機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第十四章「世界への拒絶本能〈キラー・オブ・トワイライトチルドレン〉」
第129話「暗幕の月軌道」


 

 暗礁宙域は重く沈んでいる。

 

 それは双方の火線がこう着状態になった事からも明らかであった。

 

「戦局は!」

 

 振り絞った声を発するトライアウトの士官に、管制室から声が飛ぶ。

 

「現状、互いに睨み合いです。しかし、何だって言うのでしょうか。相手は月軌道艦隊ですよ」

 

「だからなのだろう。旧時代の遺物に過ぎん連中には退場願わなければ。艦主砲、砲撃準備! ヘカテ級の力を示せば、敵勢だって……!」

 

「待ってください! 艦長、敵勢力より電報! これは……退却せよとの通知です」

 

 想定外の電報に艦長は肘掛けを握り締めていた。

 

 それは何よりの侮辱だろうに。

 

「嘗めているのか……我々がトライアウトの……行政連邦の意を表す部隊である事を知っての狼藉かぁ……ッ!」

 

「しかし、こうも続いています。大規模攻撃の予兆あり。回避されたし、と。……どういう事なんでしょう。相手はこちらに攻撃したいんだかしたくないんだか……」

 

「いずれにせよ、我々を嘗め腐って、ただで済むと思わせるな。《レグルス》部隊へ伝達! 敵月軌道艦隊を叩く! そうだとも、いずれは墜ちる大隊だ。ここで沈めても何の問題もなし……!」

 

 ヘカテ級より月軌道に位置するアルチーナへと《レグルス》がそれぞれ小隊編成を組んで接近していく。

 

「ミラーヘッドを受諾! MS小隊はそのままの会敵速度で敵陣営を一網打尽にせよ」

 

 ミラーヘッドの蒼い両翼を帯びた編成に、艦長は勝利の感慨を噛み締めていたが、直後に冷水を浴びせかけられたかのような伝令が届いていた。

 

「いえ、艦長、これは……! 最大望遠カメラに!」

 

 艦内メインモニターに映し出されたのは、緑色の機体色を反射させる、全身これ武器とでも言うような機体であった。

 

 大きさはMS大でしかないが、その脅威をこの世界に棲む者達で知らない人間は居ない。

 

「……MF04、《フォースベガ》……。だがあんなに離れて何をするつもりだ? 完全に射程外だぞ」

 

《フォースベガ》が片腕を大きく掲げる。

 

 その瞬間、機体内部に格納されていた無数の刃がその腕へと展開されていた。

 

 三角錐型の四枚刃を纏った《フォースベガ》がすっと、人がそうするかのようにこちらへと振り下ろす。

 

 その瞬間には、護衛艦が粉砕――否、断絶されていた。

 

 何が起こったのかまるで分からないトライアウトの艦長は呆けるのみである。

 

「……何が……あのMFは、何をした……?」

 

「目標より放たれたのは……信じられません。超高濃度粒子電磁帯――ビームサーベルの類に酷似!」

 

「馬鹿な……ビームサーベルだとぉ……ッ!」

 

 しかし溶断の瞬間も見えなければ、粒子束を構築したような兆候も見られず。

 

 ただ腕を振り下ろしただけで、艦艇クラスが爆砕されるなど、悪い夢のようであった。

 

「も、目標、もう片方の腕を……」

 

 最大望遠で捉えた《フォースベガ》が、もう片方の腕を開き、刃を同じように三角錐状に構築していく。

 

 追撃が来る、とそう判じたのは自分達だけではないようで、トライアウトの艦艇が一斉砲撃をもたらしていた。

 

 誰が示し合せたわけでもなく、《フォースベガ》へと掃射されたミサイルとビームの乱射はしかし、彼の機体が腕を薙ぎ払っただけで霧散、消滅する。

 

「MF04……腕を払っただけで我が方の砲撃網を……これは、切断……? 切断だと言うのか……」

 

 管制室も静まり返っていた。

 

 この期に及んでどよめくような人間は、トライアウトには居ない。

 

 艦長は肘掛けへと拳で殴りつけ、伝令を飛ばす。

 

「叩けェーッ! MFの首を獲ったとなれば、我々の手柄だ! 世界の手柄ともなろう!」

 

「し、しかし艦長……既に先の攻撃により、《レグルス》部隊は蒸発しています……」

 

「では《エクエス》でもいい! 後衛につかせるつもりだった《エクエス》で押し込め!」

 

「無茶を言わないでください。彼らに死に行けと言うのですか。あの距離から護衛艦を叩き割ったのは既にご承知でしょう? これ以上無益に兵を死なせれば、それこそ行政連邦の沽券に係わります」

 

「……ではどうしろと言うのだ。敵の性能を前にして、ただ何も出来ずに静観しろとでも……」

 

 その時、新たにポップアップウィンドウが開き、長距離通信が保持されていた。

 

「いえ、これは……月軌道艦隊より入電。撤退するのならば、MF04は追撃しない、との事です」

 

「何故、失墜したはずの旧連邦艦隊が、我々に意見出来る……。一体、何がどうなっていると言うのだ……」

 

「分かりませんが、MFの相手なんてしなくってもいいという事なのでは? これは好機です。一時撤退し、情勢を見てからでも遅くはありません」

 

「……馬鹿を言え。その頃には何もかも様変わりしているだろう……」

 

 だが、MF相手にこの距離であっても射程内と言うのであれば、ここでむざむざ背中を見せて斬られるか、あるいは愚直に進んで叩かれるかのどちらかを選べと言われているのに等しい。

 

 戦うのをよしとするか、死ぬのをよしとするかだけの違いだ。

 

 そんな些末事にこだわって部下を死なせるのかと命題にされれば、その時点で詰んでいる。

 

「……艦長。差し出がましい事とは存じますが、これ以上の損耗は我ら、トライアウトにとって不利益となり得ます。今は、……賢明なご決断を」

 

「賢明、か。どれもこれも、虚飾の舞台だ。……艦、回頭! 我が方は一時撤退し、持ち直す! ……だが今に見ていろよ、MF04……貴様のその胎に抱えた叡智は余さず我々が解析する。その時には、死ぬのは貴様のほうだ……!」

 

 ヘカテ級の艦艇が次々と撤退機動に移っていくのは単純なる敗走以上の意味を持つ。

 

 それは月軌道艦隊――旧地球連邦であっても意味ぐらいは察せられるべき。

 

 行政連邦は、度重なるダレトへの侵攻作戦を、ここに不可能だと断じるしかないと言う事実であった。

 

「……だが、何故だ。何故、MF04が……地球連邦の味方をする? 一体、何なのだ。あの聖獣の意図は……」

 

「後方より、追撃、ありません。……艦長、すいませんでした。一兵士の領分を超えた進言を……」

 

 先ほど自分に意見した士官に対し、艦長は頭を振る。

 

「……いいや、私も後先が見えていなかった。あのまま飛び込んでいれば犬死にと言うものだろう。君らを死なせずに済んだのは、ただの現場判断だ。それは誰にも咎められるものではない」

 

「……しかし、どうしてMFが攻撃を? これまで積極的に我が方を撃滅した勢力と言えば、MF02の名が挙がりますが……」

 

「《ネクストデネブ》、か。件の月の聖獣は、今も?」

 

 士官は最大望遠でその模様を映し出す。

 

「ええ。……三年前に一度だけ、超空間を開いて跳躍してからと言うもの、一度ラグランジュポイントへと帰還するなり、我らの叡智が届き……」

 

 最も気性の荒い聖獣であった《ネクストデネブ》は全身を結晶体のような赤い鎖で縛られて眠りについている。

 

 昏睡の只中にある機体は、かつてのように荒ぶる事はない。

 

「それもこれも、何があったのか……三年前の月軌道決戦において、我が方は……トライアウトは統合機構軍の戦力に強制介入し、互いに痛み分けの形で停戦。トライアウトジェネシスとトライアウトネメシスはかつての権力構図を統合機構軍への分配と言う結果に落ち着いたのは……誰の意図だったのでしょうか。今や件の統合機構軍……騎屍兵団でしたっけ? あれのほうがよっぽど我々よりもトライアウトの統制を行っているって言うのに……」

 

「騎屍兵団、か。奴らは間違いようもなく、亡者の影だ。あれに囚われるくらいならば、死の臭気が濃いこの月軌道とて、まだマシな作戦の領分だったと言うのに」

 

 その結果が敗走とは笑えない冗談である。

 

 敗退の軌道を取るこちらとは正反対に、月軌道艦隊へと向かっていく艦艇がいくつか散見されていた。

 

「……あれは、研究部門の艦艇か? 何故、月軌道艦隊へと向かう……」

 

「トライアウトブレーメン……。研究開発を専任している以上、その内情は謎に包まれています。奴らが月軌道艦隊と通じていてもおかしくはないかと」

 

 暗礁宙域を突っ切る青い艦隊に、艦長は唾棄する。

 

「……これだから、言われてしまうのだ。道楽部門とでも」

 

「ブレーメンの内部構成、及び行動理念の全てが不明。それは元々、我らトライアウトに貢献するであろうと目されていたからですが……」

 

「今や、統合機構軍と地球連邦に尻尾を振る走狗と化したか。後ろから撃てと言われれば撃つのだがな」

 

「トライアウト内での内部分裂は、三年前の繰り返しになります。あの時は、ジェネシスとネメシスの間に降り立っていた暗黙の了解を破ったから……」

 

「統合機構軍にその隙を突かれた、か。まったく、儘ならぬものだな。我が陣営もいささか杜撰が過ぎると言うもの」

 

 だが統合機構軍の陣営が割れないのはそれだけではないのだろう。

 

 あのタイミングで、月に本拠地を構える統合機構軍の中でも最大手である、エンデュランス・フラクタルが停戦協定を持ちかけなければ、どちらかは確実に潰れていた。

 

 現時点でトライアウトジェネシスも、トライアウトネメシスも存在しているのは、あの時に間を取り持ったエンデュランス・フラクタルの采配が大きい。

 

「……だが、気に食わんと言うのだ。死の商人め」

 

 トライアウトブレーメンの運用する青い船舶は元々、エンデュランス・フラクタルが開発していたと言う民間機動戦艦であるベアトリーチェという艦艇を模倣したものだ。

 

「さながらブレーメンが漁夫の利を取ったかのような情勢ですが……彼らは最初から分かっていて?」

 

「それも不明だよ。……三年前の月軌道決戦時、貴官はどこへ?」

 

「失礼ながら、まだ配属前でした」

 

「そうか。……若いな。だが、その若さが幸いしたのだろう。あれは地獄であったよ。六番目の聖獣たる《シクススプロキオン》の出現。そして、月軌道艦隊はその現場に居合わせた事で、聖獣討伐任務を帯びてMFと交戦した後、地球圏より英雄の名を賜わったのに比すれば、我々トライアウトからしてみれば内部事情を勘繰られただけの戦いであったのは単純に苦味が勝ったものであった。……トライアウト士官は地球連邦の腐敗し切った縦割り社会よりもなお、腐り果てていると世界に通告されたようなもの。あの日より、行政連邦は苦い戦いを強いられている」

 

「……自分は後から事実を知ったクチですが、全世界的にも新たなるMFの出現と、そしてMF02の空間跳躍はセンセーショナルなニュースでした。……もっとも、その動乱も三日で収まったのはさらに驚きでしたけれど」

 

「世界がひっくり返るような出来事も、三日天下か。何ともまぁ、飲み込み難い事よ」

 

「艦長は……あの戦局で前線に?」

 

 その問いかけに、在りし日のトライアウトの軍勢を思い返す。

 

「……ああ。私はジェネシス側の士官であった。トライアウトネメシスに叛意あり、との報を受け、天誅と意気込んだものさ。だがその実、相手にも自分にも罪ありき、という結論になってしまったのは……後にも先にも笑えんな」

 

「事実、ネメシスは体制に擦り寄っていたと言う、噂が……」

 

「何だ、噂話などを気にかけるのか? それでは出世出来んな」

 

 皮肉めいたジョークを飛ばしてやると、若い士官はうろたえたようである。

 

「そ、それは元より……」

 

「この程度でがたつくな。たかが知れると言うものだ。……しかし、私も若かったのだよ。ジェネシス側に正義があるのだと、信じて疑わなかった。ネメシスの操る《エクエス》の軍勢を……あの動乱の中どれだけ撃墜しただろうか……。泥仕合であったからな。ミラーヘッドオーダーの受諾タイミングもほぼ同時。互いにミラーヘッドで削り合う死地で、聖獣が舞い降りたのはどこか皮肉めいてさえもいたが……」

 

「艦長は、《シクススプロキオン》を? あれを見たのですか?」

 

「……ああ、見た」

 

 今でも網膜に焼き付いて離れない。

 

「8」の字を思わせる異様なモニュメント。円錐型の推進器を持ち、高重力砲撃を放たれた際には死を覚悟したものだ。

 

「……だが、死ななかった。我ながら悪運が強かったのか、あるいは天命か。いずれにしたところで、聖獣を前にすれば、こちら側の人間に生存権などないのだ。あれほどまでに……無力さを噛み締めた戦場もなかったとも」

 

「……その後、転属されて……」

 

 濁した部下に艦長は笑みを浮かべる。

 

「……笑えるだろう? あれだけ殺しておいて、ネメシスのヘカテ級戦艦の艦長をやっている。同族殺しだと、謗られた事も少なくはない」

 

 しかし、そこに正義があったからこそ――大義の前に死んで行った命相手に下手な罪悪感は逆に侮辱となる。

 

「私は信じたからこそ殺した。そこに信念があったと思ってはいる。……いずれにしたところで、今は月軌道艦隊へと向かうブレーメンの厚顔無恥だ。奴らは何を考えている? あちらと繋がっているのか?」

 

「分かりませんよ。その可能性も……。だって、研究部門だからってミラーヘッドも何もかも、奴らは任されているんです。《レグルス》開発、そして《アイギス》の配備。第二世代の時代の流れを作ったのは奴らなんですから。そればっかりは覆せませんよ」

 

「第二世代MS、か。……それは我々人類そのものの、罪のようでさえもあるがな」

 

 青い艦隊は自分達とは正反対の方向へと向かっていく。

 

 その背中へ感じたのは、憎々しさよりも疑念であった。

 

「……護衛艦が沈んでも、奴らには痛くもかゆくもない。我ながら女々しいとも。ブレーメンの連中に配されていれば、酒を酌み交わす相手が生きていたのだと……そう思ってしまうなんてな」

 

 

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