊列コードは「ゴースト008」――エイトの名前を得ている。

 

『それにしたところで、我々への風当たりはどこに行ったところで強いもの。もう少し、マシにはならないものでしょうか、トゥエルヴ』

 

 そう口火を切ったのは「ゴースト011」――イレブンであり、彼は自分と共に多少のジョークは言い合えるだけの仲であった。

 

 しかし隊を纏める役割を担うトゥエルヴは冷淡に応じる。

 

『我々はそうなのだと規定された矢じりだ。引き絞られた矢は目標に命中しなければならない。それ以外の用途は不要となる。標的の心臓を射抜き、その息の根を止める、それこそが我ら騎屍兵に与えられた使命だ』

 

『騎屍兵には考える事でさえも不要と言われているようでもありますが』

 

『実際、その通りであろう。戦局を講じるのは上の役割だ。我々は、その機嫌を損ねない程度に戦場を闊歩すればいい』

 

『生きる糧は、死屍累々たる戦域にだけ、ですか』

 

 ファイブは自嘲気味に語る。自分はまだ、騎屍兵として感情を割り切れていない。

 

 それもこれも、思考拡張が上手くいっていないせいだと考えていた。

 

 自身の掌に視線を落とす。

 

 ぼう、と浮かび上がる赤い輝きは内蔵ライドマトリクサー施術を物語っていた。

 

『ファイブ、不安ならばセラピーを受けるといい。戦闘前のメンタル統一には専属の有機伝導技師が充てられている』

 

『い、いえ、自分は大丈夫です』

 

『そうは見えないがな。先ほどのトライアウトの士官との諍いも、黙って見過ごせれば的確であった。君は少しばかり現世への誘因が見られる。我らは死んだ身、現世がどうなろうと知った事ではない』

 

 トゥエルヴの達観視には遠く及ばないな、とファイブは拳を握り締める。

 

 戦場に降りれば、幾百の屍の上に佇む感情を殺した死徒であると言うのに、こうした少しのざわめきに波風を立てていては騎屍兵としては失格だ。

 

 格納デッキに留められている自分達の愛機はそれぞれ整備班を充てられ、万全に整えられていた。

 

「トゥエルヴ分隊長。次の戦場は地球圏からはほど近いコロニーと聞いた」

 

 整備班長である髭面の男が顎鬚を撫でながら声をかけてくる。

 

『ああ、《ネクロレヴォル》は対空間戦闘用装備でお願いしたい。一両日中に、だ。出来るか、フリッツ整備班長』

 

「任せておけ。にしたところで、毎度の事ながら綺麗な状態で帰ってくるもんだよ、お前ら騎屍兵は。あれかい? 傷を付ければ厄介の種が増えると思っているのかい?」

 

 軽口の絶えないフリッツの言葉にトゥエルヴは手を払っていた。

 

『《ネクロレヴォル》は先行量産機とは言えワンオフだ。あまり傷を付ければ禍根を残す』

 

「冗談だよ、冗談。お前らは相変わらず、死んだみたいな反応をするな」

 

 フリッツは整備班を纏め上げて、屹立する十三機の《ネクロレヴォル》の整備状況を確かめていた。

 

 インカム越しに彼は言いやる。

 

「そっちの《ネクロレヴォル》五番機は前回の戦闘時、少し浮ついていた。ペダルを重く設定し直してくれ。八番機、十一番機はミラーヘッドジェルの注入が既に終わっている」

 

『助かる。我々として見れば、最善を尽くしてくれる整備班長には感謝してもし切れない』

 

「よせよ、感謝なんて思っても見ない言葉」

 

 タラップを上がり、《ネクロレヴォル》の頭部コックピットに収まったファイブは各種インジケーターを認証してから、両腕を球状の操縦桿へと差し出す。

 

 瞬間、手の甲が可変し、生じた無数の針が球体に空いた穴へと突き出されていた。

 

 視界がレイコンマの世界で切り替わり、《ネクロレヴォル》の視野と同期する。

 

『《ネクロレヴォル》隊、各々のレヴォル・インターセプト・リーディングを認証。反応速度のラグを十秒以内に設定し、《ネクロレヴォル》のコミュニケートサーキットと対話しておけ』

 

『了解。レヴォル・インターセプト・リーディング、コミュニケートサーキット起動』

 

 その言葉に導かれ眼前のディスプレイに浮かび上がった投射映像の中には「REVOL」の文字がある。

 

『これよりコミュニケートサーキットを起動させます。認証ユーザー、ファイブへ。“ファイブ、脳波に乱れを感じている。何かあったのか”』

 

『いいや、何て事はない』

 

『“隠し立てはためにならない。我々は共栄関係にあるのだから”』

 

『専用アイリウム相手に下手な心象操作なんてしようとは思っていない。本当に、何でもないんだ』

 

『“そうか。では問うが、脳波の乱れの原因は何だ?”』

 

『いざこざでしかない。我々の任務には何の支障もあるまい』

 

『“それならばそれで納得しよう。最後に一つ、優位性とは判断材料であり、新たな確率への架け橋である”』

 

『またそれか。それは誰の言葉なんだ?』

 

『“引用不明”――コミュニケートサーキットを終了。これより、専任ユーザーのライドマトリクサー操縦へと移行します』

 

『頼むぞ、《ネクロレヴォル》。死んだ身とは言え、二回も死ぬのは御免なんだからな』

 

《ネクロレヴォル》が円筒状のコンテナへと移送されていく。

 

 それはポートライン技術を転用した小型の量子転送装置であった。

 

 一機ずつではあるが、地球圏から月のラグランジュポイントまでの距離ならばMS相当でも一瞬で運び込める。

 

『便利になるのはいつだって戦争の技術、か』

 

『ファイブ、今日の憂鬱は特に酷いらしい』

 

 イレブンの直通回線にファイブはどうかな、と応じていた。

 

『私達にそんなものはないよ』

 

『いい有機伝導技師を紹介しよう。きっと少しは憂鬱もマシになってくれるはずだ』

 

『いや、よしておく。この僅かに感じる負い目のような痛みも、きっと私がまだ、死者と生者の境界線上で踊っているからこそ、感じるものだろう』

 

『騎屍兵には不要に思えるが?』

 

『そうだろうな。きっとそうだ。だから戦場では狩り尽くしが重要視される。次の戦場も、一匹たりとも逃しはしない』

 

『頼りにしているぞ』

 

『どっちが』

 

 直通回線を切って、ファイブは転送のアナウンスを聞いていた。

 

『三十秒後に月軌道ラグランジュポイントへの転送を開始いたします。動かないようにお願いします』

 

 機体ごと量子転送され、直後には移送先の戦艦の中であった。

 

 無重力に晒されて一瞬のブラックアウト。

 

 だがそれにも随分と慣れて来たものだ。

 

『ようこそ、《ネクロレヴォル》隊。いいや、騎屍兵、と呼ぶべきなのかな』

 

『どちらでも構いません。上官殿、我々の今次任務を』

 

 トゥエルヴには恐らくユニークな物事に関しての感受性がまるで乏しいのだろう。

 

 真面目腐っている、と揶揄してもいいがそれはトライアウトの士官の言う罵倒とさして変わらないはずだ。

 

『これは……音に聞く騎屍兵と纏め上げる十二番目の死人だ。わたしのジョークは聞くまでもないと』

 

『我々はお喋りに来たのではありません。殲滅戦に来たのです』

 

 アクティブウィンドウに浮かび上がった上官はノーマルスーツを着用しており、管制室に当たる場所から通信を繋いでいるのが窺えた。

 

『結構。では騎屍兵の諸君。君達には第四種偽装殲滅戦を実行してもらう。統制の対象はコロニー、レイチェル。中型コロニーだが最近、不穏な噂が流れていてね』

 

『レイチェルと言えば統合機構軍に配されるコロニーのはずです。噂の血濡れの淑女(ジャンヌ)とやらですか』

 

『先んじて言ってもらえて助かる。統合機構軍の動きとしては、新型MSの開発と横流し……死の商人ここに極まれりとでも言うようなものだ。エンデュランス・フラクタルのお膝元でもある』

 

 ――エンデュランス・フラクタル。

 

 その名を聞いた瞬間、ファイブは唾を飲み下す。

 

『では、開発途上のMSの破壊、でしょうか?』

 

『いや、実のところ、これもブラフでね。コロニー、レイチェルは既に我が方に降っている。要は囮と言う奴だ。新型MS開発という情報をちらつかせ、ネズミ共を一掃する。君達ならば適任だろう? これまで幾度となく、そう言った戦場では勝利してきたはずだ』

 

『ええ、それはその通り。我々は統制の名の下に騎屍兵として、数多の反逆者を処罰して来ましたが、遂に本丸とは』

 

『苦労したんだ。成果を上げてくれよ。もっとも、これは言うに及ばず、か。諸君らの作戦成功率は九十九パーセントだ』

 

『残り一パーセントは想定外のイレギュラーを加味してのものです。作戦失敗はあり得ない』

 

 強気な言い草だが、言葉自体は冷淡そのもので、自我などまるで存在し得ないように応じている。

 

『期待しているとも。《ネクロレヴォル》隊は三時間後に作戦実行。我が艦、アラクネより出撃。その後に迎撃作戦に移ってもらいたい』

 

『御意に』

 

 トゥエルヴがそう応じるとアクティブウィンドウが閉じ、作戦実行までの休息が確約されていた。

 

 ファイブは視線を内側に向け、《ネクロレヴォル》の最終チェックへと移っている。

 

 浮かび上がった投射映像のキータイピングの際、ファイブは直通回線を繋いでいた。

 

「イレブン、これはどう思う」

 

『どう、とは? 作戦成功の是非か?』

 

「エンデュランス・フラクタルが我が方にわざわざ情報を売る理由が分からない。これまで散々、トライアウトの基地へと強襲を仕掛けてきた連中が一転して掌返しだ。何かあると、思ったほうがいいのかもしれない」

 

『考え過ぎだ。そこまで勘繰ったって、私達は兵士。騎屍兵だ。閲覧許可は下りないし、作戦実行に際しての懸念事項は少ないほうがいい』

 

「だが、あのエンデュランス・フラクタルだぞ」

 

『思うところでもあるのか? 奴らは狡猾だ。生き残るほうを選ぶのに違いない』

 

 そこでふとタイピングの手を止める。

 

「狡猾、か。……そうであったな」

 

『ファイブ? 心配ならトゥエルヴに掛け合って、今次作戦から外してもらってもいいはずだ。それくらいの我儘は通る』

 

「いや、お前の言った通り、考え過ぎだった。反省しよう」

 

『いつものお前で助かるよ。背中を任せるんだ。冷徹な騎屍兵同士じゃないと、その関係性は瓦解する』

 

「そうだな。私は――騎屍兵だ」

 

 

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