機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第10話「振り翳した拳」

「はい。こちらタジマ……。ああ、艦長殿。そうですか、そうですか。では、そのように……」

 

 端末を切ったタジマへと、軍高官はなっていないぞと声を振り向ける。

 

「品評会の最中にプライベートなど」

 

「これは失礼。とは言え、プライベートとも言えませんので」

 

「エンデュランス・フラクタルは《エクエス》をやたらと欲しがるが、そこまでしなければいけないのかね? 型落ちのMSでは駄目だと?」

 

「《エクエス》を皆様の寛大なる心で我が方へと売却してくださるのは感謝していますよ。お陰で整いそうなので」

 

「整う? まさか、統合機構軍に戦争でも吹っかける気かね?」

 

 一人の軍高官の冗談めかした声に、しかしタジマは読めぬ笑みを浮かべたままだ。

 

 まさか、と腰を浮かしかけた全員を制するように、自分は言葉を投げていた。

 

「エンデュランス・フラクタルは何を考えて、MS市場を牛耳ろうとしている?」

 

「牛耳るだなんてとんでもない。私共は結局、皆様方に買い揃えていただかなければ立ち行きもしませんもので」

 

「だが、既に充分な戦力の備蓄のあるはずの企業が表では《エクエス》を買い、裏で何を考えているのだか、少し興味も湧く。それに我々とて得心もいかない。売った商品がこちらに銃口を向けてくる可能性が一ミリでもあるのだと分かればな」

 

「まさか……!」

 

 焦燥を浮かべた高官に、まさかでしょう、とタジマは落ち着き払っている。

 

「そのような事は断じて。私はこれでもビジネスとして、いい関係を保てていると感じているのですよ? なにせ、皆さまなかなかに器量が深いお方ばかりだ。エンデュランス・フラクタルが如何に優良企業とは言え、MSと言う実戦における駒をきっちりとした値段で売ってくださる。それは信頼の証だと考えていいのでしょう」

 

「……いい気になるな、タジマ。貴様のやっている事は死の商人となんら変わらん」

 

「ですが死人が出なければ、似たような事をやっていてもそれは死の商人とはならない。これは……少し可笑しな話ですな。手順が同じでも結果さえ違えばいいとなれば」

 

「……からかっているのか、貴様」

 

「いえいえ、聡明な皆様におかれましては、私の浅い考えなど所詮は児戯。ですので、私がどう動いたとしてもそこまで目くじらを立てるご必要もないかと。所詮、童は童なのですから」

 

「だがその童が仕掛けてくるとなれば別だろう? タジマ、我々に話せないのは分かる。それは企業としての機密だ。頷ける部分もあるだろう。だが何を成すつもりなのか、教えてもらってもいいのではないのか? 先の黒い《エクエス》の使い手に関しても気にかかる。何が始まると言うのだ?」

 

 タジマは眼鏡のブリッジを上げた後に、営業スマイルを崩さずに応じる。

 

「そうですねぇ。――とても興味深い事、とだけ申しておきましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄っすらと意識の皮膜が開き、ああ、と吐息をついてクラードは起き上がっていた。

 

 リニアシートに背は預かられ、腕は平時の状態に戻っている。

 

 ミラーディスプレイに映った自分の瞳は元の赤であった。

 

「……《レヴォル》……」

 

 コックピットの中で、《レヴォル》の鼓動を感じ取る。

 

 リニアシートの下から延びたケーブルの先を手繰るように視線を向けると、膝をついた形の《レヴォル》の足元でアルベルトが通信機器に接続していた。

 

「何やってんのさ……」

 

「クラード? 起きたのか?」

 

 慌ててアルベルトが昇降機で《レヴォル》のコックピットへと上がって来るなり、肩を引っ掴まれる。

 

「何とも……ないんだな?」

 

「だから、何が。意味のない事を聞かないでくれ」

 

 アルベルトは何かを問い質そうとして、口を噤んだのを感じ取る。

 

「……いいや、何でもねぇ。起きたんなら、それでよかった」

 

「……そうか。何時間くらい寝ていた、俺……」

 

「一時間ちょいかな。……ったく、それにしたって最新機器ってのは互換性に乏しくっていけねぇな」

 

「……《レヴォル》の事、調べて――」

 

「当然だろ。ワケ分かんねぇもん掴まされて、こっちに害があったんじゃ堪ったもんじゃねぇからな。オレの知識の限りで調べちゃいるんだが……こいつは本当に何なんだ? 《エクエス》とも、《マギア》とも違う。兵器企業のエンデュランス・フラクタルがどうのこうのって……。何だっていきなりこんな新型機が出て来るって言うんだ……」

 

「軍警察……トライアウトは? 退いたのか?」

 

「退いてなけりゃ、ここで喋ってんのはあの世だってんのか? ……何とか撤退してはくれたが、危ないのには違いねぇ。もう一度襲ってくるまでそうそう時間もねぇんだろうな」

 

「……そう、か。《レヴォル》は……俺に任せてくれ。こいつは多分、俺の言う事しか聞かない」

 

 コンソールをなぞりながら言いやると、アルベルトはそうか、と納得したようであった。

 

「お前にしか乗りこなせない、じゃじゃ馬か。さっきから調べても何にも確証めいたものは出てこねぇ。それならある意味じゃ納得だ。アイリウムのキャッシュ内に何かしらの証拠でも残ってないかって思ったんだが、どいつもこいつも弾きやがる。……だが一個だけ、いいか?」

 

「何かあるの」

 

「……こいつはオレらの……その、味方、なんだよな?」

 

 煮え切らないアルベルトの問いかけに、クラードはフットペダルを踏み締め、《レヴォル》を稼働させる。

 

 起き上がった《レヴォル》が歩みを進めるのを、コックピットに縋りついてアルベルトは声を飛ばす。

 

「危ねっ……! 危ねぇだろうがクラード!」

 

「次にまた攻めて来るって言うんなら、ちょっとでも慣れておく。形は違っても《レヴォル》だって言うんなら、俺に応えてくれるはずだ」

 

「……形は違っても……? まぁ、その辺はいいんだ。お前……何か隠していないか?」

 

「隠す? 何で」

 

「いや、それっつーのも、この《レヴォル》を通して通信してきた連中が……エンデュランス・フラクタルのカトリナとか言っていたか? そいつら、変な事言うんだよ。お前がこのコロニーに、その潜入捜査のために来ていた、エージェントだって。んなわけねぇよな? クラード。オレ達はその……凱空龍をデカくするために……」

 

「そこまで聞いていたのか。事実だよ、アルベルト。こいつが来るのが遅いか速いかは分からなかったけれど、そろそろ任務終了の時期は迫っていたんだ」

 

「……クラード……お前、喋り方……」

 

「ああ、いつもの取り繕いは、もう要らなくなったんだ。これが素の喋り。何? いちいちショック受けてるんなら、もういい? 俺は最初から、このコロニー、デザイアでミラーヘッドの技術結晶が持ち込まれたって聞いてエンデュランス・フラクタルから派遣された特級のエージェントだ。言ったろ? 俺には別に組織が大きくなるだとか、トップに立つだとかはどうだっていいって。それはその通りだからだよ。こんなコロニーの上下関係なんて、どうだっていい。それは別に必要な事じゃないからだ」

 

「じゃあ……じゃあお前は最初っから、オレ達を、置いていくつもりだったのか」

 

「ああ、いずれはそうなった。今回の場合、任務目標だったミラーヘッドの技術の何かを見つけ出す前に軍警察が来てしまって前後したけれど、別にどうだっていい。そういうのは後回しになるから、まずは《レヴォル》に慣れる事が――」

 

「クラード!」

 

 頬を殴り据えられた一撃の重さに、クラードは遅れて認識を取り戻す。

 

「……痛いな」

 

「お前……お前は! 何だってそんな事平然と言えるんだよ! オレ達はたった半年だったとはいえ……気心の知れた仲間だっただろうが!」

 

「アルベルト。勘違いしているんなら言っとくけれど、俺は最初から今まで、アルベルト達を仲間だとか友人だとか思った事なんて一度もないよ。エンデュランス・フラクタルのエージェントはみんなそういう風に教育を受ける。もしもの時にすぐに裏切れるようにしておくように、って。喋り方、人格、そして感情でさえも、俺達は自由に操れる。それでも、俺が仲間意識を持っていたって言う?」

 

 襟首を掴み上げられる。

 

 だぼだぼの白衣が揺れて、クラードは赤い瞳でアルベルトの紺碧の眼差しに応えていた。

 

「……オレは信じたかったんだぞ……」

 

「それを信じたのはアルベルトのほうだ。俺は一度だって信じろなんて言ってない。……それとも、俺のあんなに下手な取り繕いの演技を、アルベルトは信じていたって言うのか」

 

 そのままリニアシートから引っぺがされ、クラードの肉体は宙を舞っていた。

 

 即座に習い性の神経で地面に落下する前に体制を整え直し、不時着した自分へと《レヴォル》のコックピットより跳んだアルベルトが殴りかかる。

 

「クラード!」

 

「……何」

 

 アルベルトの渾身の拳をすっと避け、彼の剥き出しの感情を怜悧な観察眼で見据える。

 

「……オレはこんなでも凱空龍のヘッド! アルベルトだ! ……だから落とし前……そう。ケジメはつけなくっちゃいけねぇ」

 

「俺を殺すとか?」

 

 軽く投げた言葉にアルベルトは息を呑んだ様子であったが、直後には歯噛みしていた。

 

「……んな事は出来ねぇししねぇ。クラード、本当なんだな? 本当にお前は……エンデュランス・フラクタルのエージェントとかで、そんでオレ達のコロニーには、任務で潜入しただけって……」

 

「嘘だと思う? って言うか、俺の演技下手くそなんだよね。何でそれを信じたのさ」

 

 ぐっと奥歯を噛み締めた様子のアルベルトに、クラードは背中を向けていた。

 

 酸性雨がずっと降りしきっている。

 

 片腕をそっと上げる。

 

 アルベルトには背を向けて、クラードはライドマトリクサーの証であるモールドを赤く照り輝かせ、可変腕を開いていた。

 

 片腕がまるで翼の如く拡張して、MSと一体化するためだけの兵装と化す。

 

「クラード……そいつぁ……」

 

「アルベルトは俺の何を知ってるの。デザイアに来てからの俺は一回だって、元の俺だった事なんてない。クラードって言うエージェント以上の何者でもないんだ。そう、あんなのただの仮面、ただの“取り繕い”さ」

 

「でもよ……! お前ジョークだってよく飛ばして――」

 

「言ったろ? 引用不明の受け売り。あれは全部聞きかじっただけの知識だ。だから、俺を撃ちたければそうすればいいし、殴りたいのなら気が済むまで殴ればいい。俺は言い訳をするつもりなんて一個もないし、何よりも、言い訳に値する事なんて一個だってしちゃいない」

 

「……クラード……お前、最初から……」

 

「仲間なんて居ない。俺は最初から、俺一人だ」

 

 そう言い捨てて、クラードは立ち去っていく。

 

 アルベルトの気が済めばいいと思っていたが、彼は言葉もなくとぼとぼと立ち去っていく。

 

 残されたのは自分と《レヴォル》だけであった。

 

「……つまんないな、俺」

 

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