機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第106話「赤い標」

 

 ハッと起き上がったアルベルトは身体の各所が痛んで呻き声を上げる。

 

「気が付いたか」

 

 滅菌されたような天井を仰ぎ、自身の手を光に翳す。

 

「……ああ、オレ……また気ぃ、失って……」

 

「無理をし過ぎだ。リミッターコード“マヌエル”の実行には負荷がかかる。君の独断で決めていいものではない」

 

「……だからっていちいちお伺いを立てている場合でもないでしょう。ヴィルヘルム先生」

 

 ヴィルヘルムはカルテを書きつけつつ、こちらの言葉を聞いていた。

 

「《マギアハーモニクス》はほぼほぼ中身は三年前の最新鋭MSに相当するとは言え、無理が祟れば君は思考拡張の果てに自壊する。それに、限界領域を超えての使用は船医としてお勧めできない」

 

「どうかな……あんたは有機伝導施術師でしょう」

 

「ユキノ君がギリギリまで運んでくれなければ君は死んでいたぞ」

 

「……それに関しちゃ、オレの力不足です。別に無理がどうとかじゃない」

 

「強がるな、アルベルト君。君は、どうしたってこの艦を背負おうとしているのは分かる。エージェントになったのはいいが、君はまだ組織に使い潰されていくだけだ。このままでは自滅の道しかないぞ」

 

「じゃあどうしろって言うんです……! オレが気張らなくっちゃ、あの人は……カトリナさんは前に行っちまうでしょう! ……もうそんなの嫌なんですよ、オレは……守れるもの一つも守れずに……」

 

 悔恨を噛み締めた自分へとヴィルヘルムは冷徹に応じていた。

 

「彼女も限界に近い。支えてやって欲しいとは思うが、君達は互いに無茶をし合う。わたしの身分から口を出せばそれは陳腐に落ちるからね。何も言えない……傍観者だとも」

 

「……《オムニブス》なんかで斥候も、させたくないんすよ。あの人は……分かっていてそれでも前に行っちまう……」

 

「影を追って、か。正直なところ、彼女に言える事はわたしにはないんだ。わたしの身分では、前に出ない人間の言い草でしかない」

 

 ヴィルヘルムはそっと電子煙草をくわえていた。

 

「……禁煙するって言っていたじゃないっすか。まだ一週間っすよ」

 

「ああ、そうか。そうだったか……。いや、すまないね」

 

 ヴィルヘルムが前髪をかき上げて煙草を彷徨わせるが、それでも紫煙をたゆたわせていた。

 

「……分かるような気がするよ。フロイト艦長が煙草に逃げていたのが」

 

「あんた、船医でしょう。いいんですか、だらしなくって」

 

「わたしがしっかりすれば、君らは前に出る愚を犯さずに済むのかね? ……違うだろう。わたしが何をどう言おうと、君らは前に出続ける。本音を言ってしまえば、その背中にかける言葉もないのは辛い」

 

「……オレらは三年……この三年間、ずっと……エンデュランス・フラクタルのエージェントとして戦ってきました。その中で、損耗していったものもある。可笑しいでしょうが、オレは何だか……戦えば戦うほど、自分を切り売りするような感覚に陥るんすよ。……あいつも、こんな感じだったのかなって……」

 

 いつだって前を向いていた。

 

 いつだって背中を任せてくれていた。

 

 それなのに、一度だって理解は出来なかった。

 

「感傷はよしておくといい。それこそ立つ瀬がないと言うものだ。君は我が艦の一級エージェントであり、《マギアハーモニクス》しか充てられない中でよくやっている」

 

「それも嘘でしょう。もっと上手く出来た……」

 

「全ては結果論でしかない。結果の上に成り立つ事象の上で、我々は視座を持つ事でしか、答えを見出す事なんて出来ないんだ」

 

「……なんすか、それ。誰の言葉……」

 

「引用不明……だな」

 

 ヴィルヘルムも思い出しているのだろう。その表情に翳りが窺えた。

 

「……あいつは行っちまったんすよ。全てのMFを殲滅するなんて言うお題目を掲げて。オレじゃ届かない、彼岸へと……」

 

「帰りを待つ愚を犯すよりも、帰る場所を意地でも守る、か」

 

「オレは、ね。女々しさに足を取られてたくさんの物を失ってきました。……もう嫌なんすよ、自分が行動しないせいで誰かが犠牲になるなんて」

 

「だがその行いの先は……。失礼、どうぞ」

 

 訪問してきたのは赤い髪を短髪に切り揃えた少女であった。

 

 強気な鋭い瞳が自分を見据え、エンデュランス・フラクタルの制服に袖を通している。

 

「失礼します。アルベルトさんの様子を見て来るようにと、ユキノさんやシンジョウ先輩から言われてきたので」

 

「見ての通りだ。コード、“マヌエル”の強行による思考拡張の遊離。今に始まった話じゃねぇよ、――シャル」

 

「私の名前はシャルティアです。その愛称で呼ぶのはやめてください」

 

「……どう呼んだって勝手じゃねぇか」

 

「いいえ。アルベルトさんは自覚がなさ過ぎです。委任担当官である私の命令が聞けませんか?」

 

 その言葉振りにアルベルトは膝を立てて嘆息をつく。

 

「……そいつぁ悪かった。シャルティア・ブルーム委任担当官殿」

 

「分かればいいんです。にしたって、ヴィルヘルム先生、煙草、やめたんじゃ?」

 

「ああ。禁煙は一週間が限度かな」

 

「……まったく。だらしがない大人が多過ぎなんですよ、この艦は」

 

「そうは言ってくれるなよ。言っちまったってオレが切り込み隊長だ。みんな苦しい戦いを強いられてるんだからよ」

 

「その切り込み隊長が毎度の事ながら意識を失っていたんじゃどうしようもないって話ですよ、本当に。使い切れないシステムなら、サルトル技術顧問に頼んで抜いてもらえばいいんじゃないですか?」

 

「一応は彼もエージェントだ。機体に関しては彼の意見が優先される」

 

 シャルティアはほとほと呆れ返ったとでも言うように大仰なため息をついていた。

 

「……何だよ」

 

「アルベルトさん。あなたは私の担当エージェントなんですから、私の意見を優先的に聞く義務があります。お分かりですね?」

 

「……ガキじゃねぇんだ。それくれぇは分かってるよ」

 

「では! 《マギアハーモニクス》でのコード“マヌエル”の使用は控えるように! ……これは命令ですよ」

 

「命令、ねぇ。っつってもお前だって、まだ新任だ。オレは戦場での経歴だけは一端だからよ。その都度の判断って言うのは前線に投げられるだろ」

 

「いーえっ! 私の言う事を聞くのが前提条件です!」

 

「……話の分かんねぇ奴だな。いちいちお伺い立てる暇があるかっつうんだよ」

 

「ヴィルヘルム先生、“マヌエル”の起動認証を私持ちにしてください。そうすれば解決します」

 

 シャルティアは腰に手を当てて怒り心頭とでも言うようにヴィルヘルムに進言する。

 

 ヴィルヘルムは紫煙を吹いて、ふむ、と一考していた。

 

「だが、アルベルト君の言い分も正しい。シャル、君はまだ着任して三か月も経っていない。エージェントの言い分は聞くべきだ」

 

「だから、シャルって名前……! 私はシャルティアです! ……チビだからって、嘗めてます?」

 

「嘗めちゃいないよ。ただね、物事には順序ってものが……」

 

「もういいです! いい加減な大人ばっかり!」

 

 シャルティアはそう言い切って医務室を後にしていた。

 

 ヴィルヘルムは電子煙草を灰皿に押し当てて呟く。

 

「……彼女はまるで空回りだな。着任当初の現リーダーを思い出させる」

 

「……カトリナさんとは違うでしょ。シャルはまだ十七なんすよ」

 

「エンデュランス・フラクタル本社の思惑は不明だが、それでも彼女は生え抜きなのだろうね。ベアトリーチェの委任担当官として着任した時には驚いたものだが……。ラジアルの妹、か……」

 

「全然似てねぇっすね」

 

「アルベルト君、シャルはしかし、理にかなっていない事を言っているわけじゃない。コード“マヌエル”の使用は控えるんだ。命がいくつあっても足りないぞ。元々あのシステムは《レヴォル》にのみ採用されていたもの。現状のアイリウム搭載機ではどうしても手に余る。サルトルだって毎回中破まで追い込まれれば心穏やかではないだろう」

 

「……オレらは成ってない大人ってワケっすか」

 

「シャルの言っていた事を気にするのかい? 君が弱気になってどうする」

 

「オレはでも……そんな大人にだけは、成るつもりはなかったんすけれどね……」

 

 しかし三年の月日は否が応でも突きつける。

 

 自分への選択肢はそう多くない事を思い知った。

 

 それには三年間はあまりに長く、そして自分はあまりに脆弱であった。

 

「シャルはまだ若い。この艦に来た当初の君らと同じくね。だからまだ分からないのもあるのだろう。人間は不合理であってもそう判断せざる得ない事もあるという事実を」

 

「でも、それって結局、諦めって奴っすよ」

 

「君らが踏み越えて来たもの、か。分からないものだ。デザイアが崩壊した際、あれほどまでに激情を剥き出しにしてきた君達にでも月日は残酷だなんて」

 

 ベッドから起き上がり、アルベルトは扉に手をかける。

 

「次の作戦があるでしょう。オレは、行きます」

 

「思考拡張の汚染深度もあり得る。検査くらいはしていったほうがいい」

 

「問題ないっすよ。オレは……あいつみたいに成るほどの器でもない」

 

「どうかな。それは当事者の間でしか分からないものだ」

 

 医務室を後にして、アルベルトはグリップを握り締め廊下を進む。

 

「……どれだけ犠牲を払えば、オレはお前に追いつける……。教えてくれよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それにしても、艦長殿。今のベアトリーチェでは作戦実行に問題があるのでは?』

 

 タジマの言葉繰りにカトリナは管制室で応じていた。

 

「いいえ、私は可能だと思っています。それに何より、新型MSの開発現場だって言うんなら、先んじて叩かないと……」

 

 モニターの向こうのタジマは眉根を寄せる。

 

『しかしですね……この作戦を遂行するに足る人材が揃っているとは、とてもとても……ミラーヘッドジェルの原材料であるブルーオイルの補給も難しい状態です。油がなくなればミラーヘッドの戦術に頭打ちが出てくるのは必定』

 

「アルベルトさんは一級のエージェントです。信頼ならこれまでの作戦遂行で打ち立ててきたはずですが」

 

 譲る様子のない自分を目にしてタジマは嘆息をついていた。

 

『では、条件を一つ。……RM第三小隊で向かえば相手の総攻撃に遭いかねません。まずは単騎戦力での潜入からの作戦遂行が求められます』

 

「《オムニブス》で私が先行すればいいんですよね」

 

『……簡単に仰る。敵はこれまでの軍警察程度では収まらないかもしれないのですよ? ……件の騎屍兵が出てくれば、《オムニブス》とて撃墜される恐れもあります』

 

「覚悟は……出来ています」

 

 ぎゅっとシートを握り締めたカトリナにタジマは眼鏡のブリッジを上げていた。

 

『……分かりました。しかしアルベルト君達が納得しますか?』

 

「いつもの斥候任務の延長線上だと伝えます。RM第三小隊はベアトリーチェにて別命あるまで待機。その後に迎撃網を張ればいい」

 

『ですが……我が社から送れる支援物資も限界に近い。先にも述べました通り、見えない終着点に向けて戦い続けるというのは過酷なのです。この作戦の引き延ばしも検討しても――』

 

「駄目です。今叩けるのならば今叩く。そうしないと、私達は何度だって繰り返すだけなのですから」

 

 強い論調で断じるとタジマは迷いの視線を送っていた。

 

『……ベアトリーチェが求心力を失えば、自然とこれまでのレジスタンス活動にも支障が生じます。もうあなただけの身体ではないのですよ、カトリナ・シンジョウ委任担当官』

 

「他のレジスタンス組織には私から声掛けを行っておきます。本社はいつも通り、必要物資を私達に。《オムニブス》によって敵MSプラントを排除すれば、戦力の拡充に繋がります」

 

『そこまで思い切らなくてもいいのでは……。我が社とてベアトリーチェクルーは有用だと考えているのですよ』

 

「いえ、だからこそ、です。……有用性を示し続けるために、私が前に出ないと駄目なはずですから」

 

『言い出すと聞きませんね。……レミア艦長もそうでしたが』

 

「前任者と私は関係ありません。これは私の意思です」

 

 一拍置いて、タジマは承服していた。

 

『……分かりました。では資源の輸送と、それに伴い作戦の実行を。……ですが、サルトル技術顧問も分かっているのでは? 《オムニブス》では、出来る事など所詮……』

 

「タジマ営業部長。私は、自分の出来る事をやっているだけです。……これが……私の仕事ですから」

 

『……了解しました。では作戦実行まで健闘を祈ります』

 

 長距離通信が切られ、カトリナはクルーの居ない管制室で、静かに艦長席のシートに爪を立てる。

 

「……私がやらなくっちゃ……。そうでしょ、カトリナ……」

 

 空虚な言葉が残響する中でカトリナは艦長席に座り、インカムで艦内通信を行っていた。

 

「これより、コロニー、レイチェルへの敵性新型MSの排除作戦を講じます。作戦概要は各々の端末に送信しますので確認してください。記述してある通り、私が先行、その後RM第三小隊による挟撃を実行します」

 

『ちょ、ちょっと待ってください! カトリナさ――』

 

「アルベルトさん、これはもう決定事項です。覆す事はありません」

 

 アクティブウィンドウ越しでもアルベルトは焦燥を浮かべているのが窺えた。

 

『納得出来ません! オレか、ユキノの部隊を伴わせないと、《オムニブス》じゃ撃墜だって……』

 

「アルベルトさん。あなたは前回、コード“マヌエル”を独断で使用した。そのせいで《マギアハーモニクス》における作戦行動は困難だと判定しました。よって、まずは私の《オムニブス》による斥候と偵察、そして初撃は私に任せてもらいます」

 

『……そんなに、オレは頼りないですか……』

 

 ここで流れるに任せれば自分は――とカトリナは肘掛けを掴んでいた。

 

「……ええ。あまりに独断が過ぎます。今回はベアトリーチェにて後方支援。私がサインを送ったら艦と共にコロニー、レイチェル付近まで接近し、そこから敵陣を叩いてもらいます」

 

『……そうっすか。オレは……いいえ、了解です。エージェント、アルベルト。委任担当官の命令を受諾しました』

 

 挙手敬礼するアルベルトにカトリナは苦しいものを感じつつも、それを表には出さないようにぐっと噛み締める。

 

「……私が、前を行きますから、だから……」

 

 だから今は少しだけ。

 

 誰にも声をかけないで欲しかった。

 

 

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