機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第109話「開幕」

 

 その声に現実へと引き戻された瞬間、大地を踏み締め、異形の機体は自分と《ネクロレヴォル》の間に降り立っていた。

 

 敵の薙ぎ払おうとしたビームサーベルの動きを爪で引き裂く。

 

 何と、ビームサーベルの発振部のみを的確に引き裂き、その挙動を無効化したのだ。

 

「……な、に……?」

 

 腕を払ったままの濃紺の機体は獣のような前傾姿勢を取る異質さを誇っていた。

 

 包帯の如くケーブルが巻き付いており、背筋からは制御棒らしき背びれが聳えている。

 

 眼光はバイザーで覆い隠されており、その額には逆三角と「666」の獣の数字が配されているものの、《ネクロレヴォル》を射竦めるだけの気迫を持つ。

 

 対峙した《ネクロレヴォル》隊が一斉に色めき立ったのが窺えたが、それよりも遥かに素早く機動した獣のMSは眼前の《ネクロレヴォル》へと掴みかかり、片腕を引き千切らんと咆哮する。

 

『こいつ……! 何なんだ、機体照合……!』

 

 もがく《ネクロレヴォル》の片腕を獣のMSは根元から奪い去っていた。

 

 ミラーヘッドジェルの蒼い伝導液が血潮のように迸り、獣の相貌を染める。

 

 バイザーの奥に封じられた眼窩が赤い輝きを灯していた。

 

『……これは……! 嘘だろう、機体照合結果は……《レヴォル》……《ガンダムレヴォル》……』

 

「ガン、ダム……」

 

『大丈夫か。この機体では手加減は出来かねる。生きているのならば返答しろ』

 

 自分へと繋がれた直通回線に、カトリナは慌てて応じようとして、ハッとしていた。

 

「……その声は……」

 

『生きているようだな。《エクエス》は頭を失っている。アイリウムによる逃亡は期待出来ないのならば、そいつを捨てて逃げろ。――《レヴォル疑似封式第六形態》。エージェント、クラード……ゲインを限界までぶち上げろ。敵を殲滅する……!』

 

 挙動した重々しい名を持つ獣の機体――《疑似封式レヴォル》が躍り上がり、MSとは思えない速度で敵へと爪を軋らせる。

 

 その一閃を凌いだのは《ネクロレヴォル》隊の中でも半数ほどで、発振させようとしたビームサーベルの刃を発動前に無効化されていた。

 

『まさか……《レヴォルテストタイプ》か? それは廃棄されたナンバーのはず……!』

 

『貴様らが廃棄したと言うこいつが、騎屍兵身分を殺すのにはちょうどいい。纏めてかかって来い。そのほうが遺恨がなくって済む』

 

《疑似封式レヴォル》は獣の機動性で敵のビームライフルの光条を掻い潜り、そのまま一機の《ネクロレヴォル》へと迫っていた。

 

『ファイブ! ミラーヘッドを発動させろ! やられるぞ!』

 

 咄嗟に反応したのだろう。

 

《疑似封式レヴォル》の爪は敵の本体を捉えず、発現せしめたミラーヘッドの蒼い分身体に突き刺さっていた。

 

 それでも殺意を留まらせていない《疑似封式レヴォル》の手刀は分身体の眼窩を引き裂く。

 

 本体が僅かにたたらを踏んだのを逃さず、《疑似封式レヴォル》は駆け抜けるが、その直前には別方向から咲いた光線をかわしていた。

 

 機体に無理やり備え付けた反動推進バーニアで、針路を阻んだビームライフルの一撃を回避すると言う無茶苦茶な方法で。

 

『こいつ……! トゥエルヴ、こいつは私がやります……! どれだけ機体の制御リミッターを外しているとは言え、開発途上のテストタイプ! 何よりも……! 一撃目で上回られた雪辱、晴らさずおくべきか!』

 

『……《エクエス》のパイロット。早く逃走経路を取れ。俺はこいつらを倒してから向かう』

 

「……何で……。何で、生き、て……いたんですか……。クラードさん……?」

 

『……その声。まさか、カトリナ・シンジョウか……』

 

 その一瞬の隙を《ネクロレヴォル》は見逃さない。

 

 躍り上がった機体が手刀を携え、《疑似封式レヴォル》の頭部バイザーを引き裂く。

 

 掌の粒子束を纏わせたその一撃は逆三角の紋様を一文字に溶かしていた。

 

 その奥より覗くのは《レヴォル》のデュアルアイセンサーである。

 

『カトリナ・シンジョウ。何故ここに来ているのかは問わない。だが、早く逃げろ。そうでなければ喰われるぞ』

 

「で、も……クラードさんが……何でここへ……」

 

『今は問わないと言った。退け……!』

 

『余所見なんて! 騎屍兵を嘗めるな!』

 

《ネクロレヴォル》ともつれ合う《疑似封式レヴォル》からカトリナは視線を外せなくなっていた。

 

 獣の雄叫びを上げながら、《疑似封式レヴォル》がその爪に熱を宿らせて《ネクロレヴォル》の首筋を掻っ切る。

 

 伝導液が蒸発し、互いに後退したが、さすがに時間が経っていたせいか、騎屍兵は冷静な頭を取り戻しているようであった。

 

 四方八方からビームライフルの光軸が奔り、《疑似封式レヴォル》の脚を射抜く。

 

『留めろ! 相手はテストタイプとは言え、《レヴォル》を使っている! 我々が叩かなければ、これは世界への禍根となろう……!』

 

 他の機体も一斉に《疑似封式レヴォル》へと飛びかかっていく。

 

 全てがスローに見える中で、《疑似封式レヴォル》は脚部に備え付けられた装甲板を自ら引き剥がしていた。

 

『装甲を自分で引っぺがすだと……!』

 

 ほとんど内部の骨身が残るだけとなった《疑似封式レヴォル》が包囲していた《ネクロレヴォル》の刃を掻い潜り、そのまま爪を地面に突き立てて脚部を躍らせる。

 

 浴びせ蹴りが《ネクロレヴォル》の頭部を打ち据えていた。

 

『まさか……! こんなもの、MSの挙動ではない……!』

 

『ああ、だが実際にそうなのだろう。……これがリミッターを外した《レヴォル》の真の力を行使する者……コード、マヌエルの使い手か……!』

 

《疑似封式レヴォル》が地面に爪を立てたまま後ずさる。

 

《ネクロレヴォル》隊が次こそは、とビームサーベルをめいめいに構えようとして、直上から光芒が降り注いでいた。

 

「……第三小隊の……! アルベルトさん……!」

 

《マギアハーモニクス》が率いる第三小隊がビームライフルを構えて《ネクロレヴォル》隊を翻弄する。

 

 その動きは意想外であったのだろう。

 

《ネクロレヴォル》隊は後退し、指示を仰いでいるようであった。

 

『……どうしますか。殲滅目標が増えましたが……』

 

『どうもこうもない。……我々の目的はここにやってくるネズミの駆逐であった。だがよもや《レヴォル》とはな。一時撤退、体勢を立て直す。現状ではエンデュランス・フラクタルのエージェント機に対し、待ち伏せ以上の戦力は割かれていない』

 

『……了解』

 

《ネクロレヴォル》隊がコロニー、レイチェルより撤退していく。

 

 その機動を目の当たりにしながら、カトリナは佇む《疑似封式レヴォル》へと視線を移していた。

 

「……私を、助けてくれた……?」

 

『カトリナさん! こいつぁ……!』

 

『アルベルトか、その声……』

 

 応じた音声にアルベルトが驚愕の声を上げる。

 

『……嘘、だろ……。クラード……なのか?』

 

 自分の搭乗する《エクエス》をユキノ達の機体が補助して立ち上げた時には、《疑似封式レヴォル》の頭蓋が開き、漆黒の秘匿パイロットスーツを身に纏った人影が風圧に揺れていた。

 

『お前……何で……ッ!』

 

「今は問わないほうがいい。敵も艦艇を隠し持っている。コロニー、レイチェルに砲撃が来る。それまでに離れておくのが賢明だ」

 

 そのどこか突き放すような物言いも、そして背格好もまさしく、あの時失ったクラードそのもので自分だけではなくアルベルト達も困惑しているようであった。

 

『……お前も逃げるぞ! クラード!』

 

「……俺はまだ任務が……」

 

『硬い事言ってんな! 今は逃げるんだろうが!』

 

 アルベルトの《マギアハーモニクス》が《疑似封式レヴォル》を牽引し、カトリナはユキノの《マギア》に同乗してコロニーを離脱していた。

 

 直後、コロニー外壁に大穴を開けたのは極大化された光軸である。

 

「……敵の艦の、砲撃命令……。でもクラードさんは、どうしてそれを……その機体は……」

 

 カトリナは先ほどまでの極度の緊張の糸が切れ、泥のような眠りが意識を閉ざしていくのを感じ取っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アラクネによる砲撃措置を完遂。コロニー、レイチェルのシャフトを粉砕しました。ですが、恐らくは……』

 

『生きている、か。それも厄介なものだ。どの陣営なのかは分からないが、待ち伏せ作戦を知られていたとなれば、情報網に亀裂が生じる』

 

 澱みないトゥエルヴの声音を聞きつつ、ファイブは震え始めた指先を感じ取っていた。

 

「……嘘だろう、生きていたなんて……。あの戦い方、それに声は、間違いない。――エージェント、クラード……」

 

『ファイブ、大丈夫か? 精神面でのグラフに乱れが生じている。何か、あのテスト機に思うところでも』

 

 こちらを気にかけたイレブンの論調にファイブは、いや、とヘルメットの気密を確かめてからバイザーを上げていた。

 

 ――友軍同士でも騎屍兵は基本的に素顔を見せない。

 

 だから、今こうしてコックピットの中で顔を露見させたのはイレブンを信用しているからであった。

 

『……お前らしくもない。我々は騎屍兵だろう?』

 

「ああ、そうだな。おれ……いや、私らしくない……。だが、振り切ったはずの因縁がまた舞い戻って来たんだ。それに動揺しないほど、人でなしを演じ切れやしないのもある……」

 

 テーブルモニターに反射する自分の顔はゴーストの異名を取る騎屍兵、ファイブとしての相貌ではなく、過去の因果に雁字搦めにされた一人の男――トキサダ・イマイの迷いの胸中を映し出していた。

 

「……今度は敵となるのか。《ガンダムレヴォル》……」

 

『ファイブ、少し気を滅入らせ過ぎだ。何も迷う事はない。敵は見えた、それでいいじゃないか』

 

 イレブンの気心の知れた論調も今はありがたい。

 

 自分は、もう過去に縛られたまま生きるわけにはいかないのだ。

 

「……ああ、私は騎屍兵として……ゴースト、ファイブとして敵兵を殲滅する。たとえそれが何者であろうともな。エージェント、クラード。お前とやり合えるなんて、人生一度死ななくては分からない事もあるものだ」

 

 だからこそ、決意出来る。

 

 過去は清算すべき。

 

 甘さは捨てるべきであろう。

 

 よって、自分はもう「トキサダ・イマイ」には戻れない。

 

 ヘルメットを被り直した時には、もう「ファイブ」としての兵士の視座に立っていた。

 

 

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