機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第118話「戦略を討て」

 

「――《疑似封式レヴォル》とベアトリーチェを、囮にする、ですか……?」

 

 カトリナはクラードの提言した作戦に対し、懐疑的であった。

 

 それはこれまで自分達の第二の故郷であったベアトリーチェを捨てろと言っているのだ。

 

 承服出来ないのはアルベルト達も同じである。

 

「ま、待てよ! クラード……! そんな事すれば、ベアトリーチェに残された人間は……」

 

「エンデュランス・フラクタル本社より人数分の《オムニブス》を用意してある。それと、サルトル。俺の提供した技術は、既に転用済みだな?」

 

「ああ。しかしこいつは、相当に燃費が悪いぞ? これを《疑似封式レヴォル》に貼るんじゃなく、《マギア》と《オムニブス》に貼るのでいいのか? もったいないんじゃないか?」

 

「いや、そのほうがいい。レミアは俺が先行すれば必ず俺相手に戦術を叩き込んでくる。俺が諦めればベアトリーチェのクルー全員が諦めるしかないのだと知っているからだ。その穴を突く」

 

「……でも、上手くいくとも限らないんじゃ? だって、クラードさんが、突破されたら……」

 

「俺が突破されれば終わり。そういう風に立ち回ればいい。《疑似封式レヴォル》には、ミラーヘッドが搭載されていない。パブリックのオーダーを取得する必要があるだろう。今回の場合、レミアはわざとそれを空けている可能性が高い」

 

「そいつは……理由があって、なのか?」

 

「ああ。レミアは不確定要素を潰したいはずだ。俺がテストタイプで抗っていると知れば、まずそのミラーヘッドの令状が通ったかどうかを確認したいと思うだろう。もし、何の令状も通っていなければ、《疑似封式レヴォル》にもオリジナルと同じくレヴォル・インターセプト・リーディングが入っているのだと予測し、別の作戦を使ってくる。相手の作戦を一つに絞るのには、レミアがよく知るベアトリーチェの戦法を取ればいい」

 

「確かに……。フロイト艦長はこの艦の事を誰よりも熟知している。……わたし達では及びもつかない事でさえもね」

 

 ヴィルヘルムは作戦概要書に目を通しつつ、電子煙草をくゆらせる。

 

「で、でも……私だって、三年間、この艦を率いて来たんですよ?」

 

「あんたとレミアじゃ駄目だ。歴が違う。正面切って勝てるとは思わないほうがいい」

 

 断言したクラードの論調にカトリナは、少しばかり唇を尖らせる。

 

「……そこまで言い切らなくってもぉ……」

 

「今はへそを曲げている場合じゃないだろうさ。クラードはフロイト艦長の事はよく知っている。なら、あの人がやるであろう作戦がおれ達を確実に殺し切るものである以上、その策を上回るのが前提だろうしな」

 

「殺し切るって……その、話し合いは、出来ないんでしょうか?」

 

「まず無理だと思ったほうがいい。一応、広域通信で呼びかけてはみるが、それはきっと、レミアの迷いを振り切るだけだろう。何よりも自分の過去相手に、レミアは容赦がない。ベアトリーチェは捨て石として使うべきだろうな」

 

「だが、クラード。もし相手が熱源光学センサーで察知していればどうなる? 早々に作戦が瓦解する事になるが……」

 

 アルベルトの問いにクラードは《マギアハーモニクス》に向き直っていた。

 

「……この機体にはレヴォル・インターセプト・リーディングのデッドコピーが入っていると聞いた。ならばもし察知されても数分間のコード、マヌエルの使用が可能なはずだ。敵が最初から光学迷彩を確認していたとしても、俺とアルベルトの《マギアハーモニクス》で相手を挟撃。その間に他の機体で戦艦を押さえる」

 

「……質問、いい? それってクラードさんが《ネクロレヴォル》隊や相手の先行部隊を抑え切った、と言う前提よね? そうならなかった場合は?」

 

 ユキノの疑問ももっともであったが、クラードは短く応じるのみであった。

 

「俺が敵の第一部隊は必ず抑止する。その時間は確保する前提で話を進めて欲しい」

 

 まさか、そのような事を言い出すとは思ってもみなかった全員がクラードへと驚愕の眼差しを向けていた。

 

「……何だ。文句があるのなら早く言え。作戦開始まで時間がない」

 

「いえ、そのぉー……クラードさん、誰かを頼るんですね……」

 

「俺一人ではレミアの作戦を崩す事は到底出来ないだろうからな。ベアトリーチェ一隻は百パーセント犠牲になるだろう。それに関しては何か言える事もないが」

 

「……いや、その作戦で行こう。クラード、お前はオレらの事を一端に考えてくれている。トライアウトネメシスにどっちにしろ勝って《レヴォル》を取り戻すのには、手痛い犠牲の一つや二つは必要になるだろうぜ。オレはクラードの作戦に乗った」

 

「俺の作戦じゃない。これを実行するか決めるのは、今の艦長であるあんただ。カトリナ・シンジョウ」

 

「……私……?」

 

「俺は途中から合流したに過ぎない。だから最終判断はあんたに投げる。俺の作戦が信用出来なければ、他の作戦案を採用してくれていい」

 

 艦内クルーの眼差しが自分へと注がれる。

 

 これまで幾度も、尊い犠牲を払ってきた自分が、このどん詰まりでの判断を下さなければいけない。

 

 それはエンデュランス・フラクタルとして、何よりもカトリナ・シンジョウとしてのこの三年間の信頼を問うものとなるはずだ。

 

「……私は正直なところ、ベアトリーチェを捨てたくはない。……でもそれ以外に、レミア艦長を取り戻して、《レヴォル》も奪還する術が思い浮かばない。……皆さん、ごめんなさい。私の我儘で、ベアトリーチェを……残された帰る場所を、捨てる事になってしまう……」

 

 頭を下げた自分に対し、どのような罵倒も覚悟しているつもりであったが、そのような言葉は投げられなかった。

 

「……じゃあまぁ、いそいそと作戦の準備をしますか」

 

「そうっすね。《マギアハーモニクス》の推進力、どんくらい落ちます?」

 

「ミラーヘッドも使えんしな。相手へと肉薄するまでは静かに行くしかないだろう」

 

「えっ……あれ……? ……皆さん、私を……どうとも思わないんですか?」

 

 戸惑う自分を他所にクラードは呆れた様子で口にする。

 

「……あんたの決定なら、それに従うのが俺達だ。委任担当官なんだろう。なら、一度通した我儘は最後まで通せ。それが責任だ」

 

「まぁ、どうせ私達は戦うしか道はないですし。だったら生存確率の高いほうに流れるのは自然なので」

 

 ユキノの言葉通りに、他のクルー達からも文句は出ない。

 

 何だかそれはそれで拍子抜けで、カトリナは困惑してしまう。

 

「いえ、でもですよ? ……これ、成功しないかも……」

 

「あんた、これまでそんな気持ちで、レジスタンス活動していたわけじゃないだろう」

 

 クラードの言葉にカトリナはハッとする。

 

 彼の赤い瞳は迷いのない覚悟を浮かべていた。

 

「そうだと規定したのならば、そう断じて戦え。それが俺達に出来る唯一の、運命への叛逆だ」

 

 それはこの三年間、孤独に戦ってきたクラードの全てが集約されているようでカトリナは胸が熱くなったのを感じていた。

 

「それに、カトリナさんだけが決めるんじゃないですし。オレらの総意です。……このベアトリーチェとも……長かったなぁ……。まともに別れの言葉を投げてやる時間もねぇですけれど……それでも。――あばよ、ベアトリーチェ。オレ達の第二の故郷……」

 

 そうだ。アルベルト達からしてみれば二度も故郷を奪う事になってしまう。

 

 だがその事実に際してナーバスになっている余裕はなさそうであった。

 

 ユキノはもう《マギア》のコックピットに入って最終点検に移っており、アルベルトはサルトルから説明を受けている。

 

 整備班は各々の仕事へと戻っていた。

 

 その中で、《疑似封式レヴォル》へと踵を返そうとしたクラードの背を、カトリナは呼び止める。

 

「待って……っ! クラードさんっ!」

 

「……何。作戦まで時間がない。相手もこっちの航路くらいは想定している。ミラーヘッドの段階加速を終了させるのと同時に戦闘に入ると思ったほうがいい。レミアは強敵だ。待ってはくれないだろう」

 

「……それでも……あの、その……っ、ありがとうございます……っ! ……私達に、まだ猶予をくれて……」

 

「言っておくけれど、これはあんたの作戦だ。俺はあくまで提案しただけ。作戦成功の如何は指揮官であるあんたにかかっている。《疑似封式レヴォル》で粘ったって、レミアは多分、すぐに限界なんだって見抜いて来るだろう。判断までの時間はあんた任せだ。俺はそれに従うよ」

 

「……それは……何でですか……?」

 

「……あんたは委任担当官なんだろう? 俺に命令するのは、あんたの職務のはずだ。エンデュランス・フラクタルに所属する以上は、委任担当官の言葉に準ずる」

 

「……何だか、ちょっとプレッシャーですね」

 

「レミアはそのプレッシャーを今まで何回も跳ね除けて来た。強敵だと思ったほうがいい。あんたと俺の戦術程度、すぐに読まれて敗北するほうが可能性も高い」

 

「そ、そこは勝てるって、言ってくださいよぉ……」

 

「確定事項じゃない。どれかが割れればお終いだ。俺は出来うる限り、最善を尽くす。その時に……ベアトリーチェを失うんだ。これから先の戦いの大局を見据えるのならば、少しばかり迂闊だと思ったほうがいい」

 

「……いえ、でも……私もこの三年間、この艦と一緒だったので。分かるって言うとちょっとおこがましいですけれど、ベアトリーチェとの航路はこの時のためだったんだ、って思うんです」

 

「……この時のため、か。そう言ってくれる人間が居て、この艦はまだ幸福なのだろう。俺は見極めなければいけない。レミアが、俺達を倒してでも自分を通すのか、それとも俺の一方的な奪還の策に乗ってくれるのか。……答えは二つに一つのはずだ」

 

 二つに一つ。

 

 他に選択肢などないように。

 

「……でも、もう一個くらい、あるんじゃないですか? 答え……」

 

「何があるって言うんだ。レミアは俺達を敵と断じれば容赦なんてしてくる人格じゃない」

 

「そうじゃなくって……。レミア艦長も、クラードさんも、私達も……みんなが幸せになれるような、そんな道が……」

 

「あんたの幸福論か。……こんなどん詰まりになってもなお、幸せになるって言うのは捨てないんだな」

 

「……正直言っちゃうと、前回の作戦の時にはほとんど捨ててました。自分の命一つで、みんなが助かるのなら、それでいいんだって。でも、駄目なんです。最後の最後で、……戦いの中でどうしても、胸の中にしこりのようにあるものが何かって言えば、その願い一つなんです。……私は、幸せになりたい。ううん、幸せになるんだ、って」

 

 クラードの事だ、これも切り捨てるかと思っていたが、彼からの侮蔑の言葉はなかった。

 

「……戦闘行動前だ。今はそれを後回しにしろ。俺は《疑似封式レヴォル》にパブリックのアイリウムを搭載しないといけない。サルトルには無理をさせるだろうからな」

 

 そう言って身を翻していくクラードの背中に、カトリナはそっと呟く。

 

「……でも前みたいに、馬鹿だとか、そんなものはないって、言わないでくれるんですね。クラードさんは……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『艦艇自体が囮だと! ……まさかそんな捨て身の策を取ってくるなんて!』

 

 ようやく《疑似封式レヴォル》の包囲網を突破した自分達は、相手の作戦にまんまと引っ掛かってしまったわけだ。

 

 ファイブは回線を開き、騎屍兵部隊に呼びかける。

 

『トゥエルヴ、イレブン! このままじゃ敗北する! 転回して敵を各個撃破して……』

 

『いや、もう遅い、ファイブ。我々はこのテストタイプに乗せられてしまっていた。今さら、撤退機動に移るだけの推力は残っていない。何よりも……執念深く追ってくるのだな、《レヴォルテストタイプ》……!』

 

『悪いが、お前らを通すわけにはいかない。このまま――撃滅する』

 

 断じた冷たい論調に、ファイブは神経が凍てついたのを感じていた。

 

 あの日々と同じ、どれほど無謀な戦局でも切り拓き、活路を見出す怜悧な呼び声――エージェント、クラードを、自分達は敵にしている。

 

 その怯えが僅かに伝わったのだろう。

 

 自身の《ネクロレヴォル》は、《疑似封式レヴォル》の放った旋風めいたミラーヘッドの瀑布を叩き込まれ、よろめいてしまう。

 

『こいつ……! 隙が分かるのか……ッ!』

 

《疑似封式レヴォル》の振るい上げたヒートマチェットの赤い残火が閃光として舞い上がり、直後にはビームライフルを両断されていた。

 

『しかし性能では……テストタイプでは《ネクロレヴォル》に遠く及ばないはず……!』

 

 蹴り上げた一撃で《疑似封式レヴォル》から距離を稼ぎ、身を翻そうとした自機の脚を、相手が掴む。

 

 宇宙の深淵を覗き込んだかのような、絶対零度の感覚が伝導していた。

 

『……逃がすか……』

 

 その声はあの日のまま――否、あの日より生き残りさらに苛烈となったクラードの声には諦めなどは存在しない。

 

 恩讐めいたその言葉に、自身の弱さを実感する。

 

 ここで逃すなと、手を伸ばすのは自分のほうだ。

 

 死に体のクラードなど、今ならば撃墜出来るはず。

 

 そう断じたファイブはビームサーベルを発振させ、機体を横ロールさせて太刀を叩き込む。

 

《疑似封式レヴォル》が姿勢を崩し、頭部を打ち損ねた残存粒子が空間を引き裂く。

 

『……外れた、いや、外した』

 

 覚悟が足りなかったのだ。

 

 相手の喉笛へと食い破り、血潮を啜る覚悟が。

 

 だが戦場ではその一滴の覚悟が明暗を分ける。

 

《疑似封式レヴォル》が《ネクロレヴォル》を蹴り上げて躍り上がり、直上を取った機体がヒートマチェットを電荷させ、そのまま打ち下ろす。

 

 返す刀のビームサーベルの閃光が眼前で弾ける最中、ミラーヘッドの両翼が迫っていた。

 

『……パブリックのミラーヘッド程度で、私を撃墜出来ると思ったか!』

 

 起動するレヴォルの意志。

 

 両脇に一つずつ、ミラーヘッドを盾としただけで相手の挟撃は霧散するも、本体は弾き合って既に至近距離からは離れている。

 

『迂闊だ。近づき過ぎだぞ、ファイブ』

 

 イレブンが牽制銃撃を見舞い、《疑似封式レヴォル》を引き剥がしにかかる。

 

『……ああ、すまない。少し死の臭気が濃いな。あれは……ベアトリーチェは……まだ、沈んでいない……?』

 

『敵艦が健在? ……まさかそのような事……』

 

 トゥエルヴの機体が上方へと周り、業火に包まれたベアトリーチェの損耗率を全体に共有させる。

 

『これは……自動操縦か。敵艦、このままブリギットへと突っ込むつもりだぞ!』

 

『そんな……まさか特攻だって言うのか!』

 

『囮として使った艦艇もそのまま攻撃へと転じさせる……。ちょっとやそっとの覚悟じゃ不可能な領域だぞ……』

 

 無論、《ネクロレヴォル》と《レグルス》の第一小隊はベアトリーチェ轟沈まで立ち向かうべきであったが、本艦が抑えられている状態で前のめりになったところで旨味はなし。

 

『……機体転回。敵陣営に頭を押さえられている旗艦の対処を。でなければ詰みです』

 

『そうだ、ファイブ。賢い判断が必要ならば、向かってくる火だるまの艦艇のトドメよりも、今は我々の保護目標の達成こそが……』

 

 だが、業火に包まれたベアトリーチェの、その決死の覚悟を形にしたような姿は、否が応でも視線を外せない。

 

『……トーマは、逃げてくれたのか……あるいは……』

 

 最悪の想定を振り払い、ファイブとしての自分を研ぎ澄まし、《ネクロレヴォル》は身を翻していた。

 

 既に《疑似封式レヴォル》も確認出来る宙域内には存在しない。

 

『《レグルス》第一小隊は何をして……。いや、言うまいか』

 

 自分達とて、《疑似封式レヴォル》相手に時間をかけ過ぎていた。

 

《マギア》がブリギットのメインブリッジを包囲し、何やら回線を開いているようであったが接触回線のようで割り込むのには時間がかかる。

 

『……どうなってるって言うんだ……この状況……ッ!』

 

 

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