ふんふんふーん、と鼻歌交じりのファムが珍しく給仕にされるがまま、髪を梳かれているので声をかけていた。
「どうやら今日はご機嫌のようだな、ファム」
「にいさま! しゃこうかい、すきー!」
「気が変わったのか。いい御仁に巡り合えたのならば幸いだ」
「ううん、そうじゃないけど、キルシー、すきー!」
「キルシー。そのような名の侯爵は存在したか。いずれにせよ、自分としては喜ばしい。あれほど気難しかったのに、前向きになってくれた事が」
「旦那様。ファム様はどうやら、フロイト家のご令嬢と親しくなったようなのです」
鏡の前でファムのドレスを仕立てている給仕の言葉に、ジオは冷淡に応じる。
「令嬢、か。それは見えていなかった。ファムにはまず、友人を作るところから始めるべきであったか」
「キルシー、とってもうれしいこと、ファムにしてくれるから、すきー! おいしいりょうりをたべたよ?」
「そうか。よくしてくれる令嬢同士ならば、少しはファムも社交界に出る楽しみがあっていいのだろう。フロイト家にはこちらから懇意に伝えておく。ファムは、今日も出かけるのか」
「キルシーがね! おちゃかい? してくれるの」
「そうか。ならば佇まいを正して行くといい。フロイト家は、確かローゼンシュタイン家とも親しかったはずだ。これから先にとって優位となる」
「ファム様。少し落ち着いてくださいまし。お召し物が汚れてしまいます」
「いーやっ! たのしみなのー!」
ばたばたと手足をばたつかせて喜びを発露させるファムからしてみれば、本心からの友人であったのだろう。
あれほど嫌がっていた社交界に出るきっかけとなるのならば、こちらからしてみても不利益には転がり得ない。
仮面に一報が入る。
ジオは邸宅の一室へと赴くなり、回線を繋いでいた。
「ジオ・クランスコールは、ここに」
『予期せぬ事態が起こった。貴様が三年前に仕留めたはずのレヴォルの意志に選ばれた者がまだ生きていた』
「それはまことですか」
『困ったものだ。彼の者には生きていてもらっては困る。貴様は確実に殺したと、そう言っていたな?』
「こちらの落ち度です。まさかあれほどまでに壊し尽くしたはずの《レヴォル》の中で生きていたとは思いも寄らない」
『《オリジナルレヴォル》は我々の手の中にある。トライアウトの保護のうちでは危うくなるであろう。既に手を回し、月面テスタメントベースに収容されている。強奪される可能性は低いと見ているが、レヴォルの意志に選ばれた人間が生きているとなれば事だ』
『左様。彼奴は殺さなければいけない。エンデュランス・フラクタルと通じているとなれば、自ずと真実に辿り着くのも時間の問題であろう。よって、ジオ・クランスコール。有事の際には、分かっているな?』
「いつでも。愛機、《ラクリモサ》と共に戦場に駆り出しましょう」
『次元の姫君の世継ぎは、考えてもらっているか』
「それを決めるのはファムです。自分ではどうしようもない」
『最悪、洗脳してでもいい。次元の姫の自我を奪い取り、その意思のままに操るくらい造作もないであろう』
「ですがそれは、第三の聖獣を目覚めさせかねません」
『前にも言った。それは既に解消済みだと。聖獣の動きに関して、貴様は口出し出来る権限を越えているぞ、ジオ・クランスコール』
「失礼を」
『そうは思っていないような口振りだ。まぁいい。貴様は王族親衛隊直属の兵士。《ラクリモサ》で敵を葬る事が最適解であろう。他に生き方もないのだからな』
「承知済みです。自分は、戦うのみですので」
『《オリジナルレヴォル》は我らが手中にあるとは言え、解析には時間がかかっている。やはり《ネクロレヴォル》隊の運用には少し待ったをかけたほうがいいか』
『いや、奴らは気づいてさえもいまい。騎屍兵のデータ運用が《オリジナルレヴォル》――《フィフスエレメント》覚醒への誘発になる事など。それにしたところで、騎屍兵身分を動かすのには苦労もする。第二世代MSへのレヴォル・インターセプト・リーディングの転用とそしてその技術の粋であるアイリウムの転写。どれほどでも時間をかけられる、というほど我々に時間があるわけでもない。マグナマトリクス社は既に第七の聖獣とコンタクトを取ったと見るべきだ』
『やはり、聖獣観察任務を統合機構軍の者達に任せたのは間違いであったか』
『だがエンデュランス・フラクタルに幾度となく煮え湯を飲まされるのは旨味がない……。奴らは既にレヴォルの意志をある程度手中に入れたからこそ、この余裕があるのであろうからな。その立場を理解しての現状であろう』
「つつしみながら」
ジオは彼らの言葉に口を差し挟む。
顔を上げずにそのまま声を続けていた。
「エンデュランス・フラクタルは危険だと進言します。現状の統合機構軍のネットワークは我が方を上回っていると考えるべきでしょう」
『貴様、我々に指図するのか。兵士でしかない貴様身分が』
「まさか。自分は勝率の話をしているのみです」
『我々に勝率が薄いとでも?』
「統合機構軍は読めない動きが多い。第七の聖獣に関しても自分の耳に入って来る情報は少ないと存じます。マグナマトリクス社は何を仕込んで来るか分かったものではない。敵を撃つのならば、情報で後れを取っている現状は不利でしょう」
『……よく口が回るようになったな、ジオ・クランスコール。次元の姫君の影響か』
「いえ、ただの事実のみを進言しただけです」
『その事実とやら、虫唾が走ると言わせてもらおう。統合機構軍は我が方から《オルディヌス》を奪い、《レヴォル》という世界を欺く機体へと変貌させた。その影響がまさかこれほどまでの深度で我々に不利益に転がるとは想定外であった』
『だがそれは三年前の事象だ。今は違う。我々、ダーレットチルドレンが優勢を誇り、この時代の覇者となる。そのためには、我々の思い通りに動かない勢力は邪魔なだけだ。よって全てを殲滅し、全てをなかった事にする。レヴォルの意志が人を選ぶと言うのならば、我々が選ばせればいい。選択すべきは一個人ではなく、総体たる我らなのだという事を』
『まこと……貴様、思い違いも甚だしいな。どうして我々が不利だと述べた? 理由を申せ』
「いえ、恐れながら」
『言えと、言っているのが分からないのか』
「では、一言のみ。敵は自分と《ラクリモサ》から逃れ、生き永らえたほどです。強敵だと、思うべきなのではないでしょうか」
その進言に蒼く波打った胎児達の暗幕がせせら笑う。
『強敵? 強敵と申したか! ジオ・クランスコール! 言っておく。それはあり得ない。我々を欺ける存在など、この世には居ない』
『テスタメントベースに封印されていたエーリッヒ・シュヴァインシュタイガーの意識データの取り込みには成功している。読み込みには時間がかかるが、なに、千年の代物だ。少しばかり長い目で見ようではないか』
「では、我が方に敗北条件はありますまい」
『その通りだ。口を慎め、ジオ・クランスコール。貴様は所詮兵士の身分。如何に最強のミラーヘッド使いを気取ろうと、それは変わらん。我々に使われるためにこの世に存在しているのだ。それを忘れるものではないぞ』
「重々、承知しております。自分はただ一刹那の戦いに、勝利と言う結果をもたらすために」
『ならば決断せよ。次元の姫君の世継ぎのほうが優先される。子が宿せないのならば他にも手はあるが、強硬策に出たくはないのでね』
『貴様が預かった。ならば貴様が姫の運命を決めよ。それが、ジオ・クランスコール、いやしくも兄と慕われる、貴様の辿るべき運命なのだからな』
蒼い暗幕が再び波打って回線が途切れる。
部屋を後にする途中、ジオはポートホームにスキップで向かうファムの姿を視野に入れていた。
「にいさま! いってきます!」
「ああ。行ってくるといい、ファム」
給仕達がファムの面倒を看る中で、ジオは仮面の相貌を撫でて呟く。
「最強のミラーヘッド使い、か。これでは道化だよ」
退屈をようやく吹き飛ばしてくれる予感に、キルシーはガラにもなくはしゃいでいた。
やはりと言うべきか、前回の社交界でのやらかしをシンディに咎められたのは痛かったが、今日のためにあったと思えば儲けものだ。
「それにしても、クランスコール卿のご令嬢がうちにお茶会に来てくださるなんて……。特別に気に入ってくださったのですね、お嬢様」
「そうだと思う? シンディ」
「……殿方を投げ飛ばした報酬にしては、まぁちょっとばかし割に合わないでしょうけれど」
手痛いところを突かれるが、今はそんなものを吹き飛ばしてしまえるほどに楽しみだ。
「ねぇ、シンディ。ファムはこのお菓子を喜んでくれるかしら?」
並べ立てた高級菓子はどれも一級の品々であり、パティシエが腕によりをかけたものばかり。
シンディも今日ばかりはそれほどおかんむりでもないらしく、お茶会の準備を整えてくれていた。
「ええ。これならばクランスコール令嬢も喜んでくれるはずでしょう」
「……だから、クランスコール令嬢じゃなくって、ファムだってば」
「お嬢様! むやみに貴族のご令嬢をファーストネームで呼ぶものではございません。どのような事があって立場が変わるか分からないのですよ」
「……シンディは考え過ぎだってば。確かにファムは変な子だけれど、私を貶めるだとかは考えないわ。そう言う風な気が回るような子じゃないもの」
「分かりません。クランスコール卿はお嬢様のような方が割って入る事など考えてもいなかったのでしょう? ならば、そのクランスコール令嬢がどのような方かなんて分かったものではありません」
「大丈夫よ、シンディ。ファムは悪い子じゃないわ」
そこまで説得したところで、ポートホーム越しに到着音が鳴り響いていた。
「来たわ!」
「お嬢様! 階段を駆け下りない! はしたないですわよ!」
「いいのよ、別に!」
ポートホームで邸宅に入って来たのは、前回と同じく黄色のドレスに身を包んだファムであった。
星屑のような銀髪がシャンデリアの光を反射している。
「ファム!」
「ミュイ! キルシー!」
出会うなり、互いに抱き合う。
ハグなんていつぶりだろう。
気を許せる相手が居なくなったのはもう随分と前な気がする。
「よく来てくれたわね。今日は美味しいお茶とお菓子で、目いっぱい歓迎するわ」
「ミュイぃ……! おかしたのしみ!」
「でしょう! ファムは食いしん坊だものね!」
ファムの井出達は侯爵令嬢そのものだが、瞳に宿した好奇心の輝きはまるで子犬のようだ。
早速テラスに連れて行くと、ファムは歓声を上げていた。
「ミュイ! いっぱいだね!」
「そうよ。だって今日はファムが来てくれるって言っていたんだもの。フロイト家の令嬢として、一番のもてなしをしてあげる!」
「どれもおいしそう……! ミュイっ!」
早速ドーナッツをつまみ食いしたファムの行動にシンディが目を瞠ったが、ファムはお構いなしに一流のスイーツを何でもない事のように口に放り込んでいく。
「ミュイぃぃ……! おいしいね、キルシー」
「そ、そうね……。まさかそこまでがっつくとは……予想外だったけれど。でもまぁ、お茶会なんて所詮は建前だしね。ファム、そこに座って頂戴」
「ミュイ。……これもたべていい?」
「今にお茶が来るわ。ちょっと待ってもらえる? シンディ、お茶の準備は?」
「出来ております。クランスコール様、わたくしはキルシーお嬢様のお付きの教育係のシンディと申します。以後、お見知りおきを」
「ミュイ……シンディ?」
「小うるさい私の教育係よ」
「……お嬢様。そのような口調、はしたないですよ」
「別にいいじゃない。ここにはマナーや作法にうるさい貴族の連中は居ないし、私はファムとお茶をするために呼び出したんだから。ここじゃ、ただのキルシー・フロイトよ。それ以上でも以下でもないわ」
「ですが……お嬢様、今日はこちらがホストなのです。失礼なきよう」
「はぁーい、シンディ」
適当にあしらってやるとシンディお得意の睨みが飛んだが、今日ばかりは気にかけないようにする。
「……ミュイ。シンディ、こわいね。バーミットみたい」
「バーミット? それってファムのところの教育係?」
「バーミット、ファムがおふろきらいなのしってて、おにになるの。それとブロッコリーをおしこんでくる……」
「そう。ファムはその人が嫌い?」
「ううん、だいすき! バーミット、おにだけれど、ファムのだいじなひとぉ……」
柔らかく微笑むファムに当初の目的を忘れそうになったのも一瞬、咳払い一つでキルシーは話題を切り出していた。
「……時に、ファム。あなたの家もこのまま、あなたを売り出そうとしているのかしら」
「……ミュイ? うりだす、ってなに?」
「……前回の社交界を見た限りじゃ、クランスコール卿……まぁ、つまり、万華鏡があなたをもう、何て言うのかしら……見限ったって言うみたいな感じだったから。だって、いくら相手がホスト側だったからと言って、あんなあからさまな事を言うような貴族、お里が知れるってものだもの。心配なのよ。あなたが、クランスコール家の……その家の血統のために、ないがしろにされているんじゃないかって」
「……ミュイ……キルシー、むずかしいこという。ファム、よくわかんない……」
すっかりしょぼくれてしまったファムに分かりやすく噛み砕こうとしたところで、シンディが紅茶を注ぎにやってきたので話が中断する。
「まぁ、まずはお茶を飲んで。それからゆっくりと、優雅に話しましょう。時間はたっぷりとあるんだしね」
ハーブティーが注がれていく中で、ファムは目を輝かせていた。
「きれい!」
「でしょう? このハーブティーは地球圏の産地で……」
説明する前に、ティーカップに注がれた紅茶をファムは一息に飲み干してしまう。
さすがの自分もその行動には面食らってしまっていた。
シンディは口を開けたまま茫然自失である。
「ミュイ! おいしいね!」
「そ、そうね、ファム……。びっくりしたぁ……あなたって本当に、飽きさせないわね」
震える指先で紅茶を口に運んで、シンディに目配せする。
一礼した彼女はどうやら後で話がある、というアイサインを自分に送っているらしい。
その眼差しの鋭さにキルシーはせっかくの上物の紅茶の味がした気がしなかった。
「……でも、退屈させないだけ、いいじゃないの。ねぇ、ファム。今の世の中、どう思っているのかしら」
「ミュイ? ……これ、おいしいね、キルシー!」
クッキーを口いっぱいに頬張っているファムに、常識なんてものは通用しそうになかったが、その頬をハンカチで拭ってやる。
「頬っぺたに付いているわよ? ……何だかファムって子供みたいね」
「ミュイぃぃ……バーミットもよくこうしてくれたよ?」
「そう。その教育係の人はかなりの……苦労人だったでしょうね。まぁいいわ。ファム、改めて。あなたはこの世界をどう思ってる?」
「ミュイ?」
小首を傾げるファムへとキルシーは端末を呼び起こし、投射画面に世界の情勢を映し出す。
「私達は当たり前のように地球圏の恩恵を受けているわ。それもこれも、月のダレトの技術を通してね。でも、噂に聞く限りじゃ、地球圏では統制、とか言うのが行われているみたいじゃないの。それも軍警察のものじゃない、私達の耳に入れたくないほどの代物だって」
「……キルシーは、おこってるの?」
「憤っているのよ。一部のメディアにしか情報を握らせないこの世の中と、それに対して声も荒らげない世論にね。でも私も言えた義理じゃないのはよく分かっているつもり。だって、こうして一級のお茶とお菓子を楽しめるのは、それは多分、色んな人達の屍の上に成り立っているはずだもの。……どうかしているわ。そんな時に毎晩の如く饗宴に浸れる特権層も。その特権層に位置している自分の境遇も……吐き気がする」
「ミュイぃぃ……よくわからないけれど、たいへんそう……」
「大変とか……! そんな領域じゃないわ! 人が死んでいるのよ!」
いきり立って反発した自分の威勢に、ファムは目に涙を浮かべて委縮する。
しまった、と思ったその時には、ファムは泣き出してしまっていた。
「ああ、ごめんなさい、ファム。そんなつもりはなかったの。あなたを怖がらせるようなつもりは……」
「お嬢様。どうなさいました?」
「大丈夫、シンディ。ちょっと私のほうが取り乱しちゃっただけだから。ファムの面倒は私に見させて頂戴」
ハンカチでファムの涙を拭う。そればかりではなく、頬に付いた菓子の食べかすも一緒に拭ってやっていたが、ファムは何度もしゃくり上げる。
「ファム、いやぁーっ! しんじゃうの、とってもいやーっ!」
「そうね、ファム。死んじゃうのは……嫌ね。でも、私達みたいなのが無関心を気取れるほど、世界は出来ちゃいないのよ。……ほら、綺麗になった。これで少しは落ち着いた?」
「……ミュイ……キルシーも、しんじゃうの?」
上目遣いの問いかけに一瞬ドキリとするものを感じつつも、キルシーは視線を逸らして腕を組んで応じる。
「ば、馬鹿仰い……。私は死なないし、ファムも死なない。だって、せっかくお友達になれたんだもの。長い時間をかけて、お互いを理解していきましょう。時間だけは、本当に遠大にあるからね」
「ミュイぃぃ……それなら、よかった」
「……そうよ。死ぬとかそんな話がしたかったわけじゃ……。そういえば、ファム。私みたいな人を知っているって言っていたけれど、それって貴族の人?」
「ミュイ? ファムのしっているひとは、ちょっとこわいひとだよ?」
「怖い人、ねぇ……何だか暗に貶められているような気がしないでもないけれど。私に似ているって、顔とか?」
「……よくわかんない。でも、キルシーにそっくり」
「……それも分かんないなぁ。私みたいなのそうそう居ないと思うんだけれど……。リベラル気取ろうにも今の情勢じゃあね。女はお飾りって言うのが大半だし、それに軍警察の眼もあるから、簡単にはいかないわよ。ほとんどのレジスタンス組織も、軍警察の前じゃ形無しでしょ」
ガヴィリアから聞き出した話の限りでは、トライアウトの前ではちょっとした反抗勢力はほぼほぼ鎮圧済みらしい。
聞かなくっても話してくるのは相変わらず「恥知らず」としか言いようがないが。
「……ミュイ。キルシーはむずかしいこと、しってるね」
「そう? まぁ、貴族身分でこういう世界情勢がどうこうだとか言い出すのって珍しいか。ファムは、クランスコール家のご令嬢なんでしょう? お兄様から何か話を聞かないの?」
「にいさま? にいさまはなにもいわないよ?」
「……ま、それも当然か。万華鏡、ジオ・クランスコールだもんねぇ。王族親衛隊の所属って聞いてはいるけれど、その実態はまるで不明。どこから調べようとしても、埃も付いていやしない」
「……でもにいさま、なんにもわかってくれないの。ファムのこと、いちどもみてくれない……」
「兄妹仲、悪いの?」
「なかは……わるくない……。でも、ファムがおねがいすると、それはできないっていうの」
「ふぅーん。ファムはどんなお願いをするの?」
「あのね……! おうたがうたいたいの!」
「お、お歌ぁ? 何を言うかと思えば……」
想定外の言葉に面食らっていると、ファムはテーブルを叩いてリズムを取る。
「ファムのおうた、きれいだっていってくれたひとたちがいたの。だから、おうたをうたってあげるの!」
ファムの紡いでみせた音階はどれもこれもバラバラだが、多言語が混ざり合っているように思われた。
その乱雑な連なりが、どうしてなのだか胸に染み入る。
まるで、鎮魂歌のように、誰かの命を、魂を慰撫するために紡がれてきたような歌声であった。
「……素敵ね、ファムの歌」
「キルシーもうたおう! いっしょにおうた!」
「う、歌はちょっと……。私、そんなに得意じゃないから」
「でも、いっしょにおうたうたうと、もっとすきーになれるよ?」
「そ、そう? なら、歌ってみてもいいかしら。……でも、ファムみたいに上手くないわよ」
ファムは邸宅から見下ろせる景色に向けて歌声を紡ぎ始める。
多音階で、聴く人間によっては雑多とも取れる歌であったが、心を揺り動かすものであったのだけは本物であろう。
その声に乗せて、自分も大して上手くもない歌を歌ってみせる。
誰かに誇るでもない歌――だが、それはこれまで、世界平和を謳うよりも、何かに遺恨を抱くよりも、自分の気持ちに素直になれたような気がしていた。
「……お茶会なのに、すっかりお茶が冷めちゃったわね」
冷めた紅茶に口を付ける。
しかし、悪い味ではなかった。