機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第120話「聖獣の胎動」

 

「クラードさん? ……寝ちゃった……?」

 

「そんなに容易い事態じゃない。カトリナ女史、ひとまずブリギットに帰還してくれ。相手方はもう逃げ切っている頃合いだろう」

 

 同乗していたサルトルの声にカトリナは困惑気味に応じる。

 

「あ、はい……。でも……こんな無茶苦茶な作戦、成功するなんて……」

 

「ああ、クラードだけじゃない。ベアトリーチェを……愛してくれた全員の力だ」

 

 自分達の抵抗の証明を消し去ってでも、クラードは勝利にこだわってくれた。だからこそ勝ち取れたこの結果だ。

 

「ブリギットへ。格納デッキを開いてください。こちら、エンデュランス・フラクタル所属、カトリナ・シンジョウです」

 

 ブリギットの格納デッキが開いてゆき、自分とサルトルを乗せた《オムニブス》がまず、着艦してから無事を確かめ他の機体を誘導する。

 

「いいか? ガイドビーコンも何もかも軍警察仕様だ! 間違えるなよ!」

 

 続けて着艦した《オムニブス》に乗っていた整備班がすぐさま飛び出し、光学迷彩に身を包んでいた他の機体を牽引する。

 

 それはさながら、星々の連なりのように。

 

『……こっち、こっちっすよ! 《マギア》部隊は引き続き警戒! 《疑似封式レヴォル》はこっちのハンガーに移してくださいっす!』

 

 トーマが率先して《疑似封式レヴォル》をハンガーに引き寄せ、ようやく立脚した機体へとサルトルは端末を繋いでいた。

 

「生きていろよ、クラード……。にしたって、随分と無茶苦茶なシステムを組みやがって……一朝一夕で何とかなる領域を超えてるぞ、こいつは……」

 

 それでもサルトル含め整備班の生え抜きが解析作業に尽力し、やがてコックピットブロックが開いていた。

 

 そこから滑り落ちた指先にカトリナは絶句する。

 

 考えるより先に落ちかけたクラードを抱えていた。

 

「……クラードさん! クラードさんってば!」

 

「……意識レベルが低下しているだけ……と思いたいが、ヴィルヘルムに診せないと分からんな。ヴィルヘルムの機体は!」

 

『ちょうど今しがた、格納デッキに!』

 

 帰還した《オムニブス》より降りてきたヴィルヘルムはカトリナの抱えているクラードに目を見開いていた。

 

『……この状態は……!』

 

「ヴィルヘルム先生……っ! クラードさんは……」

 

『ブリギットの医療施設を使わなければ何とも言えない状態だ。緊急医療カプセルに輸送! すぐに意識レベルを機体から取り戻さないと、手遅れになりかねない』

 

「そんな……! そこまで……」

 

 眠りに落ちたクラードの横顔には汗がこびりついており、異常な戦闘の只中に居たのが嫌でも理解出来る。

 

 クラードは整備班に任せ、カトリナは《マギアハーモニクス》が着艦するまで見届けてから、身を翻していた。

 

『カトリナさん? どこへ……』

 

「今の私の仕事を……遂行しに行きます……っ!」

 

『ちょっと待ってくださいよ! ……艦長に一家言あんのは何もあんただけじゃないんだ。先走らないでください』

 

 アルベルトの接触回線越しの温かさに救われるものを感じつつも、カトリナは視線を落としていた。

 

「でも、ここに来るまでの犠牲は、何よりも……。納得出来ないのは、私だけの……」

 

『背負い込まないでくださいよ。……オレらだって居るんだ。張子の虎じゃない事を証明させてください』

 

 ブロックを抜けていく中で、重力区画にてノーマルスーツを着込んだ二人にカトリナは立ち止まっていた。

 

「……バーミット先輩も……なんですよね……」

 

『久しぶりね、カトリナちゃん。いい子していた?』

 

「……それは、聞くものじゃないでしょう。悪い子でしたよ、私は」

 

「それは朗報ね。幸せ女なだけじゃ世渡りは出来なかったってわけか」

 

「……もうっ、からかわないでくださいよ。でも、本当に取り戻しちゃうなんて、クラードさんは……」

 

「その事なんだけれどね、ブリギットは軍警察の艦とは言え、足が速いと思わないほうがいいわ。ミラーヘッドの段階加速で逃げても頭打ちが来る。妙案があると、考えていいのかしら」

 

 レミアの値踏みするような論調はかつての懐かしさを感じさせたが、今はそのような思いに囚われている場合でもないと、カトリナは応じていた。

 

「……順当かは分かりませんけれど……この先の考えはあります。私達は、叛逆の徒。なら、次に講じるべきは……」

 

「《レヴォル》の確保、でしょうね。でも、これは悪いニュースなんだけれど、私達トライアウトネメシスの下に、《オリジナルレヴォル》はないのよ。恐らく唯一の想定外がそれだったんじゃないのかしら」

 

「……何となく、そうなんじゃないかなとは思っていましたけれど……」

 

「廊下で話すものでもないわね。ブリーフィングルームに行きましょう。案内するわ」

 

 先導するレミアを他所に、バーミットは自分へと耳打ちする。

 

「それにしたって、あの死神レミア・フロイトを前にして、うろたえなくなったじゃない、カトリナちゃん」

 

「ば、バーミット先輩……っ? 聞こえちゃいますよ」

 

「これでも艦長は買っていると思っていいわ。あなたと、仲間達をね」

 

「仲間……」

 

「何? まさかそうは思ってなかったってわけじゃないでしょう?」

 

「いえ、その……。そっかぁ、私……仲間を、得ていたんですね……」

 

 不可思議な眼差しでこちらを眺めるバーミットにカトリナは頬を掻いて答えていた。

 

「だって、今の今まで……前に行くだけが私、取り柄だと思っていたくらいなので……」

 

「……なるほどね。変わらないところもあったってわけか。あなたも大変じゃないの、アルベルト君」

 

「な、何でですか……オレはどうとも……」

 

「そこまで言っちゃって、今さらどうもこうもないでしょう?」

 

「いえ、その……っ、アルベルトさんには毎回、無茶振りしていますので、私が言える事は何もなくって……」

 

「そうじゃないんだけれどねぇ。カトリナちゃんもその辺が分かるのはまだまだかー」

 

 何だか不明な部分で呆れ返られて、当惑の視線をアルベルトに振ろうとすると、彼は彼で何故なのだか顔を背ける。

 

「あ、アルベルトさん……? 何か、おかしかったですかね?」

 

「いや、そのー……。何ともねぇと、思います、ええ」

 

 どうしてなのか、微笑みを湛えるバーミットを直視出来ない様子のアルベルトに首をひねっていると、四方をモニターで囲まれたブリーフィングルームに辿り着いていた。

 

「えっと……現時刻は夜の九時ですが……」

 

 端末を翳したカトリナに、バーミットは疑問符を挟む。

 

「あれ? こっちじゃ九時半になっているけれど?」

 

「えっ、そんなはず……」

 

「ちょっと貸してみて。……ああやっぱり。グリニッジ標準時の初期設定マニュアルじゃない。これじゃあ出勤も遅れるわけね」

 

 まさか自分のこれまでの時間が遅れているなど思いも寄らず、端末に視線を落としていると、ふと声がリフレインする。

 

「……ずれた時間を合わせろって、こういう事だったんだ……」

 

 こほん、とレミアが咳払いする。

 

「さて、積もる話はありそうだけれど、まずは単刀直入に言うわね。《オリジナルレヴォル》がどこに確保されているのかは、軍警察の中でも秘中の秘。私がかつて《レヴォル》に近づいていたせいもあって、情報権限は降りていない。よって、何も知らないのと同じなの」

 

 口火を切ったレミアにカトリナは予想していたものの落胆は隠せなかった。

 

「……クラードさんがあれほどまでに頑張ったのに……」

 

「でも、それの代わりになるほどの情報なら持っているわ。今のクラードが使っているテストタイプの《レヴォル》では、いずれ何かの拍子に限界が来る。そんな時に、戦えるだけの力がないと、ブリギットを拿捕したとは言え、意味もない」

 

「レミア艦長、件のあれ、まさか情報開示するつもりですか?」

 

 バーミットの言葉振りに、レミアは肩を竦める。

 

「……仕方ないでしょう。私達はもう軍警察に戻るどころか、彼らに唾を吐いたのと同じようなものよ? 情報はエンデュランス・フラクタルに提供します。ただし、カトリナさん。あなたには決意してもらわないといけない」

 

「……決意なら、もう出来て……」

 

「そういうレベルではないのよ。あなた達はエンデュランス・フラクタル上層部を信じて、レジスタンス活動しているのでしょうけれど、一つ事実を教えましょう。――今の統合機構軍を信用してはいけない。なにせ、《ネクロレヴォル》を開発したのはマグナマトリクス社と、そしてエンデュランス・フラクタル上層部の思惑なのだから」

 

 アルベルトが息を呑み、自分も絶句していた。

 

「……何ですって? そいつぁどういう事なんです! オレらの信じていたエンデュランス・フラクタルが……二枚舌だって言いたいんすか!」

 

「……断言は難しいけれど、その筋を疑ったほうがいいわ。カトリナさん、それにアルベルト君も、あなた達に味方する勢力は思ったよりもずっと少ないと考えてちょうだい。そして、そんな絶望的な状況を打破するための鍵を、私は用意出来る」

 

 ブリーフィングルーム中央のテーブルモニターへと歩み寄り、レミアはパスコードを打ち込む。

 

 すると投射画面に映し出されたのは、一機の新型MSの設計図であった。

 

 右腕に装着出来るユニットを肩に有しており、その異常な凶暴性を隠し切れていない鋭角的なシルエットに、カトリナは後ずさる。

 

「……これ、は……」

 

「……《レヴォル》、なのか……?」

 

「いいえ、これは《レヴォル》を基にして開発された、全く新しい機体。この混迷の世界を暴くだけの――怪物。《ダーレッドガンダム》。私達はこれより、マグナマトリクス社が所有するこの機体を奪取し、現状の《レヴォルテストタイプ》に代わる戦力を整えなければならない。それがひいてはクラードの……彼の講じる叛逆の手助けになるのだから……」

 

「《ダーレッドガンダム》……混迷を打ち破る……鍵……」

 

 その鋭敏な眼差しはかつて、《レヴォル》に感じたものと同じか、あるいはそれ以上の圧力をカトリナの胸中に感じさせていた。

 

 

 

 

 

 

第十二章 「引き金は、己の運命に携えて〈トリガー・オブ・メサイア〉」

 

 

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