「――MA《サイフォス》。クロックワークス社先導で建造された、人類史上初の、ミラーヘッドジャマーを搭載したMA。クロックワークス社へと送信されるミラーヘッドオーダーの信号を察知し、敵勢のオーダーのみを無効化する、この第四種殲滅戦においての切り札と成り得る機体」
そう言葉を継いだピアーナに、メイアは視線を振り向けていた。
「クロックワークス社とも渡りを付けているなんて思わなかったけれど」
「統合機構軍が最終的な勝利者となるために、技術の粋は惜しまないのが我々のスタンスです。たとえ貴女方がかつて第十七号量子コンピュータを強奪した過去があろうとも、クロックワークス社はダレトの恩恵を受け続けるための条件として、MAの開発に着手した」
「それ、外交的手段、って奴? いずれにしたって、あのMAの光……気に入らない奴だね。モルガンの真下に置いているのも撃墜されないためでしょ」
「相手からしてみれば、ジャマーの中心点に居る《サイフォス》はすぐにでも迎撃したいはずですが、そのためには《レグルス》編隊のミラーヘッドと、そして《ネクロレヴォル》、《サイフォス》にも《レグルス》小隊規模を付けています。これを突破する事など出来るはずがない」
「完璧な布陣、って言いたいわけ。でも、嘗めないほうがいいんじゃない? 相手だってここまでの激戦潜り抜けてきたんだし」
「モルガンの艦砲射撃もあります。敵勢がこの陣形を突破するためには、最低でも《ネクロレヴォル》を一機でも撃墜するほどでなければいけない。それほどの戦力が拡充されるような時間を置いていないため、敵は遠くから銃撃するしかないのでしょう。しかし、《サイフォス》の装甲は最新鋭のものを使っています。遠距離の豆鉄砲では、決して射抜けない」
「嫌だなぁ、こういうの。何だかセコくない? ちくちくとしてさ」
「勝てればいいのです。我が方の勝利が揺るがないのならば、それまでの経緯は関係がない」
メイアは《サイフォス》の守りに付いている《レグルス》小隊をカメラの一角に見やる。
《サイフォス》の発生させるミラーヘッドジャマーは完全に相手のオーダーを捉えている。この状況から逆転の目を見出すのは不可能であろう。
「あるとすれば……クロックワークス社にオーダーを通さない機体」
「既に調べは尽くしてあります。エンデュランス・フラクタルの機体はパブリックのオーダーを受諾し、そして攻勢に移っている。今からクロックワークス社に別の令状の信号を出そうにも、こちらの前線は既に相手との会敵距離に入っている。《ネクロレヴォル》と《レグルス》を引き剥がすのには最早詰みの領域。もっと早くに、距離を取るべきでしたね、カトリナ様……。ここで貴女との因縁も終わり……ある意味、長かったと言えましょう」
ピアーナが何かにこだわっているのは先の戦闘からも窺える。それを完全に振り払えていないのも。
だからこそ、自分のような門外漢を管制室に呼んでいるのだろう。
「……想定外は、でも起こるもの。――来るのか、《ダーレッドガンダム》」
その言葉を紡いだ瞬間、《ダーレッドガンダム》へと仕掛けていた《ネクロレヴォル》が機体の半分を吹き飛ばされたのを目の当たりにしていた。
ピアーナは僅かに遅れて問い返す。
「何事……!」
『リクレンツィア艦長。敵のアンノウン機である《ダーレッドガンダム》の……これは、砲撃……?』
《ネクロレヴォル》の機体が流れる。
その半身を打ち砕いたのは凶悪な鉤爪を誇る特殊兵装であった。
紫色の磁場がのたうち、灼熱の重力が空間を歪ませている。
「……まさか、超重力兵装……? 《シクススプロキオン》のそれだと言うのですか……!」
だがあまりにも小型化されている。
その違和感にピアーナは驚嘆を浮かべつつ、騎屍兵へと声を振っていた。
「《ネクロレヴォル》隊、不明機を抑えなさい! ミラーヘッドの加速度で、一気に包囲陣を――」
その言葉が消える前に、《ダーレッドガンダム》は蒼い残像を引いていた。
段階加速を経て、機体が《ネクロレヴォル》の射程を潜り抜け、真っ直ぐにモルガンへと直進してくる。
「《サイフォス》のオーダー無効化は! どうなっているのです!」
『さ、《サイフォス》は現状、問題なく稼働中! ですが、これは……《サイフォス》のオーダージャマーをさらに無力化するだけの……機体だとしか……!』
《サイフォス》に乗り込んだパイロット達からの伝令に、ピアーナはその瞳を見開いていた。
「……レヴォル・インターセプト・リーディング。あれにも搭載されているとでも言うのですか……!」
「だから言ったじゃんか。嘗めないほうがいいって」
こちらの意見にピアーナは《ダーレッドガンダム》を睨み、手を払っていた。
「艦砲射撃、弾幕を切らさないように致しなさい。如何に高性能とは言え、艦の下腹部に回り込むほどの胆力があるとは思えません」
「それは過小評価って奴じゃない?」
《ダーレッドガンダム》への火線が舞う中で、段階加速をわざと切ってから銃撃の中心地へと機体が舞い上がる。
「そこは射程の中心です! 確実に――獲った!」
だがその勝利宣言は、《ダーレッドガンダム》の右腕に装着された特殊兵装が煌めきを上げた事で霧散する。
掌に装填された漆黒の重圧が放射され、四方八方より迫った照準に対し、皮膜の役割を果たしたのだ。
一瞬だけ、全ての火線が消失する。
その機を逃さず、《ダーレッドガンダム》はモルガンの下腹部へと加速をかけて来ていた。
「……こんな無茶苦茶な戦法……! やはり貴方だと言うのですか、エージェント、クラード……っ!」
ハッとした様子のピアーナに、まさか、とメイアも目を戦慄かせる。
「彼なら……きっとボクらを殺す……」
「そう考えなければ、これほどの使い手など居ません……。《サイフォス》護衛の《レグルス》へ! 敵不明機を全力で抑えなさい。どのような手を使っても構いません。モルガンの下部を押さえられれば、轟沈もあり得ます!」
『り、了解……!』
しかし、おっとり刀の《レグルス》小隊が《ダーレッドガンダム》相手に出来た事など、応戦の照準を見舞おうとして、機体を無駄に扱った事くらいだろう。
火線が舞う前に、敵機の放った拡散重力磁場が《レグルス》の装甲を引き剥がし、内蔵フレームを軋ませた機体が次々とその鉤爪を前に撃墜されていく。
「ミラーヘッドを! こちらは使えるのですよ!」
そのような気が回るような余裕などあるものか。
不明機の放つプレッシャー相手に、賢しい頭を持つだけの兵士などそうそう居まい。
メイアは死の足音を伴わせて、最後の《レグルス》の頭部を引き裂いた悪魔の機体を見据えていた。
「……あれが……七番目の使者、《ダーレッドガンダム》……」
『――レヴォル・インターセプト・リーディング発動中。全てのミラーヘッド権限を専任ユーザーに委譲します。エージェント、クラードへ。ミラーヘッド段階加速を開始』
「もうやってるよ。これだから、レヴォルの意志ってのは始末に負えない」
だが、そのお陰で助かっていた。
レヴォルの意志を搭載しているのならば、そのデッドコピーであろうとも《サイフォス》の呪縛を潜り抜けられるはずだ。
そう確信してのミラーヘッド。
確実に敵勢の隙を突けた。
僥倖であったのは、《ダーレッドガンダム》の有する右腕の特殊武装たる、ベテルギウスアームの性能であろう。
「……《シクススプロキオン》と同性能の……ダウンサイジング化を果たした、重力磁場放出装置……」
《シクススプロキオン》の性能は三年前の月軌道決戦時に一番近い場所で目の当たりにした。
よってその性能を自分が発揮するとすれば、どのように、如何にして、というシミュレートは既に構築済みだ。
《ダーレッドガンダム》へと集約された艦砲射撃を一瞬にして無効化、その後に《サイフォス》へと肉薄――そのシナリオはミラーヘッドが使える時点で可能であった。
蒼く照り輝く《サイフォス》が巨大なるクロー装備を両側からこちらへと向けて来るが、鉤爪のパワーゲインはこちらのほうが上である。
クローと真正面から引き付け合い、相手の爪を鉤爪で引き裂いていく。
スパーク光が散る中で、《サイフォス》の頭部へと見舞ったのは腰部にマウントされていた短刀であった。
漆黒の短刀を逆手に握り締め、《ダーレッドガンダム》の機動性をもって、相手のコックピットへと突き立てる。
そのまま機体をロールさせての切断。
加えて鉤爪で圧死させる。
掌に装填された高重力磁場で《サイフォス》の性能を完全に殺し、相手が蒼い輝きを発せられなくなってから、クラードは通信に吹き込んでいた。
「アルベルト。敵MAを無効化した。ミラーヘッドは使えるはずだ」
『お前は……? クラード、お前はどうするって言うんだ……?』
「俺は……ここまで肉薄したんだ。――敵艦を撃破する」
《ダーレッドガンダム》が右腕の武装から蒸気を噴出させ、鉤爪を収納させる。
敵艦はさすがに新鋭艦と言うべきか、下部を取ったからと言ってすぐさま撃沈させてくれるほど生易しくもない。
タレットの自動照準が狙い澄ます中で、クラードは短剣を翻し、背面に格納されていた武装へと直結させていた。
可変していたのは黒い大剣である。
湾曲した刃を持つ大剣を両腕で保持し、ミラーヘッドの段階加速で火線を潜り抜けていた。
直上へと躍り出て管制室を見据える。
「《ダーレッドガンダム》、このままブリッジを切断する……!」
大振りだが、敵はこちらの戦力を舐め切っている。
今ならば獲れる――そう判断した神経はしかし、直前の熱源警告のアラートに打ち消されていた。
振りかぶる前に、その反応を察知出来たのは幸運と言うしかないだろう。
それほどの加速度を誇って機体へとぶつかってきた敵影は漆黒の機体である。
黄金に輝く眼窩に、王冠を想起させる頭部形状。
加えて《ダーレッドガンダム》を押し返すだけの推力を誇る機体の猪突に、クラードは瞬時に刃を払うが、その時には相手は直上に逃れている。
払った先の刃の切っ先へと、相手は降り立つなり、ビームサーベルの刃を突きつけていた。
「……こいつ……手練れか……!」
剣閃を薙ぎ払い、相手の攻勢を削ごうとしたが、その殺気を増幅させるかのように、敵機は舞い上がりこちらの剣筋を読み切ってビームサーベルの刃をわざと消失させ、カツン、と背筋に突き立ててみせる。
「……この……今のでやられていたと……!」
大剣の中間部に位置する柄を握り締め、短刀と大剣を分割させて二刀流とする。
慣れない挙動ではあるが、相手に隙を見せるよりかはマシなはず――そう判じた神経で太刀を振るい、敵のビームサーベルと干渉波のスパークを押し広げる。
「……ベテルギウスアームを撃つだけの時間は与えないと言いたいのか」
高重力磁場の攻撃は強大だが隙が大きい。
使い慣れていない兵装を用いれば、必然、敵に優位を与える結果になってしまう。
刃を軋らせ、跳ね上がった太刀で応戦。そのままミラーヘッドを展開して敵勢の圧倒――そこまで思考しての太刀筋がことごとく先読みされ、次手の剣筋を払う前に、相手が懐に潜り込み、両腕を交差させて機体の頭部を激震させる。
コックピットが頭部にある事を知っての攻勢としか思えない挙動に、クラードは奥歯を噛み締める。
「……こいつ、遊んでいるのか……」
『あまりに大振りだな。それでは……この私は墜とせんよ』
一瞬だけ繋がった接触回線に滲んだ余裕に、相手のパイロットの技量が浮かぶ。
「……嘗めて……ミラーヘッド、展開!」
ミラーヘッドの順次展開でこのまま手数を圧倒する。そう断じた神経に対し、漆黒の機体の識別信号は機体名称を紡ぎ出していた。
機体名、《高機動型レグルス》、と。
蒼い分身体を生み出し、両翼に広げた分身体による挟撃姿勢に移ろうとして、相手は加速度を上げて肉薄していた。
「絶対防衛圏のミラーヘッドの距離に迫る……!」
両断の太刀を払い、《高機動型レグルス》の胴体部を断ち割ろうとしたが、その瞬間には《高機動型レグルス》は曲芸師がそうするように機体を縦軸で回転させ、刃を振り払う。
発振したビーム刃がこちらと干渉したのも一瞬、直上を取った《高機動型レグルス》よりノータイムでの射撃が見舞われる。
仰ぎ見た《高機動型レグルス》の脚部に格納されていたビームタレットが照準され、クラードは《ダーレッドガンダム》に後退の選択肢を取らせていた。
「……ミラーヘッドも使わずにこちらを圧倒するか……!」
ベテルギウスアームを使用すれば、少しは引き剥がせるかもしれない、と感じたその時には、降下してきた敵機が両腕に保持した刃を払う。
粒子束を纏わせて、《ダーレッドガンダム》に必殺の応戦を伴わせるような時間を見出させない。
「……何者だ……このパイロット……!」