機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第130話「禁術を手繰る者」

 

『敵影、射程外へ逃れました。お疲れ様です、MF04』

 

「その識別番号、やめてくれないか。まるで何でもない、怪物だと言われているようだ」

 

 こちらの返答にアルチーナ艦より声が弾ける。

 

『それはすまなかった。だがこれも広域通信なのだ。後々、提出しなければならん』

 

「それは軽率であった、と言うべきで?」

 

『……いいや。今は互いの武運を祈ろう。……これで何回目となる?』

 

「数えた事はありませんね。僕はどの陣営からしてみてもアンノウンのはず。……いいんですか? こんな風に月軌道艦隊がダレトの向こう側より来たりし存在と交渉……いいや、通信しているなんて」

 

『貴官は間違いなく、我々の護衛対象だ。よってこの通信も、何も憚ったものではない。宇宙飛行士――ザライアン・リーブス』

 

 名を呼ばれ、《フォースベガ》のコックピットに収まっていたザライアンは、コンソールに翳していた両手を閉じていた。

 

 それに同期して《フォースベガ》が武装を収納していく。

 

 両腕へと三角錐状に構築された四枚の太刀筋は、この次元宇宙の者達がダウンサイジング化し、ビームサーベルとして運用している技術の礎であった。

 

「それにしても、トライアウトは何度も攻めてくる。作戦概要が下に流れないのでしょうかね」

 

『これは秘匿義務がある。如何にトライアウトが超法規的機関だとしても、情報が常に上から下へと流れるように。彼らは画一化された情報しか知らないのだろう』

 

「……それは教訓ですか」

 

『いいや、経験則だよ。我々もそうであった。MF04……《フォースベガ》と貴官に出会うまでは』

 

「分からないものは分からない……人類がそうであったように、この次元宇宙でも、ですか」

 

『そうだと認められないのがヒトなのだよ。だからこそ、扉の向こうの叡智へと手を伸ばし続ける。それが無為なるものだと判明しても、なお……。度し難いとはこの事だろうな、宇宙飛行士からしてみれば』

 

「いえ、僕は結局、《フォースベガ》と共にあるだけですから」

 

『……あの時……三年前の月軌道決戦にて第六の聖獣の討伐に当たってくれたのも、そのような打算的な考えだったのかな?』

 

 ザライアンは自らの両腕に視線を落とす。

 

 ――破壊者の腕だ、と自嘲して、いいや、と返答する。

 

「打算だけで動いていれば、僕もあなたも生きてはいない」

 

「不沈の月軌道艦隊がまた、生存確率を伸ばせたのはひいては貴官の働きによるものが多きい。先ほどのトライアウトの強襲も、まるで我が方には情報などなかった」

 

「やはり……意図的な情報封鎖が行われているようですね」

 

『それも、三年も苦楽を共にしていても話せないのかね?』

 

「……知らないほうがいい事実もある」

 

『誰の言葉だ、それは』

 

「引用不明ですね。……僕は一度、《フォースベガ》から降りたほうがいいでしょう。探り屋が来ているんなら余計に。ザライアン・リーブスはMF04のパイロットであった、というのは出来れば知られたくはない」

 

『……今でも信じられないのだよ。君がダレトの向こう側からの使者だと言われても』

 

 アルチーナの艦長の言葉は恐らく、この次元宇宙に住まう者達全ての感想であろう。

 

 MFを操る存在もまた、ヒトであったなど性質が悪い冗談だ。

 

「……一度帰還します。トライアウトブレーメンの面々とは顔合わせをしなければいけない」

 

『ああ。アルチーナへと戻りたまえ。ザライアン・リーブス』

 

 ザライアンは瞼を閉じる。

 

 脳内ニューロンを加速させるイメージを伴わせ、直後には眼を開いていた。

 

 瞳孔から逆三角形の紋様を浮かび上がらせ、光が流転したその時には管制室に着地している。

 

 アルチーナの管制室はざわめく事もないが、艦長だけは帽子を傾けさせていた。

 

「……いつ見ても慣れんな。空間跳躍、人間単位でのダレトの構築など」

 

「慣れれば楽ですよ。この移動方法も」

 

「……それはおぞましいとも言う」

 

 メインモニターに映し出されていたのは青い色彩の艦艇であった。

 

「彼らが?」

 

「ああ。トライアウトブレーメン。幾度となく我が方と渡りを付けたいと交渉を願ってきた軍勢だ」

 

「軍警察なら、《フォースベガ》で仕留められましたが」

 

「逸るなよ。あれには問い質したい事があるのだ。それは君の知りたい事と合致している可能性が高い」

 

 ザライアンは青い艦隊を見据え、そのカタパルトから飛び立っていく疾駆の機体を目にしていた。

 

「……ミラーヘッド新型機、《アイギス》。あれが戦場を席巻するようになってもう一年は経つ」

 

「戦場は変容しつつある、という事だな。《マギア》は型落ち機とされ、《エクエス》は後方支援に追いやられた。我々の所持していた機体も定期的にこうして補給を受けなければ、月軌道の観測ばかりでは感覚をやられる。話によっては、地球圏ではさらに新型の開発を急いでいるとも聞く」

 

「性急が過ぎます。MSの開発の裏には、MFとダレトの解析が欠かせない。……彼らはまた、禁忌の扉を開く……」

 

「扉の向こう側の使者として見れば、ご立腹かな」

 

「いいえ。それもまた、正しいのでしょう。この次元宇宙では、どうやらまだ、“破局”に至っていないようですから」

 

 ザライアンは管制室を後にしようとしてその背中に声を受ける。

 

「して、ザライアン・リーブス。君の言う“破局”とは、一体何なのか。いつ、どのようなタイミングで起こるのか、聞かせてはもらえないのか」

 

「……それをこの次元宇宙の誰かに告げれば、またしても運命の確率論は変動する。僕は……もう失いたくないんです。だから、言えない……」

 

 それが苦渋の選択なのだと、三年間の重みが艦長を含めアルチーナ艦に務める者達との間には降り立っている。

 

「分かった。これ以上の詮索はしない」

 

「……感謝しますよ」

 

「感謝は……本来する側なのだろうな、こちらが。君は……我々を救いに来た――英雄なのだろう?」

 

「英雄は自らの事を英雄とは言いませんよ」

 

 そう言い置いてザライアンは管制室を立ち去っていた。

 

 グリップを握り締めた瞬間、疼痛が走り、自らの腕を握り締める。

 

「……もう限界に来ているのか。《フォースベガ》を自在に操るのには……」

 

 自室とされている暗幕の部屋に雪崩れ込むように押し入り、本の山を除けてベッドに横たわる。

 

 じくじくと神経を侵食する激痛が苛む腕の袖を上げていた。

 

 そこに宿っていたのは赤く明滅する楕円の紋様である。

 

 ――自分を制約し続ける罪の証。

 

「……だが僕も運命に選ばれたんだ。なら、これはきっと聖痕なのだろう」

 

 瞼を閉じると、脳内に反射されたニューロンのネットワークの中に今も《フォースベガ》と、そして同等の力を持つ三機の聖獣を感じ取る。

 

「……《ファーストヴィーナス》は静観を続ける。《ネクストデネブ》は拘束され、この次元宇宙でまどろむか。《サードアルタイル》は……駄目だな、どうにも見えない。三年前の覚醒の兆候以来、三番目が一番にくせ者だ。何か……致命的な何かを逃しているような気がして……」

 

 そこまで口にした時、ザライアンはハッと習い性の身体を起こしていた。

 

「……失礼。ここにいらっしゃると、艦内クルーからお伺いしました」

 

「……ブレーメンの者か」

 

「ああ、そう強張らないでください。我々はただ、あなたの話を聞きに来ただけなのですから。宇宙飛行士、木星帰り、宇宙の戦士……様々な渾名を持つ、我らの誇るべきヒーロー、ザライアン・リーブス。何なら少しインタビューでも拝聴したいほどだ」

 

「……僕は何でもない。ただの木星船団の師団長だ。他のクルーに聞けばいいだろう」

 

「そう邪険にしないでください。私は話し合いがしたくって、ここに寄ったのですから」

 

「……話し合い? 間に合っていると言えば」

 

「そうですか。それは残念」

 

 直後、ザライアンは重圧を感じ、ベッドへと倒れ込んでいた。

 

 瞬時に理解する。

 

 ――これは高重力なのだと。

 

 幾度の死線を乗り越えてきた脳内に打開策を呼び起こそうとする前に、カードキーを認証させて入ってきた男と視線がかち合う。

 

「……お前は……」

 

「強硬策に出ざるを得なくなった。私としてもこれは切り札でしたので、あまり使いたくはないのです」

 

 歩み寄ってくる男に、ザライアンは文庫本の一つに仕込んでいたナイフを手繰り寄せ、相手が至近距離に近づいたのを関知して跳ね上がる。

 

 だが刃はその首を払ったのに、血潮の一つさえも浮かばない。

 

「……ライドマトリクサー、だと……」

 

「人体の弱点は強化してあるのです。頸動脈、頸椎、眼球、エトセトラ……。これでも信頼と実績の企業仕事です。やはり運び屋が死んでは困りますので」

 

「運び屋……? ブレーメンの連中じゃないのか」

 

「彼らに船を寄越したのは我が企業ですから。乗り合わせくらいは何て事はありませんでしたよ」

 

「……エンデュランス・フラクタル……ッ! 死の商人か!」

 

「それは人聞きの悪いと言うもの。私達はビジネスをしたいだけですので。より上客に、より高品質な商品の提供を」

 

「……貴様らが……あの日の惨劇を招いた……! 月軌道決戦でどれほどの人間が死んだと思っている……!」

 

「それは誤解と言うものかと。私は、ただビジネスの仕事のために、あの日あの場所に居たと言うだけですので」

 

 ザライアンは吼え立てて刃を翻す。

 

 男の付けていた眼鏡のフレームを掻っ切り、そのまま後ずさっていた。

 

「これはこれは……また眼鏡を新調しなければいけませんね」

 

「貴様らの目的は何だ……。何故、五番目の使者を……《フィフスエレメント》を封じ込めた? 造ったのは貴様らだろう。――《オリジナルレヴォル》だ」

 

「おや、そこまでご存知とは。失敬、私、ちょっとだけ現状認識が甘かった模様です」

 

 男の読めない視線をザライアンは掻い潜る術を講じようとしたが、相手がどのような手を仕込んでいるのか分からない以上、下手を打てない。

 

 自分の判断次第でこの三年間の苦楽を共にしてきたアルチーナ艦のクルー達まで犠牲になる。

 

 木星圏での過酷な経験則から弾き出そうとした答えも今は彷徨うばかりだ。

 

 エンデュランス・フラクタルは「どこまで」知っているのか。

 

 トライアウトブレーメンの艦に同乗して来たと言うのならば、目的は既に達成されたと考えるべきだろう。

 

「……そちらの目的は僕と《フォースベガ》の擁立か」

 

「聡明で何より。私、商談は大の得意でして。あなたが一言、イエスと言えば、全て万事、まるーく! 収まりますとも」

 

 大仰にジェスチャーしてみせた男の態度に、ザライアンは吐き捨てる。

 

「……気に入らないな。何もかもを分かっていて傍観者を気取るスタンスと言うのは」

 

「何もかもは分かっていません。その証拠に、三年前にヴィヴィー・スゥの襲撃は読めなかった。彼女もまた、あなたなのでしょう?」

 

「……その態度がどこまでも嘗め腐っていると言うんだ。僕が何か話すとでも思ったのか」

 

「いいえ。別に彼女に聞けばよろしい話ですし、それはあなたの良心に任せましょう。ですが、いいのですか? 同じ聖獣に搭乗する者同士、情が移った、という事もあるのでは?」

 

「ないさ。MFに乗る人間同士の接触は危険とされて――」

 

 そこまで語って、しまった、と口を噤む。

 

「そう、なのですね、やはり。MFに乗る人間同士は、接触でさえも忌避している。その理由が垣間見えました」

 

「……僕をはめたのか……」

 

「ちょっとした探り合いですよ。牽制にもならないかと思っていましたが、いやはや。木星帰りには程よいブラフでしたかね?」

 

 ザライアンはナイフを構え、眼前の男へと敵を睨む視線を据えていた。

 

「貴様は何なんだ……」

 

「失礼。名乗るのが遅れましたな。私はエンデュランス・フラクタル、営業部門部長、タジマと申します。ザライアン・リーブス殿。あなたには私の商談に付き合っていただきましょう」

 

 タジマと名乗った男は胸ポケットからスペアの眼鏡を取り出し、ブリッジを上げていた。

 

 

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