第111話「変えるべき者達へ」
それはマグナマトリクス社としては看過出来ない、というのが大筋の意見であった。
「ですが、メイアはよくやってくれています。彼女の諜報活動のお陰で、私達はレヴォル・インターセプト・リーディングの謎を知り、そして叡智に辿り着いた。その果てが今日における《ネクロレヴォル》隊――通称、騎屍兵による新たなる統制のステージでしょう」
「君の言い分も分かるがね、マーシュ艦長。メイア・メイリスを始めとするギルティジェニュエンの活動はクロックワークス社の持ち得る量子コンピュータ第十七号を解析まで漕ぎ着け、ミラーヘッドの向こう側である場所まで到達出来た。それは彼女らの功績であろう」
「しかし、我々として見ればメイアはレヴォルの意志とやらに選ばれた存在。下手に遊ばせておく余裕はない。彼女には、この世界に落ちて来た新たなる聖獣である、《セブンスベテルギウス》との接触を行ってもらう」
マーシュは上層部の決定に異議を唱えていた。
「……それは彼女を実験動物にするのと何が違うと言うのです」
「口を慎みたまえ。ラムダの艦長職を与えているのは何も伊達や酔狂ではない。君ならばメイアを制する事が出来ると判定しての采配だ」
「しかし……メイア達は自由です。それを縛る事なんて……私には出来ない……」
「情でも移ったか、マーシュ艦長。メイア・メイリスもある意味では特別なのだという事を忘れるな。三年前の時点で、彼女は世界を暴く術を持ち合わせていた。それを上手く制して転がせと言う命令には従えたはずだ。なのに、どうして今は駄目なのかね」
「……ギルティジェニュエンの活動は軌道に乗っています。こんな時に、ボーカルであるメイアを除きたくない」
「隠れ蓑のアーティスト活動に熱が入るのも頷けるが、君をその地位に抜擢したのは何も趣味に走れと言う理由ではない」
「うつつを抜かすのも大概にしたまえ。メイア・メイリスのテストパイロットへの擁立と、そして《セブンスベテルギウス》との同調……どれもこれも急務である」
神経質な上官達は結論を急いでいる。マーシュは今すぐには決定出来ないように引き延ばしていた。
「……メイアの意見もあります。それにメンバーの軋轢も生みかねません」
「その事なのだがね。もう、いいのではないか? 隠れ蓑のアーティスト活動は」
「……何を……仰る……」
「そうだろう? 諜報活動員として彼女らは充分に働いている。もう表と裏の顔を使い分けさせるのも無駄と言うものだ。彼女らには裏に徹してもらう」
「……それは……! ギルティジェニュエンの解散……という意見だと、思ってよろしいのでしょうか……」
思わず立ち上がったマーシュに上官達は冷ややかな侮蔑を浮かべていた。
「……何だ、まさか遊びのほうに真剣になっていたのではあるまいな? メイア・メイリスを含め、ギルティジェニュエンのメンバー全員が我が社のエージェントだ。彼女らは重大な秘匿義務を持っており、それは我が社の財産だと言い換えてもいい」
「彼女らは物ではございません……!」
「いつになく熱くなる。マーシュ艦長。ラムダを任せているのはこのような時のためであろう。あの艦が他の第三者勢力に見つかりでもすれば大スキャンダルだ。我が方への糾弾は免れまい」
「その時のために、君達に潜入任務を命じて来た。全ては七番目の聖獣を我が社で囲い込むため。そして、鎧の中に魂が今まさに宿ろうとしている。これには苦労したとも」
「……言っておきますが、素質のない者には動かせないように出来ているはずです。扉を開く機体――《ダーレッドガンダム》は」
「ゆえにこそ、メイアは手元に置いておけ。今さら逃げ隠れするほど愚かでもないだろうが、手綱は握っておいたほうがいい」
「《ダーレッドガンダム》の開発を任せられたのも我が社の貢献度が大きいためだ。それを重々理解するのだな」
「……それは……その通りでしょうが……」
「《オリジナルレヴォル》への謁見許可も下りる事だろう。我が社は扉の向こうへと手を伸ばす権利を先んじて得られている。君には期待しているとも。その時に勝利者をマグナマトリクス社に導くのだから」
それは、メイアのためにこれまで足掻いて来た証だ。
断じて会議室に居るような人間達のために秘密行動を取ってきたわけではない。
しかし、ここで抗弁を発したところで、仕方がない事は明白。
マーシュは椅子に座り込み、上層部の意見を呑んでいた。
「……了解しました。メイアには近いうちに言っておきます。他のメンバーにも……」
「もう少女の揺籃の時は終わったのだ。彼女らには現実を生きてもらわなければ困る」
「……そろそろメイア達が戻ってきますので、失礼します」
席を立とうとした自分に、上官は言葉を投げていた。
「扉が開くまでの辛酸を嘗めた月日がようやく報われるのだ。マーシュ艦長、妙な気は起こさない事だな」
「妙? ……いいえ、私はマグナマトリクス社の構成員です。末端の人間でしかないのに、何が出来ると言うのです」
「それで構わない。君は引き続き、メイア・メイリスを含む諜報員達の管理に当たってくれ」
会議室を出ると、あまりに馬鹿馬鹿しくなってマーシュは額を押さえていた。
自分の行動も、メイア達のこれまでも、全ては彼らのように利権を貪る魑魅魍魎達のためにあった、と真正面から言われてしまえば立つ瀬もない。
「……私は、何が出来たのかしらね、メイア……」
しかし、現状を打破する事は不可能ではなかった。
マーシュは格納ブロックへと足を運ぶ。
マグナマトリクス社の擁する機密の一つである、光学迷彩搭載型のMS、《カンパニュラ》。それらが量産体制に移って久しい。
「……三年前にはワンオフだった世界を欺く機体も、今や影もなし、か……」
だが、それは戦争の技術の発展を示す。光学迷彩も、クロックワークス社を欺くミラーヘッドも、どれもこれも確立された技術転用だ。
《レヴォル》にあの時出会い、そして自分達の運命は大きく変わった。
メイア自身のこれからも、恐らくは変動し続ける事だろう。
マーシュは格納ブロックをうろついていると、ふと整備士達と目が合っていた。
しかし彼らは積極的に話題を振ってくる事はない。
ある意味ではマシーンめいた職務をこなすだけの彼らの行いはしかし、ただ冷徹なわけでもない。
それは彼らが一様にイヤホンから流れ出るリズムに身を任せ、各々の世界に浸っている事からしてみても明らかだろう。
彼らは皆、ラムダの整備士であるのと同時に、ギルティジェニュエンのファンである「罪付き」なのだ。
ふと、整備班長と話している話好きの有機伝導技師から話題を振られる。
「マーシュ艦長! 次のラムダの出港予定はいつになりそうです?」
「それは……ちょっと分からなさそうなの。あなた達にはいつでも《カンパニュラ》を出せるようにしておけなんて無理難題を吹っかけておいてだけれど……」
「なに、何て事はないですよ。《カンパニュラ》は現状、ミラーヘッドを使ったってクロックワークス社には察知されない、夢の技術が詰まっているんですから」
その夢とやらは自分達とは程遠くない陣営が、今日も地球圏を「統制」の名の下に虐殺を行っている事実の肯定に違いないのに。
それを言い出せないのは純粋な狡さであった。
「……夢の技術、か。レヴォル・インターセプト・リーディングはそれほどまでに?」
「まさに画期的ですよ。技術班にしてみれば、クロックワークス社のミラーヘッドオーダーと言う枷、そして上位オーダーに下位オーダーは掻き消されると言う戦場のルールを塗り替えた! 世界の常識を変えたんです!」
少しばかり興奮気味に語る有機伝導技師はまだ年若い。
きっとミラーヘッドが実装されてからの戦場しか知らない年代であろう。
歴史の分岐点に居る事が誇らしいのだと思う。
「おい、あんまり艦長を困らせるな。《カンパニュラ》はいつでも出せます。それにしたって、分からんもんです。レヴォル・インターセプト・リーディング。この技術だけで秘匿任務の成功率は跳ね上がった」
整備班長の言葉にマーシュは頬杖を突いて整備されていく《カンパニュラ》を眺める。
「……元々、隠密に特化した機体であった《カンパニュラ》は、レヴォルの意志によってログにさえ残らない……まさに亡霊としての強みを手に入れた」
「これは躍進ですよ。我々からしてみれば、完全なるステルス機の完成も遠からずしてあるでしょう」
「整備班長、ステルス機って都市伝説なんじゃ? そんなもの、来英歴に入ってからは存在し得ないものでしょう?」
先ほどの若い技師の声に、整備班長は首根っこを押さえ込んでスキンシップする。
「何の、この野郎! 知った風な口を利きやがってまったく……。年若いもんはこれだからいけませんな、艦長。我々先人の積み重ねてきた苦労を知らんのです」
「え……あ、ああ、そうね……」
「何やら懸念ですか。それとも、上役と上手くいっていませんか?」
「……あなた達に聞かせるようなご大層な話じゃないわ。単純に、私はいつの間にか、メイア達に肩入れし過ぎていたっていう……愚かさだもの」
「マーシュ艦長はメイアさん達のマネージャーも兼任されていますもんね。いやぁ、すごいっすよ! ギルティジェニュエン! 何て言うんですか、ライヴとかの一体感! あれ、学生時代ヘビロテでしたよ! やっぱ一流は違うなぁ、って! “罪付き”やってて報われるって言うんですか」
「メイアさんの歌も進化し続けているからな。それでも俺はやっぱデビュー曲の初々しさが好きかなぁ」
「いやいや、整備班長! そこは最新のヒットチャートを見てくださいよ! 快進撃って言うんですか、メイアさんの歌は三週連続一位! これって快挙でしょ!」
「お前……何だかんだでミーハーな奴だな。最近の有機伝導技師ってのはみんなそうなのか? ……艦長もそう思われるでしょう。ギルティジェニュエンの、メンバーをデビュー当時から知っている生き字引だって言うんなら」
「……私は、そんなつもりはなかったんだけれど」
「でも、マーシュ艦長ありきだと思いますけれどね。メイアさん達はやっぱ憧れっすよ!」
若い技師の彼はきっと、マグナマトリクス社に入った志望動機の一つにギルティジェニュエンのスポンサーであった事を隠しもしなかったに違いない。
情景と、そして展望。
そんな眩しいものを見せつけられると、先ほどまでの会議室の陰鬱さがより濃くなってくるようでマーシュはため息をついていた。
「……にしたって艦長。ちょっと話があるんですが」
整備班長はたむろしていた若い整備士達を三三五五に散らせる。彼らが作業に移ってから、静かに電子煙草をくわえていた。
「あ、失礼。吸っても?」
「構わないわよ。……あなたとも随分と長くなったわね」
「恐縮です。……俺は正直なところ、メイア達が心配なんですよ。上役、このままギルティジェニュエンとしての活動の押さえどころって言うんですか、もう頭打ちだとか言い出したんじゃないですか」
「……勘も回れば疎まれるわよ」
「それも恐縮な話で。……メイアさんを乗せようって言うんでしょう。我が社が極秘裏に開発している七番目の聖獣に」
「若い整備士達は知らないのね」
「あいつらは……ヨゴレを買って出るにしちゃ、まだ若過ぎます。ちょっとばかし年食っているほうがこういうのには向いている。それに、無駄話をしないってのは優秀を通り過ぎて不気味にすら映るって言うのは……これも年かさって奴ですか」
紫煙をたゆたわせ、整備班長は遠くを見る眼を投げていた。
「……《ダーレッドガンダム》はもう完成を見ると、上役は想定しているわ。ベテルギウスアームの調整は?」
「六割、ってところですかね。元々、あんなトンデモ兵装を実用化しようってのは見え透いた魂胆です。上はこう言っているんじゃないですか? 最終的な勝利者がマグナマトリクス社に成ればいい、とでも」
「……メカニックにしておくのにはもったいない慧眼ね」
「よしてくださいよ。だからメカニックなんですから。上にとってしてみりゃ、俺みたいな探り屋は嫌われます。なら、機械弄っているほうが数倍マシです。上とのよく分からん権力闘争とかには飽き飽きなので」
「……そうか、あなたそう言えば、元々は地球連邦の……」
「ええ、士官身分でした。……とは言ったって、月のダレトが開いてから先の、我が陣営の情けなさったら。月軌道艦隊として少しは矜持もあったでしょうがね。そいつも犬に食わせちまえばまだマシって言うもんでした」
「連邦の権威の失墜。そして統合機構軍と行政連邦の台頭。……世界は着実に変わっていく……その世界を、見据えるのは若い世代だとは思うけれど」
「マーシュ艦長はまだ若いでしょう。若い感性だから、メイアさん達を引っ張っていけた」
「お世辞、うまくないのね。私はもう四十を超えているのよ」
「そいつはすいません。世辞言うような部署でもないもんで」
「……ゴメン、私もいいかしら?」
電子煙草を取り出したマーシュに、整備班長は火を分ける。
息がかかるほどの距離になっても、ときめかなくなったのはいつからだっただろうか。
一服を挟んでから、整備班長へとマーシュは声を振っていた。
「……敵は外側だけじゃない。メイアはこのままじゃ、よくて聖獣相手の実験動物、悪ければ廃棄処分もあり得るわ」
「メイアさんは特別……そうお考えだと思って間違いないんですよね? 艦長としては」
「メイアとは……こんな言い草は陳腐に落ちるけれど、苦楽を共にしてきたわ。だからこそ、大人の都合で切り捨てたくないのよ。彼女らにはまだ未来がある。どこまでも続く未来の地平を見据えるのは、私のようなおばさんじゃないもの」
「ですがそれをどうこうするかを決めるのは老躯……因果なものですなぁ。我々世代は年功序列とか言う古めかしいシステムを打破するだとか言われた世代でしたのに、システムにいつの間にか組み込まれちまっている。そして、それが心地いいだなんて。……若い連中には説教も垂れられんものです」
「システムを破壊するのは期待されたような世代ではないのかもしれないわね。あるいは、メイア達ですらその世代への礎になるのかも」
「まだ見ぬ未来の事に展望を抱いていても仕方ありませんよ。艦長が決めるんなら無理も出ません。俺は従います」
「……苦労をかけてすまないわね」
「元々……ラムダなんて言う生きてるんだか死んでるんだか分からない任務をずっとしてきた人間です。戦場を闊歩するのは既に死人の領域になりつつある。……まるで地獄の蓋が開いちまったみたいだ」
その地獄の蓋を開けたのは、間違いなく自分だろうと、マーシュは電子煙草の先端を眺めていた。
「……《レヴォル》と言う禁断の果実に手を伸ばしたのは愚行であったのか、あるいは未来を切り拓くだけの真なる行動であったのか……。私達の世代で、答えが出れば僥倖ね」
「死ぬまでに答えとやらに辿り着きたいものです。……ですが死ぬのは……ちと嫌ですなぁ」
「統合機構軍が企業と言ったって、私達は半分軍属に足を突っ込んでいるようなものよ。メイア達のように自由には成れないわ」
灰皿に煙草を突っ込んでもみ消してから、マーシュは整備班長の背中を見やる。
丸まった背中にはこれまで一方的に与えてきた苦労が滲み出ていた。きっと彼も、一端になるためにこの企業に入ったはずだ。
それなのに、いつの間にか長いものに巻かれるようになってしまったのは因果としか言いようがない。
「……世界を変えるのは、私達じゃない。そんな事もうとっくの昔に、分かっていたはずなのにね……」