機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第126話「誘いの魔女」

 

 ミラーヘッドの段階加速に入ったのを照準器に入れたアルベルトは、舌打ちを滲ませる。

 

「野ッ郎……! ミラーヘッドに入りやがる! 総員、敵影を捉え、こっちも応戦するぞ! レヴォル・インターセプト・リーディング、発動!」

 

『了解! 各員、順次発動!』

 

 ユキノの号令を帯びて《マギア》編隊がミラーヘッドの構えに移る。

 

《ネクロレヴォル》のミラーヘッドはしかし、明らかに圧倒していた。

 

 両翼を広げた騎屍兵のミラーヘッドはまるで自在。

 

 こちらの手繰るミラーヘッドの数十分の一でありながら、的確に分身体を射抜き、引き裂いていく。

 

「……あっちのほうが場数は上ってか。ユキノ! 後ろに下がって後方支援に! ……オレは、前に出る!」

 

『小隊長? ……コード、マヌエルの使用は!』

 

「出し惜しみしている暇ぁ、ねぇ! コード、マヌエル! オレに従え……ッ!」

 

 コックピットの操作系が赤く染まり、《マギアハーモニクス》の頭部が引き出され、宇宙の常闇を引き裂く獣の咆哮が上げられる。

 

『……小隊長……』

 

「ユキノ……いいから下がって、ミラーヘッドの後方支援だ。出来んだろ……それくれぇ……。オレは前の連中を――弾き飛ばす!」

 

《マギアハーモニクス》が赤い眼光を棚引かせて《ネクロレヴォル》の背後へと回り込む。

 

 これが千載一遇の好機――そう断じて背筋を蹴りつけ、袖口に仕込んだヒートナイフを発熱させる。

 

 そのままアステロイドジェネレーターに一打、と予見した神経を敵のミラーヘッドは上回ってくる。

 

 瞬時に背後を取られる、凍てつく心音。

 

 しかしマヌエル使用時には、時間が何倍にも引き延ばされる。

 

「……マヌエルは……伊達じゃ、ねぇ……ッ!」

 

 機動力の臨界点を超えて跳ね上がった《マギアハーモニクス》は敵の打ち下ろしたビームサーベルの太刀筋を潜り抜ける。

 

 そのまま掌底を叩き込もうとして相手も同じ姿勢を取っている事に気づいていた。

 

 反射的に機体を下がらせたのはこの三年間で培った習い性であろう。

 

 相手の掌底が爆ぜ、至近距離で絶対の死地である蒼いスパークが散る。

 

「大振りたぁ……上等ッ!」

 

 露わにしたのは剥き出しの格闘神経。

 

 喧嘩殺法の腕が迸り、相手の上品なだけが取り柄の戦法を打ち負かす。

 

 肘打ちからの頭蓋への一撃――レヴォルタイプならば頭部は弱点のはずだ。

 

 揺さぶられた視神経を相手が持ち直す前に、ヒートナイフで息の根を止めようとして敵は機体を蒼く燃やしていた。

 

 それはまさに、亡霊の焔。

 

 ミラーヘッドが雪崩れ込み、《マギアハーモニクス》を瞬間的に吹き飛ばす。

 

 アルベルトは奥歯を噛み締めてその衝撃波を持ち堪えつつ、直上に位置取った敵影が一斉に照準していたのを目にしていた。

 

 ミラーヘッドの段階加速を瞬時に用いて火線を潜り抜ける。

 

「……危ねぇ……。今、首なかったぞ……」

 

 だが安堵を噛むような時間もなし。

 

 敵影へと牽制銃撃を見舞いつつ、次手に移ろうとして虚脱感が視界をブラックアウト寸前まで追い込む。

 

「……マヌエルの臨界時間かよ……。レヴォルの意志ってのは、これだから……ッ!」

 

 ミラーヘッドジェルも三割を切っている。

 

 この状態からでは離脱挙動に移るのが精一杯。

 

 平時ならば帰投するルートに移るのだが、今回ばかりは勝手が違う。

 

「……悪ぃな。普段なら臆病風ってもんだが、今ばっかりは背中任せられてんだ! オレが簡単に折れちゃ、いけねぇんだよ……!」

 

 ビームサーベルを抜刀し、《ネクロレヴォル》のうち一機と打ち合う。

 

 干渉波のスパーク光が散る眼前で、アルベルトは雄叫びを上げていた。

 

「ここから先には! 通させやしねぇ――ッ!」

 

 薙ぎ払った一閃で弾かれ合い、銃撃を浴びせて距離を取ろうとするが、騎屍兵は既に背後へと回り込んでいる。

 

 遅れた照準器で捉えようとするも、相手の挙動は明らかに自機を凌駕している。

 

「……たった三機の《ネクロレヴォル》相手に満身創痍たぁ……我ながら情けねぇ……なァッ!」

 

 吼え立てて敵影と交錯しようとして不意打ち気味に機体が後退していた。

 

 ワイヤーによる引き戻しにアルベルトは当惑を浮かべる前に、ユキノの《マギア》に拘束されている。

 

「……ゆ、ユキノ……? てめぇ何やって……」

 

『何やって、はこっちの台詞でしょう! ……ヘッド、無茶してクラードさんが喜ぶとでも思ってるんですか!』

 

「……あいつに顔向け出来ねぇだろうが」

 

『もう充分でしょう。一旦ブリギットの応戦領域まで戻ります。……我が方も限界が近いでしょうから』

 

「……くそっ! 持たせられないってのかよ……! クラード、あいつの帰る場所くらい、オレは――!」

 

 その時、ブリギットより出撃した機影をアルベルトは視野に入れていた。

 

「……おい、こんな戦闘宙域で、誰が……」

 

『私が許可したわ。これも作戦行動には必要だった』

 

「艦長? ……じゃああれには……!」

 

『今は。ブリギットの護衛を頼ませてちょうだい。私達は勝った上で生き残らなければいけないのよ。あの月軌道決戦とは違う』

 

 アクティブウィンドウに表示されたレミアの面持ちは、死にに行けと言った三年前とは違う。

 

 絶対に生き残るべきだと言う覚悟が窺える。

 

「……了解。ブリギットの護衛位置につく。ただ……あんたでも、無茶な事は言わせねぇ。これ以上、仲間を失うなんて事はな」

 

『了承しているわ。アルベルト君、もうあなたは我が社のエージェントなのだからね。勝手に死んでもらっては困るのよ』

 

「……そうかよ。オレも、身分を弁えてって奴かよ」

 

 牽制銃撃を見舞いつつ、騎屍兵の機体から逃れる。

 

 相手も深追いはしてこないようであったが、今はそれがありがたい。

 

「……ユキノ、さっき出撃した機体は?」

 

『……言わないように、命じられているんですけれど』

 

「言えよ。もうそんな事、言っている場合じゃねぇだろ」

 

『……では。出撃したのは《オムニブス》単騎。乗っているのはカトリナさんですよ』

 

 ユキノの言葉が信じられず、アルベルトは問い返す。

 

「何だって? あの人が何で……」

 

『ほら、信じない。そうだと思ったから言わなかったんです』

 

 どのような意見を持とうと、今はブリギットの守りにつくしかない。それも込みでのユキノの判断なのだろう。

 

 しかしそれでは。

 

「死にに行くようなもんじゃねぇか……護衛の一人も付けずに……!」

 

『大丈夫ですよ。カトリナさんも、もうそんな迂闊な事はしないでしょう』

 

「分かんねぇだろうが! ……そんなもん」

 

『じゃあ小隊長が守りに行きますか? あの絶対の防衛網に突っ込んででも』

 

 それは、と言葉を詰まらせる。

 

 セブンワンは最早ここよりも強い戦闘領域だと判定しても構わないはずだ。

 

 ならば、自分の出来る事はせいぜい、ブリギットを守り通すのみ。

 

「……分かった。オレはオレの出来る事を、だろ。ユキノ」

 

『……相変わらずの物分りで』

 

「放っとけ。……にしたって、あの人が単騎で行くって事は、何か策があるって思えばいいんだよな?」

 

 そうでなければ死に場所を求めて、と言う話になるが、ユキノは断言していた。

 

『それはないでしょう。カトリナさん、死にに行くように見えました?』

 

 一人全てを抱え込もうとしていたカトリナの姿を思い返す。

 

 思い詰めて、もあり得るが、今はレミア達も居る。

 

 分不相応な事はしないはずだ。

 

 否、そうなのだと、信じたいだけの。

 

「……ああっ、もう! 余計な事ばっか脳裏を掠めやがる! ブリギットの護衛につくぞ! 今は! 馬鹿になっちまったほうが楽そうだ」

 

『了解。RM第三小隊は弾幕を張りつつ、敵を近づかせない』

 

 小隊規模で伝令が行き届き、《マギア》がそれぞれ敵部隊の接近を阻む。

 

「……だがよ。じゃああんたは何のつもりで……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 隔壁を射抜き、そのまま肩口から突っ込んで侵入した《疑似封式レヴォル》は最早、満身創痍であった。

 

 全身に裂傷を作った機体で、クラードは同期した視界の中に目標を探す。

 

「……ここまで潜り込んだんだ。深部のはず。目的のものが……」

 

 その時、不意打ち気味にアクティブウィンドウに浮かび上がったのは後続する《オムニブス》の信号であった。

 

「……来たのか。ここまで蹴散らしてきたから片道は楽だっただろう」

 

『……よく言いますよ。こっちだって、弾をもらえば同じなんですからね』

 

 カトリナの声を聞いてから、分析結果は、と促す。

 

「この辺りのはずだ。……あんたが後続して来たという事は作戦が継続中って事だな?」

 

『ええ。……《オムニブス》で斥候します。敵影が見えれば、まだ……』

 

 そこまで口にしたカトリナの《オムニブス》を標的した敵影を関知し、クラードは咄嗟に機体を横滑りさせる。

 

《疑似封式レヴォル》の片腕がもがれ、思考拡張の神経を引っぺがす激痛が走っていた。

 

『クラードさん!』

 

「……分かっている。大丈夫だ。……まだ伏兵が居たか」

 

 光学迷彩に身を浸している《カンパニュラ》が残り二機。

 

 しかしその伏兵は同時に、ここが目的の場所である事を告げていた。

 

「……あんたは先に行け。あの《カンパニュラ》は俺が抑える」

 

『でも……クラードさんは……!』

 

「行け。あまり時間も取れない」

 

 こちらの言葉にカトリナは多くを返さず、《オムニブス》を加速させて突っ切っていく。

 

 片方の《カンパニュラ》が追撃しようとしたのを、クラードは宙に舞った腕を拾い上げ、それを投げ捨てていた。

 

《カンパニュラ》が針路を阻まれ、僅かにうろたえた隙を突いてその頭部を引き千切る。

 

「アイリウムはこれで無効……だがそれでももう一機と……」

 

《疑似封式レヴォル》の背面へと銃撃が掃射される。

 

 奥歯を噛み締めて躍り上がった機体は、直上の建築物に爪を食い込ませて機体の軌道を曲げ、直角に敵影へと肉薄する。

 

 浴びせ蹴りを見舞った勢いを殺さず、爪に熱伝導をもたらし一文字で引き裂いていた。

 

《カンパニュラ》のメインカメラが焼き付く。

 

 その中でサブカメラに切り替えるまでの一秒にも満たない隙を突き、手刀がコックピットブロックを貫いていた。

 

 敵影を蹴り上げた時には、背後から照準したもう一機がビームライフルの引き金を絞る。

 

「……来い。お前の相手は、……俺だ」

 

《カンパニュラ》がビームサーベルを抜刀する。

 

 光学迷彩を捨て去ってミラーヘッドの段階加速を経て瞬時に距離を詰めた相手へと、クラードは掌底を浴びせ込もうとして、途端肉体が軋んだのを感じ取っていた。

 

 ――限界。

 

 それが今、訪れるなんて。

 

 かっ血し、ただの肉体一つに集約された自己が《疑似封式レヴォル》から急速に失せていく。

 

 感覚の剥離現象は、ライドマトリクサーの戦場において最も忌避すべきだ。

 

《カンパニュラ》がビームサーベルを大上段に構える。

 

 そのまま打ち下ろされるかに思われた太刀は、放たれた光軸によって阻まれていた。

 

《カンパニュラ》が挙動に驚愕を滲ませる。

 

 その視線の先にあったのは、オレンジ色の機動戦艦であった。

 

「……来たか。俺達の、叛逆のための誘いの魔女――オフィーリア」

 

 援護砲撃を放つ新鋭艦――オフィーリアの存在は作戦のうちに入っていた。

 

 

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