機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第117話「想い、消え行くままに」

 

「しかし、クラード。この調整で本当にいいのか? これじゃ浮足立つぞ……」

 

 コックピット脇で今も電算作業を執り行っているサルトルの小言にクラードは静謐のまま応じていた。

 

「ああ、構わない。どっちにしたって、相手はあのレミアだ。俺達相手に温情を与えて来るとも思えない」

 

「それはそうだがな。ベアトリーチェの段階加速だって限界があるんだ。戦闘宙域で顔を突き合わせて、新型艦に勝てるかと言えば……」

 

「勝てる勝てないじゃない。勝ってみせるんだ」

 

「……お前、変わったな。前まではフロイト艦長やバーミットが言うのは所詮、半年の隔たりだと思っていたが、今のお前は違うよ。任せるに足る何かを持っている」

 

「……そうか? 俺は……変わったのだろうか?」

 

 その問いかけに応えてくれるレヴォルの意志は、この機体には搭載されていない。

 

 テスト機である《疑似封式レヴォル》にはレヴォル・インターセプト・リーディングの加護はない。

 

 静寂のままのコックピット内部は手狭だが、今は宇宙のどんな場所よりも茫漠としているように思われた。

 

 どこまで戦えばいいのか。

 

 どこまで力を振るえばいいのか。

 

 その答えをくれた《レヴォル》は、今この場所には居ない。

 

 ならば、あの時。

 

 月軌道決戦でどうして《レヴォル》が自分を生かしたのか、その問いには応じるべきだ。

 

「……俺は自分が生きた理由を知りたい。《レヴォル》がどうして……《ラクリモサ》との戦いの最中に俺を生かそうとしたのかを、どうしても探求しなくてはいけない。あの状況ならばライドマトリクサーの排除は二の次だったはずだ。なのに、何故……」

 

「お前なぁ……そんな事も分からんのか。《レヴォル》はきっと――」

 

 激震が見舞い、サルトルがよろめいていた。

 

 クラードはコックピットから格納デッキの天井を仰ぐ。

 

「……来たみたいだな」

 

「おいでなすったか! ……作戦行動に移るぞ! クラード、《疑似封式レヴォル》の現状のシステムサーキットを走らせておく。これも……カトリナ女史の要望だって言うんならな」

 

「ああ、頼む。アイリウム認証。今だけは、俺に力を貸せ……《疑似封式レヴォル》」

 

 サルトルが構築してみせたのは仮設のアイリウムだ。

 

 それでも、カトリナの提唱した作戦通りに動くのならば必須の代物。

 

 水色の脈動を浮かび上がらせたアイリウムの機械音声に従い、クラードは両腕を静かに開いていた。

 

『アイリウム認証開始。専任ユーザー名を入力してください』

 

「エージェント、クラード。操るのは、クラードだ」

 

『ユーザー認証確認。コミュニケートサーキットに登録します。クロックワークス社の規定に従い、第十六条を発布。ミラーヘッドオーダーの取得開始』

 

『クラード! 敵勢が来るぞ! 初期認証は後回しにしておけ!』

 

「了解。認証の七段階目までをスキップ。マニュアルで操作する」

 

『了承。ミラーヘッドオーダーの受諾を確認いたしました。オーダーは四十八時間有効です』

 

「……まさか俺が、クロックワークス社の配布するパブリックオーダーを使う事になるとはな」

 

 だがここまでは予定通り。

 

 敵に組み込まれているであろう軍勢を予測し、こちらでミラーヘッドオーダーを取得しておくのは作戦の第一段階だ。

 

『《疑似封式レヴォル》を左舷カタパルトへ! このまま出撃姿勢に入らせる!』

 

 整備班の声が今も耳朶を叩く中で、クラードは両腕を可変させ、《疑似封式レヴォル》と同期する。

 

 脳髄に焼き付く電子の刃――その切っ先を感じつつ、奥歯をぐっと噛み締める。

 

『出撃位置へ。《疑似封式レヴォル》、発進どうぞ』

 

「……《レヴォル疑似封式第六形態》、エージェント、クラード。迎撃宙域へ先行する!」

 

 リニアボルテージの青い電流を波打たせ、《疑似封式レヴォル》は発艦を果たしていた。

 

「既に敵は戦闘配置についていると思うべきなのだろうな。ならば、まずは……初撃を制する! ビームガトリングガン、装填!」

 

《疑似封式レヴォル》にビームガトリングガンを構えさせ、照準器の向こう側に佇む敵母艦たる新造艦へと視線を走らせる。

 

 ブリギットより放たれたのは円弧を描く機動を誇る三機の《ネクロレヴォル》であった。

 

 それぞれに前衛を務める機体の加速度を担い、ミラーヘッドの段階加速に移っている。

 

「……前を行く機体の推力を得て、最小限度のミラーヘッドジェル消費で戦う。なるほど、レミアらしい、無駄を嫌う戦法だ」

 

 会敵距離に入る前にクラードは広域のオープン通信をブリギットに向けて放っていた。

 

 それを相手が受諾するかは賭けであったが、敵はこちらの回線要求を呑む。

 

「……達す。こちらエンデュランス・フラクタル、ベアトリーチェである。そのほうの艦長と話したい」

 

『……今さら何を話すって言うの、クラード』

 

 応じてくれた、とクラードは言葉を継ぐ。

 

「……生きていたんだな、レミア」

 

『死んでいたほうが都合もよかったでしょう。あなたにとっても私にとっても』

 

「どうかな。俺は無用な戦いをしたくはない。要求は二つだ。《オリジナルレヴォル》の引き渡しと、そしてそちらの艦を指揮する、レミア・フロイトの奪取である」

 

 通信先がざわめいたのを感じ取ったが、レミアは冷徹な論調を崩す事はない。

 

『……ふざけるような人間じゃなかったと思っていたけれど。私の知っているエージェント、クラードは』

 

「ああ、ふざけてなんていない。お前が必要だ、レミア」

 

『……何よ、そんな事を言ったって、私がなびくとでも?』

 

「だが話を聞いてくれている。それだけは確かだろう」

 

『レジスタンスの内部戦力を図る必要があります。我々は軍警察、トライアウトネメシス。あなた達のような反抗勢力を統制するために存在している』

 

「それは俺のよく知るレミア・フロイトの言葉とは思えない。……戻ってきて欲しい」

 

『では戻れば、あなた達は抵抗をやめるの? 違うでしょう。あなた達は無益な争いをやめる事はない。そんな相手との交渉は端から意味なんてない』

 

「レミア。俺に撃たせる気か」

 

『それも意見の相違でしょう。あなたが撃たれるのよ、クラード。他でもない、私の手で』

 

 通信が途切れる。

 

 どうやらお喋りはここまで、というつもりらしい。

 

「……レミア。それでも俺の通す叛逆に、お前が必要なのは事実だ。その障害となるのならば……お前とて、敵だ」

 

《ネクロレヴォル》隊へとビームガトリングガンを掃射するも、敵は一斉にばらけていた。

 

 その後方より、隊長機《レグルス》に率いられた編隊が出現する。

 

「……《ネクロレヴォル》でさえも、こちらの意識への陽動か。本命は恐らく、《レグルス》部隊。《ネクロレヴォル》に関しては、しかし、たったの三機。相手取っている時間は――ない!」

 

《レグルス》へと接敵しようとした《疑似封式レヴォル》の行く手をしかし、《ネクロレヴォル》が引き受ける。

 

「……邪魔立てをする気か」

 

『それはこちらの台詞と言うもの。前回は奇襲であった。だが今回は違うな、《レヴォルテストタイプ》。汚名をそそがせてもらおう』

 

 ビームサーベルを引き抜いた敵をクラードは浴びせ蹴りで距離を取ろうとして、その脚部を握り込まれていた。

 

 驚愕に目を見開く前に、《ネクロレヴォル》の膂力で機体を振り回される。

 

『雷撃作戦を取らなければ、テストタイプなど……! 恐るるに足らず!』

 

 宙域へと吹き飛ばされたクラードは機体制御を立て直そうとして、直上からのビームライフルの光条に銃器を盾にしていた。

 

 至近距離で爆ぜたビームガトリングガンの砲身が《疑似封式レヴォル》を照らし出す。

 

 上を取っていた《ネクロレヴォル》が跳ね上がり、そのまま中距離を維持しながら光芒を見舞っていた。

 

「……近づかずにじりじりと……」

 

 だが、相手も消耗戦に打って出るつもりはないらしい。

 

 ベアトリーチェへと《レグルス》部隊が接近しつつあるのを、クラードは察知し、奥歯を噛み締めていた。

 

「……持ってくれよ。ミラーヘッド、起動」

 

『承認。ミラーヘッドシステムを受諾します』

 

《疑似封式レヴォル》の放った蒼い残像の両翼が《レグルス》の行く手を阻む。

 

『撃て! 撃てーっ! 敵は所詮単騎戦力だ! ベアトリーチェはあのガンダムに全ての戦力を注ぐだけの、情けない艦! 相手を損耗させれば勝てる!』

 

 隊長機《レグルス》の指揮でミラーヘッドの分身体が一つ、また一つと消滅していくが、それでも次、次、と手を講じていく。

 

「ミラーヘッドを……消し飛ばさせない……! 消えるのはお前達だ……!」

 

 ヒートマチェットを携えた本体に同期し、全てのミラーヘッドの分身体が近接戦闘に打って出る。

 

《レグルス》はしかし、高機動を誇ってそれらを掻い潜り、ビームライフルによる各個撃破を講じていた。

 

『雑魚だな。如何にガンダムとは言え、最早堕ちるところまで堕ちたか。俺達にやられろ――ッ! ガンダム!』

 

「誰が!」

 

 相手の抜刀速度に合わせて切り結ぶも、敵のパワーゲインに押し負かされ、《疑似封式レヴォル》本体が軋む。

 

「……レミアを、返してもらうぞ……!」

 

『フロイト艦長はトライアウトネメシスの士官だ! お前らみたいなのとは違うんだよ! ガンダムとかさァー!』

 

 隊長機《レグルス》が熾烈な機動性でこちらの斬撃を回避し、背後から斬りつけてくる。

 

 分身体を盾にしてそれらを防御するも、ミラーヘッドに際しての思考拡張に支障が生じていた。

 

 いくつもの自我を手繰っている脳内が今にもスパークしそうなほどだ。

 

 それでも、蒼白い分身体を引き寄せ、《ネクロレヴォル》の進行方向を遮り、敵陣を押し留める。

 

「……ここから先には、行かせはしない……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やはり、あなたはそうなのね。カトリナ・シンジョウさん。あなたでは私には勝てない」

 

 艦長席の肘掛けを強く握り締め、レミアはそう呟いていた。

 

「《レグルス》第一小隊はしかし、依然として《レヴォルテストタイプ》に阻まれたままです! 艦長の読み通り、敵は単騎戦力に重点している様子で」

 

「ええ、そうでしょう。ベアトリーチェはそうとしか出来ないもの。あの艦艇の本懐は《レヴォル》を先行させての情報集積艦。データを取るためだけの艦では、ブリギットに遠く及ばない。それに、ミラーヘッドオーダーを関知した、との報告があったわね?」

 

「はい。これも予見されていた通り、受諾されたミラーヘッドは一件のみです」

 

「カトリナ・シンジョウさん。あなたには出来ない。クラードの乗るテストタイプの機体を盾にして、自分は安全圏から高みの見物? それじゃ、私には一生届かないわ」

 

「《ネクロレヴォル》、今に敵のミラーヘッドの盾を破ります。《レグルス》第一小隊も同じく」

 

「クラードに頼りっ放し……。そんな戦法しか取れないんじゃ、あなたはいつまでも同じところをぐるぐる回るだけ。……教えてあげればよかったわね。戦術とはこうするのだと。《レグルス》にいつまでもテストタイプの相手をさせるのも、惜しいわ。第二小隊を出しなさい。長距離狙撃砲によるベアトリーチェの轟沈、それでクラードも少しは目が醒めるでしょう。付くべきは、彼女の側ではなかったのだという事を」

 

「《エクエス》第二小隊、ブリギットより発艦。長距離狙撃砲で敵艦を狙い撃て」

 

「今のベアトリーチェはまるで素人の動き。艦砲射撃くらいは張っておくべきだろうけれど、この三年間、弾薬を無駄にし続けたあなた達では、万全なトライアウトネメシスの戦法には絶対に通用しない」

 

 それもこれも、自分の過去を清算するため。

 

 狙撃部隊が隊列を組んでベアトリーチェへと肉薄する。

 

 ダイキの擁する《レグルス》がクラードのミラーヘッドを通過し、ベアトリーチェへと銃口を据えていた。

 

「一斉掃射。放て」

 

 その言葉で四方八方からベアトリーチェへと火線が舞う。

 

 瞬く間に火だるまに包まれたかつての自分の居場所を、レミアは望郷の眼差しで見送っていた。

 

「さよならね。私の忌まわしい過去の……」

 

 はなむけの言葉でも捧げようか、と思ったその瞬間である。

 

「いえ、これは……待ってください! 高熱源関知!」

 

 その言葉が迸った時には、ブリギットの張り出したカタパルトへと光条が見舞われている。

 

 紅蓮の炎に包まれていく艦の鼻先をレミアは驚愕の面持ちで眺めていた。

 

「……何が……」

 

「続いて本艦に直撃の火線! 狙われています!」

 

 馬鹿な、と声にする前に、艦の脚を狙っての精密射撃が四方八方から咲き、ブリギットが急速に動きを鈍らせていく。

 

「……な、何が……? 敵影は捉えられていないのに……」

 

 レミアはその言葉を皆まで聞かずに、閃いたものを感じて声を張っていた。

 

「いえ、待って! 熱源光学センサーに切り替えてちょうだい!」

 

 困惑顔の砲雷長に対し、バーミットが取り付いて熱源光学センサーで捉えた周辺宙域のデータを集積する。

 

「……やられましたね。まさか、こんな事が……」

 

 絶句したのはバーミットだけではない。

 

 管制室に居る全員が、ブリッジを包囲する敵の熱源に当惑していた。

 

「……視えない……敵?」

 

「いえ、想定するべきであったわ。クラードは報告していた。マグナマトリクス社の技術には光学迷彩がある、と。一時的とは言え、その艦に降った時があるクラードなら、光学迷彩技術の転用くらいはわけなかった。……でも、まさかじゃあ……ベアトリーチェとクラードの操る《レヴォルテストタイプ》は……囮?」

 

 ロックオンの警告がけたたましく響き渡る管制室で、レミアは苦々しいものを感じ取っていた。

 

 

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