機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第110話「世界に叛逆す」

 

「こっちだ! こっち! ……マニュアルの存在しない機体だぞ、丁寧に扱え!」

 

 サルトルの声を他所に聞きつつ、周囲を見渡す。

 

《マギアハーモニクス》より降り立ったパイロットスーツの影がヘルメットの気密を確かめてからバイザーを上げていた。

 

「……三年振りだな、クラード」

 

「アルベルト、生きていたのか」

 

「……その台詞、オレらの側のもんだろ。お前こそよく……あの月面決戦で、生き残ったな」

 

「ああ、だが全てを失った」

 

 アルベルトは顎をしゃくり、自分の乗機を目にする。

 

「……それも、《レヴォル》じゃねぇのか?」

 

「あれはテスト機だ。アイリウムを搭載していない。《レヴォル疑似封式第六形態》――全ての権限を奪われ、ミラーヘッドすら遂行出来ない代物だ。恐らく俺以外では扱えないだろう」

 

「《疑似封式レヴォル》、か。……まったく、お前はいつも、オレを驚かせるな。……変わんねぇ、あの時のまんまだ、クラード」

 

「……そうか。俺は変わらないか」

 

「おう。背丈も変わんねぇのは、それはやっぱし……」

 

「ああ。俺は三年前よりも色濃いライドマトリクサー施術に身をやつしている。全身の七割がRMだ」

 

「……そう、か。お前も変わろうと、努力をしたんだな」

 

「そういうアルベルトこそ、その入れ墨、伊達じゃなくなったみたいだな」

 

 アルベルトは少し寂しそうに自身の手を裏返す。

 

 その腕に宿ったモールド痕はかつてのようなただの意匠ではなく、実戦で扱うための兵装となっているのが窺えた。

 

「伊達や酔狂をかましていられるほど、世界は甘くねぇってだけの話だろうさ。……クラード、ハッキリ問うぜ。お前はオレ達の仲間か? それとも敵か?」

 

 アルベルトは銃口を自分へと突きつける。その眼差しに迷いはない。

 

「……らしくなったじゃないか、アルベルト。俺相手に敵味方を問えるようになるなんて」

 

「……これでもエンデュランス・フラクタルの一級エージェントだ。ここで是非を問いかけておかないと禍根になるくらいは分かる」

 

「そうか。……俺は、ずっと追い続けている。この世界の答えを。そして、引き離された自らの半身を」

 

「《オリジナルレヴォル》、って奴か」

 

「《レヴォル》を取り戻す。俺の目的はひとまずそれに集約されるだろう。今回、コロニー、レイチェルに潜入したのは新型機の被験情報の中に《レヴォル》が入っている可能性があったからだ。俺はどうしても……もう一度問わなければいけない。何故あの時、《レヴォル》は俺を生かしたのか。その理由を」

 

「《レヴォル》の行方、か。オレ達も目下のところ探しているが、それでも行方不明だったから、お前と《レヴォル》は敵にやられたんだと思っていたところだよ」

 

「情報が欲しい。少しでも《レヴォル》に肉薄出来るような、情報が」

 

「そのためには立ち位置にこだわっているような暇はねぇ、か」

 

「ああ。俺は、《レヴォル》を取り戻すためなら何だってやる」

 

 アルベルトの眼差しから視線を外さずに応じてみせたクラードは、彼が嘆息をついた事で、銃口は降ろされていた。

 

「……思うところは同じ、と考えていいんだろうな。クラード、オレ達も探して回っている。この世界の答えを。あの時……来英歴を壊すだけの因子を、お前は手に入れたはずだ。それさえあれば、扉の向こうへとオレ達は出向かなくっちゃいけない」

 

「……ダレトの向こう側、か」

 

 だがそれは誰も観測し得ない事象だ。

 

 この三年間の技術の積み重ねでさえも、ダレトの叡智を完全に探るのには足りなかった。

 

 恐らくは現行人類には不可能なのか。それとも、鍵が揃っていないのか。

 

「クラードさん!」

 

 タラップの向こうから自分を呼ぶ声が聞こえてくる。

 

 視線を振り向けると、点滴を打っているカトリナが自分を視野に入れるなり、無重力に漂っていた。

 

 その後ろからはヴィルヘルムが続く。

 

「……わ、っとと……」

 

 着地し損ねてよろめいたカトリナの体重を、クラードはその手で受け止めていた。

 

「……何やってんの」

 

「……クラードさん、その……えっと……背丈、変わらないんですね」

 

「第一声がそれか」

 

「だ、だってぇー……生きているなんて、思わなかったんですから……」

 

 目じりに涙を浮かべたカトリナはそれを見せないように顔を拭う。

 

「……あんたも大変だったみたいだな。あんな前線に赴くなんて。レミアは? 他の連中はどうなった?」

 

 その問いかけにカトリナとアルベルトは苦渋の面持ちを浮かべる。

 

「まずはクラード、帰還を祝いたい」

 

「ヴィルヘルム……何があった? どうしてレミアが居ない?」

 

「……クラード。あの月軌道におけるMF、《シクススプロキオン》討伐戦において、ベアトリーチェクルーは再編成され、一部のクルーは別組織へと降った。そのうち数名が、フロイト艦長やバーミット君だ」

 

「……そうか。民間組織に?」

 

「いいや。レミア・フロイトが現在属するのは軍警察、トライアウトネメシス。彼女は我々の敵となった」

 

 意外であったわけでも、ましてや想定外であったわけでもない。

 

 ただ三年間の月日は冷酷である事の、証明になっただけだ。

 

「……分かった。なら、俺はやらなければいけない。あの日失った全てを、取り戻す。それは《レヴォル》だけじゃない。ベアトリーチェのメンバーも入っている」

 

「で、でもクラードさん。レミア艦長は自らの意思で、トライアウトに……」

 

「関係がないだろう。俺は自らの運命への叛逆を行うだけだ。その中に、レミアは居てもらわないと困る。だから、取り戻す、何もかもを」

 

「それはトライアウトネメシス……現状の軍警察への攻撃だと、思っていいのか」

 

「ああ。《疑似封式レヴォル》とベアトリーチェによるトライアウトネメシスへの強襲――レミアの操る部隊と戦い、失ったものを奪還する」

 

「トライアウトネメシスへの……攻撃作戦……」

 

 呆然とするカトリナへと、クラードは言いやる。

 

「ぼさっとしている暇、ないよ。今のベアトリーチェの指揮権はあんたにある。なら、俺はあんたに従う。カトリナ・シンジョウ。あんたが無理だと言えば、俺は自分一人だけでもトライアウトネメシスに仕掛ける。それでいいのなら」

 

「私に、従う……」

 

「委任担当官なんだろう、あんたは」

 

 その言葉にカトリナは感極まったかのように一度面を伏せた後、ぐっと奥歯を噛み締めて涙の粒を払っていた。

 

「……はいっ! 私は委任担当官、カトリナ・シンジョウ。クラードさん、あなたとの職務はまだ、終わっていませんからっ……!」

 

「……ようやく笑ったな」

 

 ヴィルヘルムの言葉に三年間の月日の重さを感じつつも、クラードは暗礁の宇宙を見据える。

 

「……行くぞ。俺達の失ったものを、奪還する――叛逆の時だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――艦長。非常招集ですよ。いいんですか、寝ていて」

 

 艦長室に入ってきたダイキに、レミアはアイマスクを上げていた。

 

「……何、非常招集なんて珍しい……」

 

「寝ぼけているだけじゃなくってお酒も、ですか。……この間中佐殿に業務中の飲酒はご法度だって言われたばっかりでしょう」

 

「うるさいわねぇ……飲まないとやってられないのよ。頭がずきずきするから大声出さないで」

 

「非常招集、聞かないととんでもないですよ」

 

「……私抜きでも、成り立つでしょうに」

 

「それが、ブリギットの艦長であるフロイト艦長には出席してもらわないと困るんです」

 

 レミアはようやく重たい身体を起こす気になってリクライニングさせていた椅子から離れる。

 

「……何だって言うのよ。私達の仕事なんて、どうせ後始末でしょう」

 

「それが前線に赴いていた騎屍兵野郎共からの伝令です。戦場に、亡霊が迷い込んだ、との」

 

「……亡霊ぃ……? 何を言っているの。騎屍兵こそが亡霊みたいなものでしょうに」

 

「相手がガンダムだって言うんですから、それが驚きなんです」

 

 ダイキの放った言葉に、レミアは立ち止まっていた。

 

「……ガンダム……? まさか、そんな……」

 

 軍警察でその渾名が用いられる時は限られている。

 

 忌むべき火薬庫(ガンルーム・ダムド)――ガンダム。

 

 その名称の赴く先は一つしかない。

 

 戦慄くレミアはつい一時間前にもたらされた伝令を端末に受け取っていた。

 

『レミア・フロイト少佐。ブリギット艦長として招集命令を受けて貰いたい。コロニー、レイチェルにて、騎屍兵部隊が名称、ガンダムと遭遇。敵の動きと攻勢から、エンデュランス・フラクタルのレジスタンス兵との接触も考えられる。有事の際に備えよ』

 

「……との事です。艦長、ガンダムって言えば、あいつ……あの白い奴だって言うんですか?」

 

 ダイキは三年前の月軌道決戦において自分達と対峙した立場だ。

 

 無論、その時に《ガンダムレヴォル》を戦場で見ている可能性もある。

 

 しかし、それにしても三年も経ってから、まさか《レヴォル》と行き遭うとは思いも寄らない。

 

「……これも私の……保留にしてきた全ての清算のツケを、払わされる事になるのかしらね」

 

「レミア艦長にクラビア中尉も! すぐにブリギット管制室に来いとのお達しよ」

 

 軍警察の制服に身を包んだ人影にダイキが挙手敬礼する。

 

「サワシロ大尉殿! 今向かいます」

 

「……それ、やめてよね。あたしの事はバーミットでいいって言ったでしょ。下手に格式ばったのはなしだって。……レミア艦長、ブリギットの出撃命令がすぐにでも降ります。……覚悟は、早いうちに決めてください」

 

 ああ、そうか。自分はもう……。

 

「……撃たなければ、いけない立場なのよね。私は、こんなにも……」

 

「クラビア中尉、中佐殿が呼んでいるわ。先にそちらへと向かってちょうだい」

 

「了解です! サワシロ大尉!」

 

「……だから、やめろって言っているでしょ、それ」

 

 ダイキの背中が見えなくなってから、バーミットは自分の肩を揺する。

 

「……レミア・フロイト少佐。軍警察、トライアウトネメシスの士官として、あたし達に命令を。それが今の、あなたの仕事でしょう」

 

「私の……仕事……。クラードを撃つのが、私の……」

 

 震え出す指先をバーミットは強く握り締めていた。

 

「艦が沈んでからじゃ遅いんですよ。レミア・フロイト。あなたにはトライアウトネメシス所属艦、ブリギットの艦長としての責務がある。……だから今は、弱音なんて吐かないでください」

 

「……そう、ね。もう私は……クラードに、夢を見せてもらう側の女じゃ、なくなってしまったのね」

 

「頼みますよ。ブリギットのクルーはあなたを信じているんですから。もしもの時に、女に戻らないでくださいね」

 

 そう言い置いてバーミットは立ち去っていく。

 

 その背中へと、最後の抗弁を放っていた。

 

「……でも信じたいじゃない。クラードが生きていた、なんて夢を……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エンデュランス・フラクタルのレジスタンス艦、ベアトリーチェへの不自然な物資のランデブーを観測した。これは恐らく、近いうちに何らかの交戦意図があると我が方は判定する」

 

 上官の執務室に招かれた上に、思いも寄らぬ吉報とはこの事か、と身を強張らせていた。

 

「……それは確かな情報筋で?」

 

「ああ、これより我々、王族特務親衛隊は、第三次警戒態勢に移る。君の出番もあるやもしれない。出撃出来るように準備をしたまえ」

 

「騎屍兵部隊が居るでしょう。彼らの領分では?」

 

「《ネクロレヴォル》を操る亡者達の一波を掻い潜ったんだ。これまでのエンデュランス・フラクタルの動きとは一線を画する。それに未登録の情報だが、――ガンダムと会敵した、との動きもある」

 

 血液が沸騰する。

 

 喜びが、全身の神経系統を駆け巡る。

 

「《ネクロレヴォル》と対峙するだけのガンダム……。現時点での脅威対象に挙げるのには充分、ですか」

 

「騎屍兵連中に後れを取るわけにはいかない。彼らは死者だが、我々は生者として、親衛隊の力を誇示する必要性がある。君の機体を充てる準備をしておくのも、何も無駄な動きとはならないはずだ」

 

「無論です。私はそのためにここに居るのですから」

 

「……先に言っておくが、我が方からは君以外の戦力は出せない。先行きの不安な戦場となるだろうが……」

 

「構いません。私は兵士です。ならば、兵士の職務を全うしましょう」

 

「……では、頼む。王族親衛隊所属、ヴィクトゥス・レイジ特務大尉。君の力を見せてもらう」

 

「承知」

 

 挙手敬礼を返答としてから、踵を返した人影は仮面を纏っていた。

 

 死に装束の白を翻し、蒼い色彩を誇る双眸を投げる。

 

「……しかして、君のほうから私にアピールしてくれるとはね。運命はこちらの風向きなのだと、教えてくれるのは嬉しいよ、クラード君。晴れて私も一張羅で踊れそうだ」

 

「ヴィクトゥス様。厳命を」

 

 格納デッキに収まっているのは、漆黒の色彩を投光器の光に反射させる機体であった。

 

 頭を垂れている部下達の間を歩み、ヴィクトゥスと呼ばれた男は静かに告げる。

 

 それは、物語の始まりのように。

 

 あるいは、途切れていた幕が上がるかのように。

 

「カーテンコールの時が来た。さぁ、幕開けと行こうか。今度は私と死合ってもらおう。それこそ、どちらかの命が尽き果てるまでね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ライヴでの一曲を終えて、アンコールの熱も冷めやらぬうちに舞台袖でその一報を聞いていた。

 

「……そっか。エンデュランス・フラクタルの艦が動いた」

 

『ええ。メイア、私達も動き出さなければいけない。世界の意志を伝えるために』

 

「それも、ボクらの役割かぁ。……何だか憂鬱だな。この三年間、アーティスト活動に専念出来たって言うのに。ムーンライヴもどうなるのか分かんないし」

 

 嘆息をついたメイアは、投射画面の向こう側のマーシュが静かな決意を浮かべたのを感じ取っていた。

 

『マグナマトリクス社は本気よ。既に七番目の意志とは接触を図っている。我々が動き出すのも上層部は察知しているでしょう。その読みの前に、私達で運命を変える』

 

「運命を変える、ね。言うは易しだけれど、それって結構難しそう。……とは言え、楽しみだよ。もう一度彼と会えるんだ。なら、間違いを正した後に、どんな答えを示してくれるのか……見ものだね」

 

 自身のギターを撫で、メイアは赤いメッシュの入った髪を揺らして再びライヴステージへと舞い戻っていた。

 

「さぁ! 最後の曲、行ってみよぉーか! 世界を揺さぶるナンバーを!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 通信を閉ざしたマーシュは嘆息をついて、秘匿回線へと繋いでいた。

 

「……私達は世界を変えた罪の清算を求められているのかもしれない。ならば、七番目の使者たる聖獣まで導くのは、私達の職務でしょう。――ねぇ、世界を暴く獣――《ダーレッドガンダム》。その瞳は何を見るのかしら?」

 

 秘匿された回線の向こう側で、デュアルアイを誇る白亜の機体が、胎動の時を待ちわびているようであった。

 

 

 

 

 

 

第十一章 「叛逆の夜明け〈ブレイキング・ダウン・レヴォル〉」 了

 

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