機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第119話「たとえ弱くとも」

 

『達す。《疑似封式レヴォル》の回線を遠隔で中継している』

 

 響き渡った声は聞き間違えようもなく――。

 

「……クラード……。あなた、どうしてそこまで」

 

 絶句する自分に対し、ブリッジは喧騒に包まれていた。

 

「取り付かれたぞ! 《エクエス》で振り払え!」

 

「ミラーヘッド減殺ガスを噴射! ミラーヘッドを使わせるな!」

 

 転がっていく自体の中で、レミアは自分以外の何もかもの時間が遅れていくのを感じ取っていた。

 

 静謐の宇宙を伝導し、クラードの声が鼓膜を震わせる。

 

『……お前が必要だ。レミア。戻って来い』

 

「何を言っているの……。私の居場所なんて、もうないでしょうに。あなたは何でそこまでするの? もう運命に見離されて、何もかもから捨て置かれて……」

 

「艦長! ブリギットからロックオンが外れません! 今すぐにでも、《エクエス》を出撃させて迎撃を!」

 

「艦砲射撃で応戦! 敵を出来るだけ引き剥がすんだ! 艦長、ご判断を……!」

 

「艦長!」

 

「フロイト艦長!」

 

「……わた、しは……」

 

 あの月軌道決戦時と同じか、それよりもなお性質が悪い。

 

 自分の決断一つで人が大勢死ぬ。

 

 自分だけが死ぬのならばまだ救いがある。

 

 だと言うのに、この土壇場は。

 

 何も出来ないまま、命を摘まれる感覚は。

 

 艦長席に座りながら眩暈のようなものを覚える中で、クラードの呼びかけだけが明瞭であった。

 

『……レミア。俺の運命への叛逆にはお前が要る。だから取り戻す。《レヴォル》とお前が居なければいけない』

 

 ――ああ、今でも思い出す。

 

 自分のトリガーになってくれた、たった一人の少年。

 

 そんな彼の、切実な思いが宇宙の冷たさを超えて、こんな諦めの胸中に差し込む。

 

「……でも、私はあなたを捨てた……死んだも止む無しとして、あの時……助けようも思わなかったのよ……」

 

『だからどうだと言う。過去のお前はどうだったか知らない。俺が聞いているのは、今のお前だ』

 

「……今の、私……。今の私は……」

 

 瞬間、足元が不意に明瞭化する。

 

 今の自分はブリギットの艦長。

 

 この艦に生きる全員の生存を預かる義務がある。

 

 だがそれ以上に。

 

 何故、彼の言葉に心動かされつつあるのか。

 

 この三年間、冷え切っていた自分の鼓動を、今一度呼び起こすだけの――感傷が。

 

「……クラード。私にもう一度、救えるはずの命を取りこぼして、それであなたの下に行けと言うの……?」

 

『お前が判断しろ。自分の運命への叛逆は、自分自身で決定するしかない』

 

「……そんなの、狡いわよ……」

 

 トリガーのままで居てくれれば、まだ楽なのに。

 

 彼は自分へと問いかけている。

 

『引き金を引くのは自分自身だ。俺の知っているレミア・フロイトは』

 

「……引き金は自分自身、ね。あなたの言葉はいつだって……私を」

 

「艦長? 何を……」

 

 立ち上がり、こちらを照準する《マギアハーモニクス》へと視線を投げる。

 

「私にはもう……ブリギットを預かる資格はありません。艦内に伝令。トライアウトネメシス所属、ブリギットは敗北。このままでは皆の命もないでしょう。私の命を引き換えに、時間を稼ぎます」

 

「何を仰って……艦長?」

 

 もう、艦長席に座っているような資格は奪われていた。

 

 ホルスターに留めておいた拳銃を手に取り、安全装置を外してこめかみに当てる。

 

「……さようなら、クラード。私はあなたの下に戻るのには、たくさんのものを犠牲にしてきた」

 

『……レミア!』

 

 直後、銃声が劈く。

 

 こめかみに据えていたはずの拳銃を逸らしていたのは、自分の隣に居てくれたオペレーターであった。

 

「……どうして。バーミット……」

 

「駄目ですよ、レミア艦長。そんな風に……いい女のまま終わらないでください。少しくらいは足掻いて、嫌な女になってでも這いつくばって……今を、生きてくださいよ」

 

 銃弾は管制室の天井にめり込んでいる。

 

 硝煙を棚引かせた拳銃を、バーミットは力なく下げた自分の手から取り上げていた。

 

「さ、サワシロ大尉……」

 

「それ、やめろって言ってるでしょう。言っておくけれど、あたしは大義だとか責任だとかはどうでもいいと思っているクチなんで、無責任な事を言うわよ。――総員、ブリギットを退去しなさい。ここから先は、あたしの独断。裁くんなら、あたしを裁くといいわ」

 

 バーミットの論調に砲雷長が息を呑んでいた。

 

「な……謀反など……!」

 

「謀反なんて大それたもんじゃない。あと言っておくけれど、レミア艦長は自分を殺して責任を全うしようとしたけれど、あたしは嫌な女だから、目的のためなら誰でも撃てる」

 

 部下へと向けられた銃口に、管制室は大混乱に陥っていた。

 

 最早、自分一人の命だけで清算出来る領域を超えている。

 

「……バーミット。そこまで思い切るつもり……?」

 

「思い切っただとか、勝手な事言わないでもらえます? 言ったでしょう? あたし、ただのOLだって。軍人身分だとか、ガラじゃないんですよ。さぁ、逃げるんならとっとと逃げる! 今だけは、無駄に高い階級を振り翳させてもらうわよ! 大尉階級なんだからね!」

 

 広域通信でもたらされたバーミットの声に、艦内は上へ下への困惑であろう。

 

 何が起こったのか、理解も納得もしていない部下達に申し訳が立たないと、まだ思っている自分の浅ましさにレミアは頭を振る。

 

「……すまないわね。いつも、汚れ役を任せてしまって」

 

「ウィンウィンでしょ。あたしと艦長の間柄なんて。ブリギットと運命を共にするとか考えてました? ……あたし、フットワークだけは軽いんで」

 

 しゃくり上げた自分の顔を、今は見ないでくれているのがありがたい。

 

 こちらへと、真っ直ぐに向かってくるのは、今も火の手を上げるベアトリーチェだ。

 

 恐らく交渉が断絶した時の事を想定しての自動操縦。

 

 体当たりの覚悟をもって過去に清算をつけたのは自分ではなく、カトリナのほうであったと言うわけだ。

 

「……敵わないわね。期待の新人さんには」

 

 レミアは直通通信を前衛の《マギアハーモニクス》へともたらす。

 

「……達す。これよりレミア・フロイト、及び、バーミット・サワシロはトライアウトネメシスに……反旗を翻します。ブリギットがその手土産、でどうかしらね? カトリナ・シンジョウさん」

 

『……レミア艦長……』

 

「今はあなたが艦長でしょう? 艦を囮にするなんてよく思いつく……無責任にもほどがある艦長だけれどね」

 

『そ、それは言いっこなしで……』

 

「でも、今は。振り切らせてちょうだい。艦主砲! 照準、ベアトリーチェ!」

 

 ブリギットの残存していた主砲がベアトリーチェへと照準を付ける。

 

 誰も阻止しないのはきっと、保留し続けた引き金の一つだと理解しているからか。

 

 マニュアル照準で、レミアはかつての故郷への、さよならを告げていた。

 

「……じゃあね。お疲れ様、ベアトリーチェ……。主砲、撃てぇーっ!」

 

 自分の手で、戻れた領域には手向けを捧げるのが、せめてもの贖罪であろう。

 

 ブリギットのアステロイドジェネレーターに直結されている主砲が火を噴き、ベアトリーチェを貫く。

 

 それはこの三年間、お互いに因縁に囚われていた、自分達への離別であった。

 

 まだ帰れると、心の奥底で感じていた弱い自分への、最後の決断。

 

 ブリギットの主砲に射抜かれたベアトリーチェの内部アステロイドジェネレーターが引火し、最後の一線を超えたかのように艦艇は爆ぜていた。

 

 今の今まで火の手を上げて向かってきていた勢いは完全に削がれ、炉心融解によって内側に引き込まれるようにして噴煙は飲み込まれていく。

 

 やがて宇宙の深淵を残すばかりになっていた宙域を見据え、レミアは艦内通信を告げていた。

 

「……ブリギット艦内に残っている全ての兵士に告げます。これより、トライアウトネメシス所属艦、ブリギットはエンデュランス・フラクタル傘下に入り、艦内クルーの生存は保障しかねる状態になります。よって、総員艦を脱出。生き延びてちょうだい。レミア・フロイト艦長より。通信終わり」

 

 管制室は先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返っている。

 

 周囲を見渡して肩を竦めたバーミットが視界に入っていた。

 

「……あなただってキャリア組には成れたのに。もったいない事をしたわね」

 

「それ、艦長が言います? トライアウトの最新鋭艦を独断で統合機構軍に譲渡。極刑で済めばいいんですけれどね」

 

「そうね。でも私は……もう死ぬより辛い思いは、踏み締めてきたつもりだもの。なら、ここから先は死んだつもりでも……前に進みたい」

 

「ようやく、女としての我儘を通すようになったってわけですか」

 

「……ねぇ、バーミット。こんなことわざを知ってる? “明日やろうは馬鹿野郎”、ってね」

 

「何ですか、それ。誰の言葉です?」

 

「……引用不明、かしらね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『クラードさん! レミア艦長はこちらへ……エンデュランス・フラクタルへと、交渉をしてくれました。作戦は成功です!』

 

「……いや、どうかな。俺はそんな簡単に連中が諦めるとは思っていない」

 

『……クラードさん?』

 

「……直上、ビームライフル、来る……!」

 

 その言葉が消えるか消えないかの刹那、放たれた黄色の光軸をクラードは機体を反転させて回避する。

 

《レグルス》の小隊編成と《ネクロレヴォル》隊だけは自分が振り切らなければこのままではブリギットを襲われる事になるだろう。

 

『殿を務めるか……! お前はいつも……俺の大事なものを……ッ! ガンダム!』

 

「《レヴォル疑似封式第六形態》――迎撃宙域にて、敵勢を振り払う!」

 

《レグルス》隊長機が抜刀し、《疑似封式レヴォル》のヒートマチェットと打ち合う。

 

 他の機体は指揮系統が乱れたせいでほとんど烏合の衆であったが、この機体と《ネクロレヴォル》隊だけは別格だ。

 

《ネクロレヴォル》はそれぞれビームライフルで援護射撃を行いつつ、じりじりと退路を塞ごうとしてくる。

 

『逃しはしない……《レヴォルテストタイプ》よ』

 

『たとえ艦が敵の手に落ちようと、我々の実行する事は変わらない。ファイブ、隊列乱れているぞ。まだ射撃武装は残っているはずだろう』

 

 三機の《ネクロレヴォル》はミラーヘッド段階加速を経ながら自分へと追いすがろうとしてくる。

 

「こいつらだけは……俺の因果だ……ッ!」

 

 ヒートマチェットを払い上げて《レグルス》の挙動に隙が見えた瞬間、《疑似封式レヴォル》のリミッターを解除する。

 

 脳内にガコンと、弾丸が装填されたような感覚。

 

 次の瞬間には世界の見え方が変わっている。

 

 奥歯を噛み締め、過負荷が肉体を磨り潰していくのを予見していた。

 

「コード、マヌエル――発現……!」

 

《疑似封式レヴォル》と同期した視界が赤く染まり、脳髄に突き立った電磁の刃が深く切り込む。

 

 血潮が口中に浮かんだのを関知した直後には、《疑似封式レヴォル》が敵との微かな基点を手掛かりにして躍り上がっていた。

 

《レグルス》の反応は鈍い――否、全ての現象が後れを取る。

 

 こちらの刃を受けて弾かれた姿勢のままの《レグルス》へと、《疑似封式レヴォル》は自身を軸に回転し、そのまま打ち下ろした刃を赤い残光として空間に居残す。

 

『……なん……っ……』

 

「――遅い」

 

 うろたえた相手が次の挙動に移るまでのタイムラグ。

 

 その刹那には振り上げた刃が敵の頭部へとヒートマチェットの柄頭を打ち込んでいた。

 

 頭蓋を潰された《レグルス》の部品が宙を舞っている頃には、次いで一撃。

 

 曲芸のようにジグザグに切り裂いた一閃が《レグルス》の駆動系たる腕部、脚部、推進部への致命的な打撃を与えていた。

 

 相手が全ての打撃を感覚した時には、何もかもが手遅れだ。

 

 時間が元の感覚を取り戻す前に、クラードはそのコックピットブロックへと、最後の一閃を浴びせようとして、ハッと習い性の神経が迸っていた。

 

 獣の挙動で後ずさった《疑似封式レヴォル》に肉薄せしめていたのは、《ネクロレヴォル》隊の中で一際強い挙動の機体。

 

「……恐らくは隊長身分か」

 

 ミラーヘッドの段階加速による隊列を自ら崩し、前衛に出る事で《レグルス》のパイロットの命を救ってみせた。

 

「……運のいい奴だ」

 

《ネクロレヴォル》の刃が頭部へと切り込んでくる。

 

 こちらの弱点を加味した一撃を、《疑似封式レヴォル》は咆哮して飛び退っていた。

 

 その時には、既に背後へと展開していた《オムニブス》へと取り付き、推進力を得て戦闘宙域から逃れていく。

 

 全ての時間が元の時を刻み始めた時には、クラードの意識は剥離しかけていた。

 

『……さん! クラードさん!』

 

 異常な発汗量と共に、体内の時間が遅れを取り戻そうと血流をポンプの如く噴き出す。

 

 神経を引っぺがす激痛に、クラードは奥歯を噛んで堪えていた。

 

『クラードさん! どうしましたか? 敵は……』

 

「……敵は何とか撤退、いいや、もう帰る場所もないか」

 

『作戦は成功しました! ブリギットが我が方に!』

 

「そう、か……。ああ、でもちょっとだけ……レミアには、悪い事をした、な……」

 

『クラードさん? どうしたんです? クラードさ――』

 

「伝えておいて、くれ……。ちょっと暫くは、まともには会えない、って……」

 

 その言葉を潮にして赤く染まったクラードの意識は闇に没していた。

 

 

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