機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第123話「呑み込めないことであっても」

 

 格納デッキ付近で携行保水液を飲み干しているところを、声をかけて来たのはシャルティアであった。

 

「……あの人達、信用なるんですか」

 

 その鋭い眼差しは今や疑念に沈んでいる。

 

 無理もない。

 

 つい数時間前まで敵であった人間に権限を譲るなど、シャルティアからしてみれば考えられないのだろう。

 

 ユキノは正直なところを述べていた。

 

「……月軌道決戦、ライブラリは?」

 

「閲覧しました。でもあの時だって……あの人達はたくさん死なせたんでしょう? だったら! おかしいじゃないですか! また指揮を執ろうとするなんて!」

 

「でもカトリナさんからの直の命令。それでも納得出来ない? シャルティア・ブルーム委任担当官殿」

 

 こちらの言い分にシャルティアはぐっと奥歯を噛んで自己矛盾に耐えているようであった。

 

「……先輩の事は、素直に尊敬しています。これまでも、危ない目に何度も遭って来たのに、それでも方針を曲げないんです。立派な方だと、思っています」

 

「じゃああなたは何が不満なの? 委任担当官の決めた事はこの艦じゃ絶対……って言っても、ここはもうトライアウトの艦だけれどね」

 

「そこですよ……! あんな作戦、無茶苦茶だった。何もかもおかしくなるとすれば、あの人が来てからじゃないですか! ……エージェント、クラード……」

 

「気に入らないのなら、別に話す必要性もない。だってあなたは私や小隊長の担当なのだし、クラードさんは今のところ、カトリナさんに信を置いている。なら、下手な事を言って爆発させるのは旨味がない」

 

 こちらの詭弁にシャルティアは明らかに不満なようで、格納デッキの模様を眺めながら、ふと呟いていた。

 

「……ユキノさんは、納得なんですか……」

 

「クラードさんとは長いから。とは言っても、この間までまともに喋った事もなかったけれどね。あの人、笑わないし、悲しまないし。……凱空龍って、一応は知っているわよね?」

 

「……アルベルトさんが指揮していたって言う、宇宙暴走族ですよね。話には……」

 

「その凱空龍で、クラードさんはいつでも、最前線で戦ってきた。だからこその、小隊長の信頼もある。危ない局面をいくつも潜り抜けて来た、猛者よ。それも本物のね」

 

「……分かりません。だから何だって言うんですか。宇宙暴走族のそれとエンデュランス・フラクタルのミッションは違います」

 

「いいえ、クラードさんの中じゃ、多分同じ。あの人は先へ先へと目線を走らせている。どこまでも先の運命を見据えて、それを叛逆する。……言ってのければ夢想家のそれだけれど、ほとんど全てを現実にしてきた。クラードさんには、力があるのよ」

 

「……私に力がないから、エージェント、クラードに命令を下せないと?」

 

「そうは言っていないわ。ただ……信じるに値するかどうかって言うのは結局主観。私は小隊長の事も、クラードさんの事も、もちろん、シャルティア・ブルーム委任担当官の事も信じている。だから、迷わずに戦っていける」

 

 ユキノは自身の腕に刻み込まれたモールド痕を視野に入れる。

 

 これも自分の罪の証。

 

 命令に迷いを挟まないと言うのは、他人の命など頓着なく摘めると言う人でなしの証明でもある。

 

 だから、かつてクラードが壊す事しか出来ないと述べていたのが今ばかりは、痛いほど分かってしまう。

 

 ライドマトリクサーになったから得た視座なのではない。これは、戦いから逃げない事に決めたからこそ、得られた目線であった。

 

「……ユキノさんは優しいんですね」

 

「優しい人間は銃なんて取らないわよ」

 

「いえ、それでも……優しいですよ。アルベルトさんは何でなんですか。私に何か……足りない部分があれば何だってやるって言うのに……。あの人は私を戦いから遠ざけようとしているようにしか思えないんです」

 

 整備されていく《マギア》を見据え、シャルティアは頬をむくれさせる。その理由の一端くらいならば語れるが、自分の口から言ったところでしょうがない事実なのだろう。

 

「言えるのは、私は小隊長にとっては部下……いいえ、これもズルい言い回しかも知れない。凱空龍に居た頃は間違いなく仲間だったけれど、今はそんなぬるい言い方で逃げられはしないから」

 

「……ユキノさんは大人なんですね。アルベルトさんに、怒りもしないなんて」

 

「私だって怒る時は怒るわよ。でも、小隊長は背負っちゃっているから。何でもかんでも、これまで死んで行ったみんなの分、全部ね。……だから何も言えない。賢しいだけの部下なんだって思ってくれていいけれど」

 

「いえ、素直に尊敬です。……でも、これ言うと何でだか、クラードさんは不機嫌だったんですよね……」

 

 シャルティアの漏らした弱音にユキノは思わず吹き出してしまう。

 

「な、何ですか……。そんなに頼りないとでも……?」

 

「いいや! 違って! ……クラードさんに素直に尊敬なんて言ったの? それって……恐れ知らずって言うか……」

 

「もう! ユキノさんまで笑わないでくださいよ!」

 

 とは言われてもユキノはここ数年間では一番のジョークを前にして腹を抱えてしまっていた。

 

「お、おかしくって……お腹痛い……! クラードさんにそこまで言ったんだ……。そりゃー、不機嫌の一つにもなるってば……シャルティア委任担当官ってば……!」

 

「わ、笑わないでって……! 第一、何なんですか。そんなに偉いんですか、クラードさんは」

 

 ようやく笑いを鎮めて、それでも笑い過ぎて涙が出てくるのを止められず、ユキノは答えていた。

 

「言っちゃうと、マジになっちゃっているのね、あなたも」

 

「マジに? なっちゃ駄目なんですか?」

 

「駄目とは言わないけれど……何て言うのかな。クラードさんや小隊長が戦ってきた戦場って、多分男の子しか分からないのよ。だから、私達みたいな、女の身分じゃ、結局外から言っているだけだから、そういう反応になるの」

 

 ユキノは格納デッキを眺めて整備されていく《マギア》を視界の隅に捉えていた。

 

 シャルティアは心底不思議そうにハンガーのほうに視線を投じる。

 

「……分かりませんよ。何ですか、男、女って。そういうの、今じゃ問題ですよ?」

 

「ああ、そりゃー分かっているけれど。……でも、こればっかしは、ね。男の子の領域だから」

 

「……ユキノさんみたいな古株でも、無理なんですか?」

 

「私は古株じゃないし、クラードさんと小隊長の間に芽生えている友情とか言うのは、やっぱし分かんないや。だから、外野がどうこう言っても無駄って言うのは、痛感しちゃうわね」

 

「……でも宇宙暴走族だったんでしょう?」

 

「そっ。“だった”。だから元には戻れない。私は、あの頃が一番ギラついていて、自分でも一番輝いていたのは分かっている。分かっているんだけれど、過去は取り戻しようがない。もう過ぎ去ったものだから」

 

「……私に、大人になれとでも言いたいんですか?」

 

 ユキノは思案した後に、いいや、と応じていた。

 

「その逆かな。シャルティア委任担当官。あなたには変わらないで欲しい。そのまま……空回りでも身体ごとぶつかっていけばきっと……得られるものがあるんじゃないかな。だって、そうやってきて前に前に進もうとしていた人を、私はよく知っているから……」

 

「……そんな効率の悪い人、今頃どこかに異動になっているんじゃないですか? そんなの組織じゃやっていけませんよ」

 

「おっと、鋭い指摘。……でもまぁ、やっていけないから、あの人はずーっと、前しか向いていないんだろうけれどね」

 

 不可思議な面持ちのまま小首を傾げたシャルティアに、ユキノはウインク一つ投げていた。

 

「まぁ、頑張ってちょうだいよ。だって私達の委任担当官殿はあなただから。クラードさんにはカトリナさんかも知れないけれど、私達にはあなたしか居ないんだし」

 

「……だったら、せめてちょっとは答えを教えてくださいよ」

 

「答えなんて自分で探すものよ。与えられるものじゃない」

 

「何ですか、それ。誰の言葉なんです?」

 

「引用不明、かな」

 

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