ブリギットに戦力を集中させろとの命令にユキノは《マギア》から身を躍らせていた。
格納デッキを浮かび上がり、同じように先行していたアルベルトと手を繋いで接触回線を開く。
「……首尾は? どうなっています?」
『上々……とは言い難そうだな。ブリギットが相手に掌握される危険性もある。《マギア》小隊はシステムをスタンドアローンに設定し、もしもの時に動けるようにはしておけとのこった』
「……やはり、単純に仲間に引き入れられるとは……考えないほうがいいという判断ですかね、小隊長」
『分かんねぇよ。……艦長やカトリナさんの判断だ。オレらの意見を差し挟むような余地はねぇ』
それも分かっていて、アルベルトは歯噛みしているのだろう。
ユキノは何気なく口にしていた。
「……でも、今は私達にだって出来る事はある。小隊長、昔とは違います。RM第三小隊は力がある。今なら、私達は勝利するための戦いに赴けます」
『あ、ああ……勝利するための戦い、か。……何つーのか、それはこれまでの敗走を無駄にしないため、とも言えるよな……』
「それはその通りでしょう。私は……出来うる事ならこれまでの犠牲に報いたい。それが生き延びた責任でしょうから」
『生き延びた責任、か。……んなもんに雁字搦めに成っちまえば……いいや、これ以上は自分に返ってくるってもんだな』
「……小隊長も、分かっているじゃないですか」
『阿呆。これくらいは考えてねぇと、小隊身分なんて任せられねぇよ。第一、オレが前を行くんだ。今回はクラードも居ねぇ。もし……トライアウトジェネシスの奴らが妙な行動に走った時には、ストッパーはオレなんだからな』
それもある意味では偏狭な考え方だが、今は問うまい。
彼もまた、自分自身で戦いの意味を問い返しているはずだから。
重力ブロックに入るなり、レミア含め管制室の面々と顔を合わせる。
『護衛任務に就いたのはオレ含め、第三小隊の面子っす。いくら軍警察って言っても、簡単には制圧出来ないと断言出来ます』
『頼むわね、アルベルト君。もしもの時には私達なんて無力だからね』
『それ……ネメシスでオレら相手に一端の戦力で向かってきたあんたが言いますか』
『あら、減らず口が利けるようになったじゃない。あの時の坊やが』
レミアとアルベルトは今出会ったので三年間の隔絶を埋めるだけの会話だったはずだが、互いに緊張感をはらんだ言葉振りだけで最低限のようであった。
「……あの、フロイト艦長。私は……」
『ユキノ・ヒビヤさんね。……あの時、私が死ねと言った人間……』
やはり覚えてくれていたか。しかしその覚えられ方は不本意である。
ユキノは挙手敬礼し、三年前に出撃した時と同じように返答していた。
「ユキノ・ヒビヤ。生還して参りました。……これでチャラですよ」
その言葉にバイザーの向こうでレミアは視線を背けたのを目にしていた。
まだ自分の罪を直視するのには自分もレミアも、あまりに失い過ぎてしまったのかもしれない。
『まぁまぁ。禍根は後にするわよ。……それにしたって、いい女になったじゃないの、ユキノちゃん。ベアトリーチェではあまり話せなかったけれどね』
「バーミットさん……。ええ、戦士としての勘だけは冴え渡るようになりました」
『そういう意味で言ったんじゃないんだけれど、まぁいいわ。護衛はこれで全員よね?』
『あの……バーミット先輩……やっぱり敵にはその……目論みがあると思ったほうがいいですよね……』
不安げな眼差しをノーマルスーツの向こうで交わすカトリナに、バーミットは肘で小突いていた。
『カトリナちゃんが不安がってどうするのよ。今は、どしんと構えておく。一応はあなたがリーダーなんだから』
『私が……リーダー……』
『形式上はいくら逆賊に堕ちたとは言え、私達はあなた達の捕虜扱い。最終判断を下すのはあなたよ、カトリナさん』
『……私が……みんなの命を……』
『そこまで思い切らなくっていいんだってば。リーダーはどーんとしておく! これ大事よ?』
バーミットの他愛無い言葉繰りに少しだけカトリナの頬が和らいだのをユキノは認めていた。
『じゃあ、ポートホームの設定をこちらで認証します……。受諾したと同時に相手が来ますので……皆さん、準備は……』
詰めた声にアルベルトが唾を飲み下したのを感じ取る。
『……いつでも』
『では……ポートホームの転送を受諾。来ます……』
受信すると同時に後ずさったカトリナは身構える。
自分とアルベルト、それに第三小隊の面々がアサルトライフルを構えたところで、現れたのは三名ほどの少数であった。
パイロットスーツに身を包んでいる相手にまずは照準してから、カトリナは声を発する。
『そちらは軍警察……トライアウトジェネシスだと、こちらは聞いております。電報を打ったのは……』
『私だ。そして先んじて言っておく。トライアウトジェネシスにおいて、今回の動きを扇動したのは私であると』
『……あなたは……』
『失礼。名乗りが遅れた。気密は?』
アルベルトはこちらと目線を合わせて首肯する。
『空気は大丈夫よ。安心してちょうだい』
レミアの言葉に相手はヘルメットのロックを解除し、ゆっくりと顔を晒していた。
鋭く整った目鼻立ちに、短く刈り上げた髪。
女性であるのは窺えたが、怜悧な声はそれ以上に切り詰めたものを感じさせる。
「……私は軍警察、トライアウトジェネシス所属。ダビデ・ダリンズ中尉である」
『……ジェネシスのDD、ね?』
そう了承を取ったレミアに、ダビデは眉一つ動かさずに応じてみせる。
「そちらの事も存じている。ネメシスのブリギット艦を束ねる、レミア・フロイト少佐。そしてバーミット・サワシロ大尉」
『……その階級名、やめてよね。もうネメシスとは縁は切れたんだから』
肩を竦めるバーミットに、ダビデはこちらを見渡すなり両手を上げていた。
「敵意はない。もちろん、裏で張っているという事も。ポートホームでの会談を要請したのはこちらだ。騙し討ちなんてするわけがない」
『どうでしょうかね。軍警察ならどれだけでも汚い手に出られるのは知っている事だから』
レミアのいささか挑発的とも言える返答に、ダビデはフッと微笑んでいた。
「その心配は要らない。私の行動そのものが、トライアウトジェネシスにおいては正道だ。よってこの行為は、軍警察組織としては正しくないが、トライアウトジェネシスと言う組織としては真っ当だと思っていただきたい」
『あなた一人で、ジェネシスを背負って立つとでも? それは随分と……思い切った発言ね』
「私の行動にジェネシスの人員のこれからがかかっている。下手な事は言えんさ。そちらと渡りを付けたいと言い出したのは私だ。責任は全て私にある」
『それは……私達が拿捕された事に、関係があるのかしらね』
値踏みするかのようなレミアの切り込んだ声音に、ダビデは同じくらいの鋭い眼差しを投げていた。
「……ないと言えば嘘になる。正直、伝え聞いていたよりも空気は柔らかいようだ。死神、と渾名されていたと言うのは」
『その渾名はしばらく返上していたんだけれどね。まぁ、そう聞いていても間違いはないわね』
「あなた方が鹵獲され、そしてエンデュランス・フラクタルに降ったと聞いて、我々は行動を起こそうと一念発起した。いわばあなた方の敗北こそがトリガーであった、と言うべきだろう」
『その物言い、まるで私達が生きていても死んでいても、遠からずこの行動に打って出ていたように聞こえるけれど』
カトリナはレミアとダビデの間に割り込めないでいるようであった。
無理もない。二人の会話は研ぎ澄まされたナイフのようなものだ。
下手に割り込めば血を見るのは明らかである。
「その……っ、あの……っ!」
それでも、先ほど責任者だと言われた手前、彼女は割って入っていた。
その勇気に感嘆すると共に、ユキノは引き金にかけた指に力を込める。
カトリナが嘗められればその時点で詰みだ。自分達はそうなった時の応戦義務がある。
「……失礼。あなたは」
『あっ……私はその……オフィーリアを、そしてエンデュランス・フラクタルを率いています。カトリナ・シンジョウ委任担当官です』
「エンデュランス・フラクタルの? ではレジスタンスの掲げる血濡れの淑女(ジャンヌ)とは、あなたの事か」
返答次第では、とユキノは汗ばんだ掌を感じ取る。
カトリナは応じようとして、何度か言葉を彷徨わせていた。
『それはその……あっ、いえ……その通りなんですけれど……。その呼び名は別に……。ああ、いえ、そう……なんですよね。私はだって、あなた達の拠点に何度も仕掛けた……張本人なんですから』
どう出る? とユキノはダビデを照準したまま情勢を観察する。
カトリナの返答は少しばかり迂闊であった。ここで嘗められてしまえば、この会談そのものが瓦解する恐れもある。
今は、慎重な判断を……と緊張を引き締めた自分に、カトリナは言葉を重ねていた。
バイザーを上げ、真っ直ぐな瞳をダビデに据える。
「……私は……あなた達の仲間を何人も殺してきました。仇討ちのためだと言うのならば、受けるつもりです」
「そうか。レジスタンス組織が何度か我が方に攻撃してきているのは耳に入っている。……死ななくていい人間が死んで行ったのも」
一触即発の空気にユキノは判断を乞おうとレミア達に視線を流す。
レミアは眼差しだけで否定していた。
今は、カトリナだけに任せようと言うのか。
「……そう、ですよね……。それはだって、撃った側の責任……。でも、私は間違った事をしたとは思っていません。だって、自分で簡単に間違いなんて決めてしまえば……それは死んだ人達に対しての、何よりの侮辱になるはずですから……っ!」
精一杯の、虚勢を張った論調。
届くか、とユキノが構えを崩さずにいると、ダビデは目を細めて、やがて不意打ち気味に口にしていた。
「……あなたが、その口で死ねと命じ、その指先で殺せと言ってきた。その咎は受けるべきだと?」
危険な質問だ。
返答の是非次第では皆殺しにされかねない。
ユキノは緊張に唾を飲み下した。
それはアルベルト達も同じのようで、この質問だけで切り捨てられるかどうかがかかっていると判定していた。
カトリナはそっと、視線を落としてから、やがて意を決したように拳を握り締める。
「……はい。私はいずれ、咎を受けるべきだと、そう感じています。……でも今はそうじゃない。ダリンズ中尉、あなたもそうだと感じてくれているから、こうして会談の場を設けてくれたんじゃないですか? だってそうじゃなければ、私とあなた達はただの敵同士のはずです。話し合いをしてくれている以上、今交わすべきなのは銃弾じゃない。お互いをよく知るための……そういう言葉のはずです」
どう出るのか。
全員が固唾を呑んで見守る中で、ダビデはふむ、と一呼吸置いてから言葉にする。
「……そうか。そういう人格だったか、あなたは。一言だけ、言い置こう。あなた達……元エンデュランス・フラクタル、ベアトリーチェ所属の人々に殺された者も少なからずいる。因縁を感じている人間も。……だが私は、今はそのような事実を直視して、それで議論を進めないわけにはいかない。何故ならば、私も同じだ。話し合うために、あなた方と渡りを付けに来た。それはネメシスの有する最新鋭艦であったブリギットの拿捕と言う事実と結びつく。あなた方の最終目的を知りたい。レジスタンス活動を続け、そして先の戦闘結果より、エンデュランス・フラクタル同士でも諍いを起こしている様子。何が、あなた達の目指すところか」
ここでクラードが居れば、間違いようのない事実を彼女に突きつけただろう。
それが敵意であれ、叛意であれ。
カトリナに言えるのか、とユキノは照準器から僅かに視線を向けていた。
彼女は僅かに躊躇った後、その真意を口にする。
「……私は……いいえ、私達は……この間違った世界へと、叛逆を翻すだけ。そのためになりふりなんて構っていられない。最後の最後の、その一滴になるまで、私達は間違いに対しての抗いを続ける……そういうつもりで、戦ってきました。……いいえ、でもそうじゃないのかもしれない」
『……カトリナさん……?』
思わず声が出てしまっていた。
途中までならば指揮官の台詞としては上出来であったのに、最後に付け加えられたのは弱さそのもののようで、自分でも意想外であったのもある。
カトリナはこちらへと一瞥を寄越してから、その続きを紡ぐ。
「……私は弱い。弱いだけの、それで諦めが悪いだけの人間です。この手で死ねと命じた、この手で撃てとそそのかしてきた。でもそれが、全て正解であったのかも、間違いであったのかも、それも何もかも、未来で是非を問われるものでしょう。私は、足を止めないでいたい。……右足と左足を交互に動かせば、前にだけは進める。だから私の叛逆に意味があるかどうかを問うのは私でも、ましてやダリンズ中尉、あなたでもない。……それはきっと、未来の誰かなんです。だから、今の時点でのメリットやデメリットを、私個人で問う事は出来ない。……それがどれだけ弱さであろうとも、それさえも捨て去れば、それは私でさえないはずだから……だから……」
進むだけなのだ、と。
最後に結んだカトリナは撃たれてもおかしくはなかった。
この場で発するべきなのは先ほどの台詞の中腹までであって、今の言葉は余分でしかない。
しかし、カトリナは唇を強く引き結ぶ。
それが言えないのならば、自分になんて価値はないのだとでも言うように。
ダビデはその言葉を受け取ってから、やがて問いかけていた。
「……その前に進む意思は、あなたのものか。それとも、誰かに与えられたものか」
「私のものです。他の誰でもない、カトリナ・シンジョウの……言葉です……!」
譲らない様子のカトリナに、ダビデは上げていた手をそっと降ろしていた。
攻撃が来るか、と身構えたこちらに対し、彼女はフッと笑みを刻む。
それから発せられたのは、完全に想定外の――笑い声であった。
哄笑でも、ましてや嘲りでもない。
心底可笑しいとでも言うような笑い声がブリギットの高い廊下に響き渡った後に、ダビデは後ろに控えている二人へと命じていた。
「なるほど……。あなたは相当に……食わせ者だという事か。二人とも、下がれ。正直、ね。返答次第ではこのブリギット艦を爆破するくらいは心得てきたのだが……いやはや、これは何と言うか……毒気を抜かれた、が正しいかな」
「あの……それは……っ」
「ないよ。もうその意思はない。あなたに問い質して、適当な取り繕いや、あるいは誰かの受け売りが帰ってくるのならば、こちらにも考えはあったが……。その眼差しに宿った光を見るに、下手に賢しく出ようとしての言葉ではないらしい。いや、失礼。これは侮辱もでもあったか」
「い、いえ……っ、わたひのこうほそ、ひつへいに……うひゃぁ……噛んじゃった……」
肝心なところでのカトリナの狼藉にしかし、ダビデは神経を逆撫でされた様子もない。
むしろ、これまでの警戒を解いたようでもある。
「……考えていたのはレミア・フロイト少佐。あなたがこのカトリナ・シンジョウに何かを吹き込んで我々を煙に巻く、と言うシナリオだったが……そうではなかった。私は、信じよう。このカトリナ・シンジョウを。その上で、考えを述べさせていただく。我が軍警察、トライアウトジェネシスは疲弊している。いや、正確に言えば凋落の一途にある、と言うのが正しい」
思いも寄らぬ告白に自分だけではない、この場に集った全員が呆気に取られていた。
「その沈黙、想定外であった、というものであろう。しかし、私は真実を述べている。何よりも、偽る必要性は、この長ならばなさそうなのでね」
カトリナは顔を上気させてその言葉を受け止めていた。
『それは交渉が成立した、と言う証と取っても?』
「そう受け取ってもらって構わない。我々トライアウトジェネシスは、軍警察全体の腐敗に対し、一つの結論を叩きつけに来た。ブリギット艦はあなた方からしてみれば的の大きいだけの邪魔だろうが、我々がそちらに与すれば、邪魔なだけの艦艇ではなくなる」
『確かに、トライアウトジェネシスの技術と、そしてノウハウがあれば、ブリギットを修復も出来るし、その上で応戦も可能になる。……でもいいの? それは軍警察においての裏切り行為でしょう?』
「あなたがそれを説くか。だが、今は反目し合っている暇も惜しい。我々はブリギットに現トライアウトジェネシスの戦力を集中させ、撃つべき相手を見据えるように構えている。その対象は、統合機構軍上層部。エンデュランス・フラクタルと、そしてマグナマトリクス社、クロックワークス社を含む企業の魑魅魍魎共を指す。即ち、これまでのあなた方にとっての友軍である」
『軍警察に降れと言うの?』
「それは正しくない。私は、新たな勢力としての擁立を考えている。トライアウトジェネシスはあなた方に力を貸し、順当なる秩序の復権に力を充てるものである」
『順当なる秩序、ね。……そこに私達の居場所はあるのだと、そう思っていいのかしら?』
「保証は出来かねるが、共闘の赴きはある、と言っておこう」
『……どうとでも取れるような発言ね』
「そう言うしかないのが実情だ。現トライアウトは権力に寄り添ったネメシスの台頭と、そしてブレーメンの読めない動きがある。恐らくトライアウトブレーメンは統合機構軍と通じ、騎屍兵達の戦力を拡充しての第四種殲滅戦の掌握を目論んでいるのだろう」
まさか、そこまでだとは思いも寄らない。
カトリナは真正直に驚愕しているようであった。
「で、でも……っ! 騎屍兵を率いているのは、軍警察上層部だって……!」
『カトリナさん。それに関しては私の持ち帰った情報が正しかったという事ね。加えてピアーナとモルガンが仕掛けて来るのに、何の大義名分も必要ない事が明らかになった。十中八九間違いなく、統合機構軍上層部は黒よ』
そんな、とカトリナが力なく呟く。
無理もない。彼女からしてみればこれまで支援してきたそのものが裏切り行為のようなものなのだから。
「……ショックが大きいようだが、先に言っておく。私達は偽りの権力の立ち位置に疑問を持っているだけだ。所詮は兵士でしかない。だが軍警察がこのまま矢面に立って、この世全ての怨念を受け止める構図は間違っている。私達は、何もしていなかったとは言わない。これまでの統制は職務であったと認めよう。だがこの一年余りの騎屍兵の狼藉は目に余る。我々は自らが引き受ける敵意は甘んじて受けるが、覚えのない敵意まで身に帯びるのは御免だという事だ」
『それはあなた達が、他者からしてみれば私達の側に寝返ったように映る、という事を承知してなのかしら』
「……世界にどう見られようとも構わない。私達は真実だけが欲しい」
ダビデの偽りのない眼差しに、レミアが口を差し挟むよりも先に、カトリナが歩み出ていた。
「その……私も……っ! あ、私だけじゃないですけれど……私達も! ……そのつもりです。世界にどのような誹りを受けたってかまわない。ただ……真実だけが欲しいんです」
『……カトリナさん? 今のタイミングは私が喋るべきだって分からなかった?』
ハッとしてカトリナは取り成そうとしたのを、レミアはノーマルスーツのバイザーを上げていた。
「まったく、あなたって言う人は……ここぞって言う時に変わらない……。でも、今はそれが幸いしたみたい。ダビデ・ダリンズ中尉。あなた方の意見を呑む前に、一度しっかりと、互いのスタンスを話し合うべきでしょうね」
「了承が取れたのだと、そう思ってもよろしいか」
「了承も何も。この委任担当官さんはもう、そのつもりでしょうし、今じゃ彼女がボスなのよ。私は、ただ流れ流れた女でしかないもの」
レミアのスタンスを目の当たりにしてから、ダビデは応じる。
「……では、私達も合流しよう。ブリギット級が手に入ったとなれば、こちらの駒の進め方も変わってくる」
ダビデは歩み出てカトリナへと視線を据える。
身長がちょうど頭一つ分ほど抜きん出ている彼女に対し、カトリナは見上げる形だ。
「えと……あの、その……」
「……ここまで真正直ならば、もっと早く……いや、それも間違いか」
「えっ……あのぉー……」
「何でもない。私だけでは戦力の拡充は難しい。一度持ち帰ってもいいか」
「構わないけれど、人質くらいは欲しいわね」
「では私が居残ろう。二人はポートホームでトライアウトジェネシスの拠点へと伝令を。ブリギット級を動かすだけの人員を送ってから、我々の要求を聞いてもらいたい」
「それは補給が受けられると判断しても?」
「ああ、コロニー、ルーベン。ここからほど近いコロニーにて、旗艦の補給を受諾しよう」
「それは想定外であった、ような言い草だけれど」
「……少しばかり牽制が必要かとも思っていたが、必要なさそうだ。カトリナ・シンジョウ」
呼びかけられてカトリナは下手にかしこまる。
「は、はひ……っ!」
「……あなたのお陰で、少しは話し合いが進む。感謝している」
「へ、へっ……?」
自分の手柄だとは思ってもみなかったのだろう。レミアは肩を竦めて声にしていた。
「喜んで、カトリナさん。あなたの仕事の中でもまぁまぁ最上の結果よ」
「あ、それってぇ……この交渉が、成功したって……」
「言葉にすれば陳腐に落ちる。ダビデ・ダリンズ中尉。握手をしてもいいかしら?」
歩み出たレミアにダビデは手を握り返す。
「ああ。これからはよろしく頼む」
「え、えっとそのぉー……私、その……」
困惑するカトリナの肩をバーミットが掴んで引き寄せる。ようやくバイザーを上げたバーミットにカトリナは視線を振り向けていた。
「今は、光栄に思いなさい。カトリナちゃんが誰に与えられたでもない、カトリナちゃんの言葉で、今はここまで譲歩してもらっているんだから」
「えっと……じゃあその、ありがとうございますっ!」
「謝礼を言うのは僅かに早い。これから起こる事こそが、あなた方に震撼を与えるであろう。トライアウトジェネシス勢力がレジスタンスに付くとなれば、それ相応の反発が来ると考えるべきだ。レジスタンス内部の軋轢もな」
ダビデ以外の二人がポートホームを通じて帰還してから、ユキノ達はようやく気密を確かめてバイザーを上げる。
「警戒は怠らないか。統率された、良い兵士達だ」
「いえ、その……皆さん、いい方ばかりですので」
「その評は私達の下すものだろう。あなたのものではない」
カトリナはまるで事態に転がされていくばかりであったが、彼女の言葉がこの状況の打開策になったのは確かである。
ユキノは安全装置を外した状態で、ダビデを包囲する。引き金はまだ指にかけたままだ。
「で、話を聞こうかしら。まずは……こちらの知り得る情報とそちらの提供する情報の擦り合わせ。私達は同じ敵を睨まないといけない。そうでしょう? ダリンズ中尉」
「そうだな。……少しばかり、話は長くなる。敵が来ないとも限らない。その間に、ブリギットの修復を行いたい。可能か?」
「可能不可能の論議で言えば、あなた達も随分と無茶しているみたいだし、私達は飲みましょう。それくらいはしないと、割に合わなでしょうし」
「理解があって助かる。オフィーリアの航路をコロニー、ルーベンに設定し、そちらで友軍と合流する。その時には……すぐにでも戦えるように」
「あの……戦うってそのぉー……。私達も軍警察も、統合機構軍と矛を交えるって事なんですよね?」
「カトリナさん。営業部のタジマ部長からの連絡は?」
「それが……前の作戦を最後になくって……これってやっぱり……」
レミアとダビデは視線を合わせ、それから呟く。
「……どうやら、こちらも調停しないといけなさそうね」