「……失礼。どこまで話したでしょうか」
『口さがのない部下も居るようではないか、ピアーナ・リクレンツィア艦長。最新鋭艦を動かすにしては心労が多いと見える』
「貴方に気を遣っていただくほどではありません。こちらの職務ですので」
『それくらいドライなほうがいい。足を取られずに済む』
「では引き続き、補給の目処は立っているとそう考えていいのですね? ――リヴェンシュタイン王族佐官」
その名前を紡ぐと、相手は喉の奥を振るわせて嗤う。
『随分と手痛い言葉じゃないか。……それとも、かつての古巣であるエンデュランス・フラクタル、撃てというのが人情のない話だと思うかね?』
「いいえ、正しい判断です。わたくしは統合機構軍の所属艦であるところのモルガンの艦長職。下手な情は邪魔なだけですので」
『さすがは冷徹なライドマトリクサー。今さら情念程度で揺り動かされないか』
「……それで、貴方ほどの身分の方がどうして直通通信を?」
『頼みがあって直通を繋いでいる。わたしとて探られれば痛い横腹もあってね。君達のような独立愚連隊めいた者達に頼っているのはひとえに力不足にある』
そこで相手は激しく咳き込んでいた。
投射画面に浮かび上がったのは裂傷を作った相貌を爪で掻き毟る男の姿であった。
かつての栄華に縋るように、服飾だけは立派だが、今はその様相もどこか虚飾めいている。
「……お身体をご自愛ください。貴方は本来、戦闘に介入するような人種ではないはずです」
『そうも言っていられない。わたしの望みを叶えるためには、手段は選んでいられない。……このディリアン・L・リヴェンシュタイン、隠居したとは思われたくないのでね』
プライドだけが高い表層の言葉を投げ、相手は――ディリアンは神経質に痩せ細った指先を伸ばす。
肉体には生命維持装置が結び付けられており、無数の管で今も延命措置を行っているのが窺えた。
「我が艦は新造艦とは言え、まだテスト段階です。騎屍兵の運用も同じ事。あまり先行した物言いは出来ないとお考えください」
『だが目の前にレジスタンスの頭目は居たのだろう? ならば、……とっととあの娼婦を食い殺してやればいい。そうすれば少しばかり……眼が醒めるはずだ。愚弟とは言え、一度死ぬような目に遭った事で、幾ばくかは賢くなっているはず』
「用件は、引き続きアルベルト・V・リヴェンシュタインの確保……という事でよろしいですか? リヴェンシュタイン王族佐官」
『ああ……頼めるとすればもう君らしか居ない。何よりも……戦場のど真ん中に居るのならば出来るだろう? わたしの力も万能と言うわけではない。王族親衛隊を通してヴィクトゥスを送ったのは何も酔狂だけの話ではない。あの死狂いをどうこう出来るとすれば君の艦くらいなものだろう。それ以上に、戦力になるはずだ』
その戦力が、口さがのない部下なのだがとまでは言わず、ピアーナはディリアンと向かい合う。
「では、手はず通りにモルガンに補給をお願いします。護衛艦もミラーヘッドの段階加速で疲弊している。このままオフィーリアと交戦するのは旨味がありません。何よりも、《サイフォス》を撃墜されました」
『《サイフォス》の代わりくらいはいくらでも立つ。問題なのは、次だ。《サイフォス》を無効化するMSが現れたとの報告を受けた。……その姿、立ち振る舞いがまるであの因縁の機体……ガンダムだとも』
「ええ。あれは機体名称もその名の通り、《ダーレッドガンダム》。我が方が登録している違法禁止兵器に相当します」
『……《ダーレッドガンダム》……アルベルトを……惑わせた……! あの時と同じように……! 頼む、ピアーナ・リクレンツィア艦長。オフィーリアを轟沈させ、弟を助け出して欲しい。レジスタンスなんて馬鹿げている。逆らったところで同じなのに。統合機構軍同士で争っているなんて無意味だ。どうか目を醒まさせてやって欲しい』
――ああ、反吐が出そうだ。
ディリアンは三年前と同じか、あるいはそれよりもなお色濃い妄執だけで戦場の最前線に要らぬ禍根を持ち込もうとしている。
しかし、それを否定するだけの材料もない。
下手に刺激すれば補給が得られないだけではないだろう。
「……了解しました。ヴィクトゥス・レイジ特務大尉も少し考えものなくらいですが、彼のお陰で前回は助かったようなもの。少しばかりは特別措置に出ましょう」
『……助かる。君のような優秀な士官ばかりならばいいのだが、言う事を聞かない愚か者も多くってね。どうかアルベルトを……あいつを救って欲しい』
通信はいつも一方的なタイミングで切られる。
その模様を眺めていたメイアは首を引っ込めていた。
「……疲れたんじゃない?」
「軍務です。今さら疲れたなどと言っている時間もない」
「それはそっか。……彼、ボクらを殺す気だったね」
「それはあの野蛮なRMであるクラードならば当然でしょう。彼は、恐らく事前に知らされていても手加減なんてしない」
「クラードの事、よく知ってるんだ? まぁそれもそうか。ベアトリーチェで一緒だったんでしょ。今の話を聞くに」
「……貴女を独房にでもぶち込んでおけば……いいえ、今さらの後悔ですわね。ええ、あの者とは一緒でしたが、別段、情などは感じていませんとも。彼には彼の道があった。それを通しただけの……それだけの結果でしょうから」
それにしたところで、アルベルトを無傷で確保せよと言うのは無理があると言うものだ。
前回もその命令のせいで騎屍兵を前線で駆使出来なかった。
せっかくの師団長もこれでは形無し。
「……やっぱ疲れてるじゃん。モルガンはこのまま後退して、補給路を受けるってわけ?」
「……貴女は捕虜ですよ。教えてどうするんです」
「捕虜であるのと同時に、情報源でもあるでしょ。……ボクが死んだら困るはずだけれど?」
「……メイア・メイリス。確かに貴女はマグナマトリクス社のアキレス腱となり得る存在でしょう。我が社として見れば、競合する企業は出来るだけ潰しておきたいのが本音でしょうから」
「じゃあどうする? ボクを無理やりにでも情報を引き出そうとでもしてくる?」
ピアーナはメイアと目線を交わし、いえ、と頭を振っていた。
「……貴女に、たとえどれほどの拷問を受けさせたとしても簡単に吐くとは思えないですし、何よりもそれはわたくしの道理にもとります。貴女にはあくまでも、貴女の意思で我々に協力して欲しい。そのスタンスに変わりはないのですから」
「でもそんなぬるい事言っていたら、多分さっきの偉い人に出し抜かれちゃうよ? あの戦闘狂の人、その人の手駒なんでしょ?」
「……ある意味ではモルガンへの監視役でもあるのでしょうね。彼はしかし、有益な戦力です。王族親衛隊を一新鋭艦が保持出来るのは大きなアドバンテージとなる。何よりも、今の敵勢はブリギットと言う重石を背負っているのと同義。その状態では十全な性能を発揮出来ないでしょう。叩くのなら、今しかない」
「その言葉は本当だろうけれど、本気ではないと見た。……だってキミもボクと同じ……嘘がとっても苦手そうなのは、見ていて分かったからね」
「本来ならば、分かった風な口を、と言うのが正しいのでしょうが……轟沈間際まで追い込まれておいてよく言う、と言うのも本音でしょう。《サイフォス》でオフィーリアの勢力を潰し切ったと思ったのが、前回の落ち度でした。ですが、次こそは容赦は致しません。叩き潰します。何よりも、《ダーレッドガンダム》の性能があそこまでだとは思いも寄らない。あれは特一級の破壊対象です」
ピアーナは情報端末の集積体であるシートから降りて、壁に手を翳す。
変形した壁より引き出されたのは一冊の書物であった。
「これを。どう見ますか、貴女は」
「……何それ。本なんてアナクロだね」
「……これを知らない、と言うのですね?」
「えーっと、何々? ……『月のダレトの基礎設計理論』、著者、エーリッヒ・シュヴァインシュタイガー? ……こんなの知らないよ?」
「……やはり、そうですか。これは偽書ですからね。本来の歴史を歩んだ我々の側からしてみれば、イレギュラーでしかない。しかしこの本は持ち込まれた。我々の次元宇宙に、異物として。……それは同じ存在として見るのならばMF、月のダレトよりもたらされし技術恩恵そのもの。……ですがこの本に記されている内容はどれもこれも……机上の空論にしてはあまりにも綿密が過ぎる。まるでこの理論が別の宇宙ではとっくの昔に実装されているかのような自然さで」
ピアーナは黄ばんだ本のページを捲りながら、メイアの反応を見る。
彼女は心底不思議そうにこちらの様子を観察していた。
「……何?」
「いえ、何でも。少し期待したのが間違いだったようですね」
「それって酷くなーい?」
「モルガンはこれより、巡航モードに移行させ、オフィーリアの航路を先読みします。相手も言ってしまえばこちらと同じように補給を受けなければいつまでも航行出来るはずもない。どこかで隙が生じます。その隙を突けるとすれば……この宙域ですね。ちょうどデブリ宙域の中に我が社の観測衛星があります。そこで相手はエンデュランス・フラクタルの本社と渡りを付けるはずです」
「うん? おかしくない? キミら、だって本社の命令を受けてこうして戦っているんでしょ? 相手だってそれくらい分かっているんじゃ?」
「ですから、これは試金石なのです。オフィーリアがこれまで通り、何も知らずに補給を受けて轟沈の危機に陥るのか、あるいは別の補給路を確保せんとするのか。そうなった場合、我が社として見ればオフィーリアを拿捕した逆賊の徒として一挙に葬れる機が訪れます。それを狙ったっていい」
「……何だかなぁ。キミ、そういう小賢しいの、似合ってないけれど? 自分に無理してない? そういうのってよくないと思うなぁ……生き方としてって言うかさ」
「貴女に生き方の是非を問われるほど、経験不足ではありません。これでもわたくしはモルガンの艦長ですので。貴女のほうこそ、わたくし相手に下手な事は言わないよう。心象を悪くしてからでは遅いのですからね」
「肝に銘じておきまーす。……って言ったってさ。ボクだって帰る場所なんてないんだ。今さらキミに言われるまでもないってね」
ピアーナは再び情報集積端末に自らを繋ぎ、情報の津波を処理し始める。
「いずれにせよ、我が方からしてみれば相手の動きを見ての判断。王族親衛隊を得られた時点で、こちらの戦力は向上している。今ならば、我が方には有意ではあると、判断すべきでしょうね」
「仕掛けるのなら今って事だよね? とは言え、ボクも死にたくないんだけれど」
「貴女の意思は関係ありませんよ。今は、わたくしが指揮を執る。ゴースト、スリー。メイア・メイリスを自傷防止の部屋に案内してください」
レイコンマの世界で命令がもたらされ、直後にはスリーが艦長室に訪れていた。
『ここに。リクレンツィア艦長』
「彼女が抵抗の意思を見せれば、貴女に一任します。今は、少しだけわたくし一人で考える時間が欲しい」
『御意に』
「ねぇね。キミってば、女の騎屍兵なんでしょ? やっぱりあの冷酷な騎屍兵って言ったって、女だとか男だとかあるんだ? ちょっと意外」
「ゴースト、スリー。先んじて言っておきますが、煩わしいからと言って殺さぬように」
『……善処いたします』
とは言ったところで、彼女とて騎屍兵の一員だ。
如何にメイアが彼女の神経を逆撫でしても、害する事はないだろう。
「それこそが、騎屍兵に与えられた唯一の自由……ですがそれは、貴女方を扱うわたくしからしてみれば……」
ピアーナは伏せておいた写真立てを引き上げる。
そこにはカトリナと自分、それにクラードの映った数少ない写真であった。
「……馬鹿ですわね、わたくしも。過去に足を取られるなと言っておいて、一番に足をすくわれかねないのは……わたくし自身だなんて」
だが、迷うまい。
何よりも、撃つ時に迷えば死ぬのはこちらなのだと、あのクラードが自ら宣言したようなものだ。
「であるのならば……わたくしが撃つのが相応しいでしょう。エージェント、クラード。それにカトリナ様……。貴女方に引導を渡すのは、このわたくし。ピアーナ・リクレンツィアです。他の者に……任せておけるものですか」
それが自分の、数少ない自由だと言うのならば。