機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第127話「暗礁断末魔」

 

「セブンワンに眠っているのは《ダーレッドガンダム》だけじゃないわ」

 

 ブリーフィングルームにて、レミアはそう切り出していた。

 

「だが荷物が多ければリスクも高まるぞ」

 

 こちらの言い分にカトリナも首肯する。

 

「そうですよ。今のままでも充分に追われるに足る状況なのに、これ以上……」

 

「いいえ、ブリギットではいずれ頭打ちが来る。クラードに一任するだけじゃない。セブンワンの制圧にはクラードの力と《疑似封式レヴォル》が必須だけれど、その後があるのよ」

 

「その後……」

 

「何がある? 《ダーレッドガンダム》の強奪と並行してやろうって言うのか」

 

「これを」

 

 浮かび出した三次元図は新造艦のものであった。

 

「……これ。ブリギット級ですか? こんなものが……」

 

「ええ。行政連邦の新型艦であるブリギットよりもさらに次世代のために生み出された艦艇。名をオフィーリア。誘いの魔女よ」

 

「オフィーリア……」

 

 気圧されている様子のカトリナに、クラードは言いやる。

 

「これをどうしろと言うんだ。俺は《ダーレッドガンダム》だけでも精一杯になるだろう。《疑似封式レヴォル》単騎で行くんだ。生存率も低いはず」

 

「恐らく《ダーレッドガンダム》はこの艦の中に隠されている。二重の策ね。《ダーレッドガンダム》とこの艦は、恐らく二つで一つ。ベアトリーチェと《レヴォル》がそうであったように」

 

「情報集積艦か。だが、どうすると言うんだ? 誰がこの艦を動かす? 俺はライドマトリクサーだが、艦制御は完全に想定外だ」

 

「……あの、だからこそ、私……なんですよね?」

 

 レミアへと問いかけたカトリナに、クラードは目を見開く。

 

「……どういう事だ」

 

「カトリナさんはこの三年間でベアトリーチェ相当の艦の長を務めてきた。私には新しい艦を手にするのは彼女だと思っている」

 

「……俺はカトリナ・シンジョウを守りながら戦えるほどの余裕はない」

 

「だから、これは作戦継続が可能かどうかの是非を問うてから、でしょうね。カトリナさん、あなたは何度も《オムニブス》で戦場に出ているはず。クラードの作った道に沿って、《オムニブス》でオフィーリアまで向かい、艦を起動させてちょうだい」

 

「……俺が突破出来る前提だが、セブンワンの警備が手薄とも思えない。《カンパニュラ》か、《レグルス》か、いずれにせよ強敵が待っているのは間違いないだろう」

 

「エンデュランス・フラクタル上層部がマグナマトリクス社と手を組んで造った機体よ。恐らくは最悪の想定を浮かべるべき」

 

「……光学迷彩持ちか」

 

 レミアは頷き、カトリナへと視線を移す。

 

「カトリナさん。クラードが作戦時間を遂行したら、その時には《オムニブス》で出撃。オフィーリアを手にしてもらいます」

 

「……私が……切り札、なんですね?」

 

 無言の肯定にクラードは口を挟んでいた。

 

「……何でアルベルトを呼ばない。あいつだって現状じゃ立派な戦力だ」

 

「アルベルト君には敵を引き付けてもらいます。RM第三小隊ではユキノさんに作戦の概要を知らせてある」

 

「何でアルベルトには知らせない?」

 

「冷静で居られるとは思えないからよ」

 

 レミアの判断は、しかし正しいのだろう。

 

 彼女の作戦指示はいつだって冷徹で、なおかつ情を排除している。

 

「……なるほど、分かった。だが、だとして。俺がセブンワンの深部まで至る前提だ。……《疑似封式レヴォル》が臨界点を迎える可能性が高い。俺も、生きているかどうかは……」

 

「そんな……! そんなの駄目ですっ!」

 

「駄目って言ったって、無理なものは無理なんだ。レミア、報告書は行っているだろう? 《疑似封式レヴォル》の現状も」

 

「ええ、そうね。だからこそ……最後の最後まで無理を通してもらうわ、クラード」

 

 その一言で彼女が生半可な覚悟でトライアウトネメシスから反目したわけではない事が窺える。

 

「……なるほど。俺にも無茶をしろ、というわけか」

 

「申し訳ないとは思っている。でもあの月軌道決戦と今が違うのは、カトリナさんも戦えるだけの人材になっているという事。そしてアルベルト君達RM第三小隊が敵陣と渡り合えるだけの戦力になっている。クラード、あなた一人に任せているわけじゃない。どの部分で破綻が来ても、この作戦は遂行されない」

 

「……アルベルト達を信じているんだな?」

 

「もちろんよ」

 

 クラードは嘆息一つで憂いを打ち消していた。

 

「……なるほど。なら俺の差し挟む口はないよ、レミア。俺は《疑似封式レヴォル》で先行、その後に作戦実行時間になったらカトリナ・シンジョウが《オムニブス》で俺の作った道を通り、オフィーリアを手に入れる。……俺はセブンワン全ての敵影の排除か」

 

「苦しい戦いを強いているけれど、どっちにせよブリギットのままじゃ足が遅い。追いつかれて包囲なんて旨味がないわ。私達には新造艦、オフィーリアが必須になってくる」

 

「そして《ダーレッドガンダム》か。この両者が揃えば、レミア。勝率はどこまで上がる?」

 

「少なくともトライアウトネメシスに居た頃の私には勝てる」

 

 その言葉が何よりも雄弁に物語っていた。

 

「……それなら、俺は行くよ。レミア、あんたの作戦を俺は信じている。だがそれ以上に、信を置くのは委任担当官だ」

 

「……私……?」

 

 きょとんとするカトリナに、クラードは呆れ返る。

 

「……三年間、何もしていなかったわけじゃないだろ。これまでのあんたには戦力と時間が足りなかったのかもしれないが今のあんたにはレミアとバーミット、それに損耗しているとは言えブリギットに、俺と《疑似封式レヴォル》が居る。この状態ならば勝ちの目はあると思っていいのだろう」

 

「勝ちの目……。レミア艦長、私は……」

 

「頑張って来たんでしょう? なら、私の計算なんて超えてみせなさい、カトリナさん。あなたは委任担当官、戦うだけの役職だけれどその職務を逃げずに全うしてきた。それは誰かに言われたからじゃない。誇っていいはずよ。あなたは、もう三年前の頼りないあなたじゃない。何よりも、私に勝ったんだもの。今さら勝利者としての余裕がないなんて言わせないわよ?」

 

 ウインクしてみせたレミアにカトリナは呆けたような面持ちを浮かべた後に、ぎゅっと拳を握り締める。

 

「……私が……行きます。みんなのために……オフィーリアを手に入れる……!」

 

「その意気よ、カトリナさん。さて、私達は用意をしないとね」

 

「そうですね。ブリギットがいくら捨て駒とは言え、最後の最後まで足掻かないと、この艦だって浮かばれませんよ」

 

 バーミットの言葉に肩を竦めたレミアは作戦概要を纏めてから、ブリーフィングルームを後にしようとする。

 

 その背中にクラードは言葉を投げていた。

 

「……一つ聞かせて欲しい。レミア。あんたはこの戦いの果てに何があると思う?」

 

「あら、意外ね、クラード。そんな事を問いかけるなんて」

 

「まだ、俺の役割は消えていない。――全てのMFを殲滅し、そして……」

 

「そこまで思い切るものでもないと思うけれど。でも、そうね。あなたが本心から、運命へと叛逆すると言うのなら、その作戦は継続中にある。クラード、オフィーリアを手に入れ、《ダーレッドガンダム》を手中に入れれば、私の口から言わせてちょうだい。あなたを……保留し続けたトリガーの赴く先を」

 

「……それはあんたの業でもある」

 

「それはそうなのでしょう。でも、私は向き合う事を恐れていた。その結果が今だと言うのなら、私も変わらなければいけない。あなたや、カトリナさんのようにね」

 

「……カトリナ・シンジョウは強くなった。だからこそ、レミア、あんたに勝てた」

 

「そうね。あそこで上回ったのはきっと、あなたが入れ知恵しただけじゃないもの。彼女はベアトリーチェと共に……ここまで来たのね」

 

「レミア。あんたのトリガーはまだ健在だ。引き金を引く時は、任せて欲しい」

 

 レミアは一つ微笑んだ後に、やっぱり、と続けていた。

 

「……あなたは変わったわ、クラード。だからこそ、そのトリガーの職務もきっと、私がもっと考えるべきなのでしょう。あなたにばかり重石を任せられない」

 

「俺は変わってなんて……いや、これも逃げ口上か。俺はだが、変わらないものもあると信じている。それがお前との約束だ、レミア」

 

「まだあんな弱かった頃の女の泣き言を覚えているなんて、あなたも酔狂ね、クラード」

 

「どう思ってくれてもいい。俺は、約束を違えるような真似はしない」

 

 その言葉を潮にして身を翻す。

 

 無重力に舞う白衣に対し、レミアは語っていた。

 

「でもそれは……あなたにだから言えるのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思考拡張を施したとは言え、新造艦一つを動かすのに必要な集中力は並大抵ではない。

 

 だが、これは自分に任された役目――そう規定したカトリナは砲撃を《カンパニュラ》に向けて放つ。

 

「当たらなくってもいい……クラードさん! リニアカタパルトに配置してあります。《ダーレッドガンダム》へ!」

 

『了解。《疑似封式レヴォル》で敵を蹴散らしてから向かう』

 

 クラードがこちらへと推進剤を振り絞って向かおうとしたのを、カトリナは直上に陣取っている敵影を関知していた。

 

「敵……? まさか、あの影は……!」

 

 セブンワンの建築物の影より、現れたのは――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『クラードさん! 直上より、射撃が来ます! 避けて……!』

 

「直上だと……」

 

 習い性の神経で跳ね上がり、クラードは《疑似封式レヴォル》の機体装甲を叩いたビーム粒子を回避していた。

 

「……あれは……まさか」

 

 能面のような機体構成面を持つ機影は間違いない。

 

 喪服の機体はミラーヘッドを展開し、瞬時に段階加速で肉薄する。

 

 抜刀した敵影に対し、クラードはヒートマチェットを翳していた。

 

「《ネクロレヴォル》……まさか、張っていたのか……!」

 

『エージェント、クラード。その首、狩らせてもらいます』

 

 詰めた声音はよく知っている。

 

 ――これは自分と同じ声だ。

 

「エンデュランス・フラクタルの……育成したエージェントか」

 

『エージェント、クラードは死亡したものとして扱えと本社は言っていましたが、あなたは生き残った。何故です? 不合理でしかない』

 

「その不合理性を、理解出来ないのなら、通せ……!」

 

『看過出来ませんね。そのような不合理を、どうこうしろなんて』

 

《疑似封式レヴォル》で蹴り上げるも、相手は格闘戦術を心得ている。

 

 こちらの動きを読んで受け止めた刹那には、ビームサーベルの熱波が《疑似封式レヴォル》の胴体へと突き込まれようとしていた。

 

 クラードは咄嗟に機体を横ロールさせ、敵を振りほどく。

 

《ネクロレヴォル》に収まった敵エージェントは、静かなる殺意を湛えていた。

 

『エージェント、クラード。もう死んでいるのなら、せめて殺して差し上げましょう。次世代のエージェントである、この私――エージェント、キュクロプスの手で』

 

「……エンデュランス・フラクタルはまた、間違いを犯すと言うわけか」

 

『間違い? 何を言っているのです。あなたはただ敗北するのみ。そこに意味なんてない』

 

《ネクロレヴォル》が肉薄し、《疑似封式レヴォル》を蹴りつける。

 

 クラードはその脚部を掴み、片腕の膂力で振り切る。

 

《ネクロレヴォル》はしかし、その加速追従性で投げ飛ばされる前に姿勢制御を行っていた。

 

「墜ちろ――!」

 

『墜ちるのはあなたのほうです』

 

 ヒートマチェットを電荷させ、そのまま残光を薙ぎ払う。

 

 赤い残火を刻むその時には、敵影は躍り上がり両断の太刀を見舞っていた。

 

 半身になってかわすも、拡散した粒子束が装甲を打ち据える。

 

 クラードはコックピットの中で、マヌエルの臨界点を超えた機体がレッドゾーンを示しているのを目にしていた。

 

「……このままじゃ、よくて空中分解。悪ければ……」

 

『潔いほうがいいですよ、クラード。あなたにはもう、帰る場所なんてない』

 

「帰る場所……。どうかな」

 

『何ですって?』

 

「俺は……帰る場所は分からないが、違えてはいけない約束だけはある。その一つの役目のためには……まだ死ねるものか……!」

 

『そんな風に糊塗されただけのプライドで、私には勝てない』

 

《ネクロレヴォル》が刺突の構えを取ってこちらへと加速する。

 

 クラードはその加速度の勢いを借りて――ビームサーベルがアステロイドジェネレーター炉心を射抜く瞬間を感じ取っていた。

 

『クラードさん!』

 

『終わりですね、エージェント、クラード。もっと賢いと思っていた』

 

「いや……まだ終わりじゃない」

 

 最後の手だ。

 

《疑似封式レヴォル》のコックピットブロックをパージさせ、頭蓋がボルトを爆砕させて離れていく。

 

 無重力を漂うコックピットへと《ネクロレヴォル》が手を伸ばそうとして、その時にはアステロイドジェネレーターを巻き込んだ収縮爆砕が《ネクロレヴォル》の気勢を奪っている。

 

『……これさえも計算内だと……!』

 

「賭けに過ぎない。そして俺は……賭けに勝っただけだ」

 

 クラードはコックピットブロックを破棄し、三年間、共にあった《疑似封式レヴォル》より離れてオフィーリアのリニアカタパルトに固定されている機体へとパイロットスーツの推進剤を吹かせる。

 

「……これが……《ダーレッドガンダム》……」

 

 右肩に長大な複合装甲を持ち、機体シルエットはレヴォルよりも鋭角的になっている。

 

 その双眸を確かめてから、クラードは頭蓋のコックピットに収まっていた。

 

『クラードさん! まだ最終調整が……』

 

「待っているような時間はない」

 

 システム認証を飛ばし、クラードは両腕を翳していた。

 

 赤く疼くライドマトリクサー痕に対し、この機体は呼応している。

 

「それならば……俺に従え――叛逆の担い手よ……!」

 

 瞬間、可変した両腕だけではない。

 

 上部より肩口へと拷問椅子が如く拘束具が装着され、全身に渡る七割のライドマトリクサー施術痕を関知していた。

 

 可変した部位へと無理やりの接続。

 

 クラードは脳髄に突き刺さったこれまでよりもなお色濃い機械信号の侵略に、あ、と声を漏らしていた。

 

 その短い断末魔にもならない声を上げた次の瞬間には、電脳の津波がクラードの意識を漂泊していた。

 

 

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