機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第122話「咎を受けしもの」

 

 長い長い、物語の終わりのようであった。

 

 深淵の黄昏に包まれた世界を見下ろし、火線が舞う戦場にて、自分はどうしてなのだか空より俯瞰している。

 

 鳥にでもなってしまったのだろうか。

 

 いや、いっその事そのほうがよっぽど楽であろう。

 

 機械の肉体に侵食され、その果てに待っているのは緩やかなる死。

 

 自身の腕に刻まれた呪詛の証であるモールド痕に視線を落としていると、不意に呼び止められた。

 

「お前が見ているそれは、誰かの記憶だ。さて、誰の記憶だと思うかな?」

 

 振り返ると、中空に佇んでいたのは白い老人であった。

 

 髪と髭を風になびかせ、その老人は自分を見据えている。

 

「……ここは何だ……」

 

「誰かの記憶の残滓だとも。考えた事は、なかったか? 死んだライドマトリクサーの魂はどこへ行くのか。その魂に安息はあるのか、とは」

 

「……お前は誰だ」

 

「地獄へと堕ちるか、天国で安らぎを得るのか。……答えを急いでいるようだから言っておこう。どちらでもない。煉獄でただ、虚無のネットワークに囚われ、こうして我々によって観測され、光の情報となって認識される。現状、目にしている光景は、誰かの死に際だとも」

 

「……死に際、か。あまりにも趣味が悪いな」

 

 黄昏の空の彼方に佇むのは、暗黒太陽の虚。

 

「あれが、地球から見た、ダレト、か」

 

「地球の重力圏において、ダレトのスケールは何百分の一にまで希釈される。何故、そうなるのか。それはダレトがこの次元宇宙にありながらにして、この世の理とは違う場所にあるからだ」

 

 歩み出す。

 

 不思議と、空中を歩いているのに恐怖はなかった。

 

「……ダレトの向こう側は俺達の宇宙とは違う……」

 

「そうであるとも言えるし、そうでないとも言える。お前は知っているはずだ。かつて六番目の使者を殺し、その末に目覚めた。自分殺しの咎へと」

 

 その罪は――自分以外では知らないはずだ。

 

 途端に身構え、拳銃をホルスターに探ろうとして指先は空を掻く。

 

「我を銃殺して全てを終わらせようとしたか? そんな無粋なものはここに持ち込んではいないとも」

 

「……ここは何だ」

 

「だから、記憶だとも。誰かの記憶の欠片を、我々は掴んでいるに過ぎない。これが誰の記憶であろうとも、煉獄に囚われたまま、魂は安息を得る事はない。生き地獄だよ。ライドマトリクサー、そしてそれに準ずる技術は元々、人間の精神なんて言う脆く儚いものを安定化させるためにあったと言うのに。禁断の果実はヒトを増長させた。その結果に、人間は自分以外を分ける術として、思考拡張と呼ばれる技術を確立した。これは自分と言う肉体を相手の肉体と隔てるために、我の居た世界では千二百年ほど前に発明された技術革新である。しかしこの次元宇宙の者達は強欲だ。それを用いてのMSとの同調、そしてミラーヘッドをあそこまで野蛮に使う。貴様らのやっている事は数千年前の原始人の争いと同じだ。純正殺戮人類(ナチュラルキラーエイプ)はここまで愚かしく力を使うとは思っていなかった」

 

「分からない事を並べ立てる。お前は何者だと言うんだ」

 

「誰かが言う。全能者、三番目の使者、聖獣の操り手、異種生存確立個体――波長生命体、と」

 

「波長生命体……。何なんだ、お前は! 俺の何を知っている!」

 

「全てだ。エージェントと成ってからのお前の事を、そしてエージェントになる前のお前の事も。……そうか。誰かの景色だと思っていたこの終末の光景は他でもない、お前の原罪であったと言うわけか」

 

 クラードの脳裏を掠めたのは第七管区での戦闘であった。

 

 自分以外は皆、死んで行った。

 

 その手向けにも成らない抵抗を続け、型落ちの《エクエス》で今も応戦の火線を講じるのは幼い日の自分自身。

 

「……俺、なのか……? こんなにも情けない撤退戦で、こうも足掻くのは……」

 

 戦慄く視界の中で老人は絶対者のように告げる。

 

「この過去は何回目だ? それとも、何回も見るほど、お前は過去にこだわっちゃいないか?」

 

「……俺の、過去……」

 

「――PE037」

 

 完全に人格を封殺した記号だ。

 

 だがそうでなくては生き残れなかった。

 

 あの時、銃を取るのには、かつての名前はあまりにも名残惜しかった。

 

 だから、自分殺しを行ったのは、他でもない、自分の意思だ。

 

「……俺はあの時、もう自分を殺していた……」

 

「だがこれから先も、お前は自分を殺し続けなければいけない。それこそが、エンデュランス・フラクタルのエージェントとして生存し続ける最善策だ」

 

 老人の声に、クラードは掴みかかる。

 

 しかしその指先が頸椎を捉える事はなく、すり抜けていた。

 

「……貴様、何だって言うんだ」

 

「全と呼び、一と呼ぶ。あるいはこうも呼ぶか。この世界の均衡を観測し続ける、答えのない観測者の眼差し」

 

「神だとでも、気取るつもりか」

 

「そこまで傲慢に成り果てたつもりはない。だが我はもう、お前だ。お前と我は、最早等しい」

 

 その指先が自分を捉えるなり、鼓動が早鐘を打っていた。

 

 その場に蹲り、クラードは血流の瀑布にもがき苦しむ。

 

 激痛が全身を突き抜ける中、老人は自分を見下ろしていた。

 

「……あのシステムは使わないほうがいい。それは我としても助かる」

 

「……どの口が言っている。お前は……俺の何のつもりだ……!」

 

「肉体を共有するのだ。お前のためを思っている」

 

「俺のため……だと。俺は俺自身の運命に叛逆するためにだけ存在している。それ以外の選択肢はない」

 

「そこまで偏狭に成り果てるべきでもない。お前は、まだやり直せるのだから。我と違ってな。肉体を持ち、魂を愚弄されていない。そうなってからでは全てが手遅れだ。奴らに目を付けられている。遠からず、追っ手は来るぞ。その時、今のお前で守れるか? 大切な者達を……」

 

 自分を指差す老人にクラードは奥歯を軋らせて爪を立てていた。

 

 不思議な事に、今度はその首筋に指がかかる。

 

「お前を殺す。そして、俺は運命を変える」

 

「そうか。だがそれは、遠大なる自分殺しの延長線上に過ぎない」

 

「……惑わせて……!」

 

「我を殺すのと、あの時、六番目の使者を殺した時の感覚は同じだろう。世界からの嫌悪感を覚えたはずだ。あれは世界にとって在り得ざる殺人であった」

 

「……《シクススプロキオン》は……いいや、奴だけじゃない。俺にとって全てのMFは敵だ。最終的に殲滅する……!」

 

 老人の首筋をきつく締めると、相手はどうしてなのだか、慈悲すら浮かべた眼差しで、自分を眺めていた。

 

「……悲しいかな。お前に我の声は届かないのだな……。ここで我を殺しても、お前の観測する全ての情報という波と光は、お前を拘束し、そして制約し続ける。我がかつてテスタメントベースで感じた絶望の彼方を、お前も感じる事になる」

 

 ――テスタメントベース。それはかつて全てが眠る場所だと教え込まれていたはずの、約束の地。

 

「……お前は……」

 

「目覚めれば忘れるだろう。だがこれだけは忘れるな。我は――エージェント、クラード。もうお前と、運命を共にしているのだと」

 

 その言葉が途切れるのと、力を入れた指先が老人の首筋に食い込んで血潮を撒き散らしたのは、同時であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハッと目覚めた瞬間に、手を伸ばし、クラードは滅菌された天井を視野に入れる。

 

「……ここは……」

 

「目が覚めたか。今度こそまずいかと、そう思ったが命冥加はあるらしい」

 

 いつものようにヴィルヘルムがカルテを書いているかに思われたが、医務室の形が違う。

 

 明らかにベアトリーチェよりも手広い医務室に、クラードはああ、とようやく現状認識を行う。

 

「……俺達は勝てたんだな?」

 

「ああ。カトリナ君の作戦は遂行され、レミア・フロイトとバーミット・サワシロの奪還。そして、トライアウト艦、ブリギットを確保出来た。大勝利と言ってもいいだろう」

 

「……その割には浮かない顔に映るが」

 

「その貢献者が死にかけたのでは、素直に喜べないとも。クラード、あの《疑似封式レヴォル》には、意図的にリミッターを外す装備が施されているのだな?」

 

 詰問の声音にクラードは早々に認めていた。

 

「……ああ。レヴォルの意志が入っていないんだ。その分だけ、不利に転がると判断し、俺は自分の中に残存していた《レヴォル》のキャッシュを疑似再現し、あの機体にフィードバックしている」

 

「だがそれは、本来ならばMSとライドマトリクサー間で起こる事の、逆作用に繋がる。RMからの思考拡張、それによって発生するミラーヘッドと言う名の恩恵。それらは全て、一方的、もしくはきっちりとした前後の作用があってこその代物だ。ライドマトリクサーの側に残っていた記録の疑似再現には機体の損耗だけではない。情報の累積で脳幹が焼き切れるぞ」

 

「……構わない。これまではそうしなければ勝てなかった」

 

「ミラーヘッドを奪われたツケ、というわけか。クラード。わたしの言えた義理ではないがね。帰って来たのならば生きる努力をするべきだ。死に急ぐべきじゃない」

 

「生きる努力、か……。もうそんなもの、とっくの昔に奪い去られたんだと思っていたよ」

 

 自分のライドマトリクサー施術痕を眺める。

 

 今は両腕だけで済んでいるが、全身の七割に至る追加施術によって最早自分は三年前の自分とは隔絶されていた。

 

「このままでは《疑似封式レヴォル》に肉体だけじゃない、魂まで持って行かれるぞ」

 

「……魂、か。そんなものは存在しない。脳の生み出す電気信号だ――と、以前までのヴィルヘルムならば言っていたはずだが」

 

「参ったな。これでは立つ瀬がないと言うものだ」

 

 電子煙草をくゆらせる彼に、クラードは言いやっていた。

 

「……煙草、似合ってないよ。やめたほうがいい」

 

「お前に似合っている似合っていないを論じられる時が来るとは思いも寄らない。……禁煙は二日が限界だな」

 

 自分自身に嫌気が指しているかのような諦観を浮かべ、ヴィルヘルムは紫煙を漂わせる。

 

「……レミアは? 作戦行動中か」

 

「今はカトリナ君達と情報の擦り合わせの最中だろう。トライアウトネメシスは《レヴォル》の存在を知らなかった。いいや、教えられていなかった、と言うべきか」

 

「……やはり、《レヴォル》は居なかったか」

 

「確証があったんじゃないか? 三年も諜報活動に身をやつしていたんだ。ある程度の当たりはついているはずだろう」

 

 ヴィルヘルムの言葉にクラードは膝を立てて掌で視界を覆う。

 

「……恐らくはあの時……月軌道決戦の最後に、奴に強奪された。あれが居るところこそ、《レヴォル》の存在している場所のはずだ。MS、《ラクリモサ》……万華鏡、ジオ・クランスコール……」

 

「最強のミラーヘッド使いか。なるほど、さもありなん、だが、よく生きて帰って来たものだ」

 

「……《レヴォル》を失った。もしかしたら永劫、かもしれない」

 

「らしくない事を言うじゃないか、クラード。悪い夢でも見たか?」

 

「悪い、夢……」

 

 掴もうとして、夢の輪郭はぼやけそして薄らいでいく。

 

 何か大事な事を、取りこぼしているような感覚だ。

 

「だが船医として忠告するのならば、もう《疑似封式レヴォル》には乗らないほうがいい。あれは命を喰らってその力を発揮する機体だ。お前向きじゃない」

 

「……俺向きかどうかは俺が判断する。お前は安全圏から俺の肉体強度だけを図ってくれればいい」

 

「……そうしたいのは山々だがね。頭を悩ませるお抱えのエージェントが二人も居たんじゃ、なかなか無責任な事は言えないとも」

 

「……アルベルトか」

 

「彼も無茶をする。コード、マヌエルの臨界使用。普通の人間には出来ない芸当だが、もう彼もライドマトリクサーでエージェントだ。わたしはせいぜい、彼が魂をあちら側に持って行かれないように忠告するしか出来ない」

 

「……形無しだな。かつて俺のような……エージェントを拾い上げ、そして育成してきたあんたにしてみれば」

 

「恨んでいるのか? クラード」

 

「まさか。むしろ光栄に思っているくらいだ。俺はあの時、死んでいてもおかしくはなかった。あんたが俺を、勝てるようにしてくれた」

 

「取り繕いも含めて、か。……正直に懺悔するのならば、わたしはもうとっくに、お前の前に立つ資格なんてないと、そう思っているのだが」

 

「過去は変わらない。お前は俺に道を示した。死ぬか、エージェントとして戦い続けるか。俺が後者を選んだだけだ」

 

「……あの状況で選んだなんてそれは嘘だろう。わたしは強制させた。《レヴォル》にお前を記憶させ、特級のエージェントとしてエンデュランス・フラクタルの資産にするために。だが今さら、そんな罪悪に後悔さえも抱くんだ。……笑えるだろう? お前からしてみれば、わたしは生き方を矯正させた大罪人。だと言うのに、時折恐ろしくなる。あの時の決断はともすれば、わたしの運命でさえも変えてしまったのではないかと」

 

 震え始めた指先を制するように、ヴィルヘルムは乱雑に灰皿へと吸い殻を押し潰していた。

 

「……俺はもう行く。情報を知らなければこれから先、勝てない」

 

 扉を潜りかけて、その背中に声がかかる。

 

「クラード。勝てない、と言うが、お前はいつまで……この世界への叛逆を続けるつもりだ? いつかは必要なくなるだろう。平穏が訪れた時、お前はどうする? 世が平定されれば軍事部門で力を持つエンデュランス・フラクタルは失墜する。お前も巻き添えになって自滅する気か?」

 

「そんなつもりは毛頭ない。俺は……戦い続け、そしてその先に叛逆の狼煙を上げるつもりだ。どのような時代になったとしても……その決意だけは、俺の物だ」

 

 ぎゅっと拳を握り締めた自分に、ヴィルヘルムは一言だけ呟く。

 

「……その生き方は咎人のそれだよ」

 

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