機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第114話「遅れた時計の針を」

 

『現状、芳しくないのは重々承知で、なのですね?』

 

「ええ。ですがクラードさんが帰ってきてくれました。……そう、本当に、帰って来てくれた……」

 

 モニターの向こうのタジマは、ふぅむと一考を挟んだようであった。

 

「……何か問題でも?」

 

『いえ、エージェント、クラードの帰還は素直に喜ぶべきなのでしょうが、それだとしてもトライアウトネメシスに強襲し、そして《レヴォル》と前任者であったフロイト艦長を取り戻す……と言うのはあまりにも現実離れしたプランでして……』

 

「でも、クラードさんは……約束を守ってくれたんですよ……」

 

『彼は死んだものとして本社では扱っておりましたので、完全に想定外なのですよ。それに、他のレジスタンス組織との連絡網にも僅かに気を配らなければいけなくなりました。なにせ、彼らの中には《レヴォル》のライドマトリクサーに友好的な感情を抱いている者ばかりではないのです』

 

「……それは、《レヴォル》がガンダムであったからですか……」

 

 鋭い視線を投げるとタジマは困惑顔で渋々頷く。

 

『……ええ、まぁ。トライアウトの中に紛れ込んでいる構成員の中には、ガンダムを忌避する動きもある。その元凶が、まさか生きていたなど分かれば要らぬ禍根も生み出しかねない』

 

「ですが……私は彼に助けられました。何度も、何度も……今回だって……」

 

『カトリナ・シンジョウ艦長。私からしてみれば、現状の信頼関係にプラスとは限らないクラードの生存は全くの未知数です。このまま、何事もなく話が進むと思えない』

 

「……レミア艦長を取り戻すと、クラードさんは言っているんです」

 

『そのフロイト艦長も自ら進んでトライアウトネメシスに所属なされた。我々の差し挟む意見などないと思ったほうがよろしいかと』

 

 それでも、クラードはかつて失ったもの全てを取り戻すまで止まらないはずだ。

 

 その覚悟だけはありありと伝わって来たのだから。

 

「……話を戻しましょう。《オリジナルレヴォル》の保管場所は、トライアウトネメシスの士官ならば知っている可能性があると言うのは」

 

『ああ、ええ。恐らくはその通りかと。しかし、近づく術はない、というのが現実的な見方でしょうね』

 

「トライアウトが《オリジナルレヴォル》を保管しているわけではない、という事ですか」

 

『あくまで、知っている、だけでしょう。我が方の情報筋では、《オリジナルレヴォル》がどこに運ばれたのかはまるで不明。ですが、上層部に近ければ、今日の統制の中核を成すシステムの大元です。隠したいのが本音のはず』

 

「……《ネクロレヴォル》と言う名のシステムの確立……。動かしている上層部からしてみればアキレス腱の一つでもある」

 

『だからこそ、エージェント、クラードの生存はこれまでの戦いがより苛烈になるのだと、承知なされたほうがいい。《オムニブス》の補助は回しますが、それでも無理は生じてくる。やはり今次作戦は延期なさったほうが――』

 

「駄目です。それじゃ、クラードさんの覚悟に唾を吐くのと同じです」

 

 言い切った自分にタジマは心底困り果てているようであった。

 

『……本社の方針では、あまりに行き過ぎた抵抗活動は相手を刺激しかねない。我々はまだ大きく情勢を動かせないのだと考えて然るべきだと』

 

「ですがそれでは、いつまで経っても《ネクロレヴォル》の統制を止められません。……相手もレヴォルの意志を使っている。捉えられないミラーヘッドの影を捉えるのには、《オリジナルレヴォル》の奪還しかない……」

 

『やれやれ。戦場も見えないようになって来ているのは百も承知。ログに残らぬ《ネクロレヴォル》隊をどうやって炙り出すか、四苦八苦しているところにトライアウトネメシスへの強襲となれば、エンデュランス・フラクタルはこれまで以上に立ち回りを考えなければいけなくなってくる』

 

「……上層部はこの作戦に賛成しかねる、と言う意味ですか」

 

 シートに爪を食い込ませたカトリナに、タジマは冷静な論調で返していた。

 

『承知なさっていただきたいのは、我々はあくまでも統合機構軍に配される企業だという事。利益に繋がらない作戦遂行は難しいとお考えください』

 

「そんな……せっかくクラードさんが帰って来たのに……!」

 

『カトリナ・シンジョウ委任担当官殿。……エージェント、クラードの帰還は思わぬところで軋轢を生む。彼はあの時、死んだとして全てが回っていたのに、まさか生きていたとは思いも寄らない。本社の方針が変化する事は、ほぼないと考えていただきたい』

 

「それじゃ……私達は何のために……!」

 

『お間違えにならないで欲しいのは、現状の統制が明らかに為政者のための間違ったものとなりつつあるのだけは事実だという事。《ネクロレヴォル》と騎屍兵は脅威です。世界から脅威を取り除き、より良い明日のために、我々は尽力するのが使命』

 

「……分かっています。騎屍兵の統制が続くのでは、言論弾圧だけじゃない。存在するものもなかった事に出来てしまう。それだけは、何としても……」

 

『ご理解いただけたのならば嬉しいのですが、それでも禍根は残るもの。あなたの委任担当官としての職務はまだ解かれていない。どうか、クラードにはご忠告を。世界は、思ったよりも簡単ではないのだという事を』

 

 そこでタジマからの長距離通信は途切れる。

 

 カトリナはインカムへと指を這わせ、やがて拳に変えていた。

 

「……こんな時に、何も出来ないのが私達だって言うの……!」

 

 どれほど悔恨を噛み締めても、それでも世界は変わらないと言うのか。

 

 それがこれまでの行いの結果だと、突きつけられていると言うのならば。

 

「居るのか、カトリナ・シンジョウ」

 

 ドアロックの向こう側からの声に、カトリナは目じりに浮かんだ涙を拭い、ロックを解除していた。

 

「……クラードさん。何かありましたか」

 

 それでも顔を見られなかった。

 

 今の自分では、彼に顔向け出来ない。

 

「艦内を見てきた。……三年間で様変わりしたところもあればそうでもないところもある。……作戦遂行までの時間を概算して欲しい。《疑似封式レヴォル》で出る」

 

「……クラードさん。今次作戦はともすれば……望まれていない可能性があります」

 

 それも自分の不徳の致すところ、とどれだけの言葉が来ても覚悟出来ているつもりであったが、クラードは言葉少なであった。

 

「そうか。そうだろうな。俺の我儘だ。それを通す義理は本社にはない」

 

「……怒らないんですか。だってエンデュランス・フラクタルの上層部は、あなたの生存を……不要なものだって……」

 

「三年間も生死不明だった。俺が上でも同じ判断をする」

 

「でも……っ! でも、でも……! 私達は……アルベルトさんと私は信じて来たんです……っ! いつかクラードさんが帰って来てくれるって! その時を待っていたから、待ってこられたから、ここまで戦えて……っ!」

 

 振り返った自分は、かつての日々から何も変わっていないクラードを目の当たりにして声を詰まらせていた。

 

 纏った白衣も、その立ち振る舞いも何も変わらない。

 

 変わってしまったのは自分のほうだ。

 

 権威を前に委縮し、あらゆるしがらみに縛り付けられた、現状の自分自身なのだ。

 

 タジマの言葉も、半分以上は仕方ないと飲み込めてしまっている部分もある。

 

 下手に賢しくならなければ、クラードの生存をただただ喜ぶ事も出来たであろうに。

 

「……私、駄目なんです。背負うものが増えちゃって……。もうあの日みたいに、戻れない……」

 

「それは誰も同じだ。アルベルトも、ユキノも、他の奴らだって同じ事だ。一時として以前までの自分と同じじゃない。だが俺は、だからこそこの作戦を遂行する義務があると思っている」

 

「……義務、ですか……。それは《レヴォル》を取り戻すって言う……」

 

「無論、第一目標はそれだが、俺はそれ以上に、時間がずれたままだと思っている。それぞれの持つ、時間が……。あんたもな」

 

「わ、私も……?」

 

「時間がずれている。ずれた時間を合わせたほうがいい」

 

「……グリニッジ標準時ですよ?」

 

 腕時計型の端末に視線を落とす。

 

 いつも自分の時間を示し続けてくれた端末は静かに時を刻んでいた。

 

「ベアトリーチェのクルーは全員が前に進んだ。ならば、俺も前に進むべきだろう。俺の時間は停滞したままだ。だが《レヴォル》と再会出来れば、それは違ってくる。……抗いの刃を向けるのに、俺はまだ何も足りていないんだ」

 

 クラードのような人間でさえも、現状に不足を感じるのか。

 

 それはずっと彼の戦いを艦内で待っていたばかりの自分には及びもつかない思考回路であろう。

 

「……私は、あなたを追って、ずっと戦ってきたんです」

 

「それは知っている」

 

「……でも、三年も居なくなるなんて……ズルいですよ」

 

「ああ、だろうな」

 

「……帰って来た理由は、それだけなんですか」

 

「生きているとは思っていなかった。それはお互い様だろう。だが、俺には進むべき指針がある。そのためには手段は選んでいられない。当然、躊躇っているような猶予もない。俺は叛逆のために前に進む。幕開けの時が近いのは、もう分かっているからだ」

 

 ――ああ、そうだろう。

 

 クラードはいつだって前を向いてきた。一度だって後ろを振り向いた事なんてないはずだ。

 

 ならば、その後ろを支えるのは委任担当官である自分の職務であり、振り向かずに済む道を踏み締めるのは、自分達の抗いであろう。

 

「……クラードさん。私はこれから、弱音を吐きます」

 

 クラードは何も言わない。カトリナは面を伏せて独白していた。

 

「……あなたが居なくなってから、私はもう駄目だなって思う事が何度も何度もあった。いっその事、絶対にもう帰って来ないんだって、そう思い込んだほうが楽な事もあったし、みんなが生存に絶望している中でも、私とアルベルトさんだけは、あなたがどこかで生きているんだって、そう思って戦ってきました。……ううん、違う。そう思わないと戦えなかった。だって、クラードさんが私達の運命を変えたんですよ? なのに、勝手に退場しちゃうなんて……そんなの認められなかったんです。私達は、あなたを追って……あなたに失望されたくなくって戦い抜いてきた。それはきっと……アルベルトさんだって……」

 

「俺はアルベルトも、あんたの運命も変えたつもりはない。俺は俺の運命への叛逆を講じて来ただけだ。その結果論として誰かの運命を変えたのかもしれない」

 

「じゃあ……謝ってくれるんですか」

 

 我ながら狡い論法だとも感じる。

 

 ここまで来て、クラードに責任を取れと突きつけているのだから。

 

 しかし、クラードは謝罪するわけでも、ましてこれまでの戦いが間違っていると答えるわけでもなかった。

 

「……カトリナ・シンジョウ。俺だけでは、運命に叛逆すると言う気概はあっても、実行に移す事は困難だ。《疑似封式レヴォル》だけでは《ネクロレヴォル》隊には勝てない。トライアウトネメシスの作戦にレミアが噛んでいるのならば、もっとだろう。俺のやり口は割れていると思ったほうがいい」

 

「……だったら、余計に……」

 

「いや、だからこそだ。お前の作戦をくれ。その作戦に沿って、俺は戦う。俺一人では取り戻せない運命も、この艦に居る全員となら取り戻せる。だから俺は決意出来た。委任担当官として、俺に命令して欲しい。――勝てと。打ち勝って帰って来いと。ならば俺は命令を遂行する。それがエンデュランス・フラクタルの、エージェント、クラードとしての責任の取り方だ」

 

 放たれた言葉にカトリナは面を上げていた。

 

 クラードの赤い瞳は迷うところはないとでも言うように自分を見据えている。

 

 勝つためならば、運命を変えるためならば何でもするという双眸の輝き。

 

 それは自分がこの三年間、《オムニブス》のテーブルモニターに反射し続けたものと同じ――否、さらに眩く強い、意志そのもの。

 

 今さらに理解する。

 

 自分はこの光に魅せられて、三年間も戦い抜いてきたのだと。

 

 それはともすればレミアも、であったのかもしれない。アルベルトも、クラードの瞳の力を信じているから、今日この日まで戦い抜いて来られたのだろう。

 

「……私の、作戦で……? 本当にそれでいいんですか? だって、レミア艦長が、トライアウトネメシスの士官として立ち向かって来れば、それは当然、犠牲だって出かねない戦いで……」

 

「俺はレミアも含めて取り戻す。カトリナ・シンジョウ委任担当官。俺に、命令をしろ。俺はその通りに動く。もうお前達の期待を、裏切るような真似はしない。だが究極的に言えば俺は結局、自分のために戦っている。それが気に食わないのならば、それでもいい。俺を死なせて、それで得られる抗いのために使ってくれてもいい」

 

「……何でそこまで……。クラードさんは、だって《レヴォル》を取り戻したいだけなんじゃ……」

 

「ああ。だがそのためには、力が要る。トライアウトを相手取り、《ネクロレヴォル》を打倒し得るだけの力が。俺は自分の力のためならば手段は問わない。《疑似封式レヴォル》だけで達成出来ると自惚れているわけでもない。俺には今、ベアトリーチェクルー全員の力が必要なんだ。なら、下手なプライドや迷いに足を取られている場合じゃないだろう」

 

 クラードの選択肢は自分のため、という根源があるものの、それでも彼の宿す芯の部分は三年前から変化したのを、カトリナは感じ取っていた。

 

 今の彼は、自分達を頼りにしてくれる。

 

《レヴォル》と共に前にばかり出ていた時とは違う。

 

 クラードは自分達と足並みを合わせ、その上で運命への叛逆を成し遂げようと言うのだ。

 

 ある意味ではそれはこれまでの戦いよりもなお困難な、熾烈を極めるものとなるであろう。

 

 そうだと理解していて、クラードは示し続けると決めたのだと、自分を前にして言ってくれている。

 

 その佇まいは、自分がこれまで抵抗し続けた事も無駄ではないと言ってくれているようで――。

 

「……何だ、カトリナ・シンジョウ。泣いているのか」

 

「い、いえっ……目にゴミが入っちゃって……」

 

 慌てて目元を拭ってからカトリナはクラードと向かい合って、ふと微笑む。

 

「……クラードさん。三年前の私は、頼りなかったかもしれないですけれど、今ならば信じてくれますか?」

 

「信じるも信じないもない。俺は勝てると思っているから賭けに値すると想定している」

 

「……もうっ、そういうところですよ……っ。でも、なら私は、あなたに応えたい……。委任担当官、カトリナ・シンジョウとして、命令します。エージェント、クラードは作戦遂行が可能だと判断し、これより私の指揮に入ってもらいます。……要は、生きるも死ぬも私次第、って事ですね」

 

「了承した。俺はこの戦いに望むものは少ないつもりだ」

 

「……よく言いますよ。全部取り戻すんでしょう?」

 

「ああ、項目で言えば少ない、と言うだけの話だな」

 

 何だかそんな軽口がクラードから出たとは思えず、カトリナはくすっと笑う。

 

 今は、その一つだけでも懸念事項が減ってくれた。

 

 クラードがここまで来たのはきっと、そんな理由なのだろう。

 

 ――ならば、自分が及び腰でどうする。戦うのなら、最後まで前のめりであれ。

 

「……行きましょう、クラードさん。レミア艦長が立ち向かってくるんなら、その頬っぺた引っぱたいちゃえばいいんですっ」

 

「あんたにそこまでの胆力があるとは思えないが」

 

「……それは、言わない約束じゃないですかぁ……」

 

「行くぞ。レミアはだが、俺達相手に手加減をしてくれるような奴じゃない。本気で、潰しに来るはずだ。ならば、それ相応で迎え撃たなければいけない」

 

 白衣を翻し、クラードは赴く。

 

 それは奪還の戦場へと。

 

「――戦い抜く。命ある限り」

 

 

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