機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第112話「信ずるものを見据えて」

 

「《疑似封式レヴォル》は特別製だ! 壊すんじゃねぇぞ!」

 

 サルトルの怒声が飛ぶ中で格納デッキを漂っていたクラードはタラップに膝をついて休憩していたユキノを発見していた。

 

「……生きていたのか。確か……」

 

「ユキノ・ヒビヤ。……凱空龍じゃ、顔も合せなかったよね。クラードさん」

 

「……デザイアで生き残って以来か。俺は基本的に、アルベルトとしか話さなかったから……」

 

「お高く留まっているな、って私は思っていたよ。……でも実際のところは違った。あんな……無茶苦茶な機体で帰ってくるなんて思いも寄らない」

 

 ユキノはパイロットスーツに身を包んでいたが、その立ち振る舞いでクラードは看破していた。

 

「……ライドマトリクサー施術を受けたのか」

 

「ああ、うん。……三年前の月軌道決戦で、身体半分持って行かれちゃった。その時に、不幸中の幸いで意識はあったから、次に目を覚ましたらこの身体、ってわけ」

 

「お前は確か凱空龍の二軍所属のはずだ。……それでも前に出たのか」

 

「あの時には、私達が前に出ないとベアトリーチェは確実に沈んでいた。……小隊長……ヘッドもトキサダ副長も居なかったけれど、それでも守りたかったのよ。私達の第二の故郷を……」

 

「第二の故郷、か。この三年間、戦い続けていたのか」

 

「私なんて全然……。一番辛いのは、多分、カトリナさんだと思う」

 

「カトリナ・シンジョウが? どうしてああも」

 

「ろくに装備も付けていない《オムニブス》で毎回生きるか死ぬかヒヤヒヤものの斥候任務。……私にはあの人が死に場所を探しているような気がしてならなかった」

 

「死に場所、か。それはエンデュランス・フラクタルが追い込まれたせいなのか」

 

「……それはちょっと違うかな。クラードさん、あなたなら分かると思っていたけれど」

 

「……俺が分かる? ……何故だ」

 

「……まだ、分かんないのか。そっか」

 

 どこか諦観を浮かべられたのは気に食わなかったが、それでもユキノは間違いなく戦士だ。それだけは実感出来る。三年間の隔たりは、彼女を戦士の佇まいに変えていた。

 

「……ヘッドと話さないの?」

 

「話したところでケリはつかない」

 

「……あなたもヘッドも、何でそういうところが不器用なのかな。あの人の《マギアハーモニクス》、あれ、レヴォルの意志のデッドコピーが入っているんだよ」

 

「……ベアトリーチェに居残ったものを再利用したのか」

 

「でも、デッドコピーだから本来の性能にはまるで及ばない。それでもヘッドは、何度も危ない窮地でリミッター解除までして私達を守ろうとしてくれた。それはあの人だからこそ出来た健闘なんだと思う」

 

「……アルベルトは、エージェントになっていたらしいな」

 

「ヘッドだけじゃない。凱空龍の居残り組……いいや、死に損ない組かな。そういう連中はみんな、少なからずRMになって、ベアトリーチェを守るためだけのエージェントになっていった。私はなし崩し的だけれど、他の連中は自分から率先してRM施術を受けたのも居る。……クラードさん。あなたはこんな視点だったんだね」

 

 別段、達観視していたわけではない。だが、凱空龍で当時、ライドマトリクサーの禁術に手を伸ばしていたのは自分くらいなものであった。

 

 ユキノは分かろうとしていると言うよりも、ちょっとした世間話程度のつもりらしい。

 

「……俺の目線なんて知ったって誰も幸福になんて成らない」

 

「……そうかもね。ライドマトリクサーって言うのが存外に面倒くさかったり、色んなしがらみに雁字搦めになっている事もある意味じゃ納得だし、よく分かる。クラードさん、それでも私達は、あなたが切り拓いてくれた未来の先に居るのだと思っている。あの時死んでいった……仲間達に顔向け出来るような人間になるのには、まだ足りないかもだけれど」

 

 ユキノとよく絡んでいた二軍の者達は、そういえば見かけないな、とクラードは感じていた。

 

 詮索するわけでもないが、あの月軌道決戦にて散った命もあるのだろう。

 

「……死んで行った者に報いるため、か。だがそれは偏狭な生き方だ。死に囚われていては、すぐに足元は見えなくなるぞ」

 

「私は別に……。ああ、でもそうか、そうなのかも。私は、グウェルやイワハダのような……あの時果敢に立ち向かって死んだ仲間達に、報いるような戦いをしたいだけなのかもしれない。ワガママだね、これ」

 

「そうでもないんじゃないか。人は意味を見出したがる。それがどんな事であれ、取り返しのつかない事でも」

 

「あなたが《レヴォル》のためなら命を投げ打つのと同じように?」

 

「俺は《レヴォル》を取り戻さなければ、何も始まらないと思っている。あれは俺の半身であった。だから、今の俺は、言ってしまえば空虚だ」

 

「でも、三年間も生き延びてきた。それは本当に、《レヴォル》を追い求めるためだけの三年間だったの?」

 

「……俺はエンデュランス・フラクタルのエージェントだ。何回も敗走を繰り広げるわけにはいかない。あの時……してやられた敗北を糧として、次は勝利する。そのためには、まずは取り戻さなければいけない。奪われたものを、全て」

 

「その中にレミア艦長も入っているってわけか」

 

「レミアだけじゃない。バーミットも、ファムも、ピアーナも……行方知らずになった連中は大勢居る。俺は奪われたままで静観するような人間ではない、それだけの話だ」

 

「やっぱりね。クラードさん、変わったと思う」

 

 ユキノの評にクラードは固めていた拳を開いていた。

 

「……俺が、変わったか……?」

 

「凱空龍に居た頃は、誰も寄せ付けない感じだったじゃない。あなたに擦り寄ろうと思う人間なんて居なかったし。ああ、でも、ヘッドは別かな」

 

「……アルベルトは、《マギアハーモニクス》に《レヴォル》のシステムバックアップを積んでいると聞いた」

 

「そう、無茶ばっかり。……まぁ、ヘッド……ああ、いや、小隊長、なんだけれど。RM第三小隊を束ねる、エージェントだし、私も同じようにエンデュランス・フラクタルのエージェント身分。二級だけれどね」

 

「この三年間、戦い抜いてきたんだ。誇っていいんじゃないか」

 

 こちらの言葉にユキノは心の奥底から意想外であったかのように目を見開いていた。

 

「それも意外。……クラードさんから労いの言葉が来るなんて。三年前の私じゃ、想像も出来なかっただろうし」

 

「どうかな。俺も存外甘くなったのかもしれない」

 

「その甘さで、小隊長の事、カバーしてあげてよ。私達の言う事、あの人は聞かないから。クラードさんならブレーキになると思うし」

 

「俺はあいつの保護者じゃない。それに、アルベルトは思うところがあっての行動だろう。それくらいは分かっていると思っていたが」

 

 ユキノは手を振って携行保水液を飲み干す。

 

「駄目駄目、他人がいくら分かった風な事を言ったって、絶対に認めないんだから。……カトリナさんを巻き込みたくないって思っているのは見え見えなんだけれど、じゃあ私達に何が出来るのかって話だし」

 

「カトリナ・シンジョウは前のような戦いを?」

 

「ええ、常に。前線にだけは出るって息巻いて。……正直、見ていられなかった。その辺に関して言えば、サルトルさんのほうが詳しいんじゃないかな。あの人、孫みたいに思っているみたいだし」

 

「サルトルに孫、か。……そう言う年齢だったか」

 

「よく知っているんでしょう? なら、話してみるといいと思う。私達は所詮、途中から流れ着いただけだから」

 

 ふわぁ、とユキノが欠伸を挟む。

 

 疲労が蓄積しているのは何も彼女だけではない。

 

 今も整備されていく《マギア》の調整を行っているのは新参者の戦闘員達だ。

 

「……見ない顔も増えた」

 

「彼ら彼女らは、出来れば生き残って欲しいんだけれど、それをどうこうするだけの力が私にあるかと言えば、そうでもないし。……小隊長は全部背負っちゃう。私からしてみれば、一番に折れそうなのはあなただって言いたいのに」

 

「アルベルトはそういう性分だろう。もう仕方がない」

 

「そう言ってあげて欲しいんだけれど、クラードさん、そんな気はないでしょう?」

 

「……自分で気づくのが一番のはずだからな」

 

 ユキノはパイロットスーツの襟元を整えて格納デッキを流れていく。

 

 その途上で彼女は挙手敬礼していた。

 

「話せてよかった。クラードさん、もっと怖い人だと思って距離を取っていたのは私のほうだったし」

 

「そうか。……俺はそんな奴に映っていたんだな」

 

「これでも半分RM! 何だかんだで戦果には期待して欲しいのよ。何せ、今の第三小隊では副長身分だからね」

 

「……副長……トキサダも、死んだのか」

 

 ユキノは応じずに自身の乗機へと向かっていく。

 

 その背中を呼び止められずにいると不意に言葉が投げられていた。

 

「……あの、クラード……お前……」

 

「なに、アルベルト。さっきから窺っているのは分かっていたけれど、そんなにうろたえる事でもないだろう」

 

「いや、うろたえちまうよ。……ユキノと話しているなんて、お前らしくねぇって言うか……」

 

「作戦実行時には後方を任せるんだ。話しておいて損はない」

 

「そう、か……。いや、オレのほうこそ勝手に線引いちまっていたのかもな。……お前は凱空龍の面々には興味なんてねぇって……」

 

「トキサダは死んだのか」

 

「……死体も残らなかったって聞く。そう伝えられたのはオレがライドマトリクサーになってからの話だ。あの月軌道決戦で生き残った奴のほうが少ねぇさ」

 

「俺の記憶じゃ、ユキノは二軍……いいや、それ以下だったはずだ。それなのに前線に出るっていうのは今のエンデュランス・フラクタルの損耗具合を分からせてくれる」

 

「現状じゃ、出せる戦力に出し渋りしている場合じゃ、ねぇんだよ。本社からの補給も滞っているし、カトリナさんは、無茶ばっかりする。そういうの……見てらんねぇって言うんだよ」

 

「……何だ、お互い様じゃないか」

 

 自覚がないのか、と思ったが、アルベルトは嘆息をついて後頭部を掻いていた。

 

「何つーかな、お前ともう一度、こうして話せるなんて思いも寄らなかった。もう彼岸に行っちまったんだとばっかし思っていたからな」

 

「勝手に殺すな……とは言っても、あの状況じゃ仕方がない。俺は《レヴォル》を奪われ、戦闘能力は皆無だった。MF、《シクススプロキオン》を倒したまではよかったんだが、それ以降にベアトリーチェに合流する術がなかった」

 

「別に、言い訳が欲しいわけじゃねぇんだ。あの時どうして欲しかっただとか、こうして欲しかっただとかはな。女々しいだけだし、オレもそんな事を言及したいわけじゃねぇ。ただ……今は嬉しい事くらいか。お前が生きていてくれて、オレは素直に嬉しいよ」

 

「……だがこの三年間、失うばかりの戦闘だったはずだ。何故、カトリナ・シンジョウは前を行く? 今回の作戦遂行に関しても、俺が見た限りじゃ少し無理が生じてくるのも分かっての承服のようだった。……馬鹿だったのが、より馬鹿になったのか?」

 

「お前……クラード。そこんところは、それ……あ、いや、そうか。……そうだよな。別に分かって欲しいだとかは、ねぇんだ。だってベアトリーチェには、もっと居たもんな。大切な人達が。お前からしてみれば、大事なピースを欠いたままのこの艦のほうがおかしいのか。オレらの戦いは、そうだ、失うばっかだったさ。だが得るものもあったんだ。オレはこの三年間で、少しばかり自分の身の丈って言うもんを意識するようにはなったさ」

 

「ユキノがぼやいていた。前ばかり向かう、と」

 

 アルベルトは青髪リーゼントを撫で、頭を振る。

 

「……あいつらからしてみりゃ、危なっかしい小隊長なんだろうな。死なせなくっていい奴らまで死なせちまった。咎は受けるつもりだぜ」

 

「背負い過ぎなんだよ。前からそうだ。アルベルトは。凱空龍の頃から変わらないよ」

 

「……お前は変わったな、クラード。何がお前をそうさせたんだ?」

 

 その問いかけには明確に答える術はなかった。

 

 天井を仰いで手を伸ばす。

 

「……奪われたものを奪い返す。その一つだけで、俺は今動いている。三年の月日と、俺自身が抗い抜く理由は、現状それだけだ。《レヴォル》を、まずは取り戻さなくっては俺の叛逆は始まらない」

 

「だがそれは現状の理由だ。取り戻した後は、どうする? 何のために戦うのか、お前は自分自身に問うのか?」

 

 ぎゅっと拳を握り締め、クラードは赤い眼差しを虚空に投げる。

 

「そうだな。その時には……違う理由を自分の中に探っても、いいのかもしれないな」

 

「あー! 居たー! こんなところに!」

 

 振り向けた視線の先で佇んでいたのは赤髪の少女であった。

 

 エンデュランス・フラクタルの制服に身を包んでいるが、ハイスクールの生徒だと言われても何の違和感も抱かない容姿である。

 

 少しばかり鋭い瞳に、短髪に切り揃えた鮮やかな赤。

 

 童顔なのは目立つが、それでも麗しいかんばせであろう。

 

「シャル。格納デッキには来んなって言っただろ」

 

「その呼び方! ……私はシャルティアです! シャルじゃない!」

 

「おいおい、勘弁してくれよ。……今はクラードと喋ってんだ。委任担当官殿はあまり出しゃばってくるんじゃ……」

 

「チビだからって、嘗めないでください! ……はじめまして。あなたが我が社の特級エージェント、クラードですね? お噂はかねがね」

 

「……誰だ、あんた」

 

「申し遅れました。私はシャルティア・ブルーム。この艦における委任担当官を任せられています」

 

「ブルーム……って、あんたまさか……」

 

「はい。姉の事は、ご存知だったと聞いています」

 

「ラジアルの妹、か……」

 

「全然似てねぇだろ?」

 

 アルベルトの差し挟んだ声音に、シャルティアはむっとしてその頬をつねっていた。

 

 一回り大きいはずのアルベルトの頬を何のためらいもなくつねる胆力もそうならば、その気性の激しさにも目を瞠る。

 

「だから! 私は姉とは違うんです! 何回言えば分かるんですか! アルベルトさん!」

 

「痛ってぇなぁ! もう……! 分かった、分かったからよ! カッコつかねぇだろうが!」

 

「本当に? 本当に分かりました?」

 

「分かりましたよ、委任担当官殿。ったく、こちとら恐縮だっての」

 

「……分かった風な言葉じゃないですけれど、まぁ今はいいでしょう。旧友同士、積もる話もあるでしょうしね」

 

 シャルティアはようやくアルベルトの頬から手を離し、自分と向き直っていた。

 

「俺の事は、どこまで聞いているんだ」

 

「エンデュランス・フラクタルにおいて、作戦遂行率百パーセントのエージェント! 正直、素直に尊敬です!」

 

 思わぬ情景を向けられてクラードは思わずアルベルトへと視線を投げる。

 

 彼は肩を竦めていた。

 

「これだろ? だから似てねぇって言うんだよ」

 

「似てる似てない論に行かないでくださいよ! 私はシャルティアであってラジアル・ブルームじゃないんですから!」

 

「へいへい。……っても、こいつはまだ十七だ。ガキんちょだよ、クラード」

 

「ですが、委任担当官としての仕事内容は頭に入っていますので。私はシンジョウ先輩からも教わっていましたし、戦闘のログも参照させていただきました。エージェント、クラードさん。あなたはアルベルトさん達の専属窓である私の職務上、同一と見なさせていただきます」

 

「……それは俺の委任担当官もやるって言いたいのか?」

 

「ええ。光栄この上ありませんが、委縮しないように気を付けて――」

 

「悪いが断る。……カトリナ・シンジョウが俺の委任担当官だ。あんたじゃない」

 

 断じた論調にアルベルトも呆然としているのが伝わった。当のシャルティアは目を見開いて驚嘆している。

 

「……今、何と……?」

 

「俺の委任担当官はカトリナ・シンジョウだ。他の奴じゃない」

 

 書類を抱えたままのシャルティアの脇を通り抜け、クラードは艦の中枢にある遠心重力ブロックを目指していた。

 

 その背中へと、声がかかる。

 

「ま、待ってください! これは本社からの命令なんですよ!」

 

「俺が従うと決めた人間は自分で選ぶ。あんたはその領域じゃないだけだ」

 

「……何だって、そんな言い草……!」

 

「アルベルト。そいつを頼む。俺はあの人に会って、話さなければいけない」

 

「それはいいが……あまりにもお前、その断じ方は……」

 

「何か問題ある? ……俺の命令系統は三年前から変化していない」

 

 シャルティアが怒声を放ったのを聞いていたが、クラードは道を折れてそれをいなしていた。

 

 

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