機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第124話「約束ただ一つ」

 

 与えられた事実を飲み込むのには時間がかかる、とは言われていたが、カトリナは今もブリーフィングルームで漂っていた。

 

 レミアの口より語られた真実を噛み締めるように、瞼をきつく閉じる。

 

「……私達の信じていたエンデュランス・フラクタル上層部が……本当の敵……? そんなの信じられるのかって言う……」

 

 だが信じるしかあるまい。

 

 何よりも、軍警察に務めていた彼女らが嘘をつくメリットがない。

 

 ここで下手に情報を掻き乱したとして、もう逆賊なのだ。今さら名誉挽回もないはずであろう。

 

 ならば、素直に事実を飲み込むべき。飲み込むべきなのだが。

 

「……じゃあ全部、無駄だったって言うの……。カトリナ、そんな事、私は……」

 

 今まで無数の血が流れた。数多の命が散って行った。

 

 それらに対し、戦い続ける事、抗い続ける事だけが、自分なりの叛逆なのだと講じてきたのに。

 

 ここに来て何もかもを信じられなくなってしまうのは身勝手だが、この三年間を無為だと宣告されたようで力が伴わない。

 

 今一度、レミアのもたらした情報を整理する。

 

 投射画面に呼び出したのはロールアウト前の新型機。

 

 鋭角的なシルエットと、そして何よりも右側に配された謎の機構を有する、世界を暴く機体――。

 

「《ダーレッドガンダム》……。こんなものを、上はマグナマトリクス社と示し合せて開発していたって? ……それをどうしろって……」

 

 否、答えなんて出ているはずだ。

 

 レミア達がレヴォルの隠し場所を知らないのであれば、ブリギットを拿捕した自分達の次なる目標はこれであろう。

 

 どこにあるのかまるで不明な《レヴォル》に比べれば、《ダーレッドガンダム》を強奪するほうがより現実的。

 

 しかし、乗るのは自分ではないのだ。

 

 カトリナはレミアより告げられた冷酷な真実をそらんじる。

 

「この機体、操るのはクラードさんになる……か。何でそんな事、私に言うんだろ……。だって私は、命じるしか出来ないのに。たくさんの人に、ここまでだ、死んでくれって……そんな事を言う仕事が、委任担当官だって言うなら……」

 

 それは非情であろう。

 

 いや、人でなしと、言い切ったほうがマシかもしれない。

 

 自分は人間をやめられるのか、と、我が事ではないかのように問いかける。

 

 どうして、こんな冷徹な選択を自分に投げるのか、などと言う逃げ口上は今さら使えないだろう。

 

「……私はもう……私だけの身体じゃない、か……。何でこんな事に、なっちゃったんだろう……」

 

 分かり切っている。

 

 進むためだ。

 

 間違っていても、前へ前へと。

 

 そのために、これまで犠牲を強いてきた。アルベルト達には顔向け出来ないような作戦を何度も、何度だって。

 

 だがその度に損耗されるのは自分の精神だけなのだと、まだ割り切れたのに。

 

 クラードが帰還してから揺れる自分の心は、どうしてこうも脆いのだろうか。

 

「……私、弱くなっちゃったのかな……」

 

 呟いて自嘲する。

 

 強くあろうと、誰よりも精神だけは鍛え上げようとして――それでもたった一つの出会いに折れてしまった。

 

 クラードが生きていた、それだけで、こうも彼に頼り切ってしまう。

 

 やはり自分は、と自前の被害者意識が鎌首をもたげたところで、声が投げられていた。

 

「……いつまでやってるんすか。つーか、あんたが指揮官でしょう」

 

「……アルベルトさん」

 

 ブリーフィングルームの扉に背中を預けて、アルベルトがこちらを見据えている。

 

 その眼差しに耐えられずに、カトリナは視線を背けていた。

 

「……ズルいんです、私。レミア艦長が帰って来てくれれば、クラードさんが帰って来てくれれば……もう自分で決めないでいいって、元の身分に戻れるんだって……どっかで思っちゃっていました」

 

「それは別に、あんたの罪じゃないでしょう」

 

「……いいえ、私のなんです。私が背負わないといけないものなんです。だってそうじゃなくっちゃ……これまで命を投げ出してくれた人達に申し訳が立たないじゃないですか……」

 

「それ、多分艦長も同じように思っていたんでしょうね。……あの月軌道決戦の時、オレらを前にもう二度と同じ目線になれないと思ったのは……嘘じゃないでしょうから」

 

 アルベルトのほうが辛いはずだ。

 

 これまで仲間を何人も失っている。

 

 だが彼の瞳には力があった。

 

 もう迷うまい。自分は前を向く、と覚悟した人間の持つ輝きは、かつてクラードの瞳に見たものと同じ――。

 

「……同じ眼に、なっちゃうんですね。みんな……」

 

「カトリナさん。オレは、正直無理だと思っていました」

 

 独白に、カトリナは視線を振り向ける。アルベルトは扉の一点に目線を据えたまま、言葉にしていた。

 

「クラードの言う、レミア・フロイト艦長の奪還だとか、《レヴォル》の奪還作戦だとか……あいつの掲げる……運命への叛逆だとか……。どれもこれも、耳触りのいいだけの言葉だって。可笑しいっすよね……だってかつて、あいつの事を一番に信頼していたのはオレのはずだったのに……今はもう、あいつの言う事がどれもこれも、青臭い理想論に聞こえちまうんです。……変わったのはオレのほうだ。それも、嫌な大人に……なっちまった」

 

 噛み締めた悔恨にカトリナは声を振り向ける。

 

「アルベルトさん……でもそれは、私が命令するからで――」

 

「違います。それは……違う。命令されたから、じゃあ従うのかはオレら全員の意思一つなんです。命じられたからって死にに行くような酔狂な奴なんて一人も居ねぇ……。オレ達は死に場所一つ、それだけが希望だった。でもクラードは別の希望を翳した……。オレらの命一つ一つに、まだ意味があるって……玉砕以外の道があるって言ってくれたんだ。……それをオレは、青い理想だってどこかで断じている。何でなのかな……あいつの言う、つまんない奴ってのにだけは、成らないつもりだったのによ……」

 

 男泣きを噛み殺し、アルベルトは静かに頬を濡らす。

 

 それはきっと、彼なりの決別であったのだろう。

 

 幼い日々に。クラードの後ろを付いて行けば、その先に道が見えた自分達への決別であり、そして何よりも、その背を疑いなく付いて行けただけの、自分自身への決別の涙だ。

 

「……アルベルトさん……。でもそれは、私も同じですよ。委任担当官だとか何だとか……そう言って空回りしてきた日々は、でも、替え難かった。あの日々に、出来れば戻りたいんです。でももう無理になっちゃった……戻るのには、私達は色んな人の人生の上に、成り立ってしまったんです……」

 

 自分だけではない。アルベルトも戻れない。

 

 だが彼は戦士だ。

 

 退路を断ち、その上で道を示せる立場である。

 

 比して、自分は。

 

 退路を断ったところで、ではどこへ行ける? 何を導にすればいい?

 

 クラードと同じ目線に立てるのかと言えば、それこそ傲慢であろう。

 

 彼の見てきた戦場を、勝手知ったるように言えるのはこの世では誰一人として居ないはず。

 

 アルベルトは一回すすり上げて、もう涙を仕舞っていた。

 

 こういう時に、男の子は強くって狡いのだな、と思えてしまう自分が何よりも嫌だった。

 

「……オレはでももう、迷うのはうんざりなんすよ。だから決めました。クラードの示す道に、どんな影が差したとしても……あいつの背中を支えられんのは、オレだけなんだって」

 

「……ですね。クラードさんの味方をしてあげてください」

 

「違うっすよ」

 

「へっ……? だって、アルベルトさん、今そうだって――」

 

「オレは背中合わせに喧嘩するだけです。味方してあげられんのは、カトリナさん。あんただけじゃないですか」

 

「私……だけ……?」

 

 呆然としているとアルベルトはじれったいように後頭部を掻く。

 

「ああ、もう……っ! 何だってあんたもクラードもそう、無自覚なんですか……! オレは! 背中合わせの喧嘩しか取り柄はありません。これまでも、これからもっす。でも……あんたは違う。クラードを全肯定出来るのは、多分この世で一人だけだ。あんたが……この三年間、あいつの帰りを待っていたあんただけがきっと……あいつの心に届くはずなんです。その役目は、オレじゃ、ねぇ……」

 

 どうしてなのか分からない。

 

 分からないがこの時、託されたのだと自分は思えていた。

 

「私だけがクラードさんに届く……。でも、そんなの……」

 

「ないって言い切れるんすか。あんたはこれまでも、言い切れない領域で戦ってきたはずでしょう? なら、ここぞと言う時の弱音だけ、言い切るのなんてズルっすよ」

 

「……私が決断すべき、なんですよね……」

 

 アルベルトは黙ってこちらを見据えている。その瞳に嘘はつけない。

 

「……半端な覚悟じゃ、クラードさんの道を曇らせるだけ。私、やっぱりもう一回……クラードさんに会ってきます。会って、話をしないといけないはずなんです」

 

「……そうしてやってください。オレは結局、あいつに対して、ゲンコじゃないとぶつかれないんす。だから、言葉でぶつかってやるのは、あんただけだ」

 

 カトリナは自身の頬を叩いて気つけにする。

 

 弱音を吐いて、うじうじとするのはもうやめた。

 

 ならば向くべきは前だけのはずだ。

 

「……アルベルトさん、ありがとうございます。私の迷い、断ち切ってくださって……」

 

「何の事やら、っすね。オレは自分の意見言いに来ただけですよ。委任担当官にね」

 

「……その職務もまだ、切れていないはずなら……」

 

 扉を潜ってカトリナはグリップを握り締める。

 

 今の感慨だけは、誰にも奪えない自分だけのもののはずであった。

 

「……だから私は……」

 

 そこまで口にしたところで、廊下を折れた場所でクラードとかち合う。

 

 全く構えていなかったがために、無様に浮かび上がってクラードに袖を摘まれていた。

 

「……何やってんの、あんた」

 

「いや、そのぉー……。うぅー……これじゃ駄目だなぁ……」

 

「何かやろうとしたんでしょ。その割には迂闊だけれど」

 

「そ、そうなんですっ! 私、決めましたっ! このブリギット、決断するのは――」

 

「ああ、それはあんただろう。これまでもそうだったんだからな。レミアはそれでも水先案内人くらいにはなるって言ってブリッジの責任者は請け負うって話だ。あんたはこれまで通り、作戦立案及び俺達を率いる役目に徹して欲しい」

 

 こちらの言おうとした事を全て先回りして言われてしまったので、カトリナはあうあう、と声を詰まらせる。

 

「……何? 何か言いたいんでしょ。何か言えば?」

 

「いえ、そのぉー……言いたい事全部言われちゃったんで……」

 

 クラードはほとほと救い難いとでも言うように首を振る。

 

「……あんた、もっと自信を持てばいい。レミアに作戦で上回ったんだ。一度だけとは言え、それは誇れる話のはず」

 

「それは……元はクラードさんの作戦ですし……」

 

「いいや。俺がベアトリーチェを捨て駒に使う、と言ったところで、反対意見が出て空中分解だっただろう。あんたが纏めたんだ。なら、それはあんたの作戦だ」

 

 断言されれば下手に言い訳するのも女々しく、カトリナは返答に困ってしまう。

 

「あぅ……で、でも……い、いえ……っ。それはそれ、ですね。クラードさん。ここから先の作戦行動において、あなたは慎重を期す必要があります。あの《疑似封式レヴォル》は……あまりに危ないかと」

 

「レミアに聞いてきた。ロールアウト間際の新型機の存在。マグナマトリクス社とエンデュランス・フラクタル上層部が開発に漕ぎ着けた、《レヴォル》を引き継ぐ機体が居るという事を」

 

「あれ……? 怒らないんですね……」

 

「怒ってどうする。……《レヴォル》の場所は依然として不明なまま。なら、俺はその新型機の強奪を目指すべきだろう。俺はあくまでも最終目的として、《レヴォル》の奪還と、そして奪われた全てへの叛逆があるだけだ。それまでの道筋において、《疑似封式レヴォル》だけでは無理なのは目に見えていた」

 

「……それでも、《オリジナルレヴォル》を求めて……ですか」

 

 クラードはその赤い瞳を伏せる。

 

「……分からないんだ。あの時……月軌道決戦の最中、どうして《レヴォル》は俺を排出し、生存確率の低い行動に打って出たのか。それだけは不明なまま、俺が生きているのは気色が悪い」

 

「気色が悪いって……それは《レヴォル》がきっと――!」

 

 きっと、何だと言うのだ。

 

 ここでレヴォルの意志を代弁したところで、自分は恐らく彼らの間に割り入る事なんて出来はしないのに。

 

「きっと……? きっと何だって言うんだ?」

 

「いえ、これは……私の口から言えば陳腐に落ちます。クラードさん。じゃあ次の作戦は……」

 

「ああ。奴らの擁する新型機――《ダーレッドガンダム》の強奪と確保。それにはあんたの作戦が必要だ。ブリギットは足を削いである。今のままではミラーヘッドの段階加速を持っている艦艇にすぐに追いつかれてしまうだろう。逃げに徹していては勝てないはずだ」

 

 先の戦闘でブリギットの推進装置をいくつか奪わなければ、勝利はもぎ取れなかっただろう。

 

 いずれにしたところで、この艦とも遠からず別れを告げなければいけない。

 

「……何だか、一ところに留まらないって言うのは、どうにも……って感じですね」

 

「敵からしてみてもそっちのほうが動きを読みにくい。ブリギットはさらなる捨て駒として使う。その上で、あんただ」

 

「わ、私……?」

 

「ブリギットをどう扱うのかはレミアに任せてある。あんたにはその上での決断をして欲しい。ベアトリーチェの面々に対して信頼が厚いのなら、俺では思い浮かばない作戦が立案出来る」

 

「……でもそれは、クラードさんが居るからで……」

 

「前回と同じく、俺は捨て駒扱いで構わない。それくらいはしないと《ネクロレヴォル》隊には勝てないだろう」

 

 しかしそれは――クラードを軽んじる事に繋がってしまわないだろうか。

 

 その懸念に彼は眉根を寄せる。

 

「……どうした? 不安そうにして。勝利条件は見えているはずだ。あとは、いつ、どう作戦を立てるか。それ次第になってくる」

 

「……作戦は……下手に回り道なんてしない。作戦立案は本日中に行います。レミア艦長とも……その、一度話して……」

 

「ああ、俺はもう言いたい事と聞きたい事は話しておいた。あとはあんたが話してやればいいだろう」

 

 何故なのだか、その内容が気にかかっていた。

 

「……何を、話したんですか……?」

 

「必要な事だ。それと、俺を撃つと心に決めていた、その在り方を」

 

 だがそれは、レミアの傷口を抉るような真似ではないのか。

 

 そう言いかけて、カトリナは口を噤む。

 

 自分に何が言えよう。クラードとレミアは誓いを再び果たしたのだ。

 

 ならばその道は、彼らだけの道のはず。

 

「……そう、ですか。じゃあ私、一度レミア艦長と……あっ、もう艦長じゃ……」

 

「いや、そう呼んでやるとレミアも安心出来るんじゃないか。あの場所が無駄じゃなかったって」

 

「……何だかクラードさんらしくない。いつもはもっと冷たいでしょう」

 

「……そうか? そうでもないと思うがな。格納デッキに向かう。《疑似封式レヴォル》も次の戦いで最後なら、仕上げてやらないといけない」

 

「あっ……待っ……」

 

 呼び止めようとして、その背中にどのような言葉を投げればいいのか分からなくなる。

 

 今の自分に何が言えるのか。

 

 今の自分じゃないと言えない事は何なのか。

 

 一拍の逡巡の末に、カトリナは大声を発していた。

 

「オムライス……! まだ、ですからーっ!」

 

 クラードも振り返る。

 

 自分も、言ってからあれ、と困惑していた。

 

「何言ってんだろ、私……。他の言う事もあるだろうはずなのに……」

 

「――憶えてるよ。その約束」

 

 自分が言葉を取り消す前に、クラードはそう呟いていた。

 

 彼の瞳が、明瞭な意思をもって、自分を見据える。

 

「……だからさ、まだ死ねないだろ」

 

 それだけでこみ上げそうになってしまっていた。

 

 そうだ、まだ死ねない。

 

 死なない、ではなく。

 

「……上等なオムライスとやらを貰うのにはでも、時間があまりにも不足している。いつか、時間があり余った時に、それをいただくとしよう」

 

「……クラードさん……。はいっ! 約束ですからねっ!」

 

「……声デカいよ、あんた」

 

「あっ……ですよね、すいません……」

 

「けれどまぁ、いいんじゃないの。死ぬ気で戦うんだ。約束一つ、守る心持ちくらいで」

 

 クラードは身を翻していく。

 

 その背中にもう余計な言葉は必要なさそうであった。

 

 カトリナは艦長室へと赴いていた。

 

 一度だけでもいい。レミアときっちりと話さなければ、自分はその機会を一生見失う。

 

「……でも、どう話をしよう。……だってレミア艦長の艦を奪っておいて、今さら盗人猛々しいって言うか……」

 

『話があるんなら早くしてちょうだい。時間は有限よ』

 

 思わぬ形で扉の前で立ち往生していた自分の背中を押され、羞恥の念を帯びつつカトリナはノックしていた。

 

「……し、失礼します、レミア艦長……」

 

「もう艦長じゃないけれどね。何、カトリナ・シンジョウさん。まさか三年間でボケちゃったの?」

 

「ぼ、ボケてませんよ……。って、何て言うか、このやり取り……」

 

 くすり、と笑い始めたこちらにレミアも頬を緩める。

 

「そうね。最初にあなたが部署を訪れた時とそっくりね。あの時は、まさかこんな新卒の頼り甲斐もない子がレジスタンスを率いるなんて思いも寄らなかったけれど」

 

 お互いに少し可笑しくって笑い合う。

 

 何だか緊張していた神経も少しは和らいで、カトリナは言葉を継いでいた。

 

「……レミア艦長。ブリギットの指揮は任せます。でも、私はあなたに勝ちました。だから作戦系統は」

 

「あなたに任せる、ね。クラードも念押しをしてきたわ。そうするように、ってね」

 

「クラードさんから?」

 

「……あなたも変わったのね。いい方向か悪い方向かはさておきだけれど」

 

 軽口を叩かれてカトリナは紅潮していた。

 

「……そ、そのっ……私、でもレミア艦長ほどの人間じゃありません。トライアウトネメシスに行って、辛い事も抱えていたはずです。だって言うのに、私は三年間、自分の我を通し続けて……」

 

「それが出来ただけ、いいんじゃないかしら。だってあなた、そんな風に思い切らなくっちゃきっと、ベアトリーチェを捨てる事なんて出来なかったでしょう? あそこには……思い出だけはたくさんあるんだからね」

 

 思い出にしかし、足を取られて未来を見据えられないのは恐らく、勝利の先へは行けない。

 

「……レミア艦長」

 

「だからもう艦長でもないってば。逆賊の徒よ。あなた達と同じく。……けれどまぁ、何て言うのかしらね。しっくりも来ているのよ、この身分に」

 

「それは、そのぉー……。私達の行動に、意味があったって事ですか?」

 

「意味があったかどうかは、後の世で決める。まだ私達は途上のはず、でしょう? ……言っておくけれど、ブリギットを拿捕したくらいでは敵の総力は変わらない。いいえ、むしろ辛い道を行くようになったと思うべきよ。これまでのレジスタンス活動では蚊が刺した程度にしか思っていなかった相手が、本気になってくる」

 

 その言葉に身が引き締まる思いであった。

 

「……待ち受けているのはこれまで以上の……」

 

「ええ、間違いなく、あなた達はより辛い運命に身をやつしたと、考えるべきでしょうね。……でも笑えるのは、どうしてなのか私も……そんな運命のほうがお似合いの、どうしようもない人間だったって言う事。逆境が似合いなんて、どうにもならない感じだけれどね」

 

 レミアはティーカップにコーヒーを注ぎ、もう一方のカップを差し出す。

 

「飲む? インスタントだけれど」

 

「あっ、いただきます……。でも何ていうか、こんな風になるなんて、三年前には思ってもみなかったって言うか……」

 

「そうね。あなたと対等以上の関係でコーヒーを飲むなんてね」

 

 鼻孔をくすぐる芳醇な香りに、カトリナは思わず呟く。

 

「……美味しい」

 

「ええ、美味しいコーヒーは明日の糧だもの。それに、誇っていいわ。あなたは私に、結果はどうあれ勝利した。なら、これは勝利の美酒だもの。生憎、ノンアルコールだけれどね」

 

 ウインクしてみせたレミアに、カトリナも微笑む。

 

 今この瞬間だけは、レミアと肩を並べられている事を光栄に思うべきなのだろうから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 取り乱した士官一人、どうとでもなると考えていたのだが事態は思ったよりも切迫していた。

 

『……クラビア中尉……』

 

「来るな! お前らが居たから、おかしくなっちまったんだ! フロイト少佐も……サワシロ大尉も……俺らを裏切るような人達じゃ、なかったはずだろうが……!」

 

 呻くダイキに対し、声をかけようとしたファイブはイレブンに制されていた。

 

 トゥエルヴがその怒りの矛先を向けられている現状をしかし、看過出来ない。

 

『……イレブン。だが、トゥエルヴだけが……』

 

『いい。あいつは汚れ役を買って出ている』

 

 その言葉通り、ダイキはトゥエルヴに掴みかかり、怒声を張り上げる。

 

「言えよ! 自分達のせいでブリギットを失ったって! 騎屍兵さえ来なければ……不運なんて俺達には降りかからなかったんだって! そう言えよ!」

 

『クラビア中尉。落ち着いて聞いてもらいたい。我々も作戦系統に困惑がある。ブリギットは残念だった。騎屍兵の擁する艦艇では、少しばかり死の臭気が濃いだろうが我慢して欲しい』

 

「我慢? ……それは俺の台詞だって言うのか……。俺が生き延びちまったのも……我慢だって言うのかよ……!」

 

 拳を固めたところで仲裁に入ろうとして、声がかかっていた。

 

「よさないか! クラビア中尉!」

 

 その言葉を投げたのは少しばかり年季の入った将校である。

 

 ダイキは目を見開いて、翳した拳を止めていた。

 

「……中佐殿……? 何故、騎屍兵の艦に……」

 

「凶報を聞いてな。居ても経っても居られず、と言った具合だ。……ブリギットは」

 

 ダイキは拳をぎゅっと握り締め、悔恨を噛み締める。

 

「……俺が居ながら、敵に落ちました……」

 

「そうか。いいや、よく戦ってくれた。生存者が居るのは僥倖だ。こちらの損耗率は?」

 

「ほとんどゼロではありますが……ブリギット一隻を失ったのは単純に大きい……。中佐殿、俺はどうすれば……」

 

 振り翳す先を失ったダイキの拳を掴み、中佐と呼ばれた将校は言いやる。

 

「お前が翳すべき怒りの矛先は、彼らにではないだろう。三年間、少しばかり頭が冷えたかと思ったが……まだまだのようだな」

 

「中佐は……! お変わりなく……」

 

「レミア・フロイト少佐、それにバーミット・サワシロ大尉。共に面識はあった。それゆえに、お前を任せたのもあるのだが……。見極めが足りなかったと言うべきか。統合機構軍からの生え抜きのエリートとは言え、彼女らは情にほだされた。レジスタンスに……逆賊に堕ちるとは……」

 

「……俺が守り切れなかった……俺が……」

 

 涙を堪えるダイキの相貌に、ファイブはあの日の自分を重ねていた。

 

 月軌道決戦時、敵へと果敢に立ち向かった末に――「死者」に堕ちた自分に。

 

『……どう足掻いたところで、敵は敵です』

 

 自分の放った言葉に、将校とダイキは揃って眼を見開く。

 

『……敵は敵なのです……。ならば撃つべき。それ以外にあるでしょうか』

 

「お前……! フロイト艦長をよくも知らないで……言いたい事だけ言いやがって……!」

 

 ――違う。よく知っている。

 

 だがそうは言えずに、ファイブは声を振る。

 

『敵は敵なのです。ならば、次に講じるべきは相手を撃つ手段であって、ここで諍いを続けている場合ではない』

 

「失礼ながら、騎屍兵とお見受けする。名は?」

 

『ファイブです。ゴースト、ファイブ』

 

「階級はどうなっている?」

 

『我々騎屍兵に、階級の別はありません。ただ目的を遂行するだけの亡霊でしかない』

 

 マニュアルじみた言葉に中佐は、そうか、と諦念を浮かべる。

 

「……いや、君達の理念に背くな、これ以上は。……ファイブ、それに騎屍兵の者達へ。すまなかった。ダイキ・クラビア中尉の軽率な発言は私の責任だ」

 

 ここでまさか中佐階級が頭を下げるとは思いも寄らない。

 

 ダイキはしかし、これまでとは違い、言葉少なであった。

 

『……よして欲しい。我々の落ち度だ』

 

「いいや……! これから先、作戦行動を共にする。少しの禍根が命取りになるであろう。……謝らせて欲しい。そしてダイキに……もう一度チャンスをやってくれ」

 

『チャンス、とは……』

 

 困惑する自分達に対して、中佐は顔を上げてダイキを一瞥する。

 

「ダイキ・クラビア中尉はよく出来た部下だ。私の直属でもある。騎屍兵の駆る《ネクロレヴォル》への適性も、決して低いわけではないだろう」

 

「中佐……? 何を言って――!」

 

「《ネクロレヴォル》に空きがあれば、彼を乗せてやって欲しい。そして、共に作戦行動を実施し、この禍根は絶対にそそぐ。それを約束してもらいたい」

 

「やめてください、中佐殿! 俺のために、何でそこまで……!」

 

「お前のためだからだ。私の頭程度、下げればいいのならいくらでも下げよう。だが、ダイキ・クラビア。お前は決して下がってはならん。奪われたのならば、奪い返せ。それがお前と言う仕官だろう」

 

 その言葉振りにダイキは一度、大きく涙ぐんでから、顔を拭って返答する。

 

「……了解しました。中佐殿、俺、また……」

 

「いい。それ以上は言うな。騎屍兵の方々、彼は見ての通り、実直だけが取り柄の行政連邦の士官でしかないが、頼めるだろうか。彼の行く先を」

 

『もちろんです。我々とて、下手な諍いの種を撒きたいわけではない』

 

 トゥエルヴの言葉に異論はない。

 

 ここに集った騎屍兵身分は所詮、彼らの親子ごっこに従うしかなかった。

 

 ――何ていう、三文芝居。

 

 お涙ちょうだいのつもりなのだろうが、ただの自己満足、自己陶酔だ。

 

 ファイブはもう枯れ果てた己の涙の行方を一瞬だけ感じたが、彼らを見据える瞳は最早、騎屍兵のそれになっていた。

 

『必ずや戦果を。そして、取り戻しましょう。奪われたものを、全て』

 

 

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