機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第11話「慰めの歌」

 しかし任務はこなさなければいけない。

 

 クラードはコックピットに戻って暗号通信を繋ぐ。

 

「こちらクラード。《レヴォル》を受領した。エンデュランス・フラクタル、応答せよ」

 

『あ……はい! こちらエンデュランス・フラクタルです!』

 

 思わぬ明朗快活な声にクラードは訝しげに尋ねる。

 

「……誰」

 

『その……委任担当官になりました、新人のカトリナ・シンジョウと申します。えっとー……《レヴォル》のパイロットさん?』

 

「ライドマトリクサーだよ。君の名前は……ああ、そうだった。もう“取り繕い”は要らないんだった。……半年でとんだ癖だな、修正する。まぁどっちでもいいけれど。《レヴォル》がこっちに来たって言う事は、レヴォルインターセプトが目覚めたんでしょ? じゃあ、俺もそっちに合流するために出来る限りの事はする。ミラーヘッドジェルも入っているし、推進剤もそれなりにある。こちらから合流をするんなら――」

 

『ああ、その心配は要りません。こちらでの新造艦であるベアトリーチェ号がランデブーポイントを示しますので、《レヴォル》は最小限の推力だけでこちらと相対してくれれば……』

 

「了解。じゃあそのランデブーポイントとかとさっさと示して。時間がないんでしょ」

 

『あっ、ですよね……。ちょっと待ってください。情報の整理が追いつかなくって……』

 

「よく分かんないんだけれど、サルトル居ないの? 話分かる人なら別の人でもいいけれど」

 

『わ、私じゃ駄目だって言いたいんですか……!』

 

「駄目って言うか、機密情報のやり取りするのに何だか不便だ。やり辛い。それだけ」

 

『……それが駄目って言っているって事になるって言う……』

 

「何か言った?」

 

『い、いえっ……何でも……。そ、それでですね、御社……じゃない、弊社の状況としては……』

 

「ねぇ、どうでもいいんだけれどさ。アルベルトに本当の事言ったの、あんた達?」

 

『へ、へっ? ……アルベルトって……ああ、さっきの方ですか? ……本当の事と言いますか、《レヴォル》が一応、最重要機密レベルなので……』

 

「話したんだ」

 

『……うっ、は、はい……。駄目でしたか?』

 

「こじれるだけだ。駄目とか云々じゃなくって。……まぁいいや、関係ない。ここから俺はランデブーポイントまで一直線でいいの?」

 

『あ、はい……そうすれば最短ルートでの合流になるかと思います。《レヴォル》とベアトリーチェ、どっちにしてみても有益で無理のないルートかと』

 

「じゃあそうする。《レヴォル》のステータスはそっちにもモニターされてるんでしょ。じゃあ、俺がどう行動しても必然になるはずだし」

 

『いえ、そのー……それはいいんですけれど、いいんですか?』

 

「何が? 質問の体を成していないよ」

 

『いえ、その……さっきの方、アルベルトさん? と、何か言わないで』

 

「何で何か言う必要があるの」

 

『そ、それはー……、又聞きみたいで嫌なんですけれど、半年間も同じグループに居たって言うし……何かあるのかなって……』

 

「ないよ。何もない」

 

 断定の論調に通話先の相手は戸惑ったようであった。

 

『……そう、なんですね……。何もない、か……。でもそれって、悲しくないですか?』

 

「悲しい? 何で」

 

《レヴォル》のインジケーターを調節しつつ、クラードは尋ね返す。

 

『悲しいって言うか、だってアルベルトさん、クラードさんが気を失っている時に、すごい剣幕で……あ、通信だけなんでどんな顔なのかは分からないんですけれどでも、すごく心配されていたので……。潜入先だけの関係じゃないのかなって……』

 

「……あんた、アルベルトと話したの?」

 

『あ、はい……。ちょっとだけですけれど……』

 

「じゃあ分かるでしょ。別に何でもないって事くらい。アルベルトが俺を心配したからって、俺もアルベルトを心配しろって? そんなの、義理でもないし義務でもない」

 

『そ、そんな言い方ってないんじゃ……!』

 

「《レヴォル》の推進系は問題なし。ミラーヘッドに関してもジェルの消費はない。武装の承認も完了。君……じゃない。あんた、もういいよ。ランデブーするまで話しかけないで」

 

『いえ、その……委任担当官なので……話しかけないわけには……』

 

「話しかけないでって、今一秒前に言ったよね? 委任担当官はエージェントの移行には従うはずなんじゃ?」

 

『それはー、その……。私、新入りなので……』

 

「じゃあ余計な事を言わないでいい。ベアトリーチェの出港時間を合わせてくれれば、自力でデザイアから離脱する」

 

『……その、本当にいいんですか? だってそこ、軍警察に狙われてるんじゃ……』

 

「だからさっさとそっちに合流する。損耗は避けたい」

 

『いえ、そうじゃなくって……! アルベルトさんとか、色んな方が居らっしゃるんですよね? じゃあその、危ないんじゃないんですか』

 

 クラードはその時になってようやく眉を跳ねさせる。

 

「……俺にアルベルト達を守れって?」

 

『そこまでは……いえ、言ってますよね……はい。言ってます……』

 

「さっきも言ったけれど義理も義務もない」

 

『で、でもアルベルトさんはとても……クラードさんの事を心配していて、そこまで思わせる仲だって言うんなら、見殺しみたいな真似……』

 

「見殺し? 俺のミッションはもう完遂した。その場所がどれだけ酷い目に遭おうと、もうそこまでは関知しない。アルベルトもここにこだわっている。あんたもそうだ。何で俺に、助けるだとかそうじゃないとか期待する? 俺と《レヴォル》はそんなためにあるんじゃない」

 

『で、でも……一回くらい助けたって……バチは当たらないと、思うんですけれど』

 

 クラードは嘆息をついて通話先に言い返す。

 

「その一回が面倒ごとになるって言ってるんだ。軍警察の手も迫っている。こんな状況で余分な事をしている暇は全然ない。トライアウトに何回も見せるほど、《レヴォル》も俺も安くないんだ。《レヴォル》が俺の下に来た時点で、既に作戦完了だと言ってもいい。何よりもミラーヘッドオーダーが降りて、もう第四種殲滅戦に入っている。この状態から《エクエス》の統率された部隊に立ち向かうのは面倒だ」

 

『そのMSもミラーヘッドが入っているじゃないですか。なら、立ち向かえるんじゃ……』

 

「……あのさ、さっきから何度もズケズケ言ってくるけれど、いいの? 委任担当官って言ったって、その言動は常にモニターされているはずだけれど? 今までの発言全部、上に通すとあんた多分クビだよ」

 

 さすがにクビをちらつかせれば収まるだろうと思っていたクラードは、直後のカトリナの発言に手を止めていた。

 

『で、でも私……この仕事に誇りを持っているので。その上のクビなら、別にいいです。本当に大事なのって、ここでアルベルトさん達を見捨てて、こっちに合流しちゃう事が正しくないとかそういう事なんじゃないんですか?』

 

「……本当に大事な事? 俺と《レヴォル》がそっちに合流するよりも?」

 

《レヴォル》のOS設定画面で止めていたクラードの問いかけに通話先はうろたえつつも答えを搾り出していた。

 

『そ、その……はい。そうなんじゃ、ないんですか……?』

 

「……俺と《レヴォル》よりも大事な事……」

 

 口中に繰り返していると、足元のセンサーが人間を認識してカメラがそちらへと拡大される。

 

「……ファム」

 

『えっ、誰って……?』

 

 クラードはコックピットハッチを開き、足元で手を振るファムを見つめ返していた。

 

 昇降機で降りた瞬間、ファムが抱き着いて来たので目を白黒させる。

 

「よかった! ファム、クラード、すきー!」

 

「待って、待ってって。何で……」

 

「クラード、たすけてくれたから、すきー!」

 

「助けた? 俺が?」

 

 そう言えば無我夢中でファムだけは死なせるまいと動いたか。その時の事を助けたと評されても、自分の意識ではほとんどなかったのだ。

 

「……俺は誰も助けちゃいない」

 

「でも、たすけてくれた。だからファム、クラード、しんじるよ」

 

「信じる? 信じるって、何を……。俺はエンデュランス・フラクタルのエージェントだ。殺せと言われれば殺すし、そいつを生かせと言われれば、他の何もかもを犠牲にしてでも生かす。それが俺の使命だからだ」

 

 だがファムは、こちらの理念を分かっていないのか、純粋無垢な紫色の瞳で小首を傾げる。

 

「でも、クラード、たすけてくれた。だからしんじたい」

 

「信じ、たい……? 信じても裏切られるかもしれないのに?」

 

「うん。しんじたい」

 

 ファムの言葉に迷いや他の余計な装飾はない。本心からそう思っているのだと知れたが、それでも自分にとって無条件な信用の対象にはならない。

 

「……ファム。こっちに来い」

 

「うん! なに?」

 

「その前に……俺の白衣着ておけ。酸性雨は普通の人間には毒だ」

 

 拘束服の上から白衣を着せて歩んでいくと、酸性雨の中で山積みにされた人間の遺体がうず高く存在していた。

 

 据えた臭いが立ち込める空間で誰しもが涙で頬を濡らしている。

 

「今日死ぬはずじゃなかったんだ……来週他のコロニーに行こうって」

 

「ママぁ……ママぁ……」

 

「何だって……何だって死んじまったんだ! こんな最底辺のコロニーで! 生きていただけなのに……ッ!」

 

 嘆きと怨嗟が渦巻く中で、クラードは瓦礫に腰を下ろして見守る。

 

「これが戦場なんだ。モビルスーツが跳梁跋扈すれば自然と人は死ぬし、ミラーヘッドの許可された第四種殲滅戦に、人間の死は換算されない。数えられるのはMSの撃墜数だけ。人間が何人、何百人死んだってそれは戦果じゃないんだ。だから第四種で人はどこまでも冷酷になれる。どうしたってこういう戦いばっかりを見る事になってしまうのに、俺を信じたっていい事なんて一個もない。……幸せは、手を伸ばせば消えていく蜃気楼みたいなものなんだ。だから、幸福は分配されない。不幸を引き寄せるのは簡単なのに、幸せになるのは無条件に難しい。……《レヴォル》なら、そんな世界の理不尽を変えられるかもしれない。だから俺はエンデュランス・フラクタルのエージェントとして戦い続けている……。いつかの理不尽な自分を、どうこうするために……」

 

 首から下げたドッグタグ。

 

 そこに記された名前は、もう読み取れない。

 

 だが、意味だけが残り続ける。

 

 絞りカスのような人格にも意味は――。

 

 そこでファムがどうしてなのだか、大粒の涙を浮かべているのを、クラードは目にしていた。

 

「……何で泣くんだ」

 

「だって……きのうファムのおうた、きれいっていってくれたひとたちもいるから……」

 

「分かんないな。二十四時間も行動を共にしていない、ただの他人だろう」

 

「でも……ファム、いやー! しんじゃう、とってもいやー!」

 

 まるで赤子のように泣くのだな、とクラードは他人事のように眺めていた。

 

 凱空龍の面子とは自分のほうが長い。

 

 たった半年とは言え、それでも名前を知っていた人間も居た。

 

 なのに、自分は泣けない。

 

 一粒だって涙は出ない。

 

 この状況が悲しいのは分かる。死は苦しいものなのは分かる。

 

 そして、死んでしまう不条理が耐え難いものなのも、分かっているはずなのだ。

 

 なのに、一滴の涙を流す事も出来ない自分は、ファムよりも下等だろう。

 

 きっと、何か大事なものを取りこぼしてしまったに違いない。

 

 だが、泣けば死者が蘇るのか。

 

 嘆けば、理不尽は減るのか。

 

「……そんなわけないだろう。どれだけ泣いてやったって、悲しんでやったって、死んだらそこまでだ。蘇りもしないし、報われる事もない。どれだけ身を尽くしたって、人間は案外、簡単に死んでしまうんだ。そして死んだらこの様さ。ゴミみたいに火で処理されて、生きていた頃の証明は存在しなくなる。だから、こんなもんなんだ。死んだらどうせ、人間だろうが何だろうが、こんなもんで――」

 

 そこまで口にしたところで、麗しい歌声が耳朶を打った。

 

 ファムの歌だ。

 

 たどたどしく、どこか色んな言語が歌詞に入り混じっている。きっと、彼女が昨夜、荒れくれ者達から教わった多言語が混ざり合った、意味のない言の葉なのだろう。

 

 ファムの歌は意味のない言葉の羅列。メロディもちぐはぐで、美しくは聞こえるが、それも意味合い自体は存在しない。

 

 だが、嘆いていた者達は、涙するしかなかった人々は、自ずとその歌を紡いでいた。

 

 意味なんてないはずの歌声を真似て、意味を持たせようとする歌が鳴り響く。

 

 それは魂を慰撫する鎮魂歌。

 

「……馬鹿だな。意味なんてないのに」

 

 ファムは歌う。

 

 覚えたての言葉を、覚えたての知識で。おぼつかない音程で。

 

 しかしそれに何を見たのか、言葉を操るはずの人々はその模倣歌が死者のための歌だと信じて歌い継ぐ。

 

 ――馬鹿らしい。歌なんてメロディの繋がりだ。そこに何を見るのかなんて、人間の身勝手だって言うのに。

 

 ファムの歌声に伸びが出てくる。

 

 彼女は瞳に涙を溜めて、知りもしない誰かのために歌っていた。

 

 名前も、経歴も、人生も。

 

 知らない誰かのために歌っていたのだ。

 

 そんな自己満足で、人の傷は癒える。

 

 何人かの住民がファムに頭を下げる。

 

 ありがとう、ありがとう、と。

 

 ファムは何も知らないんだぞ、と言いたくなってしまう。

 

 このコロニーの連中の事も、もちろん死んだ連中の事なんて。

 

 それでも、ありがとう、ありがとうと、人々はファムの歌に何かを見出して立ち去っていく。

 

 彼らは信じているのだ。

 

 鎮魂歌の意味を。

 

 ファムの歌が意味のない行間の羅列ではなく、きっちりと死した魂のためにあるのだと。

 

「……それでも、俺は涙の一滴も出ないな」

 

 自分は人でなしと言う奴なのだろう。

 

 エージェントとしてこのコロニーに潜入し、別段思い入れのない組織に入り、別段思い入れのない敵を撃ち、別段思い入れのない半年を送ってきた。

 

 それに意味はあるのかと問われればないのだろう。

 

 だって思い入れがないのなら、思い出なんてないのだから。

 

 そこに思い出を見るのだとすれば、それこそ偶像。

 

 それこそ虚飾。

 

 それこそ――虚ろだろう。

 

「俺には死人を弔う言葉は口から一個も出てこないよ」

 

 自身のドッグタグからそのままモールドの腕へと視野を移す。

 

《レヴォル》に乗るためだけの指標。自分という個人を指し示す紋様。

 

「でもアルベルトは、これに何かを見たんだろうな」

 

 死者の山に、あるいは自分の腕に走るただの紋様に。

 

 意味なんてない。だが、信じた。

 

「でも信じたってどうするって言うんだ。それは何かの意味に繋がるのか?」

 

 

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