機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第138話「舞踊の宵闇」

 

「それにしたって、艦長。ジェネシスからの伝令って言えば、穏やかじゃなさそうですけれど」

 

 管制室でモルガンの射程距離を測っていたバーミットの言葉にレミアは目を細める。

 

「あるいは……このタイミングだからこそ、かもしれないわね」

 

「それって、軍警察が敵じゃないって話ですか? あたし達が裏切ったもんだから」

 

「分からないわよ。でも、私達は統合機構軍の中で諍いを起こしている。介入するのならば、今が好機なのは間違いないし」

 

「はぁー……メイクを直すような時間もないしサイアク……。艦長ぉー、これってブラック労働ですよぉー」

 

「……今さら何言ってるのよ。一応は軍属だったくせに」

 

「それって、艦長が言います? まったく、階級だけは無駄に高かったの、あれってあたしの働きのお陰なんですからね?」

 

「そうね……でも、ジェネシスの狙いとしてみれば私達の離反は少なからずあるはずよ。軍警察の艦艇であるブリギットがそのままエンデュランス・フラクタルに拿捕された現状、伝令を打ってこちらに赴くってなれば、一番に警戒すべき事は何だと思う?」

 

「……ポートホームで転送された瞬間を狙っての、ブリギットの轟沈。それによる勢力の一網打尽でしょうね」

 

「正解。あなたも何だかんだで軍警察時代の勘は鈍っていないじゃない」

 

「……それ、やめてくださいよ、マジに。カトリナちゃんに怖がられちゃう」

 

「でも、相手はブリギットを轟沈させて戦力を削ぐよりも、話し合いのほうに分があると感じてこうして申し出てきた。その意味を探るに……トライアウトジェネシスは私達の力が欲しいと感じている、そういう想定はどうかしら?」

 

「……ジェネシスは三年前に権威が失墜しています。軍警察の中でも下部組織に近い構成状態にある組織なら、講じるのは反旗を翻す、って感じですか」

 

「この機を逃さず、上へのクーデターもあり得ない話でもない。でもだとすれば、それは組織の中の自浄作用を信じるべき。……それなのに私達、エンデュランス・フラクタルと一時的とは言え手を貸すって言うのは……何か、利があっての事だと思うべきでしょうね」

 

 バーミットは腕を組んでうーんと呻る。

 

「あたし、牽制とか苦手なんですよねー。理屈ばった考えで遠回しより、早道のほうが好きって言うか」

 

「あなたはそうでしょうね。でも、相手は何か意図を持ってこうして探りを入れて来ていると考えるべき。トライアウトジェネシスにも私達の報告は行っているはずよ。だって言うのに、拿捕されたはずのブリギットを頼ってくるって言う事は……」

 

「相手もなりふり構っていられないって事ですか? まぁ、困っているのはお互い様ですけれど。この管制室も、新造艦の割には手広過ぎますからねー」

 

 レミアは構成員の居ない新鋭艦の管制室を仰ぎ見る。

 

 手広いと言うよりも、どこかで虚無さえも感じるような趣であった。

 

「そうね。基本はあなたと私しか居ないオフィーリアじゃ、いずれは厳しい局面も来るわ。その時に……何かしら策を講じておくのは何も間違いじゃない」

 

「カトリナちゃんもこっちに来ればいいのに。あの子、委任担当官だから、で、クラードのほうばっかり行きますよ?」

 

「いいんじゃないの。カトリナさんは変わらない部分もあるって。ねぇ、こういうことわざを知ってる? 噛む馬はしまいまで噛む、ってね。彼女の気質は私達とちょっと戦ったくらいじゃ変わらないんでしょう。クラードとの関係だけは、ちょっとくらいは変わったのだと思っていたけれど」

 

「そのクラードですけれど、今は昏睡……いえ、報告書だとちょっとした疲労って言われていますけれど、あのカタブツ、多分相当に無理を重ねてきたんでしょうね。そこんところは、カトリナちゃんも似通っていますけれど」

 

 バーミットのため息にレミアもメインスクリーンに映し出されたモルガンの勢力を見据えていた。

 

「……まさかピアーナと争う事になるなんてね。まぁ遅いか速いかだけの違いでしょうけれど」

 

「あの子は統合機構軍に配されたんですから、そりゃーそうもなりますよ。……加えて新造艦と騎屍兵の纏め役か。はぁー……あたしなら辞めてますよ、そんな職場」

 

「選り好みをしてもいられないのよ、あの子もね。……けれどまぁ、私達は合い争わなければいけない。それこそどちからかが死ぬまで、でしょうね」

 

「嫌ですよ、艦長。ピアーナ、見た目だけはカワイイ子だったのに」

 

「そう言えば、あなたの担当していたカワイイ子は居ないわね。どこに行ったのかしら」

 

「ファムは……あの後どうなったのかまるで分かりませんからね。はぁー、癒しが欲しいですよ」

 

「癒し、ね……。私達には恐らくほど遠い代物でしょう。お酒にも逃げられないし、どうにもならないわね」

 

「……とか言っちゃって」

 

 バーミットは小脇から取り出した小型サイズの酒瓶を振る。

 

「……悪い癖よ、バーミット。今はどう考えたって警戒態勢……」

 

「そんな事言っていたら、もう一生お酒飲めないですよ? どうです? ちょっとだけ、一口だけ」

 

「……あなたって本当、どうしようもないわね」

 

「それって褒め言葉ですよね? いい女であろうとした艦長の、ちょっとした意地悪さって奴で」

 

 微笑んでバーミットの手にしていた酒瓶を引っ手繰り、呷ってみせる。

 

「あーっ! とっておきのだったのに……!」

 

「これも警句よ。飲んだくれの前に酒を出すなってね」

 

「何ですか、それ。ことわざですか」

 

「いいえ。これはただの……引用不明な言葉ね」

 

 熱い吐息をついて、レミアは襟元を僅かに緩める。

 

 バーミットは酒瓶を逆さにして滴を舐めていた。

 

「……でも、結局どうなんでしょうね。私達のやっている事、正しいのか正しくないのか……」

 

「それもきっと……誰かが決めるもので、私達じゃ答えなんて出やしないんでしょうね」

 

「シャルティア・ブルーム委任担当官、ただいま戻りま――って、お酒臭っ!」

 

 管制室に入るなり鼻をつまんだシャルティアに二人して手を振る。

 

「ああ、シャルじゃないの。どう? まだ一応はあるけれど」

 

「な、何を言っているんですか! 警戒態勢ですよ! ……第一、お酒は二十歳からで……」

 

「あら、何を堅い事を言っているの? 今さら法律も何もないでしょうに」

 

 ぐぬぬ、と拳を握り締めたシャルティアは、ふんと顔を背けていた。

 

「やっぱりここって……いい加減な大人ばっかり! だから嫌なんですよ!」

 

 へそを曲げてシャルティアは踵を返そうとするのでその背中に呼び止める。

 

「いいの? 何かあったから報告に来たんでしょ」

 

「……お酒飲みに言いたくないです」

 

「ああ、心配しないで。あたしは素面だから」

 

「そういう問題じゃ……って言うか、艦長のほうが飲んじゃったんですか? ……一体どうなって……」

 

「ぶつぶつぼやかない。で、何があったの?」

 

「……報告にあったポートホーム利用での会合時間が向こうよりもたらされたので、その報告を……でもお酒飲んじゃってるんじゃ……」

 

「大丈夫よ。お酒の臭いくらいは消せるから」

 

 レミアは口の中へと消臭タブレットを放り込んで齧る。

 

「そういう問題なんですか……?」

 

「で、シャルティア・ブルーム委任担当官としては何か、不自然なところがある、と言ったところかしらね」

 

「あっ……分かっちゃうんですね……」

 

「これでも死線を潜って来た数だけは多いのよ。で、何があったの」

 

「えっと……向こうからの要求なんですけれど……。ブリギットのポートホームを利用するのは最初から想定されているとは思うのですが、これを」

 

 書面を差し出したシャルティアにレミアは読み込んでから、憂いを帯びた泣きボクロを伏せる。

 

「……これは……意外な要求ね」

 

「相手も何かを探りたいんだと思います。どうしますか? これって、不利益ですよね?」

 

「いいえ、ある程度の譲歩は必要でしょう。要求は呑むと返事を書いておいて」

 

「返事をって……艦長が書いてくれないんですか?」

 

「シャル、甘えないの。上司が何でもかんでもしてくれると言えば大間違いなんだから」

 

「だから、私の名前はシャルティアです! シャルじゃありません!」

 

「細かいところにこだわるのねぇ。愛称でしょ?」

 

「その愛称は嫌いなんです! ……でもこれまで、先輩が何でもしてくれましたから……」

 

「それはカトリナちゃんの理論でしょ? あたし達はそこまで優しくはないから」

 

 その言葉にシャルティアはむっとして身を翻していた。

 

「もういいです! 本当、いい加減な大人ってのは、嫌いなんです!」

 

 扉が閉まってから、レミアは笑い出していた。

 

「あれじゃ、カトリナさんの空回りのほうがまだマシね」

 

「笑っちゃ駄目ですよ、艦長。……それにしたって、若いっていいですねぇ」

 

「あら、あなたももうそんな言い草を使うようになった? それはおばさんの常套句よ?」

 

「……まぁ若くないのは事実ですけれどねー。それでもいい女であろうとするのは別でしょう?」

 

「……分かっているじゃない。さて、トライアウトジェネシスとの会合……何が起こるか、まるで分からないわね」

 

「鬼が出るか蛇が出るか……どっちが出ても文句は言えなさそうですけれど」

 

「そうね。私達は……それこそ蛇の道を、行っているようなものだもの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「帰還するなり報告せよとは……王族特務に就いているとは言え、負け戦をいちいち聞かせるのは少しばかり嫌気も差します」

 

 そう前置きした自分に対し、長距離通信を打って来ていた上官は微笑みかける。

 

『それにしては……浮足立っているではないか。鋼鉄の鬼を標榜する男のそれとは思えんな』

 

 やはり、分かってしまうか、とヴィクトゥスは口元を緩めていた。

 

「……念願の宿敵に再会出来ました。喜びを隠せるほど、器用ではなかったと言うだけの話でしょう」

 

『そうか。君らしい、と言えば君らしいが王族親衛隊としての一身分としてはよくやるものだ。――専用機を使わずに敵の新型機と相見えるなど』

 

「《高機動型レグルス》には一度、前を行く者が乗っておかなければ後続が来ません。そうでなければ新兵は二の足を踏むと言うもの」

 

『変わらないスタンスで安心したよ。部下想いなところもね』

 

「私は最早、恩讐の徒です。彼と死合える機会があるのならば、それを逃すほどの悠長さを持ち合わせてはいません」

 

『では次からは専用機を使うかね?』

 

「……いえ、今回は少し……水差しが入りました。《高機動型レグルス》も痛手をもらったも同義。よって《パラティヌス》で試した後、その本懐を見たいかと」

 

『《ダーレッドガンダム》。こちらに来ている情報だけでも大したものだ。あの右腕に装着した武装の真価は六番目の使者に相当するとの報告もある。……生きて帰れただけでも僥倖ではないのか?』

 

「いえ、騎屍兵の者達が前を行っています。私は所詮、彼の者と戦う以外では役立たず。持て余すのみでしょう」

 

『謙虚なのはいい。だが、下手に戦場を選り好みすれば逆に足をすくわれるぞ。……改めて、ヴィクトゥス・レイジ特務大尉を推薦したい。新造艦、モルガンの正規補充員としてね』

 

「感謝いたします。私もまた、戦えるだけの戦場に酔う事が出来る」

 

 挙手敬礼したこちらに対し、上官はフッと笑みを浮かべる。

 

『これはさしもの王族親衛隊を譲歩させ過ぎかな? 君のために辛酸を嘗める人間も多いだろう』

 

「それでも、私は遠回りをしたくないのですよ。以前、そのせいでせっかくの機会を見失った事がありましたので」

 

『よかろう。王族親衛隊としては他の補充員を充てるだけの時間も労力もない、と言うのが本音だ。モルガンにて、その真価を発揮せよ』

 

「はっ! このヴィクトゥス・レイジ、必ずや敵の首を持ち帰りましょう」

 

『……あまり堅くならないでいい。私と君の間柄だ』

 

「……ですが部下の眼もある。私とてあの時のように……旅がらすを気取れるでもないのです」

 

『回り巡って君がわたしの部下に成るとは想定外だよ。いや、君からしてみれば想定内かな』

 

「分からぬものです。無常なるこの世界と言うものは」

 

『……特務大尉。その強さは戦果でもって示せ。君の働きは翻れば王族親衛隊の利となる』

 

「心得ております。なに、使われるのには慣れておりますので」

 

『……そうであったな。君に今さらその理を説くのは、釈迦に説法であったか』

 

「では職務に戻らせていただきます」

 

 長距離通信が切られ、暗幕の部屋に明かりを灯したところで、監視カメラを振り仰ぐ。

 

「……また君の眼は、私を捉える。フロイライン、黙って見てないで少しは部下でしかない私に忠言でも送るといい」

 

『貴方にしてみれば諫言痛み入る、と言うだけでしょうに』

 

「参ったな。こちらの言葉を先読みされている」

 

 ピアーナの論調は別段責め立てるわけでもない。

 

 先ほどの戦闘行為に対し、艦長としての言葉を振っているわけではなさそうであった。

 

『……貴方は変わらないのですね。あの時と……まるで同じように』

 

「君は変わったな、フロイライン。目線に艶やかさが出た」

 

『……からかわないで、いやらしい』

 

「これはすまなかった。淑女に育った君に、少しばかり心が揺れているらしい」

 

『……心にもない事を言わないでください。貴方には次回より、騎屍兵との連携を加味していただきます』

 

「いいのかな。私はワンマンのほうが向いていると思うが」

 

『あの艦を墜とすのには、わたくしの操る騎屍兵だけでは致命打に成り得ない。それを理解しての采配です』

 

「なるほど。出来る軍師は違うと言う。自分の領分を理解しているとね」

 

『……貴方がどうして専用機で出なかったのか、それだけでも聞かせていただけませんか?』

 

「艦長職は忙しいだろう。ただの一兵士に過ぎない私の感想を聞く暇なんてあるのかね?」

 

『……わたくしは専用機で出ると想定しておりました。なので、《高機動型レグルス》で出撃した事への是非を問う義務があります』

 

「なるほど、確かに。これでは不義理を働いたのは私のほうだな。……答えよう。まだその時ではないと、判定した」

 

『その時ではない? やり方次第では轟沈していたのはこちらなのですよ』

 

「だが仕掛けたのは我が方だ。それなのにやられる時の想定をしていたのでは、それは形無しと言うものであろう」

 

 こちらの言葉振りにピアーナは一呼吸挟んだ後に、冷徹に告げていた。

 

『……貴方だけを頼っていたわけではありません。しかし、この艦に所属する以上はわたくしの指揮下なのです。それを忘れないよう』

 

「努めよう。なに、私も王族親衛隊身分だ。弁えるよ、その辺りはね」

 

『どうなのだか。……失礼、貴方に構っている暇はなさそうです』

 

 通信が切られるのと同時に、ヴィクトゥスはフッと笑みを刻む。

 

「フラれたな。だが、私の本命は君だけだ、クラード君。さらに強くなったと言うのならば《高機動型レグルス》に乗った程度の私に墜とされてくれるなよ。それは期待外れと言うのだからね」

 

 

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