機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第133話「女には向かない職業」

 

「ブリギットを捨てる……って事ですか?」

 

 問い返した自分にトーマは携行保水液を飲み干す。

 

「まぁ、有り体に言えばそうっす。足を潰してあるんだから、二隻も機動戦艦を持っておく旨味もないし、それにブリギットは目立ちますからね。トライアウトから目ぇつけられている今となっちゃ、ブリギットを伴わせている時点で下策っすよ」

 

「……そっかぁ。何だか、本当に、一ところに留まらなくなっちゃいましたね」

 

 格納デッキの片隅でメカニックの怒声を聞きながら、カトリナは移送されていく《マギア》を視界に留めていた。

 

「このオフィーリアは作戦目標だったんでしょう? なら、しばらくはここが帰る家って事なんじゃないっすかね。あーしも、とっととここに慣れないと。サルトル技術顧問がこれっす」

 

 角を立てる真似をしたトーマにカトリナは微笑んでから、何だか、と声にする。

 

「こうしてトーマさんと、二人っきりで落ち着いて話すのも久しぶりですね……」

 

「……そうっすね。カトリナ嬢が遠くなっちまったのが原因っしょ」

 

「私が遠く……ああ、でもそうなのかもしれません。私、生き急いでいましたね」

 

「ようやくお分かりになって?」

 

「……もうっ、からかわないでくださいよ。でも、生き急がないと追いつけないって、どこかで思っちゃっていたのは本当なんでしょうね。あの人に……」

 

 自分の視線が《ダーレッドガンダム》に搭乗するクラードに向いていたのを関知してトーマは頬杖を突きながら尋ねる。

 

「……惚れてるんすか、クラードさんに」

 

「へっ……ふへぇっ……? な、何言ってるんですかぁ! トーマさんってばもう……っ!」

 

「いや、そこまで分かりやすい反応してもらえると何て言いますか……ゴチっす、カトリナ嬢」

 

 手を合わせる真似をするトーマにカトリナはあわあわと当惑してしまう。

 

「ち……違いますからねっ? これはそのぉー……憧れとかっ! 憧れとか、そういうの込みで……っ! あ、込みって言っちゃ駄目だ……だから違って……っ!」

 

「そうやってあたふたすんの、随分と久しぶりじゃないですか、カトリナ嬢」

 

 あっ、とそこでトーマが分かり切ってそんな言葉を投げてきたのだと理解して、急速に頭が冷えて行った。

 

「……も、もうっ……」

 

「カトリナ嬢、からかい甲斐ありまくりっしょ」

 

「と、トーマさんだって……っ! お仕事に浮ついたものの一つや二つは――」

 

「ねぇっすよ、そんなの。もう……浮ついただの何だの言わないように、してるんすから」

 

 そこでカトリナは口を噤む。

 

 トーマの首から提げられているネックレスには、いつかの指輪が留められていた。

 

 彼女にとっては待っても仕方のない約束なのだ。

 

 自分とは違う、とカトリナが暗い気分に浸ろうとしたところで、不意打ち気味に背後から頬をつねられてしまう。

 

「ふへぇぅ! ひゃに……」

 

「カトリナちゃーん! つーかまえたーっ!」

 

 バーミットが自分の頬を引っ張り、ふにふにと指先で弄ぶ。

 

「ちょっ……バーミット先輩……っ! 戦闘待機なんじゃ……!」

 

「あー、それ? 何だか息が詰まるって言うんで、もうとっくの昔に自動航行モードに設定しちゃった」

 

 てへ、と舌を出すバーミット相手にカトリナはため息をつく。

 

「も、もう……っ。今が一番大変なんですから! 楽しちゃ駄目ですよっ!」

 

「はいはーい。まさか、カトリナちゃんに言われるようになっちゃうとはねぇ。先輩形無しって感じ」

 

「つーか、パイセン、いいんすか? いくら反旗を翻したって言っても、一応は軍属だったんでしょ。しがらみみたいなのは」

 

「ないわよ。ないない。第一、あんなカタブツばっかのところじゃ恋愛の一つも出来やしないんだから」

 

「さすがっす、パイセン。どこまで行ってもパイセンなのは尊敬っすよ」

 

「じゃなくって! バーミット先輩、トライアウトでもそんな調子だったんですか?」

 

 ツッコんだ自分に対し、バーミットとトーマが顔を見合わせて笑う。

 

 何だか嵌められたようでカトリナは声を上ずらせる。

 

「な、何ですか……笑い合って……」

 

「いやぁー、カトリナちゃん、やっぱいいところ変わっていないなぁ、ってね。思っちゃって。心配だったのよ? レジスタンスの過激思想に染まっちゃったカトリナちゃんなんて見るの、あたし、嫌だったんだからね?」

 

「まぁ、ほぼほぼそんな無理してる状態で三年間っすよ。なかなかのカタブツなのはカトリナ嬢のほうなんじゃないっすか?」

 

「ふっ……二人して身勝手な事言わないでくださいよぅ! 私はその……変わりようもなかったって言うか……根っこのところは同じって言うか……」

 

「でもね、正直それが一番かな。あたしはOL気取っていた頃にはもう戻れないし。何やかんやでトライアウトの大尉身分って言うのは窮屈でね。どれだけ統合機構軍からの派遣だって言ったって、軍属だもの。退屈なんてもんじゃなかったわ」

 

 その軍属の身分から、自分は無理やり連れ戻したのだと思うと、何だか一抹の罪悪感はある。

 

「……その、すいませんでした……」

 

「何で謝るの? カトリナちゃんが謝ったって済む話じゃないでしょう?」

 

「それでもその……私の目標のために、レミア艦長やバーミット先輩をその……一時的とは言え銃口を向けたようなもので……」

 

 ごにょごにょ言葉を濁していると、バーミットはふーん、と自分の頬を摘みながら首を傾げる。

 

「そういうもんかしらねぇ。だってあたしは、自分で自分の居場所くらいは確立するつもりだったし、OL業やろうが、軍人未満に成ろうが、それって結局、あたしの選択だもの。今さら誰かのせいにするような女々しさなんてないし、それこそ失礼でしょ。今まで居た場所にね」

 

「パイセン、イケメン過ぎっすか。バッチシ決まっていますよ」

 

「でしょー? なーんでなのかなぁ。それでも言い寄ってくる男の一人も居なかったのって。あ、けれどまぁ慕ってくれる子は居たか」

 

「ひょうでもひいでひゅけれどぉー……ほっぺたちゅまみゅのやめへくだひゃいー!」

 

「あ、ごめんごめん。ついうっかり。いやー、カトリナちゃんもちゃんとしなさいよ。もちもちほっぺなのはいいけれど、それも年齢には勝てないんだからね? いつかは化粧水やら何やら頼みになってくるんだから。トーマちゃんだって、機械油塗れになっているよりかは着飾ったほうがいいに決まっているんだし」

 

「……あーしに着飾りとか、無理っしょ。年中ツナギでいいんですよ」

 

「駄ぁー目。着飾って輝く子達がそう言う風に無理して着飾らないの、見てられないもの。原石は磨かなくっちゃ光らない! これ、常識よ?」

 

「も、もう……っ、バーミット先輩ってば。……でも、それもそうかも。この数か月間……まともに寝てもいないし」

 

 そこまで口にしたところでバーミットが頬を掴んでくる。

「駄目よ! カトリナちゃん! 女にとって寝不足は大敵! 美容を第一にしないと!」

 

「く、くるひいれひゅってば! ……もうっ! 美容だとか言っていられなくなったんですよぉ!」

 

「ふぅーん。その割には、クラードにお熱じゃないの」

 

 見透かしたような声音に、思わず声を詰まらせる。

 

「……な、な……っ」

 

「あ、やっぱそう見えるっすよねぇ。カトリナ嬢、否定したっすけれど」

 

「えー、どう見たってカトリナちゃん、クラードの事を目で追い過ぎだもん。なぁーにがいいのかしらねぇ、あのトーヘンボク。三年間でちょっとばかし自分の欲望に忠実になっただけじゃないの」

 

「欲望に忠実、ですか……」

 

「そうでしょ。《レヴォル》を取り戻したい、自分の叛逆にはあたしやレミア艦長が必要って。まぁ頼る事を覚えたのはいいんじゃないの? 前みたいに、ただ自分が前に進みたいのか後ろに進みたいのか分からないまま、猪突だけはするような人間じゃなくなったのは見どころあるけれど。でも、まぁ、あいつガキなのには変わんないからねー。カトリナちゃん、いくらライドマトリクサーだからって、狙うのはもうちょっと大人のほうがいいわよ?」

 

「だ、だからぁ……そんなんじゃないんですってば」

 

「例えばー、そうねぇ。ああ、あの子とか。幼馴染の。クラビア中尉」

 

 思わぬところで名前が出てカトリナは困惑していた。

 

「だ、ダイキ……? えっ、何でなんですか」

 

「何でって……ああ、そっか。トライアウトネメシスにまだ在籍しているって知らないんだ?」

 

「いや、その……連絡とかも取らないですし……」

 

「もったいないわねぇー。あの子、真面目腐っていたけれど、見どころはあったのよ? レミア艦長に付きっ切りだったけれどねー」

 

 何だか想定外のところでバーミットとレミアがダイキに関わっていると聞くのは複雑な心境であった。

 

「……ダイキは、何か言っていましたか」

 

「何にも。ちょっとくらいは、カトリナちゃんの事、思い出してもいいくらいなのに。仕事に忠実過ぎたのよ、彼もね。まぁ、今のクラードと比べたら男としちゃどっこいどっこいか」

 

「だから、私はクラードさんにそんなのはないんですってば」

 

「ホントにー? 怪しいわねぇ。だってカトリナちゃん、あいつの帰り、ずーっと待っていたんでしょ?」

 

「……そりゃあ、待っていましたけれど、でもまさか本当に、帰って来てくれるなんて……」

 

「乙女な反応するけれど、今のクラード、危ういわよ。三年前よりもね」

 

 その言葉の赴くところにあるのは間違いなく《ダーレッドガンダム》の存在だろう。

 

 自分でも怖いのだ。

 

 せっかく帰って来てくれたクラードがまた彼岸へと旅立ってしまいそうで。

 

「……クラードさんは約束を守ってくれました。だからきっと、今度も……」

 

「カトリナちゃん燻製のオムライスのために帰って来てくれるって? 希望は……まぁ持つのは自由、か」

 

「えっ……どこでオムライスの事……」

 

「あっ、それ言ってなかったんだっけ。もう、トーマちゃんってば」

 

「あーしのせいにしないでくださいよ。口軽いのはパイセンっしょ」

 

 こうして何だか女三人で笑い合えるのも、随分と久しぶりな気がしてくる。

 

 ずっと張り詰めっ放しだった神経がようやく解れた感覚に、カトリナは頬を緩めていた。

 

「……ようやく、まともに笑ったわね、カトリナちゃん」

 

「えっ……そう、ですかね」

 

「一応は敵だったし、もう一回馬鹿な事言い合えるなんて思いも寄らなかったわ。もしかしたら銃口を突きつけ合う事になるかもって思っていたくらいだし。それくらいの覚悟はあるのよ。これでも軍属モドキだったんだから」

 

 レミアとバーミットは一時的とは言え軍警察に居たのだ。

 

 それは恐らく埋め難い断絶に成りかねなかった。

 

 だが今は。ただ純粋に仲間として、こうして冗談も交わし合える。その関係性の変化に一番に驚いているのは自分であった。

 

「……私、これまで酷い事を……作戦指揮をしてきました」

 

「知ってる」

 

「中にはトライアウト基地への奇襲作戦だとかも……。バーミット先輩の仲間とかも、殺したかもしれない」

 

「でも、カトリナちゃんは一発だって撃ってないんでしょ。自分で銃弾を」

 

「……どうしてそれを……」

 

「あっ、これもトーマちゃんから」

 

「全部あーしのせいにしないでくださいよ、パイセンってば」

 

 トーマを指差したバーミットは、でもね、と言葉の穂を継ぐ。

 

「……ちょっと、嬉しかったかもね。だってカトリナちゃんが誰でも敵は撃つって言うスタンスだったら、もうちょっと距離を置いていたかもしれない。それはもう、あたしの知っていたカトリナちゃんじゃ、ないんじゃないかなって。まぁあたしの知っているカトリナちゃん自体、どこまでなんだって話なんだけれどね」

 

 バーミットもともすれば自分から距離を取られる事を怖がっていたのかもしれない。それくらい、三年間の月日は無情であったのだ。

 

 自分は――幾度となく仲間を死地に招いてきた。

 

 死ななくっていい命もあったはずだ。

 

「……でも、私は強いてきましたから。アルベルトさんやユキノさんには、どれほどの言い訳も出来ませんよ……」

 

「それはあなたも一端に、責任ってものを背負えるようになった証でしょ。あたしは、責任で押し潰されちゃったカトリナちゃんなんて見たくなかったけれど、よかったのはそれも。クラードがあなたにとって掛け替えのない人間だったのが、いい方向に転がったのかもね。……まぁ、それでもあいつは相変わらず、口さがだけが取り柄のクソガキだけれどねー」

 

 バーミットが冗談めかして微笑んだのを、笑い返そうとして激震が見舞っていた。

 

 浮かび上がった自分とバーミットを、トーマが支える。

 

「この振動は……! 戦闘配置っす、お二人とも!」

 

 習い性の身体を跳ねさせてトーマは自分達を降ろしてから、サルトルへと取り付く。

 

「攻撃……っすよね?」

 

「ああ、そうみたいだ。奴さん、思ったよか早いな……。艦長! 敵のシグナルは?」

 

『こちらでも捉えているわ。敵信号は前回と同じく新鋭艦、モルガンと……護衛艦が三隻。補給のつもりなのかもしれないけれど、艦隊を組んでいるみたいね。簡単には通してくれそうにもない。伝令! これよりオフィーリアは戦闘配置に入ります。各員、対MS戦闘用意!』

 

「戦闘配置……モルガンって事は、ピアーナさん……」

 

 前回に得た情報を擦り合わせたカトリナはしかし、とぎゅっと拳を握り締める。

 

 今は、かつての仲間であっても戦い合うしかない。そうでしか、取り戻せないものもある。

 

 トーマが数名の整備班と共に運んできたのは大仰なパイロットスーツであった。

 

 黒と赤のカラーリングが施されたそれは、角張った羽織りのようなパイロットスーツである。それにクラードは袖を通して怪訝そうにしていた。

 

「……これ、重いよ。こんなので戦えって?」

 

「調整した限りじゃ、《ダーレッドガンダム》に接続される際のRMへの痛みは通常の比じゃない。これで少しはマシになるはずだ」

 

 サルトルが《ダーレッドガンダム》のコックピット脇から伸ばしたコードで調整し、端末を最適化する。

 

《ダーレッドガンダム》の計器に視線を落とすクラードへと、カトリナはバーミットに手を引かれながら呼びかけていた。

 

「あの……っ、クラードさん……っ!」

 

「何。言っておくけれど、喋っている余裕はない」

 

「じゃなくって……っ! ……帰って来てくださいよ」

 

 その言葉にクラードは一度だけ振り仰ぎ、ハンドサインを返してからバイザーを下げる。

 

「カトリナちゃん! 今は管制室に! 戦闘待機だって言うんなら、それが一番いいはずよ」

 

 バーミットの急いた声を聞きつつ、カトリナは胸元より浮かび上がった金色の鍵を握り締めていた。

 

「……お願いだから、無事に……」

 

 

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